【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ 作:シラヌイ321
青と赤は、別々の身体のまま零界へ踏み込みます。
記録台の光が揺れ、空の皿を囲む三人の像が消えた。
次に映ったのは、七年前の研究区画だった。割れる床。青と赤へ裂ける光。その中心で、ニルが泣いている。
『二人とも、消したくなかった』
青い光の先にレンが、赤い光の先にアカリが残った。中心だけが白く抜けている。
「ニルが、俺たちを……」
『待って。声が続いてる』
アカリに言われ、レンは記録へ顔を寄せた。白髪の少女がこちらを見る。本人の右目は青、左目は赤。
「ニル、聞こえるか」
『私たちが、見える?』
レンが呼びかけた直後、少女は頷いた。問いと返事の順が合っている。
『返事、したよね。これ、昔の映像だけじゃない』
『ゼロの中で、待ってる。でも、私を出したら、二つの世界は――』
声が切れた。白い染みが記録台を覆い、映像を端から消していく。
「アズール、残ってる分を保存して!」
『フレアにも。同じものを残して!』
二つの相棒が応じた。青と赤の記憶域へ、同じ記録が収まる。
食事の約束も、写らない四人目の影も、途切れた警告も。
地下から戻った二機を、色のない空が迎えた。
巨大な白い歯車の下で、蒼界の避難灯が薄れる。交差点の少年が、母親の手をほどこうとしていた。女性は口を動かすが、声がない。
レンはアズールを二人の前へ滑り込ませた。掌を下げ、青い円環で白い侵食を押し止める。
「その手、離さないで!」
女性の声が戻った。少年が顔を上げる。
「……お母さん?」
差し出した青い掌へ、二人が乗った。侵食の外で待つ避難艇へ降ろすと、少年は母親の手を握り直した。
紅界の画面では、フレアが崩れた防壁を持ち上げていた。住民が抜けるたび、赤い腕が沈む。アカリは脇腹の痛みに息を詰め、それでも操縦環を押し上げた。
『まだ通れる。走って!』
最後の背中が防壁の下を抜けた。赤い機体が壁を下ろしたとき、その音まで消えていた。
ノア・ギアへ戻ると、ユナが侵食源を表示した。青と赤の地図の間に、白い領域。その周囲へ、黒い杭が三本浮かぶ。
「ゼロが、別の可能性で今の街を塗り替えています。この白い疑似世界が、零界です」
『今いる人たちが、消されちゃうってこと?』
「はい。つないでいるのは、第一ゼロ・アンカー。まず、この杭を止めます」
白い領域で、住民の顔が薄れていた。知らない人同士にされ、やがて区別さえ失う。
「ニルを見つけるだけじゃ足りない。帰る世界も、三人で食べる約束も残す」
『うん。まず杭を止めて、消されかけてる人を助けよう』
ユナは合体手順を閉じた。
「ここで合体の出力を広げると、残る杭まで起こしかねません。機体は別々のまま、力だけを渡してください」
「アズール、つないで行きたい。一緒にやれるか」
『私は両界を守るために、出力接続を承認します』
『フレアは、どうしたい?』
『私も行きます。接続を承認します!』
両機の確認が返り、青と赤の半円コアの間に、細い黄金線が張った。
ツイン・ギア・リンク。別々の身体と操縦権を保ったまま、力を渡す道だった。
別々の門から降りた二機は、白い道路の左右に立った。零界には、空がなかった。
白い道路の上に、慰霊碑のない公園が浮いている。レンの右の位相窓には、フレアの席が映った。近く見えても、アカリの身体は別の操縦席にある。
レン「アカリ、聞こえるか」
アカリ『聞こえる。そっちも、見えてるよ』
道路の先で、顔も紋章もない灰色の機体が掌を開いた。
『F-02、ブランク。選ばなければ、後悔は生まれない』
胸の平らな円が回る。
『ゼロ・リライト』
色のない波が二機を呑み込み、操縦席が消えた。
レンは制服姿で、通学路に立っていた。
隣にはアカリがいる。同じ制服で、同じ家へ帰ろうと言う。
「もう、あの七年のことは考えなくていいよ」
差し出された手へ、レンは指を伸ばしかけた。
欲しかった。何度も、そんな朝を夢に見た。
『保存記録との不一致を確認しました』
空のどこかから、落ち着いた声がした。
「……アズール?」
『はい。あなたが聞いた、配給所で泣いた夜の記録が、この映像にはありません』
「ここでは、泣かずに済んだんだよ」
目の前のアカリは、変わらず笑っている。
レンはその顔を見た。助けた人の顔を見るのが怖かったと、やっと話してくれたばかりだ。
「そのあとも、配給所へ行ったんだろ」
「知らなくていいよ。もう怖いことはないから」
知りたかったのは、そこだった。
花を置く自分とは違う七年を、彼女がどう生きたのか。
「泣いた夜だって、アカリの七年だろ。消さなくていい」
レンは伸ばしかけた手を引いた。
「泣いた話も、続きも聞く。俺が帰るのは、そっちだ」
青い街が割れ、操縦環の硬さが掌へ戻った。
アカリの前には、壊れたことのない配給所があった。
レンが窓口で手を振っている。誰も飢えていない。誰も待ちくたびれていない。
「ここにいれば、もう失敗しないよ」
列の向こうで、笑顔が待っていた。アカリは駆け寄ろうとした。
『アカリ。今のレンの言葉を、保存した会話と比べてください』
フレアの声が胸へ届く。
『復興式で拍手できなかったと、あの人は話しました』
「でも、ここなら一緒に拍手できる」
『はい。それを選ぶかは、あなたが決めてください』
明るい声は、急かさなかった。
アカリは足を止める。レンの苦しみを消したかった。自分の怖さも、消えてほしかった。
けれど彼が話してくれたとき、初めて、隣で聞けた気がしたのだ。
「拍手できなかった話も、私にはしてよ。そういうレンの話が聞きたい」
アカリは床へ拳を押しつけた。
「私も、格好悪い話をする。勝手に終わらせないで」
赤い亀裂が走る。脇腹の痛みと、フレアの操縦環が戻った。
『レン!』
「いる。まだ話、途中だろ」
『そっちも。戻ってから、今度こそね』
二人の窓が戻り、細くなっていた黄金線が張り直された。
幻の街の下から、黒い杭が現れた。その前で、ブランクが刃を立てる。
レンは掌を向けた。青い円環が灰色の腕を掴む。
「止めた。アカリ、正面!」
『行く!』
フレアが路面を蹴った。赤い拳がブランクの胸へ突き刺さる。
衝突で操縦環が跳ね上がり、アカリの肘を押し戻した。灰色の胸が砕け、白い路面へ破片が散る。
だが、杭から光が流れた。
散った破片が吸い寄せられ、拳を打ち込んだ穴を埋めていく。
『……戻った!』
『アカリ、杭から力が来ています!』
「だったら、先に杭を止める!」
レンは敵の腕から円環を外し、黒い外殻へ閉じた。さらに奥へ、もう一つ伸ばす。
輪がほどけた。
中心の手前に、透明な層がある。そこへ触れた途端、掴む前の形へ戻される。
『中心を掴めません。青と赤では、その層が見えない』
「あと少しなのに――!」
解放されたブランクの腕が跳ねた。フレアの胸へ、白い刃が走る。
アカリは操縦環を引いた。間に合わない。
紫の刃が、横から割り込んだ。
白と紫が擦れ、火花がフレアの顔を照らす。黒銀のヴァイスがブランクを押し返した。
『第一アンカーから離れろ』
「カイン。そいつ、お前にも刃を向けてるぞ!」
『……見えている』
灰色の胸から、白い波が広がる。呑まれたヴァイスが止まった。
ブランクの刃が、黒銀の胸を狙う。
レンは掌を振った。青い円環が刃へ絡む。操縦環が跳ね、肩に痛みが刺さった。
「止まれ!」
白い先端が、ヴァイスの胸の前できしむ。
『なぜ助けた』
「ニルのことも、写真にいなかった一人のことも、お前に聞きたいんだ!」
『話はあと。今だけ、手を貸して!』
フレアの蹴りが横からブランクを押し戻す。敵は杭の前で踏みとどまり、また刃を上げた。
ヴァイスの紫の刃が、透明な層へ向く。
『俺なら、あれを切れる。青は外側を止めろ。赤は、開いた中心へ』
「アズール、外側なら掴めるよな」
『掴めます。レンの選択を待ちます』
「止めるぞ!」
『フレア。道が開いたら、迷わず行こう!』
『はい。アカリが踏み込む瞬間に、合わせます!』
青い円環が、黒い外殻へ閉じた。
杭の回転が止まる。逃れようとする重さが、レンの両腕へ乗った。
ブランクがフレアを追う。上がった敵の肘へ、アズールのもう片方の掌が円環を放つ。
杭が、揺れた。
レンの腕が引き戻され、背中が座席へ食い込む。
「どっちも、離さない!」
灰色の腕が止まる。その下を、ヴァイスが駆け抜けた。
紫の刃が透明な層を切る。黒い中心まで、細い道が開いた。
『今だ、赤!』
『待ってた!』
アカリは操縦環を前へ倒した。フレアがブランクの腕の下を抜ける。
中心が見えた。
そこへ、引いた拳を放つ。
黄金線を通り、青い制御が赤い衝撃へ重なった。二機は重ならない。レンが止める場所へ、アカリの拳が届く。
アズール:登録技、クロス・ギア・インパクト。
拳が、杭の中心を打ち抜いた。
操縦席が跳ねる。アカリは両足を踏ん張り、持っていかれそうな操縦環を押し切った。
アズールの円環が、広がる衝撃を内側へ締める。
黒い外殻が割れた。白い柱となって砕けた杭から、ブランクへ続く光が切れる。
灰色の機体が、まだ刃を向けた。
レンは最後の円環を、その胸の円へ閉じる。
「アカリ、もう戻らない!」
『うん。これで、終わり!』
赤い拳を引く。七年間を消そうとした円が、目前にある。
「続きを、自分たちで選ぶんだ!」
拳が、灰色の胸を砕いた。
今度は、戻らない。
ブランクは白い紙片となり、二機の足元へ散った。
青と赤の帰還門が、別々に開いた。
ヴァイスは、砕けた杭の跡を見ている。
「カイン、ここに残るな。答えを聞けなくなるぞ」
『……お前に言われる筋合いはない』
紫の亀裂が開く。その瞬間、アズールが短い警告を出した。
ヴァイスから、第一アンカーと同系統の波形を検出。
「保存して。フレアにも渡してくれ」
二機は記録を持って、それぞれの世界へ帰った。
蒼界へ青が戻り、紅界へ赤が戻る。少年は母親の手を離していなかった。避難灯が青く点り、女性の呼ぶ声に、少年がもう一度返事をした。
ノア・ギアで、ユナが保存波形を重ねる。
「残る杭は二本。そのうち、動いている一本は――ヴァイスです」
赤い窓のアカリが、笑いかけた口を閉じた。
『機体だけ? カインは?』
その問いには、まだ答えがなかった。
終端機関ゼロの白い広間で、カインは同じことを尋ねていた。
アウレルという白髪の男が、ヴァイスとニルの収容室をつなぐ管を示す。
「お前自身を含めて、一本の杭だ」
カインの拳が震える。
「俺を、何にした」
透明な壁の向こうで、ニルが目を開いた。
『カイン……ごめんね』
その背後で、最後の杭が黒く灯る。
両世界の空へ、黒い歯車が浮かんだ。
選べる明日が、一つずつ閉じ始めた。
七年を消すより、続きを聞きたい。
次回、第5話「選ばれなかった少年」。一本の杭と呼ばれた、カインの答えへ。