【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

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もう泣かなくていい世界で、君の泣いた夜を思い出した。
レンとアカリは、別々の機体のまま零界へ踏み込む。


第4話 色のない明日

第1期 第4話

色のない明日


 

 記録台の光が揺れた。

 空の皿を囲んだ三人の姿が消え、別の映像に切り替わる。

 同じ研究区画だった。だが、床には大きな亀裂が走り、天井から破片が降っている。

 その中央で、ニルが泣いていた。

 

『二人とも、消したくなかった』

 

 光が、青と赤に裂ける。

 青い光の向こうには十歳のレンが、赤い光の向こうには十歳のアカリが見えた。二人の間だけが白くなり、何も映らなくなる。

 

「ニルが、俺たちを別々の世界に……?」

『待って。まだ声がする』

 

 アカリに言われ、レンは位相窓へ顔を近づけた。

 割れた床が消え、ニルの顔が窓いっぱいに映る。右の青い目と、左の赤い目。その両方が、レンの方を向いていた。

 

「ニル、聞こえるか」

 

 少女が頷いた。

 レンは息を止める。今の問いかけに、返事をしたように見えた。

 

『ニル、私の顔も見える? アカリだよ』

 

 アカリが聞くと、ニルはもう一度頷いた。

 

『うん。……もう呼んでも届かないかと思った』

「届いてる。切らないでくれ。どこにいるんだ」

 

『ゼロの中。会いたい。でも、私を出したら、二つの世界は――』

 

 声が切れた。

 記録台の端から白い染みが広がり、窓の中のニルを消していく。

 

「アズール、今の声を保存して! 昔の映像も、残ってる分を全部!」

『フレア、こっちにもお願い!』

 

 二機から、保存したという返事が届く。

 直後、記録台の光が消えた。

 レンが呼びかけても、もう返事はなかった。

 

 空の皿を囲んだ約束。映っていなかった四人目。

 そして、ニルが言いかけた警告。

 レンはアズールに保存された記録を確かめ、操縦環を握り直した。

 


 

 地下から戻ったアズールの頭上に、巨大な白い歯車が浮かんでいた。

 街の色が薄れている。避難灯の青い光が消えかけ、交差点に立つ親子の姿まで白くかすんでいた。

 少年が、母親の手をほどこうとしている。

 女性は何かを叫んでいた。だが、アズールが近づいても、その声は聞こえない。

 

「アズール、あの二人を助ける!」

 

 レンはアズールを親子の前へ滑り込ませた。

 片方の掌を下ろし、もう片方から青い円環を広げる。道路を伝ってきた白い光が、輪の手前で止まった。

 

「お母さんと一緒に、俺の手へ! ゆっくりでいい!」

 

 アズールの掌の前で、女性が少年の手を掴み直す。

 唇が動いた。今度は、子どもを呼ぶ声が聞こえた。

 

「……お母さん?」

 

 少年が顔を上げた。

 レンは掌を二人の足元へ寄せる。母親が少年を抱いて乗ると、侵食の外で待つ避難艇まで、ゆっくり腕を運んだ。

 二人を降ろしてからも、少年は母親の手を握っていた。

 

 通信画面の向こうでは、フレアが崩れた防壁を持ち上げていた。

 その下を、紅界の住民が一人ずつ走り抜ける。

 フレアの肘が曲がり、防壁が下がりかけた。アカリは脇腹を押さえかけた手を操縦環へ戻し、両腕で押し上げる。

 

『まだ通れる。走って!』

 

 最後の一人が、防壁の向こうへ抜けた。

 フレアが両手を下ろす。壁は地面に落ちたが、崩れる音はしなかった。

 アカリが振り返ると、背後の街にも白い光が広がっていた。

 


 

 ノア・ギアへ戻ると、ユナが作戦室の画面を開いた。

 青と赤、二つの街の地図。その間に白い領域があり、周囲には三本の黒い杭が表示されている。

 

「白くなった範囲が、まだ広がっています。ゼロが作った疑似世界、零界です」

「助けた子、お母さんの顔が分からなくなってた。目の前にいたのに」

 

 ユナの指が、白に呑まれた街区で止まる。

 

「街だけでなく、そこで過ごした記憶も塗り替えられています。進めば、今いる人そのものが失われます」

『……手をつないでても、駄目なんだ』

 

 アカリは、自分の掌を握り込んだ。

 

 ユナは、三本のうち一本を拡大した。

 そこから伸びる白い線が、蒼界と紅界の地図につながっている。

 

「最初に止めるのは、第一ゼロ・アンカー。この杭が、零界と二つの街をつないでいます」

 

 レンは、避難艇へ降ろした少年を思い出した。

 母親の声に気づくまで、あの子はどこへ行こうとしていたのだろう。

 

「ニルを迎えに行っても、帰る場所が消えてたら駄目だ」

『会いたいって、言ってくれたもんね。帰ってから困らせたくない』

 

 アカリが、赤い窓の向こうで頷いた。

 

「まず杭を止める。三人で食べる場所も、残しておこう」

 

 レンは、画面に残る二本の杭を見た。

 

「合体で一気に折るのは?」

 

 ユナも、その二本へ目を向ける。

 

「合体の出力が、残る杭にどう影響するかは、まだ分かりません」

 

 レンは少し考え、アズールへ呼びかけた。

 

「分からないまま、残りも動かすわけにはいかないな」

 

 レンが合体の表示から手を離すと、アズールが別の経路を開いた。

 

『出力だけを渡す、ツイン・ギア・リンクが使えます』

 

 アズールが、二つの半円コアを結ぶ経路を画面に示した。

 

『機体は別々のまま、相手へ力を渡せます』

 

 アカリが、フレアに聞いた。

 

『そっちも、つなげられる?』

『はい。ただし、二機が一緒に動くわけではありません。攻撃のタイミングは、二人で合わせてください』

『じゃあ、拳を出す前に呼ぶ。レン、途中で離さないでよ』

 

 レンは、アカリの窓へ頷いた。

 

「離さない。こっちが持たなかったら、黙らず言う」

 

 アズールが応じる。

 

『出力接続を承認します』

 

 アカリも、操縦環を握り直した。

 

『フレア、お願い』

『接続を承認します!』

 

 両機の確認が返ると、青と赤の半円コアの間に、細い黄金の線が通った。

 アカリの操縦席は、位相窓の向こうにある。レンが操縦環を動かすと、アズールの腕だけが上がった。

 それぞれが自分の機体を動かしながら、必要なときには相手へ力を渡せる。

 

アズール:出力経路を接続。保存記録も、両機で保持しています。

 

「よし。行こう、アカリ」

『うん。別々でも、一緒にね』

 


 

 アズールとフレアは、それぞれの門から零界へ降りた。

 足元には、白い道路が続いている。左右を見ても、頭上を見ても、空の色はなかった。

 道の先に、公園が浮かんでいた。

 見覚えのある公園だった。けれど、レンが花を置いていた慰霊碑がない。

 

 レンは、操縦席の右に開いた位相窓を確かめた。

 アカリも、フレアの操縦席から外を見ている。

 

「アカリ、聞こえるか」

『聞こえる。そっちも、見えてるよ』

 

 レンが前へ目を戻すと、道路の先に灰色の機体が立っていた。

 顔にも胸にも、紋章はない。胸の中央にある平らな円だけが、ゆっくりと回っている。

 F-02、ブランク。

 その機体が、二機へ掌を向けた。

 

『選ばなければ、後悔は生まれない』

「何を――」

『ゼロ・リライト』

 

 胸の円から、色のない波が広がった。

 アズールが腕を上げるより早く、波が機体を通り抜ける。

 操縦席も、窓の中のアカリも消えた。

 


 

 レンは、通学路に立っていた。

 いつもの制服を着て、片手には鞄を持っている。

 すぐ隣に、アカリがいた。同じ制服を着た彼女が、当たり前のようにレンを見上げる。

 

「どうしたの。帰ろうよ」

 

 アカリが手を差し出した。

 七年間、何度も夢に見た光景だった。学校へ行けば会える。授業が終われば、一緒に帰れる。

 レンは、その手へ指を伸ばした。

 

「もう、あの七年のことは考えなくていいよ」

 

 その言葉に、手が止まった。

 頭上から、アズールの声が届く。

 

『レン。保存した記録と、今見えているものが一致しません』

「……アズール?」

『はい。配給所で泣いた夜の話を、覚えていますか』

 

 レンは、目の前のアカリを見た。

 

「ここでは、泣かずに済んだんだよ」

 

 彼女は、手を差し出したまま笑っていた。

 怖い思いをしなくて済むなら、その方がいい。レンだって、アカリが一人で泣かずに済む世界を選びたかった。

 けれど、さっき話を聞いた。

 三人を助けたあと、次は間に合わないかもしれないと思ったこと。誰もいない配給所の裏で、動けなくなったこと。

 

「……次の日は? また、配給所へ行ったのか」

「知らなくていいよ。もう、怖いことはないから」

 

 レンは伸ばしかけた手を下ろした。

 その続きが、聞きたかった。

 ここにいる彼女は、教えてくれない。七年間のことを、もう考えなくていいと言うだけだ。

 

「俺が聞きたいのは、泣かなかったアカリの話じゃない」

 

 目の前の笑顔が、わずかに揺れた。

 

「消さなくていい。続きを聞くって、約束したんだ」

 

 通学路に亀裂が走る。

 手の中に、操縦環の硬さが戻った。

 


 

 アカリの前には、配給所があった。

 天井も壁も壊れていない。窓口には食べ物が積まれ、並んでいる人たちは楽しそうに話していた。

 列の向こうで、レンが手を振る。

 

「こっちだよ、アカリ」

 

 アカリは駆け寄ろうとした。

 誰も倒れていない。誰かが瓦礫の下に残っている心配もない。

 

「ここにいれば、もう失敗しないよ」

 

 レンが笑った。

 そのとき、フレアの声が届いた。

 

『アカリ。レンが復興式の話をしたのを、覚えていますか』

 

 アカリの足が止まる。

 

『街が直るほど、アカリだけ置いていく気がしたと、話していました』

「……うん。覚えてる」

 

 復興式で、レンだけが拍手できなかった。

 その話をしたときの彼は、こんなふうに笑ってはいなかった。

 

「ここなら、あんな顔をしなくて済むんだね。……レンも」

『ここに残るかは、アカリが決めてください』

 

 フレアは、返事を急かさなかった。

 アカリは窓口のレンを見つめる。

 苦しまなくていいなら、そうしてほしかった。自分がいない街で、寂しい思いをしてほしくなかった。

 それでも、あの話を聞けてよかったと思った。

 離れていた間に、レンが何を考えていたのか。再会しただけでは分からなかったことを、彼自身が話してくれたからだ。

 

「拍手できなかったって、私には言ってほしいよ」

 

 窓口のレンが、手を下ろした。

 

「聞かせてくれて、嬉しかったんだよ。私も泣いた話をしていいんだって、思えたから」

 

 アカリは、その場に膝をついた。

 床へ拳を押しつけると、赤い亀裂が足元から広がる。

 配給所が砕けた。

 脇腹に痛みが戻り、手の下にはフレアの操縦環があった。

 

フレア:保存記録は無事です。アカリ、おかえりなさい。

 

「……ただいま」

 

 アカリは息を整え、位相窓を見た。

 レンが、こちらを見ている。

 

『アカリ、大丈夫か』

「うん。そっちは?」

『ああ。……そっちのレンは、よく笑ってたか』

「うん。そっちの私は?」

『笑ってた。でも、話をしてくれなかった』

「じゃあ、私がする。いっぱいあるから、ちゃんと帰ってね」

 

 二機をつなぐ黄金の線が、再びはっきりと光った。

 

 

【挿絵表示】

 

 


 

 レンは、アズールの正面の画面を確かめた。

 公園も、通学路も消えている。

 白い道路の先に、黒い杭が立っていた。

 黒い核を囲む装甲が、回転している。その隙間から、核と、そこから漏れる光が見えた。

 杭の前へ、ブランクが進み出る。

 右腕から伸びた白い刃が、アズールを向いた。

 

「アカリ、あいつを止める!」

 

 レンはアズールの掌を向け、刃を構えた腕へ青い円環を放った。

 輪が閉じる。ブランクが腕を引いたが、刃は上がらなかった。

 

「今だ。正面が空いてる!」

『行く!』

 

 フレアが路面を蹴った。

 ブランクの懐へ踏み込み、胸の円へ拳を打ち込む。

 衝撃でアカリの肘が押し戻された。操縦環を押し切ると、敵の胸が砕け、白い道路へ破片が飛び散った。

 

 その破片に、杭から光が伸びた。

 一つ、また一つと、砕けた装甲が浮き上がる。破片はブランクの胸へ吸い寄せられ、拳が開けた穴をふさいでいった。

 

『嘘……。戻ってる!』

 

 フレアが後ろへ跳び、敵から距離を取る。

 後ろへ下がる間に、相棒の警告が届く。

 

『杭から力が送られています。このままでは、また修復されます!』

「だったら、先に杭を止める!」

 

 レンはブランクの腕から円環を外し、杭の装甲へ移した。

 輪が締まり、装甲の回転が止まる。その隙間に、黒い核が見えた。

 

「アズール、あの核も掴む!」

 

 レンはもう一つ円環を放ち、装甲の隙間へ通した。

 だが、核に届く直前、輪がほどけた。

 掴もうとする前の、開いた形へ戻っている。レンが締め直しても、同じ場所でほどけてしまった。

 

「閉じろ……! 装甲は止められたのに!」

『核の手前で、円環が元の形へ戻されています。何が阻んでいるのか、こちらからは見えません』

 

 アズールの声に重なって、アカリが息をのんだ。

 解放されたブランクが、フレアへ踏み込んでいる。

 白い刃が、フレアの胸を狙って突き出された。

 

『しまっ――』

 

 アカリが操縦環を引く。

 フレアの胸が後ろへ傾いた。それでも、刃の先は迫ってくる。

 

 紫の刃が、横から割り込んだ。

 

 白い刃を受け止め、外へ押し払う。

 黒銀の機体がフレアの前に立ち、ブランクを押し返した。

 ヴァイスだった。

 

『カイン。なぜ邪魔をする』

 

 ブランクの声を、アズールとフレアが拾った。二つの操縦席に、同じ名前が響いた。

 黒銀の機体が、ブランクへ刃を向け直す。聞き覚えのある男の声が返った。

 

『第一アンカーから離れろ』

 

 昨日、二つの街を襲った男だ。

 レンは、その機体の向こうでブランクが再び刃を構えるのを見た。

 

「カイン、右腕! お前を狙ってる!」

『下がっていろ』

 

 ブランクの胸から、白い波が広がった。

 波に呑まれたヴァイスが、刃を構えた姿勢のまま止まる。

 ブランクが右腕を引いた。白い刃の先に、黒銀の胸がある。

 

「そいつにも、さっきのを見せてるのか!」

 

 レンは杭から円環を外し、ブランクの刃へ投げた。

 輪が刃を掴む。突き出された腕の力に、アズールの肩が引かれた。

 レンは操縦環を両手で引き戻す。

 

「止まれっ!」

 

 刃の先端が、ヴァイスの胸のすぐ前で止まった。

 少し遅れて、黒銀の機体が頭を上げる。カインの声が返ってきた。

 

『なぜ助けた』

「目の前で刺されるのを見てろって言うのか!」

 

 レンは、円環を引き続けた。

 

「ニルに会った。七年前の記録も見た! お前に聞きたいことだってある!」

 

 カインは答えなかった。

 代わりに、アカリの声が飛び込んでくる。

 

『話はあと! 今だけ、手を貸して!』

 

 フレアが横からブランクの脇腹を蹴った。

 敵がよろめき、刃を引く。レンは円環をほどき、アズールを杭の正面へ戻した。

 ヴァイスも、その隙に杭へ向き直る。再び回り始めた装甲の隙間から、黒い核が見えていた。

 

『核の手前で、輪を戻されたな』

「ああ。装甲は止められる。でも、核には届かない」

『邪魔しているものは、俺が切る』

 

 ヴァイスが、刃の先で回転する装甲を示した。

 

『まず、あれを止めておけ』

「分かった」

 

 次に、ヴァイスがフレアへ顔を向ける。

 

『俺が切ったら、お前は核を殴れ』

『分かった。切ったら、そこから退いて!』

 

 レンはアズールの掌を杭へ向けた。

 円環が回転する装甲を掴み、その動きを止める。

 

「止めた。今なら行ける!」

 


 

 ヴァイスが杭へ走った。

 その横を、フレアが追う。

 ブランクが二機の前へ回り込み、フレアへ刃を振り上げた。

 

「そっちも、止まれ!」

 

 レンはアズールのもう片方の掌を向け、ブランクの右肘へ円環を放った。

 刃が頭上で止まる。

 その瞬間、杭を掴んだ輪が緩み、装甲が回りかけた。

 アズールの両腕が別々の方向へ引かれ、レンの背中が座席へ押しつけられた。

 

 装甲を止めなければ、ヴァイスが刃を差し込めない。

 敵の腕を放せば、フレアに刃が落ちる。

 

「どっちも、離すかっ!」

 

 レンは両足を踏ん張り、操縦環を胸元へ引きつけた。

 杭の装甲が、もう一度止まった。

 ヴァイスがブランクの腕の下を駆け抜け、止まった装甲の隙間へ刃を差し込む。

 刃が、レンの円環を戻した場所に触れた。何も見えなかった空間から、火花が散る。

 ヴァイスが刃を振り抜くと、核の手前に紫の切れ目が残った。

 

 カインが叫んだ。

 

『今だ、殴れ!』

 

 アカリが、すぐに答える。

 

『待ってた!』

 

 アカリは操縦環を前へ押し込んだ。

 フレアがブランクの脇を抜け、杭の前へ踏み込む。ヴァイスが横へ退いた。

 アカリは、紫の切れ目の向こうにある核を狙う。フレアが腰をひねり、右の拳を引いた。

 

 レンは操縦環を引き、杭の装甲を押さえ続けた。

 二機をつなぐ黄金の線が光り、フレアの拳を青い光が包む。

 拳が動き出すのに合わせて、アズールの円環も強く締まった。

 

アズール:クロス・ギア・インパクト。出力、同調します。

 

「アカリ、杭は動かさない!」

『うん。合わせて!』

 

 フレアが、拳を突き出した。

 レンが叫び、アカリが続く。

 

「クロス・ギア――」

『インパクト!』

 

 フレアの拳が、紫の切れ目を通り、黒い核を打ち抜いた。

 衝撃で操縦席が跳ね、アカリの腕が持ち上がる。それでも操縦環を押し切った。

 アズールの円環が、外へ逃げようとする衝撃を杭の内側へ押し戻す。

 

 円環で押さえた装甲に、ひびが走った。

 次の瞬間、杭が内側から砕けた。白い光が柱のように噴き上がり、ブランクへ続いていた光の線が切れる。

 レンは、輪の中から重さが消えるのを感じた。

 

「杭は止まった!」

 

 だが、ブランクはまだ動いていた。

 押さえられた右腕を振りほどこうとしながら、左手をフレアへ伸ばす。

 レンは杭を押さえていた円環を敵へ移し、胸の円を締めつけた。

 

「アカリ、今度は戻らない!」

『うん。これで終わり!』

 

 フレアが杭の残骸を蹴り、ブランクへ向き直った。

 敵の左手をかいくぐり、胸の円へ拳を向ける。

 

『続きを、自分たちで選ぶんだ!』

 

 拳が、ブランクの胸を砕いた。

 飛び散った破片は、今度は浮かび上がらなかった。

 灰色の機体が崩れ、白い紙片となって道路に散る。

 アカリは操縦環を握ったまま、敵が動かなくなったのを確かめた。

 


 

 白い道路が、端から崩れ始めた。

 アズールとフレアの後ろに、青と赤の帰還門が開く。

 ヴァイスは、砕けた杭の跡を見下ろしたまま動かなかった。

 

「カイン、ここに残るな!」

 

 レンの声に、黒銀の機体が振り向く。

 

「まだ話してないだろ。ニルのことも、お前のことも!」

『……追ってくるな。お前たちは門へ戻れ』

 

 ヴァイスの前に、紫の亀裂が開いた。

 機体がその中へ踏み込んだ瞬間、アズールが短い警告音を鳴らした。

 

黒銀の機体から、第一アンカーと同系統の波形を検出。

 

「待て、今、カインから出たのか?」

 

 レンが聞き返す間に、亀裂は閉じた。

 ヴァイスの姿も消える。

 

「アズール、今の波形を保存して。フレアにも渡してくれ」

『保存しました。フレアへの転送も完了しています』

『レン、こっちの足場も崩れそう!』

「分かった。帰ろう!」

 

 アズールとフレアは、それぞれの帰還門へ入った。

 

 蒼界の避難灯に、青い光が戻っていた。

 避難艇の中で、さっきの少年が母親の隣に座っている。女性が呼ぶと、少年は顔を上げて返事をした。

 紅界の街にも、人々の声が戻り始めていた。

 


 

 ノア・ギアの作戦室で、ユナが二つの波形を重ねた。

 砕いた第一アンカーの記録と、帰還直前にアズールが拾った記録。

 二つの線は、同じ周期で山を描いている。

 

「残る杭は二本です。そのうち、動いている一本から届く信号が、あの機体の波形と一致しました」

 

 ユナは、保存された黒銀の機体の映像を開いた。

 

「あの機体も、杭として使われていると考えられます」

 

 アカリが、赤い窓へ身を寄せた。

 

『本人は知ってるの? あんなのに、ずっと乗ってて……』

 

 ユナは答えられなかった。

 レンも、杭の跡を見ていた黒銀の背中を思い出した。

 カインは知っていたのだろうか。自分の乗る機体から、杭と同じ信号が出ていたことを。

 


 

 終端機関ゼロの白い広間で、カインはヴァイスから伸びる管を見上げていた。

 管は透明な収容室へ続いている。中にはニルがいた。

 白髪の男、アウレルが、二つをつなぐ管を指す。

 

「お前自身を含めて、一本の杭だ」

 

 カインは、握った拳を下ろせなかった。

 

「俺に、何をした?」

 

 透明な壁の向こうで、ニルが目を開いた。

 

『カイン……。思い出せなくて、ごめんね』

 

 その背後で、最後の杭に黒い光がともる。

 蒼界と紅界、両方の空に黒い歯車が浮かんだ。

 選べる明日が、一つずつ閉じ始めていた。




七年を消すより、続きを聞きたい。
次回、第5話「選ばれなかった少年」。
自分も一本の杭だと告げられたカインは、何を選ぶのか。
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