【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ 作:シラヌイ321
レンとアカリは、別々の機体のまま零界へ踏み込む。
記録台の光が揺れた。
空の皿を囲んだ三人の姿が消え、別の映像に切り替わる。
同じ研究区画だった。だが、床には大きな亀裂が走り、天井から破片が降っている。
その中央で、ニルが泣いていた。
『二人とも、消したくなかった』
光が、青と赤に裂ける。
青い光の向こうには十歳のレンが、赤い光の向こうには十歳のアカリが見えた。二人の間だけが白くなり、何も映らなくなる。
「ニルが、俺たちを別々の世界に……?」
『待って。まだ声がする』
アカリに言われ、レンは位相窓へ顔を近づけた。
割れた床が消え、ニルの顔が窓いっぱいに映る。右の青い目と、左の赤い目。その両方が、レンの方を向いていた。
「ニル、聞こえるか」
少女が頷いた。
レンは息を止める。今の問いかけに、返事をしたように見えた。
『ニル、私の顔も見える? アカリだよ』
アカリが聞くと、ニルはもう一度頷いた。
『うん。……もう呼んでも届かないかと思った』
「届いてる。切らないでくれ。どこにいるんだ」
『ゼロの中。会いたい。でも、私を出したら、二つの世界は――』
声が切れた。
記録台の端から白い染みが広がり、窓の中のニルを消していく。
「アズール、今の声を保存して! 昔の映像も、残ってる分を全部!」
『フレア、こっちにもお願い!』
二機から、保存したという返事が届く。
直後、記録台の光が消えた。
レンが呼びかけても、もう返事はなかった。
空の皿を囲んだ約束。映っていなかった四人目。
そして、ニルが言いかけた警告。
レンはアズールに保存された記録を確かめ、操縦環を握り直した。
地下から戻ったアズールの頭上に、巨大な白い歯車が浮かんでいた。
街の色が薄れている。避難灯の青い光が消えかけ、交差点に立つ親子の姿まで白くかすんでいた。
少年が、母親の手をほどこうとしている。
女性は何かを叫んでいた。だが、アズールが近づいても、その声は聞こえない。
「アズール、あの二人を助ける!」
レンはアズールを親子の前へ滑り込ませた。
片方の掌を下ろし、もう片方から青い円環を広げる。道路を伝ってきた白い光が、輪の手前で止まった。
「お母さんと一緒に、俺の手へ! ゆっくりでいい!」
アズールの掌の前で、女性が少年の手を掴み直す。
唇が動いた。今度は、子どもを呼ぶ声が聞こえた。
「……お母さん?」
少年が顔を上げた。
レンは掌を二人の足元へ寄せる。母親が少年を抱いて乗ると、侵食の外で待つ避難艇まで、ゆっくり腕を運んだ。
二人を降ろしてからも、少年は母親の手を握っていた。
通信画面の向こうでは、フレアが崩れた防壁を持ち上げていた。
その下を、紅界の住民が一人ずつ走り抜ける。
フレアの肘が曲がり、防壁が下がりかけた。アカリは脇腹を押さえかけた手を操縦環へ戻し、両腕で押し上げる。
『まだ通れる。走って!』
最後の一人が、防壁の向こうへ抜けた。
フレアが両手を下ろす。壁は地面に落ちたが、崩れる音はしなかった。
アカリが振り返ると、背後の街にも白い光が広がっていた。
ノア・ギアへ戻ると、ユナが作戦室の画面を開いた。
青と赤、二つの街の地図。その間に白い領域があり、周囲には三本の黒い杭が表示されている。
「白くなった範囲が、まだ広がっています。ゼロが作った疑似世界、零界です」
「助けた子、お母さんの顔が分からなくなってた。目の前にいたのに」
ユナの指が、白に呑まれた街区で止まる。
「街だけでなく、そこで過ごした記憶も塗り替えられています。進めば、今いる人そのものが失われます」
『……手をつないでても、駄目なんだ』
アカリは、自分の掌を握り込んだ。
ユナは、三本のうち一本を拡大した。
そこから伸びる白い線が、蒼界と紅界の地図につながっている。
「最初に止めるのは、第一ゼロ・アンカー。この杭が、零界と二つの街をつないでいます」
レンは、避難艇へ降ろした少年を思い出した。
母親の声に気づくまで、あの子はどこへ行こうとしていたのだろう。
「ニルを迎えに行っても、帰る場所が消えてたら駄目だ」
『会いたいって、言ってくれたもんね。帰ってから困らせたくない』
アカリが、赤い窓の向こうで頷いた。
「まず杭を止める。三人で食べる場所も、残しておこう」
レンは、画面に残る二本の杭を見た。
「合体で一気に折るのは?」
ユナも、その二本へ目を向ける。
「合体の出力が、残る杭にどう影響するかは、まだ分かりません」
レンは少し考え、アズールへ呼びかけた。
「分からないまま、残りも動かすわけにはいかないな」
レンが合体の表示から手を離すと、アズールが別の経路を開いた。
『出力だけを渡す、ツイン・ギア・リンクが使えます』
アズールが、二つの半円コアを結ぶ経路を画面に示した。
『機体は別々のまま、相手へ力を渡せます』
アカリが、フレアに聞いた。
『そっちも、つなげられる?』
『はい。ただし、二機が一緒に動くわけではありません。攻撃のタイミングは、二人で合わせてください』
『じゃあ、拳を出す前に呼ぶ。レン、途中で離さないでよ』
レンは、アカリの窓へ頷いた。
「離さない。こっちが持たなかったら、黙らず言う」
アズールが応じる。
『出力接続を承認します』
アカリも、操縦環を握り直した。
『フレア、お願い』
『接続を承認します!』
両機の確認が返ると、青と赤の半円コアの間に、細い黄金の線が通った。
アカリの操縦席は、位相窓の向こうにある。レンが操縦環を動かすと、アズールの腕だけが上がった。
それぞれが自分の機体を動かしながら、必要なときには相手へ力を渡せる。
「よし。行こう、アカリ」
『うん。別々でも、一緒にね』
アズールとフレアは、それぞれの門から零界へ降りた。
足元には、白い道路が続いている。左右を見ても、頭上を見ても、空の色はなかった。
道の先に、公園が浮かんでいた。
見覚えのある公園だった。けれど、レンが花を置いていた慰霊碑がない。
レンは、操縦席の右に開いた位相窓を確かめた。
アカリも、フレアの操縦席から外を見ている。
「アカリ、聞こえるか」
『聞こえる。そっちも、見えてるよ』
レンが前へ目を戻すと、道路の先に灰色の機体が立っていた。
顔にも胸にも、紋章はない。胸の中央にある平らな円だけが、ゆっくりと回っている。
F-02、ブランク。
その機体が、二機へ掌を向けた。
『選ばなければ、後悔は生まれない』
「何を――」
『ゼロ・リライト』
胸の円から、色のない波が広がった。
アズールが腕を上げるより早く、波が機体を通り抜ける。
操縦席も、窓の中のアカリも消えた。
レンは、通学路に立っていた。
いつもの制服を着て、片手には鞄を持っている。
すぐ隣に、アカリがいた。同じ制服を着た彼女が、当たり前のようにレンを見上げる。
「どうしたの。帰ろうよ」
アカリが手を差し出した。
七年間、何度も夢に見た光景だった。学校へ行けば会える。授業が終われば、一緒に帰れる。
レンは、その手へ指を伸ばした。
「もう、あの七年のことは考えなくていいよ」
その言葉に、手が止まった。
頭上から、アズールの声が届く。
『レン。保存した記録と、今見えているものが一致しません』
「……アズール?」
『はい。配給所で泣いた夜の話を、覚えていますか』
レンは、目の前のアカリを見た。
「ここでは、泣かずに済んだんだよ」
彼女は、手を差し出したまま笑っていた。
怖い思いをしなくて済むなら、その方がいい。レンだって、アカリが一人で泣かずに済む世界を選びたかった。
けれど、さっき話を聞いた。
三人を助けたあと、次は間に合わないかもしれないと思ったこと。誰もいない配給所の裏で、動けなくなったこと。
「……次の日は? また、配給所へ行ったのか」
「知らなくていいよ。もう、怖いことはないから」
レンは伸ばしかけた手を下ろした。
その続きが、聞きたかった。
ここにいる彼女は、教えてくれない。七年間のことを、もう考えなくていいと言うだけだ。
「俺が聞きたいのは、泣かなかったアカリの話じゃない」
目の前の笑顔が、わずかに揺れた。
「消さなくていい。続きを聞くって、約束したんだ」
通学路に亀裂が走る。
手の中に、操縦環の硬さが戻った。
アカリの前には、配給所があった。
天井も壁も壊れていない。窓口には食べ物が積まれ、並んでいる人たちは楽しそうに話していた。
列の向こうで、レンが手を振る。
「こっちだよ、アカリ」
アカリは駆け寄ろうとした。
誰も倒れていない。誰かが瓦礫の下に残っている心配もない。
「ここにいれば、もう失敗しないよ」
レンが笑った。
そのとき、フレアの声が届いた。
『アカリ。レンが復興式の話をしたのを、覚えていますか』
アカリの足が止まる。
『街が直るほど、アカリだけ置いていく気がしたと、話していました』
「……うん。覚えてる」
復興式で、レンだけが拍手できなかった。
その話をしたときの彼は、こんなふうに笑ってはいなかった。
「ここなら、あんな顔をしなくて済むんだね。……レンも」
『ここに残るかは、アカリが決めてください』
フレアは、返事を急かさなかった。
アカリは窓口のレンを見つめる。
苦しまなくていいなら、そうしてほしかった。自分がいない街で、寂しい思いをしてほしくなかった。
それでも、あの話を聞けてよかったと思った。
離れていた間に、レンが何を考えていたのか。再会しただけでは分からなかったことを、彼自身が話してくれたからだ。
「拍手できなかったって、私には言ってほしいよ」
窓口のレンが、手を下ろした。
「聞かせてくれて、嬉しかったんだよ。私も泣いた話をしていいんだって、思えたから」
アカリは、その場に膝をついた。
床へ拳を押しつけると、赤い亀裂が足元から広がる。
配給所が砕けた。
脇腹に痛みが戻り、手の下にはフレアの操縦環があった。
「……ただいま」
アカリは息を整え、位相窓を見た。
レンが、こちらを見ている。
『アカリ、大丈夫か』
「うん。そっちは?」
『ああ。……そっちのレンは、よく笑ってたか』
「うん。そっちの私は?」
『笑ってた。でも、話をしてくれなかった』
「じゃあ、私がする。いっぱいあるから、ちゃんと帰ってね」
二機をつなぐ黄金の線が、再びはっきりと光った。
レンは、アズールの正面の画面を確かめた。
公園も、通学路も消えている。
白い道路の先に、黒い杭が立っていた。
黒い核を囲む装甲が、回転している。その隙間から、核と、そこから漏れる光が見えた。
杭の前へ、ブランクが進み出る。
右腕から伸びた白い刃が、アズールを向いた。
「アカリ、あいつを止める!」
レンはアズールの掌を向け、刃を構えた腕へ青い円環を放った。
輪が閉じる。ブランクが腕を引いたが、刃は上がらなかった。
「今だ。正面が空いてる!」
『行く!』
フレアが路面を蹴った。
ブランクの懐へ踏み込み、胸の円へ拳を打ち込む。
衝撃でアカリの肘が押し戻された。操縦環を押し切ると、敵の胸が砕け、白い道路へ破片が飛び散った。
その破片に、杭から光が伸びた。
一つ、また一つと、砕けた装甲が浮き上がる。破片はブランクの胸へ吸い寄せられ、拳が開けた穴をふさいでいった。
『嘘……。戻ってる!』
フレアが後ろへ跳び、敵から距離を取る。
後ろへ下がる間に、相棒の警告が届く。
『杭から力が送られています。このままでは、また修復されます!』
「だったら、先に杭を止める!」
レンはブランクの腕から円環を外し、杭の装甲へ移した。
輪が締まり、装甲の回転が止まる。その隙間に、黒い核が見えた。
「アズール、あの核も掴む!」
レンはもう一つ円環を放ち、装甲の隙間へ通した。
だが、核に届く直前、輪がほどけた。
掴もうとする前の、開いた形へ戻っている。レンが締め直しても、同じ場所でほどけてしまった。
「閉じろ……! 装甲は止められたのに!」
『核の手前で、円環が元の形へ戻されています。何が阻んでいるのか、こちらからは見えません』
アズールの声に重なって、アカリが息をのんだ。
解放されたブランクが、フレアへ踏み込んでいる。
白い刃が、フレアの胸を狙って突き出された。
『しまっ――』
アカリが操縦環を引く。
フレアの胸が後ろへ傾いた。それでも、刃の先は迫ってくる。
紫の刃が、横から割り込んだ。
白い刃を受け止め、外へ押し払う。
黒銀の機体がフレアの前に立ち、ブランクを押し返した。
ヴァイスだった。
『カイン。なぜ邪魔をする』
ブランクの声を、アズールとフレアが拾った。二つの操縦席に、同じ名前が響いた。
黒銀の機体が、ブランクへ刃を向け直す。聞き覚えのある男の声が返った。
『第一アンカーから離れろ』
昨日、二つの街を襲った男だ。
レンは、その機体の向こうでブランクが再び刃を構えるのを見た。
「カイン、右腕! お前を狙ってる!」
『下がっていろ』
ブランクの胸から、白い波が広がった。
波に呑まれたヴァイスが、刃を構えた姿勢のまま止まる。
ブランクが右腕を引いた。白い刃の先に、黒銀の胸がある。
「そいつにも、さっきのを見せてるのか!」
レンは杭から円環を外し、ブランクの刃へ投げた。
輪が刃を掴む。突き出された腕の力に、アズールの肩が引かれた。
レンは操縦環を両手で引き戻す。
「止まれっ!」
刃の先端が、ヴァイスの胸のすぐ前で止まった。
少し遅れて、黒銀の機体が頭を上げる。カインの声が返ってきた。
『なぜ助けた』
「目の前で刺されるのを見てろって言うのか!」
レンは、円環を引き続けた。
「ニルに会った。七年前の記録も見た! お前に聞きたいことだってある!」
カインは答えなかった。
代わりに、アカリの声が飛び込んでくる。
『話はあと! 今だけ、手を貸して!』
フレアが横からブランクの脇腹を蹴った。
敵がよろめき、刃を引く。レンは円環をほどき、アズールを杭の正面へ戻した。
ヴァイスも、その隙に杭へ向き直る。再び回り始めた装甲の隙間から、黒い核が見えていた。
『核の手前で、輪を戻されたな』
「ああ。装甲は止められる。でも、核には届かない」
『邪魔しているものは、俺が切る』
ヴァイスが、刃の先で回転する装甲を示した。
『まず、あれを止めておけ』
「分かった」
次に、ヴァイスがフレアへ顔を向ける。
『俺が切ったら、お前は核を殴れ』
『分かった。切ったら、そこから退いて!』
レンはアズールの掌を杭へ向けた。
円環が回転する装甲を掴み、その動きを止める。
「止めた。今なら行ける!」
ヴァイスが杭へ走った。
その横を、フレアが追う。
ブランクが二機の前へ回り込み、フレアへ刃を振り上げた。
「そっちも、止まれ!」
レンはアズールのもう片方の掌を向け、ブランクの右肘へ円環を放った。
刃が頭上で止まる。
その瞬間、杭を掴んだ輪が緩み、装甲が回りかけた。
アズールの両腕が別々の方向へ引かれ、レンの背中が座席へ押しつけられた。
装甲を止めなければ、ヴァイスが刃を差し込めない。
敵の腕を放せば、フレアに刃が落ちる。
「どっちも、離すかっ!」
レンは両足を踏ん張り、操縦環を胸元へ引きつけた。
杭の装甲が、もう一度止まった。
ヴァイスがブランクの腕の下を駆け抜け、止まった装甲の隙間へ刃を差し込む。
刃が、レンの円環を戻した場所に触れた。何も見えなかった空間から、火花が散る。
ヴァイスが刃を振り抜くと、核の手前に紫の切れ目が残った。
カインが叫んだ。
『今だ、殴れ!』
アカリが、すぐに答える。
『待ってた!』
アカリは操縦環を前へ押し込んだ。
フレアがブランクの脇を抜け、杭の前へ踏み込む。ヴァイスが横へ退いた。
アカリは、紫の切れ目の向こうにある核を狙う。フレアが腰をひねり、右の拳を引いた。
レンは操縦環を引き、杭の装甲を押さえ続けた。
二機をつなぐ黄金の線が光り、フレアの拳を青い光が包む。
拳が動き出すのに合わせて、アズールの円環も強く締まった。
アズール:クロス・ギア・インパクト。出力、同調します。
「アカリ、杭は動かさない!」
『うん。合わせて!』
フレアが、拳を突き出した。
レンが叫び、アカリが続く。
フレアの拳が、紫の切れ目を通り、黒い核を打ち抜いた。
衝撃で操縦席が跳ね、アカリの腕が持ち上がる。それでも操縦環を押し切った。
アズールの円環が、外へ逃げようとする衝撃を杭の内側へ押し戻す。
円環で押さえた装甲に、ひびが走った。
次の瞬間、杭が内側から砕けた。白い光が柱のように噴き上がり、ブランクへ続いていた光の線が切れる。
レンは、輪の中から重さが消えるのを感じた。
「杭は止まった!」
だが、ブランクはまだ動いていた。
押さえられた右腕を振りほどこうとしながら、左手をフレアへ伸ばす。
レンは杭を押さえていた円環を敵へ移し、胸の円を締めつけた。
「アカリ、今度は戻らない!」
『うん。これで終わり!』
フレアが杭の残骸を蹴り、ブランクへ向き直った。
敵の左手をかいくぐり、胸の円へ拳を向ける。
『続きを、自分たちで選ぶんだ!』
拳が、ブランクの胸を砕いた。
飛び散った破片は、今度は浮かび上がらなかった。
灰色の機体が崩れ、白い紙片となって道路に散る。
アカリは操縦環を握ったまま、敵が動かなくなったのを確かめた。
白い道路が、端から崩れ始めた。
アズールとフレアの後ろに、青と赤の帰還門が開く。
ヴァイスは、砕けた杭の跡を見下ろしたまま動かなかった。
「カイン、ここに残るな!」
レンの声に、黒銀の機体が振り向く。
「まだ話してないだろ。ニルのことも、お前のことも!」
『……追ってくるな。お前たちは門へ戻れ』
ヴァイスの前に、紫の亀裂が開いた。
機体がその中へ踏み込んだ瞬間、アズールが短い警告音を鳴らした。
黒銀の機体から、第一アンカーと同系統の波形を検出。
「待て、今、カインから出たのか?」
レンが聞き返す間に、亀裂は閉じた。
ヴァイスの姿も消える。
「アズール、今の波形を保存して。フレアにも渡してくれ」
『保存しました。フレアへの転送も完了しています』
『レン、こっちの足場も崩れそう!』
「分かった。帰ろう!」
アズールとフレアは、それぞれの帰還門へ入った。
蒼界の避難灯に、青い光が戻っていた。
避難艇の中で、さっきの少年が母親の隣に座っている。女性が呼ぶと、少年は顔を上げて返事をした。
紅界の街にも、人々の声が戻り始めていた。
ノア・ギアの作戦室で、ユナが二つの波形を重ねた。
砕いた第一アンカーの記録と、帰還直前にアズールが拾った記録。
二つの線は、同じ周期で山を描いている。
「残る杭は二本です。そのうち、動いている一本から届く信号が、あの機体の波形と一致しました」
ユナは、保存された黒銀の機体の映像を開いた。
「あの機体も、杭として使われていると考えられます」
アカリが、赤い窓へ身を寄せた。
『本人は知ってるの? あんなのに、ずっと乗ってて……』
ユナは答えられなかった。
レンも、杭の跡を見ていた黒銀の背中を思い出した。
カインは知っていたのだろうか。自分の乗る機体から、杭と同じ信号が出ていたことを。
終端機関ゼロの白い広間で、カインはヴァイスから伸びる管を見上げていた。
管は透明な収容室へ続いている。中にはニルがいた。
白髪の男、アウレルが、二つをつなぐ管を指す。
「お前自身を含めて、一本の杭だ」
カインは、握った拳を下ろせなかった。
「俺に、何をした?」
透明な壁の向こうで、ニルが目を開いた。
『カイン……。思い出せなくて、ごめんね』
その背後で、最後の杭に黒い光がともる。
蒼界と紅界、両方の空に黒い歯車が浮かんだ。
選べる明日が、一つずつ閉じ始めていた。
七年を消すより、続きを聞きたい。
次回、第5話「選ばれなかった少年」。
自分も一本の杭だと告げられたカインは、何を選ぶのか。