【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

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自分も一本の杭だと告げられたカインに、七年前の記憶が戻り始める。
ニルは、透明な壁の向こうから彼を呼んだ。


第5話 選ばれなかった少年

第1期 第5話

選ばれなかった少年


 

 終端機関ゼロの白い広間で、カインは自分の胸を見下ろした。

 黒い管が、胸につながっている。その先を目で追うと、ヴァイスの胸部を通り、空に浮かぶ黒い歯車へ続いていた。

 

「俺に、何をした?」

 

 白髪の男、アウレルが答えた。

 

「境界適合試験体K-0。ヴァイスとお前を合わせて、第二の杭だ」

 

 カインは胸の管を掴んだ。

 自分の機体が杭になっている。それだけでも、聞かされていなかった。

 自分の身体まで、その一部だというのか。

 

 透明な収容室の中で、ニルが壁へ手をついた。

 右の青い目と、左の赤い目。その両方が、カインを見ていた。

 

『その番号で呼ばないで。カインは……カインです』

 

 胸の管が脈打った。

 痛みが走り、カインは息を詰める。

 目の前の広間に、別の白い部屋が重なった。

 七年間、思い出せずにいた光景だった。

 


 

 まだ世界が、一つだった頃。

 幼いカインの腕には、K-0と書かれた識別帯があった。

 向かいにいる少女の胸には、NILの三文字がある。

 

「ニルって、呼んだら駄目なのか」

『名前ではありません。記録が存在しない、という意味です』

「でも、呼ばないと振り向けないだろ。ニル」

 

 少女が顔を上げた。少年は、それを見て頷く。

 

「ほら。今、お前を呼んだ」

 

 少女は困ったように瞬きし、少年の腕を見た。

 

『私も、呼んでいいですか。K-0と』

「カイン。そっちで呼べ」

『帯には、書いてありません』

「俺が決めた名前だ。……ここには書いてない」

 

 少年が識別帯を袖へ隠すと、ニルはその手ではなく、顔を見た。

 

 ニルは、覚えた名前を確かめるように呼んだ。

 

『カイン。レン。アカリ。三人の名前を、私は覚えます』

 

 その声に、警報が重なった。

 観測環の中で、光が青と赤に裂けていた。

 青い光の向こうにはレンが、赤い光の向こうにはアカリがいる。

 一人を残そうとすると、もう一人の姿が薄くなる。

 レンを残せばアカリが消える。アカリを残せばレンが消える。

 ニルは、どちらへも手を伸ばせずに泣いていた。

 

「どっちかじゃない。二人が生きる場所を、二つ作れ!」

『二人の間に、誰かが残らないと……』

「俺を使え」

 

 カインの声は震えていた。

 怖くないはずがなかった。それでも、二人の姿が消えるまで待つことはできなかった。

 

 青い光の中にレンが残り、赤い光の中にアカリが残る。

 その間で、カインの身体が引き伸ばされた。

 青へ手を伸ばしても、レンには届かない。反対の手を伸ばしても、アカリには届かない。

 

 二人は、生きている。

 カインはそれを見届けながら、どちらの世界からも遠ざかっていった。

 自分の姿だけが、二つの未来の記録から抜け落ちていく。

 


 

 膝が床に当たった。

 カインは顔を上げる。白い広間に戻っていた。

 アウレルが、胸へ続く管に手を添えている。

 

「二つの世界がお前を忘れた。その怒りが、杭を安定させる」

「……俺の怒りまで、お前の道具か」

 

 カインは拳を上げた。

 だが、男を殴る前に止めた。

 怒れば、それさえ杭の力にされる。

 握った拳を下ろし、ヴァイスへ向かった。

 

 操縦席へ乗り込み、機体を動かす。

 ヴァイスが片方の位相刃を持ち上げ、自分の胸へつながる管に当てた。

 

『切れば、あなたも消える』

 

 ニルの声が、通信に入った。

 

「このまま、街へ波を送り続けろと言うのか」

『そうじゃない。あなたが消えるところを、また見たくない』

 

 黒い管が薄くなった。

 ニルが、第二の杭との接続を緩めていた。

 

『十秒だけ緩めます。刃を下ろして、ここから出て』

「お前は」

『私は、まだ出られません。レンとアカリに会ってください』

「二人を、信じろと?」

『今は信じなくていい。私の話も、まだ聞いていないでしょう。……生きて、聞きに来てください』

 

 カインは、管に当てていた刃を引いた。

 青と赤の通信帯を開き、行き先の座標を送る。

 

『俺を止めたいなら来い。必要なら撃て』

 

 ヴァイスの前に、紫の亀裂が開いた。

 カインは機体を踏み込ませる。

 背後で亀裂が閉じ、ニルの姿が見えなくなった。

 


 

 蒼界と紅界の狭間に、道路の切れ端と建物が浮かんでいた。

 道路は途中で途切れ、どこにもつながっていない。

 その一つで、ヴァイスが片膝をついていた。

 

 胸の黒い輪から、波が広がる。

 波が両世界へ届くたびに、街の機械が同じ動作を繰り返した。

 蒼界では、飛行車が何度進路を変えようとしても、元の方向へ戻される。

 紅界では、避難用の防壁が閉じ続け、人々の行く手をふさいでいた。

 

 第一の杭を砕いたとき、街には色と声が戻った。

 今度は、カインの機体が街を止めている。

 

 ヴァイスの前に、青と赤の門が開いた。

 アズールとフレアが、それぞれ別の足場へ降りる。

 

 レンは、正面の黒銀の機体を見た。

 ここへ来る直前、二人の半歯車にニルから記録が届いていた。

 炎の中で、幼いカインが叫ぶ。

 俺を使え、と。

 レンとアカリが青と赤の光に残り、カインだけが二人の間から消えていく。

 記録は、そこで途切れていた。

 

「撃つために来たんじゃない」

 

 レンが呼びかけると、ヴァイスが顔を上げた。

 

『俺がいる限り、波は止まらない』

「七年前、俺たち二人を生かしたんだろ」

『……記憶を見たのか』

「ニルから届いた。どうして自分だけ残ったんだよ」

『あの時は、それしか思いつかなかった。今もだ。だから撃て』

 

 赤い窓から、アカリが声を上げた。

 

『また、それしかないことにしないでよ』

 

 アカリは、フレアの操縦環を握り直した。

 

『ニルにも、まだ聞いてないことがあるんでしょ。私たちも一緒に考えるから』

 

 カインが答える前に、足場の向こうで何かが動いた。

 墓標のように並んでいた板が左右に割れる。

 その間から、白灰色の重装機が現れた。

 F-03、グレイヴ。

 両側の盾を開くと、胸の奥から十二本の黒い杭を撃ち出した。

 

 アズールが、レンへ警告する。

 

『こちらに六本。残る六本は、フレアへ向かっています!』

「こっちは止める。アカリ、そっちへ行った!」

 

 アズールの掌から、六つの円環が広がった。

 一本ずつ杭を捉え、空中で止める。

 黒い穂先が、機体の目前できしんだ。

 反動で操縦環が跳ね、レンの肩に痛みが走る。

 

「押し切らせるか……!」

 

 レンは両足で床を踏み、操縦環を引き戻した。

 

 フレアは低く踏み込み、自分へ飛んできた一本を拳で砕いた。

 その勢いで腰をひねり、続く二本を蹴り折る。

 破片が装甲を叩いた。

 残る三本が機体の脇を抜け、背後へ回り込む。

 

『アカリ、後ろに三本!』

 

 フレアの警告に、アカリは操縦環を引いた。

 

「分かってる。間に合え――!」

 

 振り向くより早く、横から紫の刃が走った。

 ヴァイスが二本の杭を切り落とす。

 最後の一本には刃が届かず、フレアとの間へ肩を入れた。

 黒い穂先が、黒銀の肩を引き裂いた。

 

「カイン!」

 

 アカリが叫ぶと、カインの声が返った。

 

『前を見ろ。まだ敵がいる』

 

 ヴァイスが肩の杭を振り払い、フレアから離れる。

 アカリはその背中に呼びかけた。

 

「……ありがとう。助かった」

 

 返事はなかった。

 レンは、止めていた六本の杭を無人の足場へ押し下げた。穂先が地面へ埋まったのを確かめ、円環をほどく。

 

 グレイヴが、二枚の盾を足場へ突き立てる。

 盾の下から黒い光が広がった。周囲の墓標が順に光り、三機の足元も黒く染まる。

 フレアが右足を踏み出した。だが、前へ着くはずの足が、持ち上げる前の位置へ戻った。

 もう一度、踏み出す。また、同じ位置に戻る。

 アズールも前へ進もうとしたが、一歩目を繰り返すばかりだった。

 

「足が……。前に出したのに!」

『同じ位置へ戻されています。推進は正常です』

 

 ヴァイスも、横へ移ろうとするたびに、刃を構えていた位置へ戻されていた。

 

 レンが画面を見ると、グレイヴの腕から白い槍が伸びていた。

 狙いは、ヴァイスの胸だった。

 

「カイン、右から来る!」

『動けるなら、動いている!』

 

 カインは操縦環を押し続けた。

 位相移動を始めようとしても、ヴァイスの輪郭が元の形へ押し戻される。

 白い穂先は、もう目の前にあった。

 

『……死ぬのを待つのは、もうやめだ!』

 

 ヴァイスの輪郭が、紫に揺れた。

 今回は元の姿へ戻り切る前に、カインの機体が移動を始めた。

 ヴァイスが消え、白い槍がその跡をかすめる。

 三機の足元に広がっていた黒い光が、一瞬薄れた。

 

 次の瞬間、ヴァイスが隣の足場に現れた。

 胸についていた黒い輪だけが、わずかに遅れて追いつく。

 

 レンはその動きを見たが、確かめる余裕はなかった。

 黒い光が薄れた隙に、アズールの掌を上げる。今度は腕を戻されなかった。

 突き出された槍へ円環を放ち、白い穂先を止めた。

 

「アカリ、盾の下だ! あそこから光が出てる!」

『見えた!』

 

 フレアの足も、今度は一歩前へ出た。

 アカリはそのまま機体を踏み込ませ、盾の足元にある墓標へ拳を落とす。

 墓標が砕けた。そこから三機の足元へ続いていた黒い光が途切れ、周囲の墓標も暗くなる。

 フレアは拳を引き、続けて後ろへ二歩下がった。

 足は戻されず、グレイヴとの距離が開いた。

 


 

『今の記録を戻します。カインさん、黒い輪が遅れています!』

 

 母艦から、ユナの声が入った。

 レンの画面で、ヴァイスが移動した瞬間の記録が拡大される。

 まず機体が現れ、そのあとから黒い輪が動いている。

 

「ここだ。輪と胸の間、管が見える!」

『開いているのは〇・〇三二秒だけです。見てからでは間に合いません』

 

 レンは、二つの間に伸びている黒い管を見た。

 

「アズール。機体を支えながら、遅れてくる輪を止められるか」

『開始信号に合わせれば、二つの円環で別々に押さえられます』

 

 カインが、画面に映る管へ目を向けた。

 

『その間を開けておけ。俺が刃を入れる』

 

 赤い窓から、アカリが呼びかける。

 

『待って。胸につながったまま切るのは怖い。先に、私が輪のつなぎ目を壊す。フレア、あそこだけ!』

『絞ります。拳をずらさないでください!』

 

 レンも、アズールへ聞いた。

 

「アズール、衝撃を輪の中へ。カインには流すな」

『固定と同時に抑えます。レン、両方とも支えてください』

 

 カインは、二機を見た。

 

『それでも、失敗したら?』

「分からない」

『正直だな』

 

 レンは、黒銀の機体から目をそらさなかった。

 

「でも、お前を撃つつもりはない。俺たちで押さえるから、切るかどうかはお前が決めてくれ」

『私たちに腹が立つなら、それもあとで聞く。だから今は、帰る方を試そう』

 

 アカリが続けると、カインは短く息を吐いた。

 肩の損傷警告は、まだ消えていない。

 ヴァイスが、二本の刃を構える。

 

『俺は、ニルに答えを聞くまで生きる』

 

 カインは、自分が移動を始める時刻を二機へ送った。

 レンがアズールの応答を確かめる。フレアからも、準備完了の返事が届いた。

 移動してから見て動くのでは、間に合わない。

 カインの開始信号に、三機の動きを合わせる。

 

 

【挿絵表示】

 

 


 

 グレイヴが槍を引き戻した。

 アズールの円環を引きずり、もう一度ヴァイスの胸へ突き出す。

 レンはアズールを間に入れ、掌を向け直した。

 

 円環へ槍が食い込む。

 一枚目が砕け、重ねた二枚目にも亀裂が走った。

 アズールの右腕が押され、レンの背中が座席に叩きつけられる。

 

「まだだ。アズール、止めてくれ!」

『維持します』

 

 フレアが、アズールの脇を抜けた。

 カインから、開始信号が届く。

 ヴァイスが紫の亀裂へ沈んだ。

 

 アズールの左掌から、二つの円環が広がる。

 一つは、移動先に現れたヴァイスの身体へ。

 もう一つは、その後ろへ。

 

 〇・〇三二秒遅れて、黒い輪が現れた。

 二つ目の円環が、輪を捉えて閉じる。

 

アズール:機体を保持。黒い輪の移動を停止しました。

 

 機体と輪の間に、黒い管が伸びた。

 管が縮もうとして、ヴァイスを後ろへ引く。

 アズールの左腕も、同じ方向へ引かれた。

 レンは右側の槍と左側の機体を交互に確かめ、両腕で操縦環を支える。

 

「カイン、胸は引っ張られてないか!」

『止まっている。そのまま持て!』

 

 カインは両脚を踏ん張り、二本の刃を機体と輪の間へ差し込んだ。

 黒い管が刃を押し戻す。

 操縦環を握る指が痛みでほどけかけたが、カインは握り直した。

 

 フレアから、アカリへ声が届く。

 

『つなぎ目が開きました!』

「ずれるな……そこだけ、抜く!」

 

 フレアが黒い輪の前へ踏み込み、拳を突き出した。

 拳が外縁に食い込み、操縦席が跳ね上がる。

 アカリは息を詰めながら、前を見続けた。

 狙うのは、管が輪から伸びている、そのつなぎ目だけだ。

 

 二機をつなぐ出力経路が光った。

 アズールの円環が輪を締め、フレアの拳へ青い光が重なる。

 

「アカリ、合わせるぞ!」

『うん!』

 

 レンが叫び、アカリが続けた。

 

「クロス・ギア――」

『インパクト!』

 

 フレアの拳が、つなぎ目を打ち砕いた。

 アズールの円環が衝撃を輪の内側へ押さえ込み、カインの機体へ流れるのを防ぐ。

 黒い輪が割れ、管が緩んだ。

 

 カインは、その隙を逃さなかった。

 差し込んでいた二本の刃を、交差させる。

 

『俺の道を――俺が決める!』

 

 紫の刃が、管ごとひび割れた輪を切り裂いた。

 七年間、胸を掴んでいた重さが消える。

 黒い波が途切れた。

 

 蒼界で、飛行車が衝突寸前の進路を変えた。

 紅界では閉じ続けていた防壁が開き、避難列がその下を走り抜ける。

 

 第二ゼロ・アンカーは、停止した。

 ヴァイスの胸から、黒い輪が崩れ落ちていく。

 その向こうに、機体が残っている。

 

「カイン、聞こえるか!」

『……聞こえている』

 

 声が返った。

 レンは、操縦環を握ったまま息を吐いた。

 


 

 そのとき、グレイヴの槍から力が抜けた。

 アズールが押さえていた穂先が、崩れる。

 だが、敵の胸は動いていた。

 黒い核が、砕けた杭の破片を吸い込んでいる。

 白灰色の装甲が内側から膨らみ、継ぎ目から光が漏れ始めた。

 

フレア:自爆反応。爆発まで、十四秒!

 

 ヴァイスの膝が折れた。

 フレアが右腕を掴み、アズールが円環を解いて左腕を支える。

 

『放せ。脚はまだ――』

『力、入ってないよ! こっちにも伝わってる!』

 

 アカリが言い返した。

 レンもアズールの腕を上げ、傾く機体を引き起こす。

 

 三機で退こうとしても、ヴァイスの脚に力が入らない。

 この速さでは、爆発の外へ逃げ切れなかった。

 

 カインは、膨らむ黒い核を見た。

 下側に、細い隙間がある。吸い込まれた破片が、まだそこだけをふさいでいない。

 

『二人とも、放せ』

「理由は?」

 

 レンが聞いた。

 カインは核の隙間へ、刃の先を向ける。

 

『死ぬためじゃない。生きるために、あれを止める』

 

 アズールとフレアが、同時に手を離した。

 ヴァイスは残る推力を脚へ集め、足場を蹴る。

 だが、核までは届かない。

 その背へ、フレアが拳を当てた。

 

『背中、押す! 刃はそのまま!』

『……来い!』

 

 赤い衝撃が、ヴァイスを前へ押し出す。

 カインの身体が座席へ沈んだ。

 歯を食いしばり、二本の刃を核の隙間へ突き立てる。

 隙間が裂け、内側から黒い光が噴き出した。

 

「アズール、あの光を奥へ! 誰もいない方だ!」

『流出方向、固定します』

 

 アズールの円環が、噴き出した光を束ねた。

 足場をかすめた黒い奔流が、無人の空域へ曲がる。

 ヴァイスは二本の刃を押し込み、裂け目を広げた。

 追いついたフレアが背へ掌を当て、噴き出す力に押し戻されないよう支える。

 

 グレイヴの胸が、ゆっくりとへこんでいった。

 核の光が弱まり、装甲の継ぎ目も暗くなる。

 最後の光を吐き出すと、白灰色の機体は内側から崩れた。

 墓石のような破片が、足場に落ちる。

 爆発は、起きなかった。

 

 レンは、止めていた息を吐いた。

 通信の向こうで、アカリも荒い息をついている。

 少し遅れて、カインの呼吸が聞こえた。

 

『……カイン。まだ、そっちの息が聞こえる』

『聞こえるなら、いちいち呼ぶな』

「呼ぶよ。返事がなかったら、困る」

 

 カインは言い返しかけて、黙った。通信だけは、つないだままにした。

 


 

 損傷したヴァイスが、ノア・ギアの零位相格納区へ収容された。

 機体を降りたカインの両側に、青と赤の位相窓が開く。

 青い窓にはレンが、赤い窓にはアカリがいた。

 並んで見えても、二人の身体は別々の世界にある。窓越しに手を伸ばしても、互いには触れられない。

 

 カインの前に、通信画面が開いた。

 ゼロの収容室にいるニルが、画面に映る。透明な壁の向こうから、こちらを見ていた。

 

『カイン。戻ってきてくれた』

「答えを聞きに来た」

『はい。……思い出しました。あなたが、私に名前をくれたこと』

 

 カインの指が、腕の識別環に触れた。

 

「……やっと、思い出したか」

『ごめんなさい』

 

 ニルは、すぐに言い返さなかった。

 カインの顔を見て、頷いた。

 

『もう忘れない、と言いたいです。でも、また忘れたら……その約束まで嘘になります』

 

 ニルは壁へ置いた手を、下ろさなかった。

 

『失っても、何度でも思い出します。あなたを呼びたいから』

 

 カインは黙ったまま、ニルを見ていた。

 許せない。許す準備もできていない。

 それでも、通信を切ろうとはしなかった。

 

「……今は、それでいい」

 

 赤い窓で、アカリが身を乗り出した。

 

『ニル。三人で食べる約束も、思い出してくれた?』

『空のお皿を、囲んでいました』

 

 レンは、記録台で見た三人の姿を思い出した。

 

「空のままじゃ終われないな。何を食べたいか、考えといてくれ」

 

 カインが、窓から目をそらす。

 

「先に、あいつを出してからだ」

『うん。帰ったら、話の続きもね』

 

 アカリが答えると、ニルが小さく笑った。

 直後、作戦室の警報が格納区にも響いた。

 

 ユナが、三人の前に空の映像を開く。

 黒い歯車へ、青、赤、紫の三本の光が集まっていた。

 

「第三の杭の出力が上昇しています」

 

 映像が、両世界の街へ切り替わる。

 蒼界の街に、紅界の橋が突き刺さっていた。

 紅界の荒野には、蒼界の建物が現れている。

 

「三人が同時に動いた、あの瞬間からです。青と赤と紫がそろうのを、待っていた可能性があります」

 

 カインの顔から、血の気が引いた。

 

「アウレルは、俺が二人へ接触することまで使った」

 

 アカリが、カインを見る。

 

『カイン。こっち見て。あなたを助けたこと、後悔してないから』

 

 レンも、窓の向こうから呼びかけた。

 

「三人で止める。さっき決めたことを、一人で取り消すなよ」

 

 黒い歯車の中心に、巨大な扉が開いた。

 ユナの画面に、残された時間が表示される。

 

第三ゼロ・アンカー。完全起動まで、十二時間。

 

 カインは、二人の窓へ向き直った。

 今度は、自分も生きて帰る。

 そのつもりで、扉の座標を見た。




自分が生きるために、二人へ力を貸したカイン。
次回、第6話「誰も選ばなかった世界」。
ニルのいる場所へ、三機で向かう。
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