【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ 作:シラヌイ321
今度は青と赤が、彼を撃たずに引き戻す。
終端機関ゼロの白い広間で、カインは自分の胸へ伸びる黒い管を見ていた。
管の先はヴァイスの胸部を通り、空に浮かぶ黒い歯車へ続いている。
「俺を、何にした」
「境界適合試験体K-0。ヴァイスとお前を合わせて、第二の杭だ」
白髪の男、アウレルは記録を読み上げるように答えた。
透明な収容室の向こうで、ニルが壁へ手をつく。本人の右目は青、左目は赤。その両方が、カインだけを見ていた。
『違う。カインは、杭になる前からカインだった』
黒い管が脈打つ。
七年間、切り取られていた光景が、痛みと一緒に戻ってきた。
まだ世界が一つだった頃。
幼い少年の腕には、K-0と書かれた識別帯があった。向かいの少女の胸には、NILの三文字だけがある。レンとアカリを二つの世界へ残した、あの災害より前のことだ。
「それ、名前じゃないのか」
『記録が存在しない、という意味です』
「じゃあ、今日から名前にすればいい。ニル」
『誰が決めるのですか』
「俺」
少女は困ったように瞬いた。
『あなたは、K-0?』
「カイン。番号じゃない。俺が決めた」
『また、あなたが?』
「便利だろ」
少女は、覚えたばかりの音を大切に抱えるように呼んだ。
『カイン。レン。アカリ。三人の名前を、私は覚えます』
やがて警報が鳴り、観測環の中で青と赤が裂けた。
レンを残せばアカリが消える。アカリを残せばレンが消える。泣くニルへ、幼いカインは叫んだ。
「どっちかじゃない。二人が生きる場所を、二つ作れ!」
『二人の間に、残る人が必要です』
「俺を使え」
怖くなかったわけではない。怖いと言う時間を、二人へ渡したのだ。
青にレンが、赤にアカリが残る。その間でカインだけが、どちらの未来にも記録されない場所へ引き伸ばされた。
青へ伸ばした手は、レンに届かなかった。赤へ伸ばした手も、アカリには届かなかった。
それでも、二人は生きている。
カインだけが、その外側へ残った。
白い広間へ意識が戻った。
カインの膝が床を打つ。アウレルは、黒い管へ手を添えた。
「二つの世界がお前を忘れた。その怒りが、杭を安定させる」
「……俺の怒りまで、お前の道具か」
カインは拳を上げ、止めた。殴れば、用意された答えを選ぶことになる。
代わりにヴァイスへ乗り込み、位相刃を黒い管へ当てた。
『切れば、あなたも消える』
「他に止め方がない」
『それを、答えにしないで』
ニルが接続を緩めた。十秒だけ、黒い管が透明になる。
『レンとアカリに会って。二人なら、杭じゃなく、カインとして見る』
「信じられると思うか」
『信じなくていい。でも、自分が死ぬ以外を一度だけ選んで』
カインは青と赤の通信帯へ座標を投げた。
カイン『俺を止めたいなら来い。必要なら撃て』
紫の亀裂が閉じた。
蒼界と紅界の狭間に、行き先のない道路と建物が浮いていた。
その中央で、ヴァイスが片膝をつく。胸の黒い輪から波が広がるたび、両世界の機械は最初の動きを繰り返す。進路を変えるはずの飛行車が曲がれず、避難用の防壁が閉じ続ける。
第一の杭は砕いた。色を取り戻した避難灯の下で、少年が母親を呼ぶ声も戻った。
今止めるのは、この輪だ。カインごと壊さずに。
青と赤の門が、別々に開いた。アズールとフレアが、触れ合わない二つの足場へ降りる。
直前、二つの半歯車へニルの記録が届いていた。炎の中で幼いカインが「俺を使え」と叫ぶ。青にレンが、赤にアカリが残り、少年だけが外側へ消える。
記録は、そこで切れていた。
レン「撃つために来たんじゃない」
アカリ『あなたまで、消させない』
『俺がいる限り、波は止まらない』
「七年前、俺たち二人を生かしたんだろ」
『……記憶を見たのか』
「ニルから届いた。今度はお前も残す」
『だから、撃てと言った』
『撃ったら、聞けなくなるじゃない』
アカリは赤い操縦環を握り直す。
『ニルの答えも、あなたの話も。まだ終わってないでしょ』
墓標の群れが、割れた。
白灰色の重装機が二枚の盾を開く。胸の奥が光った瞬間、十二本の黒い杭が三機へ飛んだ。
『F-03、グレイヴ。左六本はアズール。右六本はフレアへ!』
「左、止めるぞ!」
六つの青い円環が、杭を空中へ縫い止める。
黒い穂先が目前できしんだ。反動で操縦環が跳ね上がり、レンの肩へ鈍い痛みが走る。
両足で床を踏み、押し戻す。
『右は任せて!』
フレアが低く踏み込んだ。拳で一本を砕く。その勢いで腰をひねり、蹴りで二本を折った。
破片が赤い装甲を叩く。
残る三本が、フレアの背後へ回った。
『後ろ、三本です!』
『分かってる。間に合え――!』
黒銀の刃が、横から走った。
一本、二本。紫の二閃が黒い穂先を断つ。
最後の一本へ、ヴァイスが肩を入れた。黒銀の装甲が裂け、火花が赤い機体の背に散る。
『借りを返しただけだ』
『……まだ何も言ってないけど』
『言う声をしていた』
『そんな声、出してた?』
答えを待たず、グレイヴが盾を突き立てた。
盾の足元から墓標を伝い、黒い光が三機の脚へ絡む。踏み出そうとした足が押し戻され、操縦環が硬くなる。
白い槍が、ヴァイスの胸へ迫った。
「カイン、右!」
『動けるなら、動いている!』
槍の先端が近づく。
カインは操縦環を押し続けた。逃げ道を開こうとした輪郭が、何度も同じ姿へ押し戻される。
待っていれば、撃たれるだけだ。
『……死ぬのを待つのは、もうやめだ!』
ヴァイスの輪郭が、紫に揺れた。
カインが選んだ位相移動の開始だけが、拘束より先に走った。黒い光に細い亀裂が入る。槍が移動跡をかすめた。
ヴァイスは近くの足場へ現れた。その胸の黒い輪だけが、一瞬遅れて追いつく。
レンは黒い光の隙間へ円環を伸ばし、白い穂先を掴む。止められていたフレアの足が、わずかに動いた。
アカリは盾の足元の墓標へ拳を落とした。赤い衝撃が黒い光の根元を断ち、三機を縫い止めていた力が消える。
本体と黒い輪の移動差、〇・〇三二秒。
『輪だけ、遅れた?』
『はい。その一瞬なら、カインさんと分けられます』
ユナの声が、通信へ飛び込む。
『青はカインさんを支えて、輪を止める。赤はつなぎ目を壊す。最後は、ヴァイス自身で切ってください』
『失敗すれば』
「全員で帰れなくなる」
『正直だな』
『文句は、帰ってから聞くよ』
カインは短く息を吐いた。ヴァイスの損傷した肩の警告を消さず、二本の刃を構える。
「俺は、ニルに答えを聞くまで生きる」
自分で選んだ開始の信号を、青と赤へ渡した。
三機が、別々の身体のまま同じ瞬間へ向く。
グレイヴが槍を引き戻した。白い穂先が、もう一度ヴァイスを狙う。
アズールが、その前へ掌を出した。
青い円環へ槍が食い込む。一枚目が砕け、二枚目に亀裂が走った。青い右腕が後ろへ押される。
レンの背が、座席へ叩きつけられた。
「まだだ。アズール、離すな!」
『維持します。救出するのは――』
「カイン・ヴァイス!」
フレアがアズールの脇を抜けた。赤い足が墓標を蹴る。
ヴァイスが、紫の亀裂へ沈んだ。
〇・〇三二秒。
現れた黒銀の巨体へ、青い円環が閉じる。
もう一つの輪は、その後ろ。遅れて動き出した黒い輪だけを、逃がさず締めた。
黒い管が伸び、ヴァイスを引き戻す。
カインは両脚を踏ん張った。二本の刃を、自分と輪の間へ差し込む。腕が震えた。操縦環を握る指が、痛みでほどけかける。
「カイン、こっちは離さない!」
『聞こえている!』
『アカリ、つなぎ目が開きました!』
「行くよ、フレア!」
赤い拳が、黒い輪の外縁へ突き刺さる。
衝撃が操縦席を跳ね上げた。アカリの息が止まる。それでも前を見た。拳の先には、カインへ続く管がある。
そこだけを、断つ。
レンが呼び、アカリが続けた。
青い円環が衝撃をカインから外し、赤い打撃をつなぎ目へ閉じ込めた。
黒い輪が割れる。
管の力が緩んだ。
カインは操縦環を掴み直す。
『俺の道を――俺が決める!』
ヴァイスの刃が交差した。
紫の十字が、ひび割れた輪を切り裂く。七年間、胸をつかんでいた重さが消えた。
黒い波が、途切れる。
蒼界で、飛行車が衝突寸前の進路を変えた。
紅界で、閉じ続けていた防壁が開く。立ち止まっていた避難列が、その下を走り抜けた。
第二ゼロ・アンカーは、停止した。
カインは、残った。
だが、グレイヴは止まらない。
胸の黒い核が杭の破片を吸い込む。白灰色の装甲が内側から膨れ、継ぎ目から光が漏れた。
ヴァイスが傾いた。フレアが右腕を掴み、アズールが左腕を支える。
『放せ。自分で立てる』
『立ってから言って!』
「……重い」
『お前まで言うのか』
三機で退いても、爆発の外までは届かない。
カインは膨らむ核を見た。破片が埋まりきらない、下側の細い隙間。
今、そこだけが開いている。
『二人とも、放せ』
「理由は?」
『死ぬためじゃない。生きるために、あれを止める』
青と赤の手が、同時に離れた。
ヴァイスが残る推力を脚へ集める。黒銀の足が足場を蹴った。
届かない。
フレアが背中へ拳を当てた。
『押すよ!』
『言うのが遅い!』
赤い衝撃が、ヴァイスを前へ押し出す。
カインの身体が座席へ沈む。歯を食いしばり、二本の刃を隙間へ突き立てた。
黒い光が、裂けた口から噴き出す。
「アズール、奥へ! 誰もいない方だ!」
『流出方向、固定します』
青い円環が、噴き上がる光を束ねた。
足場をかすめた黒い奔流が、無人空域へ折れる。カインは刃を押し込み、赤い掌がその背を支え続ける。
膨れていた胸が、沈んだ。
グレイヴは内側から空洞になり、墓石のような破片へ崩れ落ちた。
爆発は、起きなかった。
レンが、止めていた息を吐く。アカリの荒い呼吸が返り、少し遅れて、カインの息も届いた。
『……ちゃんと、生きる方を選べるじゃない』
『一度だ。勝手に決めつけるな』
「じゃあ、次も頼む」
『気の早い連中だ』
ノア・ギアの零位相格納区へ、損傷したヴァイスが収容された。
レンは青側の位相窓、アカリは赤側の位相窓にいる。並んで見えても、まだ互いの身体へは触れられない。
中央のカインへ、ニルの像が届いた。
『思い出した。あなたが、私に名前をくれた』
「遅い」
『ごめんなさい』
「それも遅い」
『うん。もう忘れない、とは言わない。また失っても、何度でも思い出す』
カインはすぐには答えなかった。
許せない。許す準備もない。それでも、通信を切らずに息を吐く。
「……それでいい」
アカリが赤い窓へ身を寄せた。
『ニル。三人で食べる約束も、思い出してくれた?』
『空のお皿を、囲んでいました』
「だったら、続きができる。今度はちゃんと、食べよう」
レンが言うと、カインは窓から目をそらした。
「先に、あいつを出してからだ」
『うん。帰ったら、話の続きもね』
ニルが笑った直後、作戦室の警報が鳴った。
空に浮かぶ黒い歯車へ、青、赤、紫の三本の光が集まっていく。
「第三の杭の出力が上昇しています」
ユナが表示を切り替えた。蒼界の街へ紅界の橋が突き刺さり、紅界の荒野へ蒼界の建物が現れる。
「三人が動いた、あの瞬間からです。青と赤と紫がそろうのを、待っていた可能性があります」
カインの顔から血の気が引いた。
「アウレルは、俺が二人へ接触することまで使った」
『なら、三人で止めよう』
「また一人で終わらせるな」
黒い歯車の中心に、巨大な扉が開く。
選ばれなかった少年は初めて、自分が生きる未来を選ぶ側に立った。
名前をくれた少年を、今度は青と赤が未来へ引き戻しました。
次回、第6話「誰も選ばなかった世界」。三人は最後の杭と、ニルのいる原初座標へ。