【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ 作:シラヌイ321
青、赤、紫。三機は別々のまま、誰も杭にしない救出へ。
紅界の鉄橋が、蒼界のビルを突き破った。
砕けた窓が避難列へ降る。レンはアズールを割れた壁へ滑り込ませ、左腕で支えた。
「アズール、破片を止めて!」
『固定対象、二百七十一。安全上限を超えています』
青い円環に、ガラスが止まる。固定は一秒。ほどける前に次の輪を重ね、レンは落下物を支え続けた。
右掌は橋の先端へ。押し返せば、紅界の避難路まで崩れる。
赤い通信窓が開き、アカリの声が飛んだ。
『こっちは根元を掴んだ。重なった部分だけ、外すよ!』
「右へ十二度。下に人がいる!」
『了解。そっち、持つ?』
『避難完了まで四・八秒です』
「五秒、持たせる!」
紅界でフレアが鉄橋を引いた。青い掌へ鉄骨が食い込み、レンの背が座席へ押される。左腕を下げるな。目の前の背中を、全部通せ。
赤い機体が重なった部分を抜き、無人の荒野へ投げた。
五・一秒。ビルから圧力が消える。
『予定を〇・一秒超過しました』
「避難者は?」
『全員無事です』
「……なら、持った」
同じ衝突が、百八十七か所で始まっていた。
ノア・ギアへ戻った二機の窓に、カインが黒い扉の座標を送る。
『行き先は原初座標。七年前の記録で、今の世界を塗り潰す場所だ』
「昔へ戻れるんじゃないんだな」
『戻すのは記録だけだ。今の子供も、街も、消される』
ゲンゴが、ヴァイスの損傷した肩を応急装甲で覆った。主動力は六十一パーセント。空洞になった胸へ、青と赤の補助回路を組み込む。
青側のレンと赤側のアカリは、位相窓に映っている。並んで見えても、身体は別々の世界だ。
『扉は一度だけ開ける。開けたら、俺の力では帰れない』
『帰りは、ノア・ギアがつなぐ』
カナメが応じた。
『ニルを救出。第三の杭を停止。アウレルは生きて確保する』
『……殺すなと?』
『会う前に答えを決めるな』
カインは二本の位相刃を見た。返事の代わりに、握り直す。
残り十一時間二十六分。応急修理と発進準備に、二時間。
残り九時間十八分。
三つの発進路から、青、赤、黒銀が飛んだ。
ヴァイスの二刃が黒い扉へ食い込む。アズールは開いた片側を固定し、フレアが反対側を押す。
黒い装甲の継ぎ目から、紫の火花が噴いた。
ユナの警告が、三者通信へ入った。
『このままでは、帰還能力を失います』
『分かっている。先に――』
「三機一緒だ!」
『置いていく気、ないからね!』
青と赤の腕が、ヴァイスを支えた。
三機は合体せず、扉の隙間へ突入する。母艦から伸びた黄金の位相索が、ヴァイスの背部へつながった。
『帰る場所を見失うな』
扉が閉じた。
七年前の午後四時十七分。止まった時計の下へ落ちた三機は、別々の街区へ引き離された。
仲間の通信が、雑音に変わる。母艦へ続く帰還索は、位置記録への応答がここで途切れた。
アズールの前で、十七歳のアカリが手を振っていた。
同じ学校へ通い、喧嘩も仲直りもして、七年を隣で過ごした少女。
「レン、遅い。帰ろう」
『記憶と生体反応を照合。重大な矛盾は確認できません』
アズールの声に、レンは息を止めた。
白い道路で見た、抜け落ちた記憶とは違う。ここには失敗も、痛みもある。選ばれていれば、続いていた七年だ。
操縦席が開く。差し出された手は、すぐそこにある。
「ここを選んだら、今の街は?」
『分裂後の存在は、発生しなかったものへ戻します』
街全体から返事が響いた。原型炉の声だ。
アズールが、現在の街で助けた人々の名前を開く。分裂後に生まれた子供もいる。
『この一覧を消去しますか』
「残して。俺が帰る方へ」
レンは操縦席を閉じた。少女の手を取らなかった。
「一緒に過ごした七年は、今も欲しい。でも、あの人たちは消さない」
青い円環が地面へ広がる。欲しかった街が、光へほどけた。
フレアの前には、壊れなかった配給所があった。
避難路で救えなかった女性が、「おかえり」と笑っている。水も食べ物も足りている。アカリは開いた席から、身を乗り出した。
「会いたかった。ずっと……謝りたかった」
「もう頑張らなくていいよ」
フレアが赤い名簿を開く。今の居住区にいる七歳の少女と、五歳の兄弟。ここでは、その三人が生まれない。
「両方、残してよ」
『原型炉へ要求しました。回答は、同時維持不能です』
アカリの手が、途中で止まった。
相棒は、どちらを選べとも言わない。
「忘れないよ。あなたのことも」
涙を拭き、席を閉じる。
「でも、今のあの子たちも、絶対に失わない」
赤い拳が地面へ触れた。帰る先をアカリが告げると、フレア・ドライブの光が街をほどいた。
カインの前では、幼いニルが白い研究室に立っていた。
若いアウレルが頭を下げる。
「すまなかった。お前たちは部品ではない」
『帰ってきて、カイン』
七年、聞きたかった言葉だった。
カインは機体を降り、ニルへ手を伸ばす。
「今度は忘れないか」
『絶対に忘れません』
完璧な答えに、指が止まった。
今のニルは、そう約束しなかった。失っても、何度でも思い出すと、自分で言った。
「……俺は、あいつの続きを聞く」
カインはヴァイスへ戻る。二本の刃で、白い研究室を切り裂いた。
許せるか分からない今を、選んだ。
三機が、別々の足場へ叩き戻された。通信がつながる。
中央にいる白衣のアウレル。その上に、ニルの透明な収容室。男の胸から黒い管が、原型炉へ伸びていた。
『現在の記憶を保持。改変はありません』
「アカリ、いるか!」
『いる。帰ったら、話の続きね』
『二人とも、前を見ろ』
カインが刃を向けた先で、黄金の輪が折り畳まれた。
三重の輪を背負う白金の人型機が、アウレルとニルを包んで立つ。
識別、F-00オリジン。胸部の透明な核に、ニル。
「胸は壊すな。外を開ける!」
アズールが円環を放つ。
第一の黄金輪が回った。腕が構える前へ戻り、円環まで掌へ押し戻された。
『行動が〇・八秒、戻されました。記憶は保持しています』
『なら、次はこっち!』
フレアが踏み込む。拳が敵の顔へあと十センチ。
第二輪が回り、赤い機体は出発点へ戻った。推進器の熱だけが残る。
ヴァイスが背後へ回り、二刃を振る。第三輪が回り、黒銀の機体も元の位置へ戻された。肩の応急装甲に、新しい亀裂。
フレアの警告が赤い通信を走る。
『傷も、負荷も、戻りません!』
ユナの解析が三機へ届いた。
『原初回帰一回ごとに、外の残り時間が二十七分減っています』
その声に重なって、白い刃が三機へ降った。
レンは掌を上げた。青い輪が戻される。肩へ白刃が刺さり、操縦席が横へ跳ねた。
庇おうとしたフレアも戻され、右脚を切られる。ヴァイスの背部装甲を刃が貫いた。
四度目の原初回帰。残り七時間三十分。
「輪だ。順番に光ってる!」
レンは白い刃を避けながら、三輪の記録を開いた。
『輪の間隔は〇・〇二秒。全周〇・〇六秒。一機ずつ処理しています』
「三機、同時に入る。誤差は〇・〇一秒以内!」
『今度は、俺も時刻を渡す』
カインの声が返った。
「アズール、リンクするぞ!」
レンも相棒へ呼びかけた。
『出力と開始時刻を共有します。操縦権は各機で保持。接続を承認します』
『フレア。ニルを傷つけずに、胸を開こう!』
『はい。こちらも承認します!』
青と赤のペンダントが光った。ヴァイスの胸の補助回路にも、紫の光が走る。
カインが開始信号を送った。
アズールの左掌が開く。青い円環は敵の腕ではなく、午後四時十七分の時計を掴んだ。
戻される開始点を、動かさない。
レン「俺が止める。アカリ、踏み込め!」
フレアの右拳が引かれた。第二輪が光る。赤い機体が後ろへ引かれ、足裏が足場を削る。
アカリは操縦環を押し切った。
アカリ『戻される分まで、前へ行く!』
青と赤の間にできた〇・〇二秒へ、ヴァイスが飛び込む。
第三輪が光る直前。紫の刃が、白い回帰の道を断った。
『切った。今だ!』
赤い拳が白金の胸へ届く。
フレア・バースト。装甲を砕く衝撃を、青い円環が外へ留めた。中のニルへは通さない。
割れた装甲の奥へ、ヴァイスの二刃が走る。アウレルから炉へ続く黒い管が見えた。
三色の力が、開いた一点へ集まる。
レンが呼び、アカリとカインが声を重ねた。
赤い拳が継ぎ目を押し広げる。飛ぶ破片を青い円環が留め、紫の刃が裂け目をこじ開けた。
反動が三つの座席を叩く。三人は、操縦環を離さなかった。
三重輪が砕けた。白金の胸が、外側へ開く。
透明な収容室は、残った。
オリジンが膝をつく。第三の杭は止まらない。
残り七時間二十九分。空に映った青い街と赤い街が、互いへ滑り始めた。
青と赤の掌が、閉じかける胸の外殻を押さえた。
制御室へ実体で入れるのは、零座標に適合するカインだけ。短距離転送環へ、カインが立つ。
『一人で決めないで。声は届くから』
アカリに頷き、三者通信を開いたまま転送した。
透明な壁の前にニル。その足元で、アウレルが胸の管を押さえていた。
レンとアカリは各機に残り、青と赤の窓へ映っている。
「離せ。上書きを止めろ」
「今切れば、両世界が激突する」
『事実です。炉は引き寄せながら、速度も抑えています』
ユナの声に、カインの手が止まった。
ニルが透明な壁へ両手を当てる。
『私が演算を引き受ければ、収容室は開きます』
「また、お前一人を残すのか!」
レンの画面には、三つの答えが並んでいた。アウレルを残す。ニルを残す。カインを戻す。
『俺なら――』
『駄目。七年前と同じ場所へ、同じ人を戻さない!』
「一人じゃなく、分けよう。青が蒼界を止める。赤が紅界を押す。紫が間に、ぶつからない空間を作る」
『母艦へ負荷を分散できます。ただ、帰還索の位置記録への応答が途切れています』
侵入時の黄金線を、母艦へつなぎ直さなければならない。
『私が一度だけ、つなぎます』
ニルが言った。
『記憶を失うかもしれません。でも、失っても思い出すと、私が約束しました』
「……一人で決めるなと言っただろ」
『決めません。三人へ、協力をお願いします』
レンが青い半歯車を掲げ、アカリも赤を向けた。カインは黒い識別環を外し、透明な壁へ当てる。
三つの信号が届く。壁が開いた。
倒れてきた白い身体を、カインが両腕で受け止めた。
『覚えています。あなたが、私に名前をくれたこと』
「……あとでもう一度、聞かせろ」
ニルを床へ座らせ、アウレルへ向き直る。
「お前も、接続を切れ」
「切れば、七年前を訂正できない。私は、子供に選択を押しつけた。だから――」
「だから、謝る相手ごと消すのか!」
カインの拳が、男の頬を打った。
二度目の拳は、上げたまま止まった。青と赤の窓の二人が、続きを待っていた。
「俺も、全部消えろと思った。……だが、消したら聞けない」
ニルへ、アウレルへ、順に目を向ける。
「許せないまま、聞き続ける。生きてるなら、答えは変えられる」
『償う相手まで消したら、謝れないよ』
アカリが続けた。
アウレルの指が、胸の留め具へ触れる。ニルは男を見た。
『番号で呼んだことは、許していません。でも、次に何を選ぶかを、見ます』
男が、黒い装置を引き抜いた。
床が跳ねた。炉から黒い光が噴き、第三の杭との接続が切れる。
『界面衝突まで、五分!』
「行け」
「お前もだ。生きろと言って、置いていけるか」
カインはニルと、倒れたアウレルをヴァイスの後部区画へ転送した。
最後に自分も環へ入る。
『カイン、戻って!』
「……すぐ戻る」
『うん。声、つないで待ってる!』
白い制御室が崩れた。
カインが席へ帰ると、ニルを補助席へ移し、アウレルを後部区画で拘束した。
残り三分四十秒。
ニルの右の青い目と、左の赤い目が灯る。位相索をつなぐ一度の作業、その最初の接続が弾かれた。
白い髪から光の粒が落ちる。
「ニル。何を覚えてる」
『カインが、私に名前をくれました』
二度目。青側が応じた。
『レンとアカリを救う方法を、教えてくれました』
三度目。赤側も応じる。
『忘れても、何度でも思い出します』
黄金線が張った。ノア・ギアの声が戻る。
『帰還記録、確認。全境界杭を展開する!』
母艦の黄金環へ、三機の線が集まった。
一人を杭にしない。四つの支点で、二世界を支える。
アズールが蒼界側へ飛ぶ。
「アイオン・ロック、世界座標固定!」
青い円環が地平線へ閉じた。両腕の装甲が剥がれる。操縦環がレンの手を後ろへ引き、肘に痛みが走る。
フレアは紅界の界面へ両掌を当てた。
『フレア・ドライブ、全出力!』
右脚が沈む。既に裂けた外装が熱で剥がれ、冷却管が露出した。アカリは息を吐き、両脚で踏ん張った。
ヴァイスは、二つの間へ立つ。残る零座標を、逃げるためではなく、衝突しない空間へ開いた。
黒い背部装甲が弾け、白金の外殻を押さえて傷んだ位相刃の一本が、ここで砕けた。
七年前と同じ痛みが、カインの胸へ刺さる。
『カイン』
補助席から、ニルが呼んだ。
「今度は、落ちない」
残り三十秒。母艦が傾く。それでも、四つの支点は離れない。
十秒。重なった建物が薄れる。
五秒。黒い歯車へ亀裂。
一秒。
「今だ、離す!」
『押し返す!』
青い固定がほどけ、フレアが紅界を押して跳んだ。ヴァイスが中央の亀裂を閉じる。
黄金線が三機を引き寄せた。
黒い歯車が、光になって降る。
二つの世界は一つにならず、それぞれの空へ戻った。
蒼界のビルから赤い鉄骨が消え、紅界の橋には基部と避難路が残った。
青と赤、二つの避難列が、止まらず先へ進んでいく。
母艦の医療区画は、三つの位相窓でつながっていた。
レンの両腕に固定具。アカリは痛む右脚を寝台へ乗せている。身体同士には、まだ手が届かない。
修理画面には、アズールの左腕主装甲喪失、フレアの右脚外装半壊、ヴァイスの背部外装損傷と位相刃一本喪失が並ぶ。
零位相区画で、ニルが自分の白い手を見ていた。
「端末機能は安定。記憶欠損も確認されません」
ユナの報告を聞き、カインが初めて肩を下ろす。
『カイン、あとでもう一度、聞きますか』
「……聞く」
赤い窓で、アカリが小さく笑った。
アウレルは拘束室で生きている。回復後の事情聴取も、終端機関ゼロを率いた責任も、消えない。
ユナが新しい信号を開いた。
「杭の停止直前、原型炉が自動送信しました。アウレルの操作ではありません」
行き先は青でも赤でも、原初の側でもない。第四の方向だ。
ニルが目を見開いた。
『七年前、暴走の直前にも届いた信号です』
星のない空間で、四つの黒金の歯車が回る。巨大な人型の影が、こちらを向いた。
三名による自由選択を観測。再接続条件、成立。
二つの空に、同じ黒金の点が灯った。
救えたはずの夜へ、向こう側から影が動き始める。
失った人を忘れず、今いる人も消さない。
次回、第7話「第四の選択者」。救った二つの空を、同じ黒金の影が見ていた。