【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

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七年を取り戻せても、今いる君を消すなら、いらない。
レン、アカリ、カイン。三人はニルを救うため、最後の杭へ向かう。


第6話 誰も選ばなかった世界

第1期 第6話

誰も選ばなかった世界


 

 ノア・ギアの警報が、鳴り続けていた。

 ユナが開いた映像の中で、紅界の鉄橋が蒼界のビルへ食い込んでいる。その下の通りを、人々が逃げていた。

 

「アズール、あそこへ行く!」

 

 レンは機体へ駆け戻った。赤い位相窓の向こうでも、アカリがフレアへ走っている。

 

『橋を渡ってる人がいる! 私、根元を押さえる!』

「分かった。こっちはビルの下を空ける!」

 

 操縦席へ乗り込んだレンが、両手で操縦環を握る。

 アズールとフレアは、それぞれの世界へ向けてノア・ギアを発進した。

 

 アズールが被害の出ている街区へ着いたとき、ビルの壁に亀裂が広がった。

 突き出した赤い鉄骨が壁を押し、窓が次々に割れる。

 レンは画面の下へ目を走らせた。降り注ぐガラスの真下に、避難中の人々がいる。

 

「アズール、あの破片を止めろ!」

 

 アズールが左腕を伸ばし、崩れかけた壁を支えた。同時に青い円環が広がり、ガラスを空中で受け止める。

 だが、輪の端がほどけ始めた。止まっていた破片が、わずかに下がる。

 

『このままでは、破片が落ちます!』

 

 レンは次の円環を重ね、落ちる前に破片を受け止め直した。壁を支える左腕は動かせない。右掌を橋の先端へ当てたが、そのまま押し返すわけにもいかなかった。

 通信画面には、紅界の橋を渡る人々が映っている。

 

『レン、こっちは根元を掴んだ!』

 

 フレアが橋の基部を押さえていた。

 アカリはビルに食い込んだ鉄骨を確かめ、声を張る。

 

『そっちへ出ちゃった部分だけ外す。人がいない方へ引ける?』

「右へ十二度。真下には、まだいる!」

『右ね。分かった。……腕、持つ?』

 

 レンは足元の避難列を見た。

 最後尾の人が走っている。アズールが退避までの時間を告げた。

 

『あと四・八秒です』

「五秒、持たせる。やってくれ!」

 

 フレアが鉄骨を引いた。

 アズールの右掌に橋の先端が食い込み、レンの背が座席へ押しつけられる。左腕まで引かれ、支えていた壁が下がりかけた。

 レンは歯を食いしばり、操縦環を押し戻した。

 下を走る人々が、一人ずつビルの影から抜けていく。

 

 最後の一人が通り過ぎたとき、フレアが重なった部分を引き抜いた。外した鉄骨を、避難路から離れた無人の荒野へ投げる。

 アズールの掌から圧力が消えた。

 

『五・一秒。予定を〇・一秒超過しました』

「下に、誰か残ってないか」

『全員、影の外へ出ました。無事です』

 

 レンは、ようやく息を吐いた。

 

「……なら、持った」

 

第三ゼロ・アンカー。完全起動まで、十一時間四十一分十二秒。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ノア・ギアへ戻ると、地図には百八十七か所の衝突が表示されていた。

 橋とビルだけではない。蒼界の道路に紅界の建物が重なり、紅界の避難路を蒼界の地形が塞いでいる。

 レンが画面を見つめていると、カインから黒い扉の座標が届いた。

 

『行き先は原初座標だ。あそこで、七年前の記録を今の世界に上書きする』

「あそこにいた人たちも、消えるのか」

『ああ。時間を戻すんじゃない。今の街を消して、当時の記録で作り直す。あとから生まれた子供は、その記録にいない』

 

 赤い位相窓の中で、アカリが唇を結んだ。

 カインは、空に開いた扉を見上げている。

 

『俺なら、あそこを開けられる。ただし、一度だけだ。開けたら、自分の力では帰れない』

『帰りはノア・ギアがつなぐ』

 

 艦橋からカナメが応じた。

 

『帰還索はこちらで保つ。ニルと、アウレルを連れて戻れ。二人とも生きたままだ』

『あの男まで、俺に運べと言うのか』

『話を聞く必要がある。お前一人に、終わらせる役まで負わせるつもりはない』

 

 カインはすぐには答えなかった。

 格納区のヴァイスへ目を向ける。ゲンゴたちが、裂けた肩を応急装甲で覆っていた。主動力は六十一パーセントまでしか戻っていない。

 杭を取り除いた胸には、青と赤の補助回路が組み込まれていく。

 ゲンゴがカインを呼び、取り付けた回路を指した。

 

『二機から出力を受けられるようにした。動かすのは、お前だ』

 

 ゲンゴは、回路に触れようとして止まったカインの手を見た。

 

『勝手にはつながらん。お前が認めて、初めて通る』

『……それならいい』

 

 カインは回路を見て、頷いた。

 レンは青側の窓から、その作業を見ていた。

 隣にはアカリの赤い窓がある。三人が並んでいるようでも、レンとアカリの身体は別々の世界にあった。

 

『修理と発進準備に、二時間かかる』

 

 ゲンゴの声を聞き、カインが頷いた。

 それから、機体の両手に残る二本の位相刃を見た。

 残り時間は、十一時間二十六分だった。

 


 

 残り九時間十八分。

 ノア・ギアの三つの発進路から、アズール、フレア、ヴァイスが飛び出した。

 

 先行したヴァイスが、黒い扉へ二本の刃を差し込む。

 カインが両腕を開くと、扉の中央に細い隙間ができた。アズールは片側へ円環をかけ、フレアが反対側を両手で押す。

 隙間が広がるたび、ヴァイスの継ぎ目から紫の火花が噴いた。

 

『ヴァイスの外装が裂けています! 開いた幅で通ってください!』

 

 ユナの警告が三機へ届いた。

 

『分かっている。二人とも、先に――』

「三機一緒だ!」

 

 レンはアズールをヴァイスへ寄せ、その左腕を支えた。フレアも反対側から機体を抱える。

 

『先に行けって、言いかけたでしょ。聞かないから!』

 

 アカリが言うと、カインは開けた隙間へ顔を向けた。

 三機は互いを支えたまま、扉をくぐる。ノア・ギアから伸びた黄金の位相索が、ヴァイスの背部につながった。

 

『帰る場所を見失うな』

 

 カナメの声を最後に、背後の扉が閉じた。

 

 目の前に、午後四時十七分で止まった時計があった。

 その下には、七年前の街が広がっている。

 足場へ降りた途端、両隣の機体が見えなくなった。レンが呼びかけても、返るのは雑音だけだった。

 帰還索の表示も変わっていた。ノア・ギアの位置記録を呼び出しているが、応答がない。

 

「アカリ! カイン、どこだ!」

 

 その声に、街路から少女が振り向いた。

 

「レン、遅い。帰ろう」

 

 十七歳のアカリだった。

 同じ学校へ通い、喧嘩も仲直りもして、七年を隣で過ごした姿で立っている。

 レンは、操縦環に置いた手を動かせなくなった。

 

「今度も、偽物なのか」

『照合中です。……記憶にも生体反応にも、重大な矛盾は確認できません』

 

 白い道路で見せられた街とは違った。

 幸せな出来事の間に、失敗も、傷つけ合った日もある。苦しい日も乗り越えて、二人で生きてきた。

 この七年も、選ばれていれば続いていたのだ。

 

 操縦席が開いた。

 少女が手を差し出す。レンがずっと、触れたかった手だった。

 

「一緒に帰ったら……今、俺を待ってる人たちはどうなる」

 

 少女の声ではない返事が、周囲の建物から響いた。

 

『分裂後の存在は、発生しなかったものへ戻します』

 

 原型炉が答えていた。

 アズールの画面に、今の街で助けた人々の名前が並ぶ。分裂したあとに生まれた子供の名もあった。

 さっきビルの下を走っていた人々も、この街にはいない。

 

『この一覧を消去しますか』

「消すな。その名前、全部残してくれ」

 

 レンは少女を見た。

 伸ばされた手を取れば、一緒に帰れる。それでも、自分からは手を伸ばせなかった。

 

「一緒に過ごした七年は、今も欲しい。でも、あの人たちは消さない」

 

 操縦席を閉じた。

 アズールの円環が地面へ広がり、街並みが光の中へほどけていく。

 レンは最後まで、少女のいた場所を見ていた。

 


 

 アカリの前には、壊れなかった配給所があった。

 水も食べ物も十分にある。人々が列を作り、順番を待ちながら話していた。

 その中から、一人の女性が顔を上げる。

 

「おかえり」

 

 避難路で、助けられなかった人だった。

 アカリは開いた操縦席から身を乗り出した。

 

「あの時、届かなくて……。ずっと、謝りたかった」

「もう頑張らなくていいよ」

 

 女性が近づいてくる。

 アカリが手を伸ばしかけたとき、フレアが名簿を開いた。

 今の居住区で暮らす、七歳の少女と五歳の兄弟。その三人は、この世界では生まれない。

 

「あの子たちがいない。……フレア、聞いて。両方残せないかって」

『原型炉へ要求しました』

 

 アカリは答えを待った。

 フレアが、受け取った返事を伝える。

 

『回答は、同時には維持できない、と』

 

 伸ばしかけた手が止まった。

 フレアは、それ以上言わなかった。選ぶよう急かすこともない。

 アカリは目元を拭き、女性へ顔を向けた。

 

「会えて、嬉しかった。今でも、助けたかったと思ってる」

 

 会えたことが嬉しかった。

 もう一度失うのは嫌だった。けれど、今度はあの子たちを消していいことにはならない。

 

「でも、今のあの子たちも、絶対に失わない」

 

 アカリは席へ戻った。

 フレアが地面に拳をつける。

 

「帰ろう、フレア。みんなが待ってる方へ」

 

 フレア・ドライブの光が、足元から街へ広がっていった。

 


 

 カインの前では、幼いニルが白い研究室に立っていた。

 その隣に、若いアウレルがいる。

 白衣の男が頭を下げた。

 

「すまなかった。お前たちは部品ではない」

『帰ってきて、カイン』

 

 七年間、聞きたかった言葉だった。

 カインはヴァイスを降り、ニルの前へ歩いていった。手を伸ばし、少女の顔を確かめる。

 

「……俺のこと、覚えているのか」

『はい。もう、絶対に忘れません』

 

 指が止まった。

 そう言ってほしかった。今度こそ、何も失わずに済むと。

 だが、今のニルは違う答えを返した。

 また失っても、何度でも思い出す。忘れないとは約束できなくても、自分でそう言ったのだ。

 

「そんな約束、できなかっただろ。……それでも、思い出すと言ったんだ」

 

 カインは手を下ろし、ヴァイスへ戻った。

 二本の位相刃が、白い研究室を切り裂く。

 まだ許せていない。元の場所へ戻っても、その気持ちは残るだろう。

 それでも、話をしていた相手は向こうにいる。

 


 

 アズールの足が、硬い足場を踏んだ。

 離れた場所に、フレアとヴァイスが現れる。通信窓の雑音が消え、二人の顔が戻った。

 

『現在の記憶を保持。改変はありません』

 

 アズールの確認を聞きながら、レンは窓へ身を寄せた。

 

「アカリ!」

『いるよ。……ちょっと待って。顔、見せて』

 

 アカリの目元が赤かった。レンは聞きかけた言葉を飲み、窓へ顔を寄せる。

 

「これで見えるか」

『うん。あとで聞いてね。今は、戻れてよかった』

 

 レンが頷くより先に、カインが二人を呼んだ。

 

『前を見ろ』

 

 三つの足場の中央に、アウレルが立っていた。

 男の胸から伸びた黒い管が、原型炉につながっている。その頭上には、ニルを閉じ込めた透明な収容室があった。

 

 黄金の輪が、二人の周囲で折り畳まれた。

 白金の腕が左右に伸び、足が中央の床を踏む。

 三重の輪を背負った人型機、F-00オリジンが、アウレルとニルを内部へ収めて立ち上がった。

 胸の透明な核に、ニルの姿が見える。

 

「胸は壊すな。外の装甲を開ける!」

 

 レンはオリジンの腕へ円環を放った。

 直後、背中の第一の輪が光った。

 アズールの腕が勝手に下がる。放ったはずの円環まで掌へ戻り、構える前の姿勢へ押し戻された。

 

『行動が〇・八秒、戻されました。記憶は保持しています』

『なら、次はこっち!』

 

 アカリが操縦環を押し込んだ。

 フレアが踏み込み、オリジンの顔へ拳を振る。あと十センチで届く、その瞬間に第二の輪が光った。

 フレアは元の足場へ戻っていた。だが、推進器の熱は下がっていない。

 

 その間に、ヴァイスが背後へ回った。

 二本の刃を振り下ろす。今度は第三の輪が光り、ヴァイスも攻撃を始めた位置へ戻された。

 応急装甲に走った亀裂だけが残る。

 

『傷も、負荷も、戻っていません!』

 

 フレアが警告を上げた。

 そこへ、ノア・ギアからユナの声が入った。

 

『三機とも聞こえますか。通信は戻りました。ただ、帰還索の位置記録には、まだ応答がありません』

「聞こえる! 同じところへ戻される。こっちの傷だけ残ったままだ!」

『外の時計も進んでいます。原初回帰のたび、二十七分ずつ削られています!』

 

 レンが残り時間の表示へ目を移しかけたとき、オリジンが白い刃を放った。

 アズールは掌を上げ、円環を広げる。

 黄金の輪が、また光った。

 構えた腕も円環も戻され、白い刃だけが迫ってくる。

 

 アズールの肩に刃が刺さった。

 衝撃で操縦席が横へ振られる。助けに入ろうとしたフレアも押し戻され、避けきれない刃に右脚を切られた。

 ヴァイスの背部装甲にも、白い刃が突き立つ。

 

 四度目の原初回帰。

 残り時間は、七時間三十分になっていた。

 

「アズール、輪が光ったところを、もう一度!」

 

 レンは続けて飛んできた刃をかわし、戦闘記録を開いた。

 アズールが巻き戻されたとき。フレアが退かされたとき。ヴァイスの刃が届かなかったとき。

 光った輪が、一つずつ違う。

 

「三つ一緒には動いてない。順番だ!」

『輪が作動する間隔は〇・〇二秒。一周に〇・〇六秒かかります。三機を一機ずつ処理しています』

 

 レンは記録を戻し、今度はオリジンの向こうにある時計を見た。

 輪が光るたび、止まっていた針がわずかに動く。そして四時十七分へ戻った瞬間、三機も元の場所へ押し戻されていた。

 

「あの針が四時十七分に戻ると、俺たちも戻される。アズール、合ってるか」

『記録と一致します』

「なら、針を押さえてみる。戻されるのを少しでも遅らせられれば、その間に届く」

 

 レンは二人の通信窓を開いた。

 

「同時に入ろう。一機を戻してる間に、ほかの二機が届けばいい。誤差は〇・〇一秒以内!」

『開始時刻は、前と同じように俺から送る』

 

 カインがヴァイスの姿勢を立て直した。

 胸の補助回路の表示を確かめ、二人へ聞く。

 

『補助回路を使う。受けられるか、確かめろ』

「アズール、接続を確かめてくれ」

 

 アズールがヴァイスへ確認の信号を送った。カインの画面に接続要求が現れ、補助回路が応答する。

 

『補助回路の応答を確認しました。出力も接続できます』

『なら、俺もつなげ。操縦はこっちで続ける』

 

 カインが接続を認めると、レンも相棒へ呼びかけた。

 

「アズール、リンクするぞ。俺たちが、戻される場所を押さえる」

『出力と開始時刻を共有します。操縦は、それぞれの機体で続けてください。接続を承認します』

『フレア。ニルを傷つけずに、胸を開こう!』

 

 アカリの声に、フレアが答えた。

 

『はい。こちらも承認します!』

 

 青と赤のペンダントが光った。

 ヴァイスの胸に組み込まれた補助回路にも、紫の光が走る。カインが開始信号を送り、三機の表示が同じ時刻を示した。

 

トライ・ギア・リンク。三機独立制御。同期誤差、〇・〇〇七秒。

 

 三機が動いた。

 アズールは左掌から円環を広げ、時計へ輪を閉じた。

 第一の黄金輪が光る。時計の針が四時十七分へ戻ろうとした。

 アズールの円環が、その動きを押さえる。針が震え、レンの握る操縦環が引かれた。

 レンは両手で押し返した。

 

「俺が止める。アカリ、踏み込め!」

 

 フレアがオリジンへ突っ込んだ。

 第二の輪が光る。フレアの姿が揺れたが、今度は元の足場へ消えなかった。時計の針を押さえている間、戻される動きも遅れている。

 それでも、機体は後方へ引かれた。足裏が足場を削る。

 

『踏みとどまれる! レン、そのまま!』

 

 アカリは操縦環を押し続ける。推進器が噴き、フレアの右拳が敵の胸へ近づいた。

 

『戻される分まで、前へ行く!』

 

 第二の輪が働いている〇・〇二秒に、ヴァイスが飛び込んだ。

 第三の輪が光り始める。その手前を、位相刃が横切った。

 ヴァイスを元の足場へ戻そうとする白い光が、刃に断たれる。

 

『切った。今だ!』

 

 カインの声とともに、フレアの拳が白金の胸へ届いた。

 フレア・バーストの衝撃で、装甲に亀裂が走る。

 アズールはその周囲へ円環を重ねた。衝撃が胸の内側へ抜けないよう、砕けた外殻ごと押さえる。透明な核の中で、ニルは動かなかった。

 

 ヴァイスが亀裂へ二本の刃を差し込んだ。

 装甲の奥に、アウレルから原型炉へ続く黒い管が見える。

 レンは円環を保ったまま、二人へ呼びかけた。

 

「そのまま、外へ開くぞ!」

『合わせる!』

『やれ!』

 

 アカリとカインの返事を聞き、レンが声を張った。

 

「トライ・ギア――」

『リベレーション!』

 

 フレアの拳が継ぎ目を押し広げた。

 飛び散ろうとする破片をアズールの円環が留め、ヴァイスの二本の刃が裂け目を左右へこじ開ける。

 反動が三つの操縦席を叩いた。それでも、三人は操縦環を離さなかった。

 

 オリジンの三重輪が砕けた。

 胸の装甲が外へ開き、透明な収容室が露出する。

 ニルを傷つけずに、そこまで届いた。

 

 オリジンが膝をついた。

 だが、第三の杭の表示は消えなかった。

 残り七時間二十九分。頭上に映る二つの街が、さらに近づいていた。

 


 

 オリジンの胸が、再び閉じようと動き始めた。

 アズールとフレアが左右の外殻を掴み、押さえる。

 その隙間から制御室へ実体で入れるのは、零座標に適合するカインだけだった。

 

 カインはヴァイスの操縦席を離れ、短距離転送環へ立った。

 

『カイン。聞いてるからね。困ったら、ちゃんと呼んで』

 

 通信窓のアカリが、カインを見ていた。

 カインは頷き、三者通信を開いたまま転送した。

 

 透明な壁の向こうに、ニルがいた。

 その手前で、アウレルが胸の黒い管を押さえている。

 レンとアカリは機体に残り、青と赤の窓から制御室を見ていた。

 

「ニルを離せ。上書きを止めろ」

「今切れば、二つの世界が激突する」

 

 カインは男へ一歩近づいた。

 

「今も近づいているだろうが!」

「炉が引いている。だが、速度を抑えているのも炉だ。切れば、その支えまでなくなる」

 

 アウレルは胸の管を押さえた。

 カインが足を止める。頭上の二つの街は、今も近づいていた。

 ニルは透明な壁へ両手を当てる。

 

『私なら、炉の演算を引き受けられます。そうすれば、皆さんは――』

「帰れると、言うな」

 

 カインは、壁の向こうの顔を見た。

 

「お前がいないまま、誰と続きを話せばいい」

 

 カインは、アウレルへ続く管を見た。

 

「だったら、俺が――」

『駄目。また、あなた一人を残すことになる!』

 

 アカリが遮った。

 レンは機体の表示へ目を移す。アズールも、フレアも、ヴァイスも、まだ動ける。

 

「待ってくれ。俺たちも、まだ動ける」

 

 レンは近づく二つの街を、画面の上で指し分けた。

 

「俺が蒼界を止める。その間に、アカリは紅界を押せるか」

『やる。カイン、その間の隙間を残して』

「ヴァイスで二つの間を開けるんだ。誰かを炉につなぐ前に、外から支えよう」

 

 アカリがフレアの出力を確かめた。

 カインも、ヴァイスに残る力を見た。

 そこへ、カナメの声が入る。

 

『三機だけで抱え込むな。母艦も支える』

 

 ユナが帰還索の表示を確かめた。

 

『そのためには、帰還索をつなぎ直す必要があります。声は届いていますが、母艦の位置記録には、まだ応答がありません』

 

 扉をくぐったときに途切れた、黄金の索。

 それを戻せなければ、ノア・ギアから三機を支えることもできない。

 

『私が一度だけ、つなぎます』

 

 ニルが言った。

 

『記憶を失うかもしれません。……また名前が出てこなくなるのは、怖いです』

 

 ニルの声が途切れた。カインは先を急かさず、透明な壁へ手を置く。

 

『でも、ここから出たい。皆さんと帰りたいです。三人とも、手を貸してください』

「……分かった。何をすればいい」

 

 ニルはカインを見てから、二つの窓へ顔を向けた。

 

『まず、この壁を開けます。外からの信号が必要です』

 

 ニルが、カインの識別環を指した。

 

『それを壁に当ててください。レンとアカリも、半歯車をこちらへ。信号が届いたら、内側から開けます』

 

 レンが青い半歯車を掲げる。アカリも赤い半歯車をニルへ向けた。

 カインは腕の黒い識別環を外し、透明な壁へ当てる。

 

 三つの信号が、収容室へ届いた。

 ニルは識別環が当たっている場所へ、内側から掌を重ねた。

 二人を隔てていた透明な壁が開いた。

 ニルの身体が前へ倒れ、カインが両腕で受け止めた。

 

「ニル。顔を上げろ。……俺が分かるか」

『カイン。覚えています。名前をくれた人です』

 

 カインは少女の顔を見た。

 右の青い目も、左の赤い目も、彼を見返している。

 

「……あとでもう一度、聞かせろ」

『はい』

 

 カインはニルを床へ座らせた。

 身体を支えられるのを確かめてから、アウレルへ向き直る。

 

「お前も、接続を切れ」

「切れば、七年前を訂正できない。私は、子供に選択を押しつけた。だから――」

「だから、謝る相手ごと消すのか!」

 

 カインの拳が、アウレルの頬を打った。

 男が床へ崩れる。カインはもう一度拳を上げたが、振り下ろせなかった。

 ニルがすぐそばにいた。二つの通信窓では、レンとアカリが見ていた。

 誰も、話を終わらせようとはしていない。

 

「俺も、全部消えろと思った」

 

 カインは上げていた拳を下ろした。

 

「……だが、消したら聞けない」

 

 ニルを見て、それからアウレルを見る。

 

「許せないまま、聞き続ける。生きてるなら、答えは変えられる」

 

 赤い窓から、アカリが続けた。

 

『償う相手まで消したら、謝れないよ』

 

 アウレルの指が、胸の留め具へ触れた。

 ニルが男を見上げる。

 

『私にも、名前があります。これからは、そちらで呼んでください』

 

 ニルはアウレルを見た。

 

『許したわけではありません。それでも、生きて私の話を聞いてほしいんです』

 

 アウレルは留め具を外した。

 胸から、黒い装置を引き抜く。

 

 床が跳ねた。

 原型炉から黒い光が噴き出し、第三の杭への接続が切れた。同時に、頭上の二つの街が急速に近づく。

 

『界面衝突まで、五分!』

 

 ユナの声が響いた。

 もう、完全起動までの残り時間ではなかった。二つの世界がぶつかるまでに、支え直さなければならない。

 

「行け」

 

 アウレルが言った。

 カインは男の腕を掴んだ。

 

「お前もだ。生きろと言って、置いていけるか」

 

 ニルとアウレルを短距離転送環に入れ、ヴァイスの後部区画へ送る。

 天井が崩れ始めた。カインは二人の転送完了を確かめ、自分も環へ踏み込んだ。

 

『カイン、戻って!』

 

 アカリの声が届く。

 

「……すぐ戻る」

『うん。声、つないで待ってる!』

 

 白い制御室が崩れた。

 ヴァイスへ戻ったカインは、ニルを補助席へ移した。アウレルを後部区画で拘束し、操縦席に戻る。

 

『二人とも、そっちにいるか』

 

 レンが確かめると、カインは後部区画の表示を見た。

 

「いる。アウレルも生きている」

『ニル、大丈夫?』

『はい。今から、帰り道をつなぎます』

 

 アカリに答えたニルが、両目を光らせた。

 


 

 衝突まで、三分四十秒。

 ニルが帰還索へ信号を送った。

 最初の接続は弾かれた。白い髪から光の粒がこぼれ、カインが補助席を振り返る。

 

「ニル。何を覚えてる」

『カインが、私に名前をくれました』

 

 返事はすぐにあった。

 ニルは作業を続け、再び信号を送った。今度は蒼界側が応じる。

 

『レンとアカリを救う方法を、教えてくれました』

 

 続く信号に、紅界側も応じた。

 ニルは顔を上げ、カインへ頷く。

 

『忘れても、何度でも思い出します』

 

 黄金の位相索が張った。

 通信窓に、ノア・ギアの位置が戻る。

 

『帰還記録、確認!』

 

 ユナの報告に続き、カナメが命じた。

 

『全境界杭を展開する。三機を支えろ!』

 

 ノア・ギアの黄金環へ、三機の線がつながった。

 三機と母艦。その四か所で力を分け、近づき続ける二つの世界を受け止める。

 

 アズールが蒼界側へ飛んだ。

 レンは両手で操縦環を握り、円環を広げる。

 

「アイオン・ロック、世界座標固定!」

 

 青い円環が地平線へ閉じた。

 蒼界が動こうとする力が、アズールの両腕にかかる。装甲が剥がれ、操縦環が後方へ跳ねた。

 レンの肘に痛みが走った。それでも、手を離せない。

 

 フレアは紅界の界面へ両掌を当てた。

 アカリが息を吸い、操縦環を押し込む。

 

『フレア・ドライブ、全出力!』

 

 フレアの右脚が足場へ沈んだ。

 オリジンに切られた外装が熱で剥がれ、冷却管が露出する。アカリは痛みに息を吐き、両脚で踏ん張った。

 アズールが止めている間に、紅界を押し戻す。

 

 ヴァイスは二つの世界の間へ入った。

 カインが残る零座標を開き、迫る界面の間に空間を作る。

 背部装甲が弾け飛んだ。オリジンの胸を開いたときに傷んだ位相刃の一本も、ここで砕ける。

 胸に、七年前と同じ痛みが走った。

 

「……っ」

『カイン』

 

 補助席からニルが呼んだ。

 カインは、つながった三本の線を見た。ノア・ギアの位置も、画面に残っている。

 

「今度は、落ちない。お前も乗っているんだ」

 

 残り三十秒。

 負荷を受けたノア・ギアが傾いた。それでも、黄金の索は緩まなかった。

 十秒。重なっていた建物の輪郭が薄れ始める。

 五秒。空の黒い歯車に、亀裂が入った。

 

 アズールの固定を解けば、蒼界も動き出す。

 早すぎればぶつかる。遅ければ、フレアが押し戻せなくなる。

 レンは残り時間を見ながら、アカリの声を待った。

 

『こっちは、いける!』

 

 一秒。

 

「今だ、離す!」

 

 アズールが円環を解いた。

 

『押し返す!』

 

 フレアが紅界を押し、反動で界面から飛び離れる。

 カインは二つの世界が離れたのを確かめ、中央に開けた亀裂を閉じた。

 直後、ノア・ギアの黄金索が三機を引き寄せる。

 

第三ゼロ・アンカー、停止。蒼界・紅界、各位相へ復帰。

 

 黒い歯車が砕け、光となって降った。

 二つの世界は一つにならず、それぞれの空へ戻っていく。

 

 蒼界のビルから、赤い鉄骨の影が消えた。

 紅界の橋には、基部と避難路が残っていた。

 どちらの世界でも、避難列は止まらず先へ進んでいた。

 


 

 ノア・ギアの医療区画は、三つの位相窓でつながっていた。

 レンの両腕には固定具が巻かれている。赤い窓の向こうでは、アカリが痛む右脚を寝台へ乗せていた。

 顔は見える。声も届く。

 それでも、互いの身体には、まだ触れられなかった。

 

 修理画面には、三機の損傷が並んでいた。

 アズールは左腕の主装甲を失い、フレアの右脚外装は半壊している。ヴァイスは背部外装を損傷し、位相刃を一本失った。

 

 零位相区画で、ニルが自分の白い手を見ていた。

 ユナが検査の結果を開く。

 

「端末機能は安定しています。記憶の欠損も確認されません」

 

 カインが、初めて肩を下ろした。

 ニルはその顔を見て、首を傾ける。

 

『カイン。もう一度、言いますね』

 

 ニルは自分から彼の方へ顔を上げた。

 

『名前をくれて、ありがとうございました』

「……忘れてないのは、分かった」

 

 そう言っても、カインは顔をそらさなかった。

 

 赤い窓の中で、アカリが小さく笑った。

 

『じゃあ、私たちにも聞かせて。帰ったら続きを話すって、約束したでしょ』

『はい。覚えています』

 

 ニルの返事を聞き、レンは寝台へ背を預けた。

 今は同じ場所へ集まれなくても、話の続きを聞くことはできる。

 

 アウレルは、拘束室で生きていた。

 回復すれば事情を聞くことになる。終端機関ゼロを率いて行ったことも、消えたわけではなかった。

 

 しばらくして、ユナが新しい記録を開いた。

 

「杭が止まる直前に、原型炉から信号が送られています」

 

 カインが顔を上げた。

 

「アウレルが送ったのか」

「送信記録では、自動送信となっています。アウレルが操作した記録はありません」

 

 画面には、信号が向かった方向が示されていた。

 蒼界でも紅界でもない。原初座標の側とも違う。

 レンは三つの表示の外へ伸びた線を見た。

 

「三つのどこにも、入ってない……」

「はい。届く先があるかも、まだ確認できません。方向だけは、分かりました」

 

 ニルが目を見開いた。

 

『この信号……七年前、暴走する直前にも届きました』

 

 カインはニルを見た。

 そのとき誰が送ったのか。今、誰が受け取ったのか。

 画面に残る記録には、どちらの答えもなかった。

 


 

 星のない空間で、四つの黒金の歯車が回っていた。

 その中心にいる巨大な人型の影が、顔を上げる。

 

三名による自由選択を観測。観測を継続。

 

 蒼界と紅界の空に、同じ黒金の点が灯った。

 救えたはずの夜へ、向こう側から影が動き始めていた。




失った人を忘れず、今いる人も消さない。
次回、第7話「第四の選択者」。救った二つの空を、同じ黒金の影が見ていた。
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