【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ 作:シラヌイ321
それでも、人々は「見えた未来」から逃げ始めた。
「塔が倒れる! 十秒後に、ここへ!」
蒼界の避難広場で、女性が出口へ走った。
後ろの人々も動く。警備柵が倒れ、その前で男の子が転んだ。
「アズール、柵を止めろ!」
青い円環が、倒れかけた鉄柵を受け止める。
アズールが男の子をかばって降り立った。応急板で覆った左腕を下げ、人々へ通路を空ける。
レンは外部音声を開いた。
「ゆっくり! 前に子供がいる!」
女性が振り返る。レンも塔を見た。
十秒は過ぎていた。塔は、立っている。
「……見たんです。黒い光で、切られて」
「今は倒れてません。こっちを見て。歩けますか」
女性が小さく頷いた。警備員の手を借り、男の子が立ち上がる。
警備員が柵を支えたのを見届け、レンは救助の円環を解いた。
第三の杭が止まってから、一時間十三分。空の黒金の点は、消えていなかった。
赤い通信窓にアカリが映る。
『こっちも。防壁が崩れるところを、何百人も見た。建物は無事だけど、逃げた人が集まって床が抜けた。軽傷が四人』
「こっちは三人。アカリ、脚は?」
『痛い。でも動く。レンの腕は?』
「痛い。でも動く」
『そこ、同じにしなくていいのに』
レンは少し笑った。窓の向こうで、アカリも息をつく。
次の瞬間、黒金の点から二つの空へ文字が浮かんだ。
『私たちに合体しろってこと?』
「従う理由はない」
『うん。そんな呼び出され方、嫌だ』
ノア・ギアの作戦室で、ユナが市民の受信記録を開いた。
「見せられた事故の的中率は二・一パーセント。ただ、見ても何もしなかった人に限ると、七十一パーセントです」
ユナは一件の映像を再生した。予告された時刻に街灯が折れ、画面を見たまま動かなかった男性のすぐ隣に落ちていた。
「逃げるかどうか、試しているのか」
艦長のカナメが尋ねると、拘束席のアウレルが顔を上げた。
「選択を集めている。記録には、クアドラとある」
「七年前から知っていたのか」
「名称と信号だけは。あの時ニルへ一人を選ぶよう要求した信号も、クアドラから来たものだと私は考えている」
カインが男の襟を掴んだ。
「分からないものの命令を、あいつにやらせたのか」
「最適な答えを得られると――」
「その言葉は聞いた!」
そばにいたニルが、カインの上がった拳に手を添えた。
「カイン。生かして答えを聞くと、あなたが選びました」
カインの指が、ゆっくり襟から離れる。
ユナは七年前と今の信号を並べた。
「同じ信号なのは確認できました。発信者と、暴走に至った経路までは、この記録では確定できません。証言と分けて調べます」
アウレルが、七年前の受信記録を指した。
「『黄金座標の生成、または異なる四者の自由選択を取得後、再接続する』。私たちは、その先を終界と呼んだ。実在は確認していない」
「黄金座標って、合体した時のことだよな。前にも合体してるのに?」
レンが尋ねると、ユナは空に出た要求を示した。
「今、ここでの合体を求めています。以前の合体で足りない理由は、まだ分かりません」
「四者の方は?」
「誰を数えるのかも不明です。二つの条件を分けて警戒します」
「なら、少なくとも要求された合体は避ける」
カナメは青と赤の通信窓を見る。
「合体は禁止する。ただし、それ以外では二つの世界を守れないと判断した時は、二人が決めろ」
「分かった」
『こっちも。まず、別々にやってみる』
整備区の位相窓越しに、三機の応急修理が見えていた。
整備班長のゲンゴが、アズールの灰色の左腕を叩く。
「左腕出力、六十二パーセント。円環は三枚まで。無茶に重ねるな」
赤側のフレアには、右脚の冷却管がつながれた。
「瞬間加速は二回。三回目は脚がもたん。ヴァイスは刃一本、零座標は十秒以内だ」
『二回で終わらせる』
アカリが答えたところへ、零側の通路からニルが来た。
「私も、観測席に入ります」
「医療区画へ戻れ」
カインの返事は早かった。
ニルは、観測席へ続く扉を見た。
「七年前は、立つ場所を選べませんでした。今度は、私が選びます」
「また装置につながるかもしれない」
「装置に戻るのではありません。ここから、三人を見ていたいんです」
カインは言葉を止めた。
救出した時、彼の名を呼んだ声が、今も同じ相手の望みを伝えている。
「……俺の通信を切るな」
「はい。カインが名前をくれたことも、帰る道を教えてくれたことも、覚えています」
「今、それを言うな」
ニルは首を傾げ、それから少し笑った。
赤い窓のアカリが、レンに顔を向ける。
『帰ったら、前の続き、聞かせて』
「何の続きだっけ」
『格好悪い話。私ばっかり話してない?』
「……まだある」
『じゃあ、取っておく。帰ったらね』
レンは窓の向こうに頷いた。身体には届かない距離の向こうで、アカリも頷く。
生成期限が零になると、ノア・ギアの周囲へ黒い面が差し込まれた。
都市も住民も映らない。青、赤、紫の地平線だけが暗闇を走る。
その中央に、黒金の足が降りた。
大きい。
三機を縦に重ねても、頭まで届かない。
背後では四つの歯車が回り、顔には細い黄金の穴が開いていた。
指先が空間に触れただけで、母艦の船体が軋む。
『実体の記録と一致しません。投影と考えられます!』
ユナの声に、拘束席のアウレルが続けた。
『本体は、終界の側だ』
レンは母艦と黒金の巨人の間へアズールを進めた。
「なら、ここへ届く手を止める!」
円環を放つ。
撃つ前から、クアドラは左へ動いていた。青い光が空を切る。
背後へ回ったフレアが拳を引く。その瞬間、黒金の肘が突き出された。
アカリが叫んだ。
『っ、フレア、避けて!』
胸へ直撃。赤い機体が地平線を転がり、アカリの息が途切れる。
ヴァイスが亀裂から出ようとした場所へ、黄金の刃が降った。黒銀の肩を裂き、出口から弾き出す。
ユナが三機へ伝える。
『戻されているのではありません。決めた動きを、先に読まれています!』
『だったら、もっと速く!』
アカリが最初の加速を入れた。
赤い軌跡の前へ、黒金の掌が置かれる。
止まれない。激突したフレアの右脚が折れ曲がり、露出した管から白煙が噴いた。
「アカリ、いったん下がれ!」
『……分かった。速さじゃないんだね』
レンが三機のリンクを開く。カインと二機のAIが接続を認めた。
青が敵の左腕を押さえ、赤が右から殴り、紫が中央を切る。
だが、操縦席に敵からの映像が割り込んだ。これから三機が行うはずの連携だった。
黒金の手が青い左腕を掴む。フレアが蹴り飛ばされ、ヴァイスの刃が第四歯車に挟まれる。
甲高い音とともに、長い刃先が折れ落ちた。
映像が消えた。
現実のクアドラが、映像と同じ向きに腕を伸ばす。
「中止だ、離れろ!」
間に合わなかった。アズールの左腕が掴まれ、フレアが横から蹴られる。続いて、ヴァイスの刃が歯車に挟まった。
さっき聞かされた音が、今度は実際の機体から響いた。残ったのは、柄と根元の短い刃だけだった。
『三機の勝率、〇・〇〇四パーセント。インフィナイトの勝率、十八・七パーセント』
敵の表示に、アカリが息を呑む。
クアドラは追撃してこない。
その隙に、ヴァイスが落ちた長い刃先を空いた手で拾った。
「待ってる。俺たちが合体を選ぶのを」
『なら、どうする?』
「開始信号だけ送る。相手の動きを見て、止める」
レンの提案を、アカリが受けた。二機のAIが準備を承認する。
二つのコアの間に、黄金の火花が走った。
クアドラの四歯車が開く。攻撃をやめ、二機を迎える光を伸ばしてきた。
『やはり、それが欲しいのか!』
カインが、柄から折れ落ちた刃先を投げた。
紫の破片がコアの間の光を断ち、レンとアカリは準備を停止する。
今回は合体する前に止めた。二機の身体は、別々のままだ。
黄金座標、生成失敗。強制生成へ移行。
四つの歯車が回った。
また、敵からの映像が三つの操縦席を覆った。
レンの前で、紅界への通信窓が一つ残らず消えた。
自分が紅界を切り捨てれば、蒼界は助かる。
そんな未来が、街と人々の姿を持って迫ってきた。
アカリの通信には、蒼界を支える炉を殴るフレアが映っていた。
考えずに進んだ赤い拳が、蒼界を壊す。
カインの前に映る未来では、ヴァイスが再び中央の杭になっていた。
ニルが遠くで名を呼ぶ。自分だけが消えれば、皆は残る。
互いの窓に、互いを傷つける未来が流れた。
現実には、まだ誰も仲間を傷つけていない。
それでも、レンは撃てなかった。アカリも踏み出せない。
動けない三機を、黒金の腕が薙いだ。
アズールの左腕が沈黙し、フレアの右脚が地面を削る。ヴァイスの背部外装が剥がれ落ちた。
ノア・ギアの観測席で、ニルが映像を見つめた。
「これは、嘘ですか」
ユナが隣で首を振った。
「改変した跡はありません」
ユナの隣で、アウレルが答えた。
「だが、全部ではない。最も恐れる未来だけを見せている。七年前、私がやったのと同じだ」
ユナが映像の外へ、別の可能性を開く。
紅界を切らないレン。仲間に聞いてから動くアカリ。中央から帰るカイン。
どれも確率は低い。それでも、零ではなかった。
ニルは敵の識別欄を見た。
レン、アカリ、カインは「選ぶ者」。自分だけが「観測用の装置」。
クアドラは、彼女が何を選ぶかを計算に入れていない。
『カイン。私は、あなたの命令に従ったことがありますか』
『……ない』
『なら、今回も自分で選びます』
ニルが両掌を卓へ置いた。
アズールとフレアのAIは、次に何をするかを示す線を閉じる。
『表示した作戦まで敵へ渡ります。次の状況を見て、選んでください』
アズールの落ち着いた声に、レンが頷く。
フレアもアカリへ告げた。
『先に答えを決めません。操縦者の判断を待ちます!』
ニルは三人へ、一つずつ言葉を送った。
『レン。狙いを外してください。アカリは、青い円環が止まってから決めて。カインは、私が呼ぶまで刃を抜かないでください』
『全部は教えないのか』
『私も、まだ全部は決めていません』
レンは右掌を上げ、敵から大きく外れた空間へ円環を放った。
クアドラは動かない。
『無効行動を確認』
アカリの指が、操縦環を押し急ぎそうになった。
敵の掌が目に入り、さっき激突した右脚が痛んだ。先に動けば、また読まれる。
待つのは苦手だ。それでも今度は、青い輪が止まるまで見届ける。
青い円環が空中で止まる。
ニルは位置を見て、初めて次を選んだ。
『アカリ。乗ってください!』
アカリが残る二度目の加速を入れた。
クアドラの掌が正面を塞ぐ。
そこへ突っ込む直前、フレアの足が青い円環を踏んだ。
アカリ『レン、足場、借りる!』
「使え!」
赤い機体が横へ跳ぶ。
傷んだ右脚を庇い、円環を蹴った左脚で進路を曲げた。
狙うのは、敵の右肩。
クアドラが第一歯車を前へ出す。赤い機体を挟もうとした、その背後に黄金の軸が露出した。
『カイン!』
名が届く。
カインは、現れた軸を見てから選んだ。
零座標を開き、ヴァイスが軸の真横へ出る。投げた刃先はもうない。握った柄には、根元の短い刃だけが残っていた。
敵が先に読んだ連携には、この一撃はなかった。軸が現れたのは、わずか〇・二秒前。カインはその場で狙いを変えた。
〇・八三秒先まで組み終えた手順を、三人とも、もう敵へ渡していない。
紫の残刃が軸を裂く。
切れた軸が隣の歯車を押し、第三歯車が傾いた。レンはそこへ次の円環を閉じた。
ニルの指示は、もう来ない。
レン「止めた! アカリ、その軸へ!」
アカリは、右肩へ向けていた拳を変えた。
円環に止められた軸へ叩き込む。
赤い衝撃が黄金の芯を逆流し、顔の観測孔から火花が噴いた。
カインはその光を見て、零座標の出口を観測孔の背後へつないだ。
開放が十秒を越える前に、次の攻撃へ移る。
クアドラの歯車が、ばらばらに回り始めた。
最初の円環を放った時、レンは赤い機体がどこを殴るか知らなかった。
アカリが進路を変えた時、切れる軸はまだ見えていなかった。
一人が作った場所で、次の一人が決めていた。
ニルはクアドラの観測信号を、自分へつないだ。
『あなたも予測の対象になります!』
ユナの警告に、ニルは顔を上げた。
『読まれても、そのあとで選び直します』
装置と記された欄へ、選べる未来が次々に生まれる。
一本に絞る演算が止まった。
『観測処理が止まりました!』
ユナの声に、レンは固定を握り締めた。傾いた歯車を戻させない。
アカリが赤い拳を深く押し込む。亀裂が軸を走り、観測孔まで届いた。
ヴァイスの亀裂が、その背後に伸びる黒金の接続光を断つ。
敵の観測処理が再開するまで、〇・八三秒。
その記録が出た時には、三機の攻撃は届いていた。
ニル『私たちの未来を、あなたが決めないで!』
観測孔が砕けた。
黒金の巨体が膝をつく。赤い拳の下で第一歯車が壊れ、第二が止まり、第三が零座標へ落ちた。
市民へ流れていた未来映像が、消える。
レンは母艦の位置を見た。船体は、まだそこにある。
第四歯車だけが、回っていた。
『N-0、第四自由選択体へ分類更新』
黒金の光が、観測席へ伸びる。
カインがヴァイスで母艦をかばった。
『ニルから離れろ!』
『観測結果である。異なる四者が、同じ未来へ自由意志で到達した』
画面の三人の名に、ニルの名が並んだ。レン、アカリ、カイン、ニル。敵が今、数えた四人だった。
レンは胸元の半歯車を握った。七年前、青と赤の真ん中を指して、あの少女に言った。
真ん中は、君の分。
三人で食べよう。好きなものを選ぼう。
あの約束の相手が、今も自分で選んでいる。
「ニルを装置じゃなく、一人として数え直したんだな」
『黄金座標の生成は失敗。四者の自由選択を取得。再接続条件、成立』
合体は止めた。だが、もう一つの条件を、四人で生き残るための選択が満たしてしまった。
第四歯車が開く。その奥に、今よりはるかに大きい胸と腕が見えた。
投影体は崩れ、二つの空へ同じ数字を残す。
アズールは蒼界へ、フレアは紅界へ戻った。
身体は別々でも、四人の通信は切れていない。
『私が選んだことで、敵を呼びました』
ニルの声が小さくなる。
カインは母艦へ機体を寄せた。
『そうだ。だが、全部お前一人で背負う話じゃない』
『選ばなかったら、私たち負けてたよ』
アカリが赤い窓から続ける。
「次を選ぼう。まだ七十二時間ある」
レンの返事を聞き、ニルが顔を上げた。
『……はい。次も、私が選びます』
艦橋からカナメが全回線を開く。
『三機の修復を最優先。両界へ、ここまで分かったことを公表する。互いの世界があることもだ』
拘束席のアウレルが眉を寄せた。
「恐れ合うぞ。争いも起きる」
「だからといって、選ぶ前に隠しておけない」
艦橋で、カナメは公表する記録を確認した。
その声が、二つの世界へ届いた。
蒼界の広場に紅界の街が映り、紅界の配給所に青い高層塔が現れる。
驚く声も、怒る声も聞こえた。
レンが降りた広場で、朝の女性が塔を見上げていた。
「倒れませんでしたね」
「はい」
女性は、今度は歩いて画面へ向かった。
向こうにも人がいる。こちらと同じように、空の数字を見上げている。
画面のそばで、老人が警備員に古い写真を見せていた。
「七年前に、息子を亡くしたんだ。向こうにいるか、調べてもらえないか」
「まだ、分かりません。お名前を預かります」
レンは足を止めた。誰もが会えるとは、まだ言えない。
それでも、あの写真を差し出す手を、自分は知っていた。
星のない空間で、四本の光が透明な収容槽へ届いた。
白い髪の少女が目を開く。右は黒、左は金。
「ようやく、帰れる」
その声は、ニルによく似ていた。
誰が、どこへ帰ろうとしているのか。
二つの空では、七十二時間の数字が減り始めていた。
次回、第8話「終界の少女」。向こうから届いた声は、誰のものなのか。