テーブルの上に小さな音が響く。
ムァンは飲みかけのカップをテーブルに降ろすと、静かに考えこむ。
――ムァンとしての意志か、エテニアとしての意志か。
そう問われた時に、即座に答えることが出来なかった。
(私の望み……)
その私は、何なのか。
(その望みは、エテニアとムァン、どちらのものか?)
書を手にした時に感じたこと。自分自身が上書きされてしまうような浸食。
母と父の声を聞き、ムァンと名前を呼ばれている間、その違和感から目を背けることが出来た。
ただ、復讐の炎に身を任せた時も、「戦う」と言うことだけを支えに逃げることが出来た。
けれど、今、自分は何だろう。
この戦う意志は何者であるか、問われた時に答えることが出来なかった。
自分自身の感情が何であるか、それが曖昧であるということは、戦う人間として致命的である。
(なるほど、こんな感情ではトキハが却下するのも無理はありませんね)
それが理解できたからこそ、ムァンも反論をせずに受け入れる。
「分かりました、トキハが納得できる答えを出せるように努力します」
「よろしいっ」
トキハは満足したように頷いた。
「そんじゃまあ、美少女一人養うくらいどうってことないから、この屋敷でどーんと構えてなさい」
「屋敷?」
ムァンは改めて部屋を見渡す。
壁や天井には多少の年季は感じるが、造りはしっかりしている。
ムァンが今まで生きてきた中で、一番しっかりとした建物の中にいた。
(そう言えば、いつの間にかここに居たけれど……)
まるでムァンの心情を見透かしたかのように、トキハは言う。
「そっか、眠ったままだもんね。ここはアタシの住んでる屋敷。というか、この島のことも分からないんだっけ」
屋敷、島、単語としては理解が出来るが、何処の屋敷であるか、何の島であるか。
――そして、何が起こっているのか、ムァンの中に一気に疑問があふれてくる。
その中で、最初に口から出たのは。
「そう言えば、ヴェスキュリアスは?」
一緒に戦った機体のことであった。
「うちの基地にきっちり待機してるわ」
「案内してください」
「いいけど……」
トキハの返事を聞くと、すぐにムァンは立ち上がる。
そのまま部屋の外に飛び出そうとするのを、トキハが肩を掴んで引き留める。
「待ちなさいよ、その寝巻のまま外に出るつもり?」
「あっ……」
言われて、自分がおおよそ外に出るような恰好であないことに気がついた。
「失念していました。私が来ていた服はどこにありますか?」
「ああ、今洗濯中。泥に煤、それに血の跡もあったでしょ」
「では、着替えは」
すると、トキハはニヤリと笑い、手を叩く。
「ふふっ、待ってました」
本当に待っていたかのように扉が開かれた。
扉から出てきたのはナナミ。その手には、ムァンが着るであろう服がある。
「は~い、ご要望通りの一着をお持ちしました!」
トキハが指を鳴らす。語るまでもなく、その顔は満面の笑顔であった。
◆◆◆
ゴシックロリータのドレスに身を包んだ、銀髪の少女が居た。
過剰な程のフリルが揺れ、艶やかな生地が黒く輝いている。
姿見に映し出されたその姿を見た時、ムァンは思わず息を漏らしていた。
それを聞かれていたのか、後ろの二人――トキハとナナミはニヤニヤとしていた。
「滅茶苦茶似合うじゃん!」
「でっしょー、絶対に似合うと思ったたんだ。いやー、観賞用に持ってた服がまさか役にたつなんてねーっ」
盛り上がる二人を前にすると、ムァンは自然と頭が冷える。
「この服はなんですか?」
「アタシの趣味よ。いやー、やっぱり似合うじゃない。こーんなかわい子ちゃんが来てくれただけで万々歳よ」
早口で言い切るトキハを前に、ムァンは次の言葉が出なかった。
(外に出るだけには華美な服……とは言えない空気ですね)
その通り、トキハとナナミは興奮した様子でムァンを見ていた。
「ねえ~、他に着てみたい服はない? お姉さんがなーんでも用意しちゃうよ」
「あー、トキハ様、その言い方がいやらしいっす」
二人とも、視線も言葉もねっとりとしていた。
「あのねえ、カワイ子ちゃんの期待に応えたいなんて当たり前じゃない」
「いや、それが怪しいんすよ」
そんな二人を尻目に、ムァンは改めて姿見を見る。
鏡の中の少女は、困惑した様子をしつつも、不快な様子はない。
広く広がった袖を見る。まるで人形が着るような服。それを自分が着ている。
――少女としての自分は、悪くないと言っていた。
「私からトキハにお礼を言うべきなのでしょうか」
ふと、言葉が漏れていた。
「正直、この服も嫌いではないです」
素直にそう言うと、二人が黄色い悲鳴をあげる。
「うきゃあああああああああ!! 見たっすかトキハ様!」
「さいっこう!! 嫌いではないって素直じゃない言い方もポイント高いわ!!」
結局、二人が落ち着くまでは数十分の時間を要した。