ヴェスキュリアスのコクピット、その中央にはシートがある。
空のシートは、そこに座る主を待っているようだった。
ムァンがヴェスキュリアスの手からコクピット内部へと降りると、すぐに胸部の外装が閉じる。
(降りることはない、と確認しているようですね)
そんなことは、少女も承知の上であった。
ムァンはすぐさまシートに座ると、機体とのリンクを開始する。
低い音がうなり、コンソールが覚醒する。続いて、全周囲のモニターが投影を開始する。
ムァンは自身の肉体がヴェスキュリアスと完全にリンクをしたことを確認すると、コンソールを操作して状態をチェック。
「オールグリーン……とはいきませんか」
項目が一つだけ赤字で警告になっている。
――パイロット支援AI――境界接触不十分――
機体そのものは動いているが、やはり支援AIとは接触が出来ない状態であった。
(やはり、パイロット支援AIは沈黙をしたまま……)
だが、今のムァンにそれを詳細に追跡している余裕はない。
そして、それがなくとも機体は十分に動くことは理解している。
(理由は分からない。けれど、今はそれを気にしている余裕もない……)
一先ず問題を先送りにすると、ムァンは改めてコンソールを操作する。
通信回線をONにすると、すぐさまトキハの声が聞こえてくる。
『ムァン、通信の接続を確認したわ。こっちもいつでもバックアップできる』
「ええ、信じていますよ」
サブモニターには指令室の様子が映し出されている。トキハをはじめとしたスタッフは着席し、彼らの臨戦態勢をとっている。
ムァンは操縦桿を握りしめる。ヴェスキュリアスのツインアイが光ると、顔を上げ、動き出す。
ハッチへと歩き出ると、宣言をする。
「ヴェスキュリアス、ムァン、出撃します!」
背面ユニットが展開をする。
最下層の飛行ユニットが銀色に光ると、ヴェスキュリアスが地上から浮かび上がる。
「行きましょう、ヴェスキュリアス!」
主の意志に応えるように、白銀の巨人が飛翔した。
◆◆◆
島の裏側から飛び立ってヴェスキュリアスは一瞬で高空へと飛翔する。
コクピット内のムァンには、全周モニター越しに空と、その眼下の島が視界に入る。
(……緑と街……)
時が言っていたように、そこにはかつての地球を再現した景色が健在出会った。
だが、それを冒そうとする存在がある。
島の西方から、アンゲルスが迫ってくる。
黒い球体を核として、海水をまとった海蛇のような特異体。
コンソールの情報が更新される。
核だけで直径30メートル。ほぼヴェスキュリアスと同程度の大きさである。その質量が海という無限のリソースを得て肥大化している。
そして、それだけではない。
特異体を守護するように、通常のアンゲルスが4機ほど随伴している。
(一体一体は脅威ではない、けれど、下手に抜かれれば街に被害が出る)
そう判断すると、ムァンはすぐさまヴェスキュリアスのビームを選択する。
背面ユニットの最上部に白銀の粒子が集中すると、細かい光線が拡散し、アンゲルスへと迫る。
通常であればこの一撃で、並の敵は四散する。だが、相手が違った。
特異体の核が分離する。黒い粒子が海水を包み込むと、本体から分離。黒い集団を守るように盾になる。
広域へと拡散したビームは壁に吸収される。当然、アンゲルスたちは無傷であった。
「なら、直接――」
接近しようとして瞬間、通信が入った。
『ムァン、ヴェスキュリアスは特異体への対処を優先して』
「島への被害は?」
『ヴェスレギオンを信じなさい』
一瞬の応答。その合間に、敵が動いていた。
核から、随伴の固体から黒い光線が放たれる。
太い核を中心として、四つの支流。
(まずい!)
ムァンは中層のバリアユニットをドライブすると、光線の中央に進み出る。
白銀のフィールドが特異体から放たれた光線と接触する。ドライブしているバリアユニットが揺れ、コクピット内にも衝撃が伝わる。
「状況は!?」
思わずつぶやく。中央の強力な光線による攻撃は防げた、ただ、随伴固体の光線は違う。
ヴェスキュリアスを通り過ぎ、街へと振り注ぐ――
その状況を確認した瞬間、ムァンは舌打ちをする。
すぐさま動きたくなる感情を抑え込み、バリアの出力を上げる。
特異体から発せられたビームは未だに止まらない。それが島に直撃をすれば更なる被害が生まれる。
――どちらにしろ、被害は免れない。
四つの黒い光が伸び、島へと届く。
爆発が家屋を――営みを焼き尽くす――その筈であった。
――その前に、白い巨人が立ちふさがる。
白い巨人がバリアを展開し、光線の前に立ちふさがる。
ヴェスキュリアス程ではない。けれど、そのバリアは攻撃を防ぐのには十分であった。
黒い粒子が霧散し、白いバリアが島を守るように広がる。
それが、ヴェスキュリアスに告げていた――
――後ろは気にするな、と。
『ね、言ったでしょ』
「なるほど」
安堵と共に、ムァンは情報を切り替える。
(島を守る――そのための戦力は、私とヴェスキュリアスだけではない)
エテニアとしての記憶がよみがえる。
焼けた大地で、冷たい宇宙で、ヴェスキュリアスとトキハは一人、戦い続けてきた。
常にバリアを張り、後ろに控える市民を守るために盾のように戦い続けてきた。
孤独で、過酷な戦い――けれど、今は違う。
「後ろは任せます!」
『任されたっ!』
背面ユニットを折りたたむと、飛行ユニットへエネルギーを集中させる。
同時に、バリアフィールドを正面に集中。そのままフットペダルを踏みこむ。
「ヴェスキュリアスの相手は、お前だけっ!!」
ヴェスジュリアスが急加速する。
放たれた白銀の弾丸は、一条の光となって海蛇へと突き刺さる。
海蛇ごと突き進み、一気に島の周辺海域から飛び出した。