――白銀の守護神――
地球で起きた悲劇を綴った物語。そして、それを書いた作家。
その出自が分かった。当然、ムァンは詳細を聞きたいところであったが。
――ま、まずは食事でしょ。
と、トキハの一言で食事になった。
ちょうど、トキハの腹の虫がないた。それを聞いてしまうと、ムァンも自分の空腹を思い出すのだった
◆◆◆
「「「ごちそうさまでした」」」
三人の声が食卓に響き渡る。
結局、一度食事に口をつけてしまえば、堅苦しい話は頭から吹き飛んでしまった。
だが、それも終わり。
ナナミが食器をまとめると、トキハは真面目な顔に戻る。
「それじゃあ、本についてだけど」
ムァンはこくりと頷いた。
「結論から。東の大陸にあるアンカレラの都。そこに住んでいたある作家が書いたらしいの」
アマツシマから東の大陸。ムァンが住んでいた大陸である。
アンカレラの都は、彼女が住んでいた街から峠を越えて平原の街道を更に二日歩いた先に存在する大規模な都である。
ムァンも直接見たことはないが、旅人からの話で何度も聞いたことがある。
「でも、一つ残念なことがあってね」
トキハはそこで、一度ムァンの顔を見る。
まっすぐな瞳は、続けて、と訴えていた。
「その人、もう亡くなってるの」
「……それは、確かですか?」
確認する少女の声は、少し小さかった。
「間違いない。現地に居る協力者からの情報よ」
トキハに本の主をもたらした存在――それは、この大地に散らばったアマツシマの協力者であった。
「アタシたち地球の民の末裔は、アマツシマだけじゃないの。地球の文明を捨ててこの大地への帰化を選んだ人々も居る」
異世界から亡命をした地球の民は、大多数がアマツシマで過ごし、子孫を残してきた。
だが、その中には新しい大地で生きることを望んだ存在も多い。
それが、本を記した人々。
「それに、アタシたちも完全に外界と断絶しているわけじゃない。この島の外の情報を知るために、出自を隠して市民と過ごしている人もいるわ」
密かに協力を取り付けた人もいれば、帰化した人の子孫が今も協力してくれているパターンもある。
「なんなら、為政者はだいたいアタシたちの正体を知っている。もちろん、王家だとか議会の絶対の秘密だけどね」
「ええ、この世界を守る、というのなら現地の人々の協力は不可欠です。むしろ、納得出来ました」
「うん、理解が早くて助かる」
と、言ったところで、話を元に戻した。
「その作家は、地球人の末裔だった。何代も前に帰化してたし、帰化した側の活動なんて悪事でない限りは気にしてないから、アタシたちも見逃してたわ。
改めて言うけど、その人はもう生きていない。それでも、行ってみる?」
ムァンの答えは、決まっていた。
「許されるなら」
「理由は?」
ムァンはじっとトキハの顔を見る。そして、ゆっくりと、確かに言葉を口にする。
「その人が生きていた形跡はあります。あの物語を記した人が、どのような人生を歩んだのか……せめて、それが知りたいから」
トキハは満足げに頷くと、立ち上がる。
「うん、許す許す。ただし――」
トキハは、自分の胸を叩いた。
「アタシも行くわ」
台所から、洗い物をしていたナナミの声が、聞こえてくる。
「止めはしないけど、基地のスタッフにはちゃんとことわってくださいね~」
◆◆◆
翌朝、仕事の調整を終えた二人は、さっそく出発をする。
島の基地から、小型の飛行船が飛び立つ。前にメイド隊を乗せた物とは違い、二人乗りの小型化されたものであった。
プロペラ型の推進器がまわり、風を切って船は進む。キャビン内の二人は、自動操縦に任せながら景色を見下ろしている。
穏やかな海を越え、東の大陸――街道沿いに進み、山を越える。
ちょうど、山越えの馬車が見えた。
進むウマも、御者もトキハたちの船に気付いていない。
「このような地球の機械を使って大丈夫なのですか?」
「ヴェスキュリアスを乗り回しておいて今更じゃない?」
「それはそうですが、私の街ではこのような高度な機械文明は一度もみませんでした」
ムァンは10年、この世界で生きてきた。その間、空を見上げても飛行船は見つからない。
「そりゃあアンタの街が田舎たったからじゃない」
ムァンは表情を変えずトキハのすねを蹴る。何度も、何度も――
「いた、いた、無言で蹴らないで謝るから」
「わかりました、許します」
じゃれあいを終えると、トキハは改めて説明をする。
「気付いているけど、視覚情報ステルスは張ってるの。下から見たらただの船。それに、『空飛ぶ船』って言い訳は考えてるわ」
トキハは白衣の裏にあったタブレットを取り出す。
すいすいと操作をして、画面を呼び出すとムァンに見せる。
「これ、実験映像」
そこには、飛行船を下から見上げる映像。飛行船の周囲にうっすらと靄のようなものがかかると、たちまちに雲に包まれたようになってしまう。
ムァンは納得をし、安心して下界の風景を楽しむ。
草原を横切る街道――その先に、城壁に囲まれた都が見えた。
◆◆◆
船は都に直接着地――はせずに、少し離れた森へと進む。
森の奥に、ぽっかりと空に開いた平地が見えた。
「あそこに着陸をするのですか?」
ムァンがそう問いかけると、トキハ得意気な顔になる。
「惜しいけど、少し違うかな」
そして、通信機を取り出すと何やら合図をする。
暫くして、平地に直線の溝が浮かぶ。長方形のパネルが土を乗せたままスライドしていき、穴が開く。
穴の壁面は機械で出来ていた。
それは、自然に偽装された機械基地の入り口。
「思い出すでしょ、地球の秘密基地」
「ええ、似たようなところから、何度も出撃しましたね」
かつて、地球でヴェスキュリアスが格納されていた地下の基地。それにそっくりであった。
◆◆◆
飛行船は穴を下降する。やがて、最下層に辿り着くと、そこは広い格納庫になっていた。
機体が着陸したことを確認すると、二人は外へ出る。
機械の床に足をつけると、ムァンは改めて周囲を見渡した。
機械仕掛けの基地。無機質な壁に、金属の扉。壁面にはハンガーがあり、ヴェスレギオンが待機している。
「このような基地があるのですね」
「うん。一応人口が集中している都市には緊急用の拠点を用意してるんだけど――」
足音が聞こえてきた。
基地を管理していると思わしき男が、ゆっくりと歩いている。
アマツシマのスタッフとは違い、この大地の文明にあわせた綿の服を着ていた。
「トキハ様、ご足労ありがとうございます!」
「いいっていいって、こっちこそ急に来てしまってごめんね」
改めって言う男に、トキハは気さくに返す。男の方も、幾分か顔が柔らかくなる。
「いえいえ。それに、タイミングもいい」
「タイミング?」
「グソウ博士もいらしていますよ」
その名を聞いた時、トキハとムァンの顔は変わった。