グソウ博士――その名を聞いたトキハとムァンは表情を変えた。
ただし、それぞれ反応は違う。
トキハは呆れたように溜息を吐き出し、首を横に振る。
対して、ムァンは目を大きく見開くと、興奮して早口で喋り始めた。
「グソウ博士といいますと、あのグソウ博士ですか?」
「たぶんムァンが考えているその人物よ」
「確認しますが、エーゲ海に浮かぶ島の孤島から数々のオーバーテクノロジーを発掘し、ヴェスキュリアスを作り、地球圏脱出艇を修復した、あのグソウ博士ですよね」
「興奮するのは分かるけど、すごい説明口調ね」
トキハが苦笑いをすると、ムァンはばつが悪そうに視線をそらしてしまう。
「すみません、まさか再会できるとは思わなかったので」
「あれ、アタシと同じで不老の祝福を受けたって言ってなかったっけ」
「言ってないです」
アマツシマについてから、ムァンはトキハからグソウ博士については聞いていなかった。
――あれほどの人物の姿が見えない。
それに加え、ムァンの記憶にある博士は、既にかなりの高齢であった。自然と、既に亡くなっていると思っていたのだった。
「そっか~、まあ気にしないで」
などと誤魔化そうとするトキハに、ムァンは無言でじっとりとした視線を投げつけた。
◆◆◆
ヴェスキュリアスに搭載されていたAIであるムァン。仮に、彼女の親というものが存在するのなら、生み出したグソウ博士こそが親である。
偶然の発見から、世界を守るための力を手にした博士。平時は狂人と言われながらも、その役割を果たした男。
それが、長い時を経てもまた生きていた。
そして、偶然にもムァンとの再会がなる――
◆◆◆
格納庫を出て地下基地の奥へ。
研究室とかかられた部屋の扉を開けると、奥のパソコンの前に、老人が座っていた。
白髪姿の老人は小気味の善いテンポでキーボードを叩き、モニターに表示されるウィンドウは目まぐるしく切り替わる。
それを、後ろで見た時、ムァンの中に地球での記憶がよみがえる。
極東の自宅兼ラボで、ひたすら研究に打ち込んでいた姿が重なった。
「さて」
トキハは一歩前に進み出ると、ムァンを手で制止する。
白衣を脱ぐと、ムァンに持たせた。
首を傾げるムァンをよそに、トキハは足音を消して老人の後ろに立つ。
そして――無言で回り蹴りを見舞った。
「危ないっ!」
思わずムァンが叫んでいた。
だが、それは無用な心配であった。
老人は自然に腕を上げると、その上腕で蹴りを受け止める。
そして、何事もなかったかのように立ち上がると、トキハに振り返る。
得意気な顔をした白髪の老人――グソウ博士が確かに立っていた。
記憶の中とは少し違う、気の抜けた優しげな瞳で、トキハを見ている。
「ふっ……気配の消し方は下手だな」
「アンタに気付かれるようにわざと殺気だしたのよ」
お互いにニヤリと笑うと、一歩飛んで距離を測る。
その身のこなしは、おおよそ老人といえるものではなかった。
「まったく、アタシに現人神の仕事を押し付けて好き勝手やってるから、一発くらい殴ってやろうと思ったのに」
「なあに、島のやつらもジジイより見た目だけは若い娘の方がいいじゃろ」
「見た目だけいうな! 事実だけども!!」
悪態をつく孫娘が、ひょうひょうとしたジジイ相手に文句を言う。
その姿を見て、ムァンは思い出す。
重圧に押しつぶされかけていたトキハが唯一、文句を言うことが出来た存在のことを――
だから、自然と、それがグソウ博士だと理解できた。
それを確認するように、口にする。
「あの、グソウ博士ですよね」
すると、博士はムァンの方に視線をおくる。
グソウ博士からすれば見ず知らずの少女である。博士は小さく唸ると、トキハに問う。
「……トキハ、この娘は」
「ああ、今面倒を見てる――」
その言葉を聞くと、博士は頭をかかえてわざとらしく叫んだ。
「なんとっ! お前さんついに好みの娘を拾ってきて自分好みの服を着せて好き放題し始めたか!」
「違うわっ!」
トキハが拳を握る。このまままたじゃれいあいのケンカが始まりそうな気配を感じたムァンは、一歩前に進み出る。
「初めまして……も変な話ですね。私はムァン……エテニアとして生きた記憶を受け継いだものです」
その言葉を聞いて、博士はふざけていた顔から仮面を外す。
「……ふむ」
その瞳で、じっと少女を見ていた。
まるで見透かされているような、深い、落ち着いた視線であった。