老人の視線を前に、ムァンは思わず背筋を伸ばした。
先程までトキハと冗談を言い合っていたはずの老人は、すっかり長い経験を重ねた賢者の顔になっていた。
「話を聞かせてもらえるかな」
その問いかけに頷くと、ムァンは自分自身が置かれている状況について話始めた。
「まず最初は――」
最初は、幼い日に本を読んだ時のこと。蘇ったエテニアとしての記憶と、それを抱えて生きてきた日々。
「――胸の内に違和感はありました。けれど、それも日々を過ごすうちに自分の一部になっていき――」
いつかはただの娘として大人になり、慎ましい生活の中で死んでいく。
それを打ち破ったのが、アンゲルスであった。
「全てが燃やされ、死を覚悟した私は――それでも、ヴェスキュリアスに救われました」
そこまで聞いた時に、グソウ博士は話を止めた。
「すまん、確認をいいか?」
「はい、何か気になる点が?」
博士は、大きく頷く。
「ヴェスキュリアスに救われた――それは、ヴェスキュリアスが自発的に動いたということか」
「はい、間違いありません。今、ここに居る私が証拠です」
博士は短く唸ると、椅子に深く腰掛ける。
「勝手に……か」
博士はトキハを見る。トキハもまた、顎に手を当ててあらぬ方法を見ていた。
「ヴェスキュリアスは確かに造りなおしたが、その時はトキハでも動かせなかった。それどころか、システム全体が沈黙していた」
「ええ、シンクロドライブがウンともスンとも言わないどころか、機体そのものが休眠しているような状態だったわ。アタシだけじゃない、島の人間もダメだし、この大地の人でもダメだった」
ムァンがヴェスキュリアスに乗る前、機体を動かせる人間は誰も居なかった。
それどころか、自律起動システムすら動くことはない。
地球に居た際、エテニアはムァンが乗り込む前から稼働はしていた。まったく異なる状況を前に、グソウ博士も匙を投げざるを得なかったのだ。
「トキハ、その日、ヴェスキュリアスがどう動いたログはあるか?」
「うん、すぐに確認した。夕方に急に動き出したと思ったら、基地を飛び出してった。動きも早すぎて、ヴェスレギオンでも間に合わなくて――しかも、同時にアンゲルスの出現。それからの急な消失――ホント、大変だったわよ」
ムァンの街が燃えた日、トキハたちが何もしていなかったわけではない。
アンゲルスの出現を遅れて感知したものの、それは短時間で消えた。
――僅かな時間で街が一つ消え、ヴェスキュリアスによって穴が閉じられた――
その後、状況の確認などのため、ヴェスレギオンで周辺を調査――している内に、ムァンがやって来たのだ。
「……なるほど。パイロットが見つかったから目覚めたのか……それとも……」
博士は確認するかのように何度も繰り返していた。
「すまんな、その後の話について、聞いてもいいかな」
「はい、わかりました――」
ひとまず、ムァンは話を続ける。
島へと訪れたこと。その生活と、再び戦いへと挑んだこと――
そして、前世の記憶をよみがえらすきっかけとなった本を頼りに、ここまで来たこと。
「なるほど、この本が、か」
博士はムァンから本を受け取ると、パラパラと頁をめくる。
どこか、寂しげな顔をしていた。
◆◆◆
やがて、博士が本を閉じる。
ムァンは改めて博士に深々と礼をした。
「お元気そうでなによりです……と言っていいのでしょうか」
「なあに、まだ現役じゃからな、これでもこの世界でやることは残っているんじゃよ。あの日、多くの犠牲を出して逃げのびた以上、ワシらには戦い続ける義務がるからな」
そう言うと、グソウ博士はトキハに深々と頭を下げた。
「きゅ、急にどうしたんですか?」
困惑するムァンを前に、博士は老練の顔を見せた。
「ワシは、お前に――いや、エテニア謝る必要がある」
トキハもまた、頷いていた。
「ヴェスキュリアスに自爆装置を積んだ。それは、エテニアを犠牲にすることを前提にしたシステムじゃった。親が、子を殺すことを前提にしたシステムを産むなど、許されることではない」
ムァンはどうしていいか分からず、トキハも顔を見る。
トキハは何も言わず、ないも答えない。
「……いいえ、博士の使命を考えるなら、当然の判断です。当時、あの危機的状況において、最後の切り札を用意するのは当然のことですから」
だから、博士は首を横に振る。
「その言い訳をして、今もヴェスレギオンには自爆装置がある……まったく、本来ならムァンの前に出るのも恥知らずのようなものなのだがな」
「はいはい、そーいうことは言わない。そうでしょ、ムァン」
ようやく、ムァンは二人に助け舟を出した。
「ええ。私の中にあるエテニアの記憶が言っています。自分が命をかけたのは、トキハや博士を守るためです。それ以上のものはないのだ、と」
「……そうか、ありがとう」
老人が顔を上げる。
額から、苦労が一つ抜けたようであった。
◆◆◆
――それじゃあ、アタシたちは都に行くから。
話が終わると、トキハはムァンを連れて外へと出た。
扉が閉じるまで手を振って見送った後、博士は顔を険しくする。
「……さて、ワシも一つ、考えないとな」
――まだ、老人にも出来ることがある。
作業途中のモニターに向かいなおると、老人は老人の戦いを再開した。