周囲と比べると、まだ新しい建物。人が暮らす、というよりは、人に見せるために磨かれた外壁。両側に開く、大きな扉。
そして、大きな看板が掲げられていた。
――文豪『ツヅキ=マガラケス』資料館――
アンカレラの都で本を書き続けた人物。まだ娯楽小説の数も少ない時代に、兼業でありながらも筆を休めずに文化の拡散に貢献した文豪。
死後、その功績を称えるために――そして、後進のために、その痕跡を飾られている。
――そして、ムァンが求めた人。
「さ、行きましょ」
「はい」
ムァンはトキハに手を引かれて館の中に入る。
エントランスでは受付嬢が気さくに挨拶をする。
「すみません、予約をしていたトキハですが――」
すると、職員はトキハに顔を近づけ、小声で耳打ちをする。
「話は伺っております。トット様は間もなくおつきになるので、それまで館内でお待ちください」
「わかりました」
それだけ確認すると、チケットを二枚受け取ってムァンの元へと戻る。
「どうしましたか?」
「いや~、ちょっと協力者と待ち合わせをしてたんだけど、時間が余ったみたい」
ごまかすよう笑うと、奥を指さす。
「どうする、中を見てく?」
「はい、もちろんです」
ムァンとしては、断る理由はない。
来客用に綺麗に掃除された絨毯の上を歩き、資料が展示されている奥へと進んだ。
◆◆◆
まず最初に出迎えたのは、文豪『ツヅキ=マガラケス』の肖像画。
くすんだ金髪の、どこか神経質そうな瞳をした男だった。
――先代が西の大陸より移民としてやってきた男性――
――非常に聡明であり、高度な知識を持っていた――
などと、個人の偉業をたたえる文章が綴られている。
トキハはその一つ一つを、しっかりと呼んでいた。
「……この大地で、生きることを選んだ……か」
その呟きは、ムァンの耳にだけ届いていた。
◆◆◆
奥へと進むと、彼の著書やその執筆背景が並んでいた。
主に書いたいたのは宮廷内での貴族の逢瀬。騎士と姫の近いと熱愛。つまり、恋愛もの。その作風は主に女性に支持をされていたという。
「これだけの本を書いていたのですね」
ムァンは感心したようにつぶやく。
壁に並ぶ、色とりどりの表紙は、建物いっぱいに続いている。
彼が活躍した時代は、まだ印刷技術が未熟であった。当然、娯楽小説などは一部の人間しか知らず、一冊一冊も高価で、街の貸本屋が買ったものを市井の人々が借りて共有しながら楽しんでいた時代だ。
そんな限られた環境でも結果を残した。
ただし、一冊だけ例外がある。
「この本は、あんまり売れなかったみたいだけどね」
通路の隅、ちょこんと置かれた赤い表紙の本。
――白銀の守護神――
扱いも小さければ、情報も少ない。
事実、鋼の巨人が星の海で戦うという内容は、当時としては荒唐無稽であった。
展示されている解説にも、『売れないだろう、と彼の友人も言っていた』と余計な解説があるくらいだ。
それでも、書いたのだ。
「……どのような気持ちで書いたのでしょうか」
ムァンは、赤い、『白銀の守護神』の表紙を見る。
タイトルは分かっていたが、著者の記述は掠れて消えており、その詳細は分からなかった。
どんな人物で、どんな思いで地球の最後を書き――そして、その結末を変えたのか。
荒唐無稽で、『売れない』と言われても書かずにはいられなかったのは、どうしてなのか。それが、ムァンには知りたかった。
「分からないわね。この人自身も、直接見た訳じゃないでしょうに……」
「それでも、状況は詳細に記されていますよ」
本には、地球でのアンゲルスの襲撃が記されている。その流れや被害の出かた、当時の各国政府の対応なども、簡略化されながらしっかりと記されている。
――まるで、執念のようなものを感じる――
なんどか本を読みなおしたムァンは、そこに、絶対に記録するという強い信念があるように感じられた程であった。
「なぜ、ここまで詳細に記録できたのか」
その時、後ろから声が聞こえてきた。
「それはですね、我ら一族が語り継いでいたからですよ」
明るい声だった。
振り返ると、品のよさそうな青年が立っている。
金髪の髪をきっちりと切り揃えた、身形の良い男であった。
「……あなたは?」
すると、男は懐から名刺を取り出して二人に見せる。
「初めまして、ツヅキ=マガラケスの子孫にして、現マガラケス家の当主、トット=マガラケスです」
そう名乗ると、二人の顔を見る。
「トキハ様、それに、ムァン様ですね」
「あ、すみません。名乗り出ていないのに」
「いいえ、お会いできただけで光栄です」
人のよさそうな笑みを浮かべた男だった。