整えられた金髪に、裏のない余裕のある人懐っこい笑み。
善良の見本のような顔をした青年――トット=マガラケスは、ムァンの手を取る。
「お会いできて光栄です。まさか物語の中の人に出会えるなんて思ってもいませんでした!」
一方的に話しているというのに、不思議と嫌悪感はなかった。
「実際に自爆ってどうでしたか? 死ぬほど痛いって本当ですか?」
「え、ええと……痛みというか、ヴェスキュリアスのダメージは数値としてしか認識していないので、痛みとかは――」
とはいえ、一方的に話しかけられてるとムァンであっても反応に困ってしまう。
質問にしどろもどろになりながらも答えるのが精いっぱいであった。
「そうなんですか! それじゃあ――」
「はいはーい、そこまで」
トキハは強引に二人を引きはがすと、ムァンの前に立つ。
自然と、ムァンもトキハの後ろに隠れるように動いていた。
「あーごめん、一度落ち着いてもらっていい?」
その言葉には、若干圧がかかっていた。
「あはっは、ごめんなさい。ついつい興奮しちゃって」
と、あっけらかんに言うので、トキハもそれ以上は何も言わなかった。
「応接間は既に用意してますので、ご案内しますね」
返事もまたずに進む男に、てくてくと二人は続くのだった。
◆◆◆
資料館の奥、客間に通される。
客用のアンティークチェアに座ると、職員と思わしき女性が紅茶を持ってくる。
「どうぞ、まずはお寛ぎください」
言われるがままに、二人はカップを手に取って紅茶を飲む。
少し温めで、飲みやすい今度になっていた。
「改めて、こちらにまで足を運んでいただいてありがとうございます。マガラケスの一族はこの大地に帰化をしましたが、受け継いだ血は地球のものであり、アマツシマに協力を惜しみません」
「ありがとう。さすがは作家ね、すらすらと言葉が出て来るじゃない」
トットは気恥ずかしそうに顔を崩す。
「ははは……それに、感動してるのも本当ですよ」
「それは見れば分かるわよ。あんな興奮した様子で迫られたんじゃ」
ムァンも頷いた。
「ええ。しかも、悪意が感じられないので、断るのも難しい」
「ははは、いやあ、本当に申し訳ない」
そう言って、カラカラと笑う。
おおらかな、余裕のある人間の笑顔。それを前にすると、ムァンもトキハも多少のことは許してしまう。
トキハとムァンは顔を見合わせると、軽い溜息をついた。
お互いに、困ったような、笑っているような、曖昧な顔をしていた。
◆◆◆
一段落ついたところで、トキハは本題に入る。
持参した赤い表紙の本を見せた。
「この本、どうやって書いたの?」
すると、トットは胸を叩いて堂々と語り出す。
「マガラケスの一族は、昔からご先祖様の書を残していたのです」
マガラケスの一族がこの大地に帰化する際、密かに書き記した書記があった。
初代が地球から脱出する際に見た景色、体験した出来事。
最初は、身内だけが受け継いでいた内容。
「それを、ツヅキ=マガラケスが物語に翻訳をして出版をしたのです。ま、爺さんの著作とは大分傾向が違うので、売れ行きは芳しくなかったみたいですけどね」
そう、笑い飛ばす。
けれど、ムァンはどこか納得していない顔をしていた。
「……どうして、書き残しておきたかったんでしょう」
「……忘れたくなかったから、だと思いますよ」
その言葉を聞いたときは、トキハは言葉こそ出さなかったが、小さく頷いていた。
「死にたくない、でしたね。トキハさんが何度も言っていた言葉は」
「うん。アタシは死にたくないから戦った」
トットは目をつぶると、ゆっくりと言葉を続ける。
「もう一つあると思うんです……忘れたくない。忘れられたくない」
トキハとムァンは、じっとその言葉を聞いていた。
「マガラケスの一族が抱えていた願いは、それだったんだと思います。たとえこの大地に根を張るとしても、受け継いだものは忘れない。地球という星があって、戦っていた人々がいる」
ムァンは何も言えなかった。
ただ、その言葉を聞いた時に、本を初めて手に取った時の記憶がよみがえる。
もう、小さな少女には絵空事の物語。幻だと一蹴してしまってもよかった記憶の再生。
それでも、忘れてはいけない。忘れられない、とエテニアが訴えていたことを。
「そうして一族が受け継いだのは、記憶と――それと、物書き気質でしょうか。ツヅキ=マガラケスも同じ。書かずには、居られなかったんでしょうね」
そして、懐から万年筆を取り出して、空に文字を書く。
「自分もまた、書かずにはいられない人間になってしまいました」
マガラケスの一族は、今も作家として活動している。
この青年もまた、ペンを手に取り、そして、物語を綴っている。
トキハは微笑む。いつもとは違う、母性的な笑みを浮かべる。
「……そっか、いい子孫に恵まれたのね」
「どうでしょうかね。悪癖を受け継いだだけかもしれませんよ」
トットはおどけてそう言った。けれど、それが照れ隠しだとトキハには分かっていた。
「もう一つ、いいですか」
ムァンの言葉に、トットはどうぞ、と促す。
「……物語の結末。あれを変えようと考えたのは、どなたですか?」
すると、トットは自分の胸を指さす。
「……あえて言うなら、皆ですね」
そうして、立ち上がると部屋の隅にあるキャビネットを開ける。
「これ、見てください」
中から飛び出したのは、大量の原稿用紙。
始まりは、地球という星――一族がずっと抱えてきた、記録であった。
「この物語を継承してきた皆が、伝えたかったんだと思いますよ」
記録の中には、幾つも中訳がつけたされている。
――ここは、変えられなかったのか。
それは無念であるが。同時に、願いだった。
「物語の結末を変えたのはツヅキ=マガラケスです。けれど、僕でも同じことをしてたでしょう。
これは、マガラケスの一族が継承した結果です」
トキハは黙り、俯く。
少しして、言葉を出した。
「……それ言われたら、アタシたちは何も言えないじゃない」
少しだけ、声はかすれていた。
「継承、か」
ムァンは、小さく呟く。
「意志を継ぐ……それが許され時間のために戦ったのなら――」
赤い表紙の本を手にとって、そっと撫でる。
この物語に記されたような結果は出なかった。それでも――
「何を言っているんですか! 皆さんが明日を繋いでくれたから、僕たちもここにいるんですから!!」
青年は二人に堂々と告げる。
自分たちが生きる未来を作ることが出来たのだ、と。