憧れの大いなる存在を前にした時、萎縮するものも居れば、興奮で我を忘れるものもいるだろう。
トット=マガラケスという男は後者であった。
先祖が何代にも渡って記録し続けた物語。受け継がれる間に重なっていった空想と言う憧れ。
――それじゃあ、二人は――
トキハとムァンへの質問は止まらなかった。
そう、本当に終わらなかった。自分では終わらせなかった。
資料館のスタッフが戸締りのためにやって来た時、ようやく(強制的に)終わりを迎えた。
◆◆◆
疲れ切った顔のトキハが外に出た時、夜の風が迎えてくれた。
空には煌々と月が輝き、街には魔力の光が満ちている。
「またお会いしましょうね~」
最後まで笑顔のトットは、全力で手を振って二人を見送った。
トキハは力なく手を上げ、ムァンは小さく手を振り返した。
そのまま、二人で予約をしていた宿へと向かう。
暫くの間、トキハは無言であった。
「善い方でしたね」
「……ちょっとマイペース過ぎるけどね」
ムァンの言葉に、疲れ切った顔で返事をする。
「彼が書くのは、どんな物語なのでしょうか」
「……分からないけど、あれだけ取材熱心なら、ちゃんとしたものを書くんでしょうね」
トキハ大きく息を吸うと、伸びをする。
ようやくムァンに振り返ると、困ったように笑っていた。
「今度、探してみましょうか。なーんか、嫌いになれないのよね、ああいうタイプ」
「はい、楽しみにしています」
二人、星空を見上げながら道を行く。
世界が変わっても、空の色は変わらない。
それは、人の営みも変わらない。遠い世界でも、地球と同じように、物語を綴る人が居る。
◆◆◆
翌朝。朝日と共に城壁の跳ね橋が降りる。
二人は朝の仕事に出る人々に混じって都を出ると、基地への入り口がある木こりの小屋へ戻った。
許可は取っているものの、トキハはアマツシマの責任者とも言える立場である。そう、長く島を開けるわけにはいかなかった。
幸いにして、小屋の周辺には人はいなかった。
二人は警戒しながら中に入ると、厳重に鍵をかけて奥へ。
木造の小屋に似つかわしくない機械のエレベーターに乗ると、地下へと向かう。
そのまま帰還――しようとしたところで、基地に常駐しているスタッフに呼び止められる。
「グソウ博士がお呼びです。研究室まで来ていただけますか?」
「いいけど、お爺ちゃんまだ居たんだ」
「ははは、普段はすぐに旅立ってしまいますからね」
珍しいこともある、と零しながら、トキハとムァンは研究室へと向かった。
◆◆◆
「お爺ちゃん、来たわよ~」
「同じく、どのようなご用件でしょうか」
二人が研究室に入ると、グソウ博士は向かっていた机から立ち上がる。
「すまんな。二人とも、少し話がある」
「珍しいわね、どうしたの急に」
「まあ、まずは座ってくれ」
博士は奥にある休憩スペースを指さす。
ソファーとガラスのテーブルが置かれたスペースには、今は誰も使っていない。
博士は研究室に備え付けられている冷蔵庫からお茶を取り出すと、紙コップをもっていった。
三人、テーブルを挟んで座る。紙コップにお茶が注がれると、それぞれの前に置かれた。
「一つ、気になってな」
博士は、飲み物に手を出す前に話を始めた。
「異形体が出たそうじゃな」
真剣な声と顔。トキハとムァンも顔を引き締める。
「……うん、この世界に来てから初めて出た」
――特異体の出現。
地球で何度も対峙した相手であるが、異世界においては観測されたことはなかった。
それが、突然観測された。異常な状態であることは間違いなかった。
博士は、続けて状況を並び立てる。
「……ヴェスキュリアスの再起動。本来は出現しない、大陸の上でのアンゲルスの出現」
それらを並べる。それはまるで――
「ちょっと待って、何を言おうとしているの?」
トキハは身を乗り出していた。グソウ博士を睨み、噛みつかんばかりに顔を険しくしている。だが、博士はまったく動じない。眉一つ動かさずにトキハの敵意を受け止めると、淡々と自分の考えていることを伝える。
「異常値が立て続けに観測されている。一連の出来事に、関連性はあると思わないか?」
――異常な現象が続いている――そこに、因果関係があるのではないか、と。
トキハは小さく唸ると、視線を逸らす。
「それは……因果関係は分からないけど」
「そう、因果関係があるか「わからない」。ならば、「因果関係があるか」を調べる必要があるのではないか?」
本当に、そこに因果関係があるかは分からない。けれど、現象として複数の異常事態が観測されている。それも、同時期に。
異常という現象が確認されたのなら、何故異常が発生したのか考える必要がある。
そして、分からないのなら、調べるしかない。
そう告げる博士は、ムァンに視線をおくった。
(今、私を見た……)
その意図が『自分』に対して疑問が向けられている。
ムァンは、即座に気がついた。