ムァンへ向けたグソウ博士の視線はすぐに外れた。ムァンはただ、銀色の瞳で博士を見つめ返す。
言葉と視線――その意図を理解出来ない程ムァンは愚かではない。
当然、それはトキハも同じであった。
「ムァンとアンゲルスの出現が関係しているとでも言うの?」
明らかに苛立ちが混じったトキハの言葉と視線。博士はただ静かに受け止めると。
「ああ」
ただ、肯定だけをする。
靴が床を叩く音がする。ムァンの隣から聞こえてくるその音は、トキハが発したものだった。
音は再び聞こえてくる。先程よりも大きかった。
だが、博士は無視をして話を続けた。
「ムァンは、エテニアとしての記憶を継承している。どういう原因かは分からないが、現象として観測されている」
ムァンは静かに首を縦に振る。
何度も確認をしたことではあるが、ムァンの中に眠るのは本の中にはない、エテニアのみが体験した記憶も残っている。
――地球が本当に滅亡したことをしっているのは、当事者たちだけなのだから――
「記憶、という無形の存在であるが。それは、我々とは違う形で地球とこの大地を繋いでいると言える」
それが有形であるか、無形であるかの違いはある。
けれど、確かに『存在』が世界を越えて受け継がれた。
まるで、神に導かれて異世界へとやってきたトキハたちのように――
――そして――
「世界を超える存在――それに、お前も心当たりがあるだろう」
――もう一つ、世界を越えてやって来る存在がある。
空に黒い穴を穿ち、この世界に襲来する災厄が――
「……あのねえ!」
今度こそ、怒りを抑えきれずにトキハが立ち上がる。
眉間にしわを寄せ、怒りの形相で博士を睨む。これほどまでに感情を露わにした姿を、ムァンは再会してからはじめて見た。
だが、ムァンはそれとは対照的に、冷静であった。
だから、その言葉を続ける。
「アンゲルス」
静かに、博士の問いに対する言葉を言う。
「ムァン!」
「トキハ、博士の言っていることは正しいです。現象に対して分析を行うのは、必要なことです」
なおも冷静さを失っているトキハに対して、ムァンはただ静かに告げる。
「分かってるけど……分かってるけどさっ! この子がアンゲルスと同じなんて思えない!」
そこで、博士はわざとらしく息を吐く。
「あのなあ……言っておくが、ワシはムァンがアンゲルスと同じであるとは言うつもりはないぞ」
博士の言葉を聞き、ようやくトキハは止まった。
「アンゲルスの特異体の出現と、ムァンの記憶の引継ぎについて、同根の因果があるのではないか、と考えている」
因果関係はあるかもしれないが、それは別のこと。
アンゲルスとムァンの覚醒はまた、『共通する』何かがあるだけで、別々のものである、と。
「ワシだけじゃない。そのうちアマツシマの中でも気がつく人間が出てくる――それになにより、ムァンはいつか自分でも気がつくだろう」
「……そうですね」
事実、博士から情報を並べられた時にムァンは気がついていた。
「関係はある、だが、それはあくまで影響を受けているだけであり、別の存在である。それを調べて未来への憂いを断つ。それが必要ではない、か」
トキハぐしゃぐしゃと髪をかき回す。
「……はあ、その通りよ」
そうして、トキハもようやくすわりなおした。
置かれていた紙コップのお茶を飲むと、一気に飲み干す。それを確認すると、博士は次に進む。
「ワシの方に、一つ心当たりがある」
すると、博士はタブレットを取り出して画像を表示する。
深い森林に囲まれた未開の地。クレーターのように円形に広がる山と、その中央に広がる湖の光景であった。
ムァンは、その景色に見覚えはない。だが、トキハにはあった。
「アースポイント?」
そうだ、と博士は言う。
「アースポイントとは、なんですか?」
「アタシたちがこの世界に降り立った時の座標。この世界で、一番地球に近い場所って意味よ」
かつて、宇宙船ごとこの世界に来た時に初めて見た景色。
そこが、異世界と地球を繋ぐ、もっとも近い場所――そうして、アースポイントとトキハたちは名付けた。
「そこで、異常な魔力反応があった。ワシが世界をまわって異常がないか確認をするのも、無駄ではなかったということだ」
「……地球に最も近い場所で、異常が発生、か」
トキハは、確認をするかのように言う。
博士は頷くと、言葉を続ける。
「……ワシに言えるのはここまでだ。この情報をどうするか、どう向き合うかは、お前たち次第だ」
そうして、博士は二人を交互に見る。
ムァンは静かに頷き――
「はいはい、分かったわよ……お爺ちゃんが頑張って見つけた成果だもの、役にたてないとね」
トキハは、誤魔化すように軽口を言う。
「安心して。困難に立ち向かうなんて、いつものことなんだから」
その言葉に、強がりが混ざっていることは二人は理解していた。
けれど、その上で――
「そうだな、トキハそう言う娘だ。それを選べる娘だ」
「はい、信じています」
信じている、という。
皆の期待は本物であった。
「……まったく」
そうやって、困ったように笑う。
地球の時と同じ、逃げずに立ち向かう少女の愚痴があった。