私の前世は明日を救えなかったスーパーロボット   作:狼二世

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35.選び、歩く

 アンカレラの都近辺の森――雲に擬態した飛行船が、ゆったりと飛び立つ。

 徐々に高度をあげる船の中、二人の乗員――トキハとムァンは無言で窓からの景色を見ていた。

 

 二人の頭に過るのは、博士からの言葉、そして――

 ――ポイントアースで観測された魔力反応――

 

 それが何を示すのかは分からない。けれど、何かがある、と二人は直感していた。

 何かが分かるかもしれないと言う期待。それと同時に、『何か』が分かってしまうという不安。

 

 ただ、希望と不安を抱えたままの二人を乗せて、船はアマツシマへと向かった。

 

◆◆◆

 

 島は、いつもと変わらずに二人を迎えてくれた。

 穏やかな波に、にぎやかな街並み。ただ青い空と海は、二人の不安ごと包み込むように広がっていた。

 

 日々は穏やかなもので、何も変わらずに過ぎていく。

 

 ムァンの一日は変わらない。

 朝、ナナミと一緒にトレーニングをする。十分に鍛えた後は神社へとおもむき、仕事をする。

 時折訪れる人々の声を聞き、鳥居の外に広がる街を歩く。

 

 夕方、ナナミと一緒にトキハを迎えて、今日、起きたこと、体験したこと、思ったことを語らって眠る。

 

 トキハもまた、普段と変わらない。

 基地へと赴いて仕事をすることもあれば、気ままに島をドライブしたり、悠々自適に過ごす。

 ただ、決まって食事だけはムァンと一緒にとる。

 それが自然で、ずっと何年も前から続いているようにも見えた。

 

 アンゲルスの襲来もない。穏やかな風の吹き抜ける日々――

 ――けれど、その中で、ムァンは居心地の悪さも覚えていた。

 

(……何かをしないといけない……)

 

 漠然とした不安がある。

 特異体の出現、ヴェスキュリアスの目覚め。そして、自分の中にあるエテニアの記憶。

 

 何かが起こっていることは確かで、その渦中に自分も居る。それが分かっている。探る手掛かりもある。けれど、ただ日常へと埋没していく。

 

◆◆◆

 

 ――昼下がりのナナミ神社。

 掃除を終えたムァンは、境内に置かれたベンチの上で休憩をしていた。

 箒を脇におき、脚を延ばしてぼーっと空を見る。

 空は青く、雲が流れているだけで異常はない。

 鳥居の先から聞こえてくる子供の声。山林から響く鳥のさえずりは、平和そのものであった。

 

(……平穏)

 

 本当に、何もない、穏やかな時間が過ぎていく。

 誰もが穏やかである――

 ――けれど、それは少し違った。

 

(こうしていいのか……)

 

 ムァンの胸には疑問があった。だが、それを口にすることはなかった。

 

 そう、悩むムァンに、足音が近づいてくる。

 

「よっす」

 

 気さくに声をかけてくれる人が居た。

 何度も聞いた声に、すぐにムァンは正体に気がつく。

 

「ナナミ……」

 

 買い物袋を提げたナナミが立っていた。

 彼女は無言でムァンの隣に座ると、ムァンの顔を覗き込む。

 

「何か考え事してる顔っすね」

「……わかりました」

「そりゃそうっすよ。食事の時もずーっと、何か引っかかった顔をしていたっすから」

 

 心穏やかでないことは、彼女の周囲の人間には看過されていた。

 

「……そうですね」

「トキハ様には相談をしたんですか?」

「ええ、もちろんです」

 

 相談したからこそ、お互いに秘密を抱えている。

 どうすればいいか、お互いに答を出せずにいる。

 

 ナナミはただ、静かにトキハの言葉を待っていた。

 

「ナナミは……」

 

 自然と、言葉を口にしていた。

 

「自分が分からなくなる時がありますか?」

 

 ――自分自身が、どういう存在であるか。

 ムァンは、この世界で生まれた少女。両親に愛されて育ち、運命に翻弄されてアマツシマにやってきた。

 ――では、何故、ムァンがエテニアとしての記憶を持っているのか。

 ――何故、小さな少女がヴェスキュリアスを動かし、戦うことが出来るのか。

 

 現象は現象として観測される。

 けれど、そこに理由はある。

 その理由は、何なのか。何を背負っているのか、ムァンには分からなかった。

 

「自分がなにか、っすか」

 

 ナナミは、大きく手を伸ばして空を見る。

 

「いっぱいあるっすよ。自分が何者か、自分に何が出来るか、たぶん、みんな分かってない」

 

 そう言うと、カラカラと笑った。

 

「若いから、とか言う人は言うっすけど。たぶん、人間なんて一生『本物の自分』なんてものは分からないんじゃないっすか」

 

 そして、自分の胸を叩く。

 

「分からないなりに、自分になろうとするだけだと思うっす」

 

 ――分からない。分からないけれど。なりたいものはある。

 

「……うん、そうですね」

 

 ムァンは頷く。

 そして、空を見上げた。

 青い空は遠くまで続いている。小さな少女を包み込むように、広がっていた。

 

「そのためには、知らないといけない」

 

◆◆◆

 

 その日の夜、ムァンはトキハに一つの『お願い』をする。

 

「ヴェスキュリアスを使わせて欲しい」

 

 トキハは表情を変えない。待っていたかというように、言葉を告げる。

 

「まったく……これだけは答えて」

 

 真剣な顔で、ムァンに問いかける。

 

「命を捨てにいくのじゃないのね」

 

 ムァンは視線を外さない。銀色の瞳でトキハを見据えると、はっきりと言った。

 

「ええ、せっかく答えを得ても、死んでしまっては意味がないですから」

 

 それを聞くと、トキハは満足げに笑う。

 

「ヴェスキュリアスは気にしないで。どうせアンタにしか扱えないんだから。それなら、格納庫で埃をかぶってるよりは、どこかに飛んでいった方がマシよ」

 

 そして、拳を握って言葉をおくる。

 

「行ってきなさい、ムァン」

 

 選び、歩くことを選んだ少女の背中を押した。

 

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