声が聞こえた――正確には、声として認識できる情報があった。
気配があった――『在る』ことは確信できた。
存在があるのは理解できた。けれど、視覚でそれを捉えることは出来ない。
コンソールにも反応はなかった。
直接コクピットに伝わった音声情報は、ヴェスキュリアスの集音機が拾った音ではない。
それどころか、空間に響かず、直接ムァンの脳裏に情報が転送されていた。
どこか不気味さを覚えつつも、その声色に対して何故か嫌悪感はわかない。
ムァンは、自然と受け入れていた。
「地球と姉妹……どういうことでしょうか」
先程聞いた言葉の内容を確認する。
地球――星と兄弟である。その意味を理解出来ず、問いかけていた。
『我と地球と呼ばれる星は、同じ根源より生まれ落ちし存在』
「すみません、話が高度過ぎてすぐに受け入れることが出来ません……」
すると、声は一瞬止まる。まるで、困ったという感情があるような振る舞いであった。
『ふむ……ではどうすれば』
直接脳裏に響く声。超常の現象であるというのに、その反応はどこか人間臭い。
ムァンの警戒の壁は更に低くなり、つられて自分も考えてしまう。
「そうですね……」
そして、一つの行動をとる。
「私はムァン。この大地で生まれた少女で、地球で散ったエテニアと呼ばれたAIの記憶を受け継ぐ存在です。それが、私です」
――自分が何者であるか、そこから始める。
「あなたは、何者ですか?」
――そして、声をかける相手は何者であるかを、問いかける。
『なるほど』
そして、発せられた言葉は――
『我が名は■■■■■』
「っ――」
聞いた瞬間、ムァンは頭を抱える。
脳に直接書き込まれた情報は膨大で、無理やり叩きつけられた痛みが発生する。
『すまぬな、この世界の存在では、その名は認識することも出来ないようです』
「なんとなく……納得しました。あなたは私たちが認識できる三次元世界の外側に存在する意志……」
認識の外側にある情報。人が手の届く範囲に存在しない何者か。
それが、ムァンと接触している。彼女は、そう解釈した。
『ええ。星の海よりも先、並が生まれた根源の泥。無と有の境界線から生まれた、存在。この大地の人々が名付けた役割を言うのならば、『地母神』とでも言いましょう』
「トキハと違って、本物の神様なのですね」
『いいえ、あの人の子と同じです。誰かに神と定義された存在でしょう』
その神たる存在は、小さな少女へ語り掛ける。
子を相手にする親のように、優しく声が伝わってくる。
『最初の質問に戻りましょう。我と地球は、同じ時に存在を得た。それぞれが別々の世界、別々の星に命を植えた。それでも、我らには確かな縁がある。それを人に倣えば、姉妹と呼ぶのが相応しいでしょう』
「姉妹とも呼べる縁があるから、トキハたちをこの世界に招くことが出来た」
『ええ、その通り』
地球とこの大地には、三次元世界の範囲を超えた繋がりがあった。
その繋がりを頼りに、世界を超えることが出来る。
『そして、今度はあなたを地球へと送り届けることが出来る』
そして、それは呼び寄せるだけでない。送り出すことが出来る、と。
「送り届ける? 私を?」
思わず聞き返していた。
突然、そのようなことを言いだしたのか理由が分からなかったからだ。
『呼んでいるのです。既に朽ちた筈の我が姉妹の残滓が、虚空となった星で――
見届けてくれる誰かを、探している』
その言葉を聞いた時に、ムァンの脳裏に、都で聞いた言葉が蘇る。
死にたくない、それとは別に、忘れたくない。忘れられたくない――
『さて、ここからは我の願いです』
地母神の声は、ただ、少女に願う。
『どうか、亡き姉妹の残滓と向き合ってはくれぬか』
それを無下にすることは、ムァンには出来なかった。
ムァンは操縦桿を握っていた手を離す。小さな手をじっと見つめる。
ヴェスキュリアスの大きな手とは比べ物にならない、小さな手。
それでも、まだ力は残っている。
「具体的には、どうすればいいのですか?」
『これから、地球の骸へと飛ばす。そこで、残された意志が、ムァンを呼んでいる。それと、向き合ってくれ』
そこで、ムァンは考え込む。
自分にとって、何が必要な情報であるかを考える。
そして、一つだけ、確認をした。
「帰ってくることは、出来るのでしょうか」
『ええ。この我が保証しましょう』
そうであるのならば、心配はなかった。
超常の存在の言葉を鵜吞みにする危険性を考えなかったわけではない。
けれど――
(この声は、私に益のある話をしていない。むしろ、危険な願いを言い渡している――そう、危険だと承知で、お願いをしている)
利で釣るのではなく、ただ、お願いをされた。
「わかりました。ならば、行きましょう」
それならば、応えてみよう。そう、思ったのだから。
ムァンの手は小さい。ヴェスキュリアスが無ければ戦うことも出来ない小さな存在だ。
その小さな存在を前に、神とも呼べる存在が願いを口にする。
まるで、神様らしくない行動――
ならば、応えてみるのも悪くない。そう思ったからだ。