地球の残滓からもたらされた情報を、ムァンは事前と繰り返していた。
「悪性記憶情報濾過不完全体……」
『すまないが、ここから先は説明が長くなる。途中で別の質問に答えることはできない。心して聞いてほしい』
「わかりまし――」
その返事を待つ間もなく、地球の残滓は情報の伝達を始める。
ムァンの脳裏に痛みが走る。電撃がはしったような痛み。熱も衝撃もなく、ただ痛いという情報だけが神経に走る。
思わず目をつぶりそうになるが、食いしばり、流れてくる情報を受け止める。
『僕の肉体に存在していた生物は、死んだ後に僕自身に帰って循環をしていた。肉体は土にかえり、再び別の生命が育つための礎となる』
肉体が土にかえる。排泄物が作物を育てるための肥料になる。
水が空気になるように、形を失った存在が、巡り、地球を循環する。
『その時に、記憶情報はどこに行くと思う? 10秒時間をあげる、考えてほしい。答えを聞けないのは残念だけれども』
情報は一度ストップする。
重くなった頭をふるい、ムァンは質問の意図を考える。
(記憶……それが残るわけがない。赤子は何も知らないし、前世の記憶が残るなんていうことは……私以外に聞いたことはない)
自分自身、という例外こそ存在するものの、知的生命体は生まれた時にパーソナルにかかわる記憶を完全にリセットされて生まれ変わる。
人が死ぬ。では、その時に記憶はどうなるか。
(考えたこともなかった)
消えてしまうのか、それとも、別のものがあるのか。
そこに至った時、ちょうど10秒が経過した。
『記憶は、資源と同じように星に帰る。星に生命の種子が零れ落ち、その核に還元されるんだ。それが濾過される際に発生するエネルギーが、僕たち波紋から生まれた存在の糧になる。無から有が生まれないように、すでに生まれたものが意味もなく消えることはないんだ』
まったくもってスケールの異なる話に、ムァンは呆気にとられてしまう。
だが同時に、なぜ自分のようなケースが生まれるのか、思わず問いかけていた。
「まってください。それなら、なんで私のようなケースが生まれるのですか」
だが、情報は待ってくれない。
機械的に次の情報がムァンの脳裏に飛び込んでくる。
再びの痛み。それに耐え、ムァンは顔を上げる。
『ただ、すべてが消えるわけじゃない。動物が生まれた時に見た存在を親と刷り込む、肉体の動き方、泣き方を知っている。それらは、記憶情報を最低限にまでそぎ落としたうえで引き継いだ情報なんだ』
すべてが無にならない。どんなにわずかでも、残るものがある。
『転生者というのは、その際によほど強く思念がこびりついた存在だ――』
「じゃあ、私は……エテニアもまた、それだけの思念が残っていた?」
ここにきて、自分とエテニアとの間に決定的な差があることをムァンは自覚した。
記憶がよみがえった時に垣間見た光景。そこからわきだした感情。
それは、本当にその時にエテニアが抱いたものか――そう問いかけられた時に、違和感があった。
(……そうか、前世の記憶を見たうえで、私自身が思ったことだ)
トキハと再会した時に問いかけられた言葉を思い出す。
それがあるからこそ、間違いなくムァンの感情だと納得が出来た。
『そして――記憶が残るもの。それはアンゲルスも同じだ』
「っ……いやな予感ばかり当たるものですね」
アンゲルスとムァンの共通性。グソウ博士に指摘されていたことを思い出す、思わず文句を口にする。
『本来は濾過されるべき情報が残り、肥大化する。それだけは問題ではない』
本来濾過されるべきものが残る。
『記憶情報を留めておくためには、リソースが必要なんだ』
それを受け止めるための器が足りなくなる。
『リソースというのは、波紋から生まれた星の種子……僕であり、星そのもの』
そして、それには限りがある。
『知的生命体は、忘却を死だと判断する。忘れないために蓄積された情報の持ち主。それが、リソースを求めて他の星を食らう。それがアンゲルスの正体』
死にたくない、忘れたくない。
ずっとずっと、存在していた。
そのなれの果てがアンゲルス。過剰な情報によって黒く塗りつぶされた、永遠を貪る死に損ない。
そして――
「ちょっと待ってください。それは……濾過を経ずに永遠に記憶を蓄積していく……」
似たような存在は、ムァンも知っていた。
「トキハのように、悠久を生きる存在は、いずれアンゲルスとなるとでもいうのですか」
だが、その問いに答はない。
『僕もアンゲルスの一部となる。その前に――最後に生まれた君だけは、切り離すことができた』
ただ、そう、事実だけを伝える。
アンゲルスに食われた星。その最後に加わるはずであったエテニアの意志。それだけを分離して、転生者として未来につなぐ。
『この星を旅立った人々を頼むよ』
「どういうことです!! 何をしろというのですか!!」
興奮して叫び出す。
ヴェスキュリアスの操縦桿から手を放し、前に身を乗り出して懇願する。
けれど――
『――――警告、ただちに離脱せよ。警告、ただちに離脱せよ――』
様子が変わった。
黒い残滓が渦をまき、異様な気配を発し始める。
(……それどころじゃない)
直感であった。
ムァンはヴェスキュリアスの操縦桿を握りなおすと、即座に反転。
スラスターを全開にして、離脱を開始した。