地球に穿たれた穴から銀色の光が飛ぶ、空へ――宇宙へ向かってヴェスキュリアスが飛翔する。
(はやくっ!)
操縦桿を握るしめるムァンは、さらに力を強める。すでに出力を全開にしているスラスターが悲鳴にも似た轟音を発する。
それでも、勢いを緩めるわけにはいかなかった。
地球の残滓の異変と同時に、周辺の環境にも変化があった。
岩塊が崩れ、落下していく。黒い塊に吸い込まれるように散っていく。
本能的に危険を察知したムァンは、影響下から逃げるために全力でヴェスキュリアスを飛ばす。
(結局、あの時とおなじだ)
その中で、思い出す。
地球を失った日。宇宙に逃げて、結局その拠点も捨て、ヴェスキュリアスを犠牲に逃げ出した日。
結局、肝心な時に勝てずに、大切なものを零れ落としてしまう。
(ヴェスキュリアスの力を借りても、肝心なものに手が届かない)
自分の小さな手を見る。操縦桿ですら大きく見える華奢な腕が震えている。
いつだって、自分の小ささを思い知る。八つ当たりをしたい衝動を抑えて、ヴェスキュリアスを飛ばす。
小さいから、弱いから。
そんなものが必死に生き延びるために戦って、どうなるのか。
(……それでもっ)
ムァン自身に答は出せない。出来ることなんてないかもしれない。
(……それでも、私は忘れない)
それでも、死にたくない、忘れたくない、それがアンゲルスに繋がると分かっていても、生きることを選ぶ。
◆◆◆
銀色の流星――ヴェスキュリアスが地球の穴から飛び出した。
スラスターから銀色の光をまき散らし、岩塊を背に軌道上へ。
朽ちた宇宙ステーションに着陸をすると、ようやく一度動きを止めた。
「――はあっ、はあっ――すうっ」
大きく息を吐き、そして、吸い込む。
肉体の熱が少しだけ引いたことを確認すると、モニターに視線をうつす。
「地球が……」
地球が揺れていた。
地球の残滓である岩と土――そして氷が震えていた。
それらが収縮していく。かつて地球の中心であった地点へと集まっていく。
すべての存在が――情報があつまって、黒い塊になっていく。
――アンゲルス――その誕生であった。
大量の質量が黒い塊になった。
それは、最初は丸い。だが、すぐに四肢が出現する。
そして、巨大化――人の形になっていった。
だが、大量に出現するアンゲルスとは違う。四肢に対して頭と胴体が大きい赤ん坊のような姿ではなく、大人のような姿になっていった。
「なるほど……子供が大人になった、とでも言うつもりですか」
地球であったものが、黒い巨人となる。
宇宙空間に聳え立つ巨人。コンソールに表示された情報では、二百メートルを超えていた。
「地球そのものを犠牲にしたというには、小さすぎる」
だが、その強がりは震えていた。
黒い。アンゲルスはその体を黒く染めている。
今でこそ地球の残滓から得られた情報から、情報そのものが集積して黒くなっていると理解できる。
だからこそ、その密度の違いをムァンは理解できていた。
(どうする……)
様子をうかがうムァンをあざ笑うかのように、黒い巨人はゆっくりと動き出す。
黒い粒子をまき散らしながら、宇宙を動き出す。
――その目的は――
(……肥大化した情報の塊が、リソースを求めてほかの星を襲う)
わかっていた。
だからこそ、ムァンは決意を新たにする。
「……させません」
震える手を勇気でおさえて、ヴェスキュリアスに問いかける。
「……ヴェスキュリアス、やれますか」
機体は答えない。ただ、いつものようにムァンの指示をまっている。
「いえ、付き合ってください」
ヴェスキュリアスの背面ユニットが展開する。
各部に銀色の粒子が発生し、臨戦状態に移行する。
「行きますよ、ヴェスキュリアス!」
スラスターが駆動する。
一気に加速をすると、宇宙空間を直進。そのまま移動を始めたアンゲルスの前面に移動する。
同時に、最上層のビームドライブユニットをアクティブ。砲身の軸を合わせると、即座にチャージを開始する。
「ハイ・ブラスト!」
銀色のビームが放たれる。
その一撃は一直線に進み、アンゲルスの頭部へ突き刺さる――
――だが、アンゲルスは止まらない。無意味と言わんばかりに、そのまま移動を続ける。
「ハイ・ブラストでもダメ……」
ならば、とすぐに武装を切り替える。
中層のバリアユニットを腕部に固定し、アンゲルスに突撃をする。
「フィールドブレードでっ!」
銀色の斬撃を見舞う。首にかけて、真一文字に切り裂く――
その筈であったが、その一撃は皮一枚断てずに受け止められる。
刃が震える。接触した地点から黒い粒子が――悪性の情報が噴き出す。
「あっ……」
ムァンの脳裏にノイズが襲い抱える。
言葉とも映像でもない、ただの情報の塊。それが襲い掛かってくる。
猛烈な吐き気、痛み、耐えようにも眩暈が襲ってくる。
それでも、剣を振ろうとする――
だが、それは物理的に止められた。
顎で、虫をはじくようにヴェスキュリアスが飛ばされる。
「あ……がっ」
コクピット内に伝わる衝撃に、ムァンは思わず声を漏らす。
だが、攻撃は終わらなかった。
モニターに、黒い塊がうつる。
それが腕であると気が付くのと、ヴェスキュリアスが吹き飛ばされるのは同時であった。