――ムァンが地球へと旅立った数時間後――
アマツシマ周辺の空が、黒に染まっていた。
今までの空の一部に穴が開いたのとは規模が違う。周辺そのものが黒く染まり、大陸からも空の異常が観測できた。
そして、異変の規模は事態の大きさをそのまま指し示す。
アンゲルスの出現。
出現したアンゲルス――特異体は二百メートルを超える巨体を持ち、成人した人間のようにたくましい四肢をもって降臨した。
――それが、地球が変質したものであることをトキハたちは知らない――
ただ、特異体として認定し、迎撃を開始する。
だが、相手が違った。
島から出撃した最初のヴェスレギオン一隊三機は、腕を振るわれただけで一機が大破、残る二機も駆動系に深刻なダメージを受けて撤退。
その後、出撃したヴェスレギオンはことごとくが打ち倒されていく。
反撃のビームはまったく効果をなさない。
ブレードによる近接攻撃も傷すら負わない。
圧倒的――怪獣を前にした人間のように、ヴェスレギオンは蹴散らされていく。
黒い巨人が海を歩く。
波を起こしながら、迫ってくる。
アマツシマに――その光景を、トキハたちは映像越しに苦々しく睨んでいた。
「ダメです、ヴェスレギオン4機が大破、残された機体も持ちません!」
アマツシマの指令室に悲鳴のような報告が響く。
誰もが険しい顔をしていた。それは、トキハも例外ではなかった。
「各地への救援要請は?」
「やってます! けれど、このままでは間に合いません」
苛立ちを、歯を食いしばって飲み込み、次の状態を確認する。
「ヴェスキュリアスは?」
「応答ありません!」
――もしもの時のために、ヴェスキュリアスとは緊急回線をつないでいた。
だが、数時間前――地母神によって地球へと転移したタイミングでそれも途絶えた。
「ほんと、ふざけたタイミングでやってくれるわね」
何もかもが悪いタイミングでの特異体の出現。
今すぐにでも叫び出したい衝動を抑えて、善後策を確認する。
「修復中のヴェスレギオンは?」
「『換装』はできています」
トキハは視線を鋭くする。
「……なら、準備しておいて。オンリー・ワン・クラッシュをやるわよ」
自爆による攻撃。それが、現状における最大火力である。
「それでもダメなら?」
「……言わなくてもわかるでしょ」
室内が静まり返る。皆が、その言葉の意味を分かっている。
(この島には脱出艇が残されている……)
アマツシマには地球圏を脱出した際の宇宙船がまだ眠っている。それは、大気圏内でも航行可能で、その気になれば島の住民を全て載せて退避が可能である。
(島民を退避させた後、島ごと自爆をする……)
残ったヴェスレギオンを利用して島へと誘導。そのうえで自爆の慣行。
最悪ではあるが、それが自分たちにとれる最後の手段である。
「トキハ様、整備班より伝達! ヴェスレギオンの準備が完了したそうです!」
「わかった! すぐに出して!」
「了解です!」
モニターに応急修理をされたヴェスレギオンがうつる。
一機は肩部が損壊。もう一機は左腕が破壊されている。
背面には通常の飛行ユニットに加え、急ごしらえのブースターと対アンゲルスバリアと同じ粒子を積んだタンクが取り付けられている。
二機はデッキから飛び立つ。上空へと昇ったのち、アンゲルスが迫る方角を見る。
すでに、島からも視認が可能な範囲に巨人はいた。
二機のヴェスレギオンはブースターに点火。すぐさま急加速をする。
(お願い……)
指令室の皆が見守っている。
あるものは祈り、あるものはただデータを読み上げる。
アンゲルスは悠然と向かってくる。急加速して迫ってくる敵に対応できないのか――それとも、意味がないと言っているのか。
ただ、二機のヴェスレギオンはまっすぐに突撃し――そして、アンゲルスを巻き込んで自爆をする。
「衝撃、来ます!」
爆風が海を揺らす。島に衝撃が伝わってくる。
銀色の粒子が空を埋め尽くす――だが、それはすぐに消えて、黒が見えてくる。
空も――アンゲルスも、無傷であった。
床に、何かが落ちる音がした。
誰かが握っていたタブレット端末が、床に落ちた。誰もそれを拾おうとせず、呆然とした顔でモニターを観測していた。
「ダメか……」
トキハが呟く。
残された手段は島の自爆。そのために避難の誘導。
そして、誰が残るかを指示するか。
責任者として、この動揺する心をどう抑えるか。
あまりにも重い責任を前に、逃げ出したくなる。
けれど、立ち上がる。冷酷であろうとも、決断をする。
――だが、その前に、変化は訪れた――
「光です」
モニターを観測していた職員が言った。
「虹色の光が、空に!」
皆が、振り返る。
モニターには確かに虹色の光。島を守るように、アンゲルスの前に光が浮かんでいる。
そして、光の出現とともに、通信が入った。
『こちらヴェスキュリアス、ヴェスキュリアス、アマツシマの皆さん、ご無事ですか?』
あかるい童女のような声が響いてくる。
同時に、光がはじけた。
虹色の光は銀色の光に代わる。六枚の翼を広げたヴェスキュリアスが、アンゲルスの前に出現する。
「エテニア! バリアとスラスターにエネルギーを!」
『割合はどうします?』
「6対4で!」
ヴェスキュリアスがバリアフィールドを纏うと同時に全推力で突撃をする。
目標は人間でいう頃の顔。砲弾のように直撃が突き刺さる。
一瞬の接触、その後に直線的に。アンゲルスはわずかに首を動かすと、新たに出現した敵――ヴェスキュリアスを注視する。
(武装による攻撃はすべて弾かれた。でも、推力だけに集中すれば、物理的に押すことは……)
アンゲルスは動きを変える。自身に攻撃を加えたヴェスキュリアスへと動きを向ける。
一方で、指令室も困惑していた。
「え、さっきの声、ムァン、じゃないわよね」
その声に、すぐさまエテニアが答える。
『はじめまして、ヴェスキュリアスのパイロット支援AIのエテニア、その二代目です! お姉さまと一緒に馳せ参じました!』
「エテニア、ムァンが困惑していますよ」
『なんの、こういう時こそ空元気! 私たちまで意気消沈していたら、みーんな絶望しちゃいますよ。私たちは白銀の守護神、みんなを守るスーパーロボットのヴェスキュリアスなんですから!』
事実、殺伐としていた指令室の空気は落ち着いていた。
「えーと、どういう状況?」
「いろいろあってエテニアが目覚めました。詳細はそちらからデータを送るので」
『はい、お姉さまは戦闘に集中しちゃってください!』
すぐさま指令室にデータが送られてくる。
戦闘に集中するパイロットと、それをサポートするAI。本来のヴェスキュリアスの姿であった。
「まったくもう」
言いたいことは山ほどあった。
けれど、それを問うているタイミングではないことは、トキハも理解していた。
そう、今言うべき言葉は。
「でもまあ、任せたわよ、ムァン! エテニア!」
信頼する仲間を送り出すことだった。
『はーい!』
「お任せください!」
黒の巨人と白銀の守護神が向かいあう。
異世界の空で、地球と、それの最期を見届けた少女が激突した。