虹色の光が消えた。
見えてきた世界は、星の海であった。
「ここは……」
コクピットに届く視覚情報を確認したとき、ムァンは操縦桿を握りなおしていた。
『座標――地球近海です』
エテニアの報告に、唾を飲み込む。
「分かってるわね、ムァン――あの日の続きよ」
トキハの警告に、深く頷いた。
宇宙空間。背後には無人となった宇宙ステーション。係留されていた脱出艇は既にない。
目の前にあるのは母なる星。かつて青かった星は、アンゲルスの黒に塗りつぶされている。
空間上に、金属の破片が浮かんでいる。内側からの強烈な衝撃によって破損した部品は、ヴェスキュリアス――ムァンが、かつて行った自爆によってもたらされた結果である。
『聞こえていますか、地球の子らよ。今、皆さまが見ているのは地球が最期に見た景色――死の直前の記録です』
聞こえてきた地母神の声には、悲しみが混ざっていた。
「神様が危険だって言った理由が分かったわ……ただ立っているだけでも心理的に圧迫がある。油断したら叫んで発狂しているわよ」
『そうなんですか、おばさまになると心理強度も落ちるのですね』
「黙ってろクソAI」
二人の子供じみたやり取りを聞きながら、まだ言い返す元気はある、とムァンは一先ず安心する。
「……私は、それほどではないですね……地球の最期を、一度見たからでしょうか」
そう口にするものの、心はどこかざわついていた。
それは後悔かもしれない、怒りかもしれない。ただ、その激情は地球の残骸を見た時に味わったものと同質であり。それだけに受け入れることができた。
『地球の子らよ、星の心に触れるのです。そこで自らの存在を思い起こすことが出来れば、生まれ変わらせることも出来るでしょう――』
そこまで伝えると、声は遠くに消えていった。
「うわ、肝心の情報は伝えきれてない。どう接触しろっていうのよ」
「心当たりはあります」
トキハはモニター越しにある一点を指さす。
旧北米大陸の中央。
そこには、アンゲルスが集中していた。密度の濃い黒が穴のように広がっている。
「私が地球の残滓と接触したのは、あの黒の下でした」
すべてが崩壊した世界。地球に穿たれた巨大な穴。その奥底で接触した残滓。
「わかったわ、行きましょう」
『お姉さま、大気圏突入も準備オッケーです』
同乗者もサポートするAIも心強く頷く。
それならば、憂いはない。
「了解しました。これよりヴェスキュリアス、地球の心と接触するために大気圏へと突入します!」
操縦桿が握られ、フットペダルが踏み込まれる。
ヴェスキュリアスはバリアフィールドを正面に展開すると、スラスターを吹かせて地球へと突入した。
◆◆◆
地球はまだ丸かった。
海も大気も十分に残っていた。
アンゲルスに汚染されてもまだ、かつての美しい姿の面影を残していた。
終末の空に白銀の流星が降ってくる。
北米大陸を目標に大気圏へと突入したヴェスキュリアスは、大西洋から地球へ接触する。
かつて文明が存在したヨーロッパを後ろに、青い海を跳び越えて大陸へ。西海岸の廃墟を通り抜けて大陸の中央へ。
かつての大地には、黒が塗りつぶしていた。
「ムァン、遠慮なくやっちゃって!」
「了解です!」
トキハに言われるまでもなかった。胸の内に残るざわめきを吐き出すように、ムァンは強く叫び。
「ビーム、広域殲滅モード! エテニア、出力は最大で!」
『はい、やっちゃいましょう、お姉さま!』
ヴェスキュリアスのビームドライブユニットが白銀の光を纏う。
ビーム砲を一軸に合わせるのではなく、広域に向けて拡散させる。
『いけます!』
「発射!」
ムァンの合図とともに翼からビームが放たれる。
その一撃を、ヴェスキュリアスのハイロウが受け止めると、さらに広域へと拡散する。
一方的な攻撃。点でも線でもなく、面による圧倒的な制圧。
瞬く間にアンゲルスは銀色の光に飲み込まれ、姿を消す。
「……お爺ちゃん、割と遠慮なく凶悪な武装生み出すわよね」
『ええ。アンゲルスに向けられてるからいいですが、異世界で無暗に使ったら神様から怒られること間違いなしです』
事実、仮に地球に文明が残っていたとしても、ヴェスキュリアス一機で簡単に制圧することが出来るだろう。
だが、ムァンはトキハに振り返り、二人に言う。
「そういう風には使わないでしょう、ムァン。エテニアだって、そのような暴走を許すことはないでしょう」
すると、トキハは得意げに笑う。
「当然、アタシも偽物とは言え神様やってるしね」
『人が間違っている時は、その意志に逆らってでも止める。かつてのお姉さまもそれをやりましたしね』
ムァンもまた、頷くのだった。
「さて、それでは――」
ヴェスキュリアスの一撃によって、障害は排除された。
残ったのは、大陸に穿たれた大穴。
そこがどこに続いているのか、ムァンは知っている。
「トキハ様、この先に」
「うん、わかる。誰かが呼んでる――」
目を閉じて、その言葉を口にしていた。
「死にたくない、死んでほしくない。忘れたくない、忘れられたくない――」
単純で、純粋で、だからこそ理解できる――
――この世界に存在したからこそ、抱く感情を繰り返す。
「……なんかさ、分かってはいるんだけど、アタシたちはこの星の明日を守れなかったんだなって」
その声には、感情は乗っていなかった。
乗りそうになった激情を、必死にこらえている顔があった。
「……その感情も含めて、清算しに行きましょう」
だから、ムァンはヴェスキュリアスを飛ばす。
進む先は、穴の奥底。
もう一度、地球と会うために。