大地に穿たれた穴を、ヴェスキュリアスは降下していく。
時折遭遇するアンゲルスは、ヴェスキュリアスのビーム、または、手刀によって一撃で霧散していく。
もはや敵は大した数ではない。ほぼ、無人の野をいくかのようにヴェスキュリアスは飛翔した。
「……」
コクピットの中、ムァンとトキハは無言であった。普段はやかましいエテニアも最低限の状況説明のみで静かにしている。
(……地球とまた、出会う……システム的な応答しかしなかったあの時と違う……)
知らずに、ムァンの操縦桿を握る手に力が入っていた。
(……私たちは、地球を捨てて別の大地へと逃げた……)
そんな都合よく見捨てた存在が、今更何をしに来たのか。考えてみれば虫のいい話ではある。
だが、それを分かったうえでムァンはヴェスキュリアスを飛ばす。
隣に立つトキハは、色のない顔でただ正面をみていた。
やがて、光が見えた。
白い、淡い――今にも消え入りそうな儚い光があった。
『君たちは……』
弱弱しい声が聞こえてくる。
それが、地球の声であると、皆が理解していた。
消え入りそうな光は、優しくヴェスキュリアスを包む。
その光を浴びた時、ムァンとトキハの胸のうちにあった圧迫感が薄れていく。
「……初めまして、私はトキハです」
ゆっくりと、泣きそうな声でトキハが言った。
『トキハ……そうか、大分形は変わっているけれど、確かに、僕のために最後まで戦ってくれた少女の魂がそこにある』
「いえ……アタシは……」
そうして、うつむいてしまった。
『隣にもいるね……分かる、今、ここに来たこの星で最後に生まれた魂と同じ色をしている』
「初めまして、私はムァン。あなたが最後に受け止めてくれた命と記憶を引き継ぎ、あなたの姉妹に育てられた命です」
シートに座ったままではあるが、ムァンもまた頭を下げる。
『うん、ありがとう』
「……質問は具体的にしてほしい。その文言では答えられない、とはならないのですね」
声には、意志があった。地球の残骸で遭遇した残滓と違い、微かながらも感情があった。
「どういうことだい?」
だから、こんな風に困惑もする。
「ムァンが冗談とか珍しいわね」
『ふふ~ん、私には分かってますよ、お姉さま』
そして、得意げなエテニアに、微かに星は笑う。
それにつられて、トキハもわずかに微笑む。そして、涙をぬぐって前を向く。
「ごめんなさい、アタシたちは、地球と人類を救うことはできませんでした。この星の明日を救うことはできませんでした」
『恥じることはないよ、トキハ』
少女の後悔を、星は静かに受け入れ。そして、恨みではなく希望の言葉で結ぶ
『君たちは逃げ出したんじゃない。もっと住みやすく、温かい世界を選ぶために巣立っただけなんだ』
それが当然であると。間違いでないと、何もできなかった少女たちに告げる。
『親は子を産んで死んでいく。子は、親の屍を糧に未来へと進む。ただ、それだけさ』
ただ、それだけだと。
『君たちは、明日を繋いだんだ』
星の明日は終わったかもしれない。
それでも、星から生まれた命は、まだ続いている。
地球という星が存在した物語を、語り継ぐ存在が残っている。
『それだけで、十分なんだ。だから、顔を上げて』
トキハは目をつむりながら、顔を上げる。
そして、深く息を吸い込み――そして、目を見開く。
もう、涙はなかった。
「……ありがとう」
ただ、感謝の言葉だけを告げた。
「……あなたは、これから」
『また、生まれ変わるよ。何千年かかるかも分からない。それでも、もう一度生まれなおす』
それが当たりまだというように、静かに告げた。
『その時は、よろしくね』
それが、終わりの言葉だった。
世界が虹色の光に包まれる。
黒い記憶はすべて消え去って、ただ、無限の可能性を示す虹色の光が広がっていく。
『ありがとうございます』
遠くから、地母神の声が聞こえてくる。
『地球の記憶は、この大地へと還元され、また新たな命の糧となるでしょう――それが何百年、何千年とかかることになったとしても、我は必ずやりとげます――だから』
その先の言葉を、トキハ言う。
「はい。必ずアタシたちが、この大地を守り続けます」
ムァンも頷き、続けた。
「私とヴェスキュリアスも、そのためにここにいるのですから」
『もちろんです。ずっとずっと、明日は繋がっているんですから』
ただただ、頼もしく言葉を言い放った。
『ありがとう……さあ、帰りましょう。我の大地へと――』
虹色の光が消えていく。
やがて、見えてきたのは青い海と空。
遥か遠方に見えるのは、アマツシマ。
皆が待っている世界が、ここにあった。