見上げた空は、今日も青かった。
少女は今日も、海からの風と恵みを受けて、島に立っている。
――アマツシマ、トキハ神社にて――
掃除を終えたトキハが、境内の椅子に座って休憩をしている。
その隣にはタブレットが置かれている。どこかで聞いたような、賑やかな声が聞こえてくる。
『お姉さま、いい日よりですね』
タブレットには、ヴェスキュリアスからエテニアが接続していた。
「ええ」
ムァンの返事は短いけれど、邪険にしている様子はない。ただ、自然体に言葉を返す。
それはエテニアもわかっている。度が過ぎなければ、賑やかな自分をちゃんと受けとめてくれると分かっている。
『こういう時こそ日常を謳歌しましょう。このまま街にパーッと繰り出して遊びましょうよ』
「いいですね、トキハとナナミに相談しましょう」
『うぇ~、二人っきりでデートにしましょうよ! デート!!』
「はいはい」
そんな平和なやりとりをしながら、ムァンは空を見上げる。
見上げた空は深く、青い。白く大きな雲がときおり横切ってくる。
島の風は穏やかで、街の喧騒を運んでくれる。
――アース・アンゲルスとの戦いの後、特異体は出現していない。島は穏やかそのものであった――
(……あれから、アンゲルスの襲撃は散発的になった……いえ、戻ったと言うのでしょうか)
時折、アンゲルスの襲撃はある。数週間に一度、それも数は多くない。
アンゲルスという悪性情報の集合体は、地球以外はもちろん、異なる世界にも存在しており、完全に消滅させることはできない――とは、地母神や地球からの話からトキハたちが推測した答えだ。少なくとも、今はこうやって迎撃をするしか出来ないと考えている。
(すべての脅威が去ったわけではない……けれど、ずっと抱えていた無念が少しは晴れた気がします)
そうだとしても、地球との対話を終えたムァンの心持はどこか軽くなっていた。
それは、ムァン以外にも同じで――
――鳥居をくぐって歩いてくるトキハの顔も、以前よりも明るくなっていた。
「よっ、元気してる」
『げえ、トキハだ』
あんまりなエテニアの反応に、ムァンは露骨に顔をゆがませる。
「まったく、なんでこんな人格プログラムになったんだか」
「同じように作っても同じにならない、不思議なものですね」
そんな軽口を、青い空は見守っていた。
◆◆◆
ムァンはトキハを社務所に通した。
備え付けの麦茶を淹れて持っていくと、トキハはおいしそうに飲んで、一息。
「はあ、グソウお爺ちゃんはまたどっかに行っちゃったし、研究所はアンゲルスの新事実とかで大忙し。ようやくホッとできるわ」
足を投げ出して、愚痴を言った。
大きな戦いは終わったが、トキハの戦いはまだ終わらない。
それこそ、アンゲルスが出現し続ける限りは続くだろう。
「……トキハは、この先も世界を守っていくのですか?」
「そりゃあそうよ、そういう約束だし」
けれど、トキハにはまったく悲壮感はない。
「なにより、地球が生まれ変わるまでは絶対に守らないとね」
ただ戦うだけではなく、新しく守るものが出来た。
もう、とっくに切り捨てた筈の過去、その一部であっても、取り戻すことができたのだから、上出来だと。
「それが、アンゲルスになる可能性があっても」
――地球から聞いた言葉を思い出す。
いつか、情報の蓄積が許容量を超えるかもしれない。一応、島の見解では一個人の観測による記憶の蓄積では起こらないのではないか、という『気を遣った』推測はあるが、懸念自体は残っている。
そうなったとき、どうするのか。
「大丈夫でしょ」
けれど、トキハは笑う。
「仮にアタシがアンゲルスになったら、ムァンたちがいる。そうでなくとも、意志を受け継いだ誰かがいる。アマツシマは、そういった記憶もちゃんと受け継いでいくための場所だから」
誰かがやってくれる。誰かがやる。どこか他人任せのようで――それでいて、信頼のこもった言葉を、堂々とトキハは言う。
「……そうですね」
だから、ムァンもただ頷く。
「……きっと、大丈夫」
未来はまだわからない。
けれど、わからないなりに、いつだって立ち向かってきた。
島の空は、青い。
その青さは、すべて包み込んで広がっていた。
≪了≫
ありがとうございました。