更新速度はあまり速くないと思います。
昔書いてた作品のリメイク。刺さる層に刺さってもらえるのと感想もらえたら幸せ、舞い上がります。
「姉さん! おい姉さんっ! 今日は大事なライブなんだろ、会場遠いんだから起きろって!」
朝に弱い人間とは案外少ない。
例えば仕事での朝早くからの出勤、大学での一限目の講義、朝に弱い人間には常日頃から数多くのピンチがやってくるものだ。
目覚めにやられると不快感マックスのノックで部屋の扉を叩いてやるが、返事はない。
そう、我が姉も朝にはひどく弱い。
「姉さんっ! 服着替えて色々やってたら時間ギリギリに ……待ち合わせてるんだろ! ……目覚ましは効果なしか……仕方ない、入るぞ!」
……応答なし。
仕方ない、正面突破だ。
ドアを開け放ち、まだベッドから離れない我が姉に額を抑えながら、半眼を向ける。
腰にまで延びているはずの長い髪は乱れ、枕をこれでもかと両腕が抱き締めていた。
デジャヴか……大学初日、姉さんが一限目の早起きに格闘してた朝を思い出す。あのときも起こすのに苦労した……
「おい姉さん、もう起きないとやばいだろ! ほら約束どおり起こしに来たぞ! 起きろって!」
「ん~……やだぁ、まだ寝るぅ……」
「まだ寝るぅ、なんて可愛く言ってる場合じゃないだろ! 起きろ! 起きろってば!」
「んー……」
「おい、姉さんっ!」
「いつき‥うるさぃー‥‥」
寝ぼけ眼の姉の肩を軽く揺らすが、普段の強気な態度をひっくり返したような気の抜けるゆるい声が上がるだけ。
……連れていくから任せろ、なんてメンバーのみんなに言った以上は俺にも責任があるんだぞ!
もっと早くに来なかった俺も悪いけど……つか、こんな薄着で寝てたのかよ……! 何してんの!?
「姉さんッ、おい!」
「やだぁ……寝るぅ……」
「普段絶対こんな声出さないのに……まだ寝ぼけてやがるな。仕方ない、荒療治だが……お前の出番だいくぜ、文明の利器よ」
時代はポケベル、ガラケー、スマホと進化してる。
内蔵されたスピーカー、マイクも言うには及ばず。
奮発して買ったスマホで姉さんこれからライブでやるはずの歌を最大限のボリュームで鳴らしてやる。
ほら、姉さんがいつも歌ってる曲のギターソロに入ったぞっ!
「ん……ギター……んう……──ライブ!?」
来たッ、賭けに勝ったぞ! フー!
「よし、起きたッ! 姉さん急げ! 遅刻するぞ!」
「え……え!? 何……ちょっとなんでこの時間!? 起こしてくれるって言ったじゃない!」
「だから起こしただろ! とりあえず急ぐんだよいまは!」
……なんてことだ、こんな形で朝から姉とコミュニケーションを交わすとはな!
「シャワーは? 着替えは? 朝ごはんは? マスクとメイクの道具は!」
「一度に言わないでよっ! あなたは私の母親!?」
「弟だよ! あんな騒音じみた目覚ましセットしてんのに起きないとはどういうことだよっ! ほら、急げ我が姉! 後ろが火が迫ってきてるぞ、なんとも真っ赤────ッ!」
「うるさいっ! どうして朝からそんなに元気なのよ……どうして私だけ朝に弱いの‥‥‥」
知らん、そんなことは俺と姉さんを作った神様にでも聞いてくれ。
▲
「ハァ……無事に間に合ったか。お疲れさまです。お土産はお任せします、っと」
CiRCLE──いつもお世話になっているバイト先の15分休憩を使って、バックヤードでメールをチェック。
どうやら無事に姉貴は待ち合わせのバスに間に合ったらしい。
打ち上げは回転寿司? 姉さんはわさびダメだけど大丈夫なのか……意地を張って普段は出前しかとらないのに。
またみんなの前だと変な意地張るぞ‥‥‥
「樹くん、お疲れ様。あ、あれ……何か忙しそう?」
「まりなさん、お疲れ様です。いえ、姉さんの友達からのメールを確認してただけで。今日はライブに寝坊して遅れるところだったんですよ?」
「アハハ……朝が苦手だって言ってたよね。遠かったの?」
「ええ、しかも結構広めのハコで。遅れたらどうなってたやら。あれは歌うことに対しては堅物というか、ストイックというか。ウチの客で言えば湊さんが一番近いかも。でも姉さんの場合は強気な癖に寂しがりやですから、全部が似てるわけでも……まりなさんはいまから休憩ですか?」
「うん、少しだけ」
「いつもお疲れ様です。あ、そうだ。新しいアンプ、評判いいみたいですよ」
「そうなの?」
「ええ、ウチの機材はすげえってことです。まりなさんの目利きがあってこそですね」
パイプ椅子に座り、テーブルを挟んで向き合っているのは月島まりなさん。
少し苦労人オーラが漏れてるが、とても真面目で穏やかな理想の上司、いい人だ。
このCiRCLEでは、たぶん責任者と呼んでも差し支えない人で、なんというか現場責任者?
いわゆるアルバイトでしかない俺、『青柳樹』にとってはどうあっても逆らえない人の一人。
「樹くんも長いよね、もう頼れるスタッフって感じ」
「ありがとうございます。俺はもうCiRCLEで骨を埋める覚悟ですからね、ゆくゆくはまりなさんの右腕になって頑張っちゃいますよ。目指せ正社員登用」
自販機で買ったばかりのエナドリを呷る。
チュチュも贔屓にしてる楽曲製作の強い味方だ。ただしカフェインたっぷり飲みすぎ注意。カフェインを取りすぎるとバカをやるってのは海外ドラマあるある、ど定番。
「も、もう少し色んな可能性を吟味してもいいんじゃない? ま、まだ学生なんだし」
「まりなさん、俺みたいな尖った性格の人間は職場の人間環境を整えるのも大変なんです。現代の退職理由の原因は、給料、勤務時間の拘束もありますが人間関係も大きな理由でしょ?」
「す、すごく冷たい話だね……ちょっと現実的すぎるよ」
顔をひきつらせたまりなさんは、いつもの黒いジャケットに白と青のボーダーシャツにジーンズで苦笑い。
ポットで入れたインスタントコーヒーのカップを傾ける。
「でも正直、ここの仕事は楽しいんですよ、とても。来るのはみんな個性的ではありますけど。やば、休憩おわっちまう。それではまりなさん、お先に」
「うん、お願いするね。残りもはりきっていこー」
「はい、お互いに」
さて、もう一仕事終わらせちまいますか。上がりは……夜になっちまうが、ハンバーガーでも食べに行こうかな。
イケメンのお友だちからもらったクーポンもあることだし。
姉さんが借りてたDVDも返しにいかないと、ついでに寄って帰るか。いいよ、姉さんのお金で借りて見せてもらったわけだし、返しに行きますよそれでちゃらだ。
仕事場を跡にし、コンビニでお金を下ろしていたりで外は既に夕日も暮れ、夜の帳が降りた時間になっていた。
黒い絨毯に街頭の光が僅かに差し込んでいるような夜空の下、俺はというと……本屋とレンタルビデオ店が一緒に併設された大型店舗で、レンタル用のDVDを漁っていた。
わざわざこんな時間に来る必要もないといえばそうだが、今回は姉さんのレンタルしたDVDを返却するついで──ということもある。
1シーズンを一気にレンタルしやがったせいで延滞しちまったら大変だからな。
ま、俺もアクション映画でも見ようって気分だったし、別にいいんだけど……
いや、今回はパニック物に逸れてみるか? いっそホラー寄りのパニックにでも……
「あ……」
「あ……樹さん。すごい、こんなところで会えるなんて。バイト、終わったんですか?」
屈託のない笑顔を向けられ、少し言葉が詰まった。
ほんと、たしかに奇遇だ。思わぬタイミングで出合ったのは見知った顔だった。
いくつかディスクの入った籠を提げているのはホラー映画が好きってことを前に教えてくれたモニカのベーシスト。
正直、欠点を探す方が難しい優しくて綺麗な、芸術家の親をお持ちのモノホンのお嬢様ーー広町七深。
一言で言えば、とても「いい子」。
苦労人の盆栽マスター市ヶ谷有咲を一瞬でデレさせたいい子。普通に先輩できるのが楽しかったんだろうな、市ヶ谷の姉さんも。そりゃもう今では溺愛だよ。
「呼び捨てでいいって前に言ったのに……俺だけラフに話してると申し訳ない気分になるっての。七深はいつものホラー映画? 前に好きって言ってたけど」
「はい、新作なんです。待ちに待った三作目なんですよ?」
「へえ、続編?」
「とっても面白いんです。なんと言っても一作目に出てきたキャラクターが同じ俳優さんのまま復帰するって、広町的には今回登場の怪物もポイント高いんです。最近は怨霊系が続いてたからもうワクワクで」
本当に楽しそうに話すんだな、この子は。
いい意味でお嬢様らしからぬ、というべきか。しかし時折見え隠れする育ちの良さはお嬢様だと教えられる。
しかし、ホラー映画か、西本さんも好きって言ってたし、日菜辺りもたしか……
「樹さんも映画、レンタルしに来たんですか?」
「うん、姉さんが借りてたのを返すついでに。今話してた映画の前作、ちょっと借りていこうかな。興味が出た」
「本当ですか? じゃあ広町がご案内しますね! ホラー映画のコーナーの……」
と、白いラフなシャツのまま先をいくお嬢様のあとをついていく。
彼女が通うのは中高一貫の女子校で名門のお嬢様学校、そこの生徒が組まれたバンドがモルフォニカ。
お嬢様学校がバンドってのは少し意外にも思ったが、正直あれは俺の偏見だった。むしろ聖歌隊やらなんやら音楽と縁がないはずないのにな。
ベースの腕?
言うまでもないよ、ギターが好きに暴れてもなんとかなるレベル。
「あ、ありました~。ジャスト一本ずつ残ってますっ、広町これはラッキーですね、やりました」
「いや、そんなに喜んでくれなくても……」
「これで樹さんと感想を言い合ったり、またお話しできますねっ。とっても楽しみですっ」
そう言って七深は抜き取った2枚のディスクを渡してくれる。
……お嬢様ってみんないいこなの? なにこの邪とは無縁のいい子は……かわいいがすぎる。
「ありがとう、じゃあ、今度ファミレスでもいかない? 例の、おまけの特典が変わったときにでもさ。どう?」
「はいっ、もちろん。そのお誘い、広町喜んでお受けします~」
「良かった。七深は歩き、だよな? 良かったら途中まで一緒に帰っても? 実をいうと一人で帰るの寂しくて」
「いいんですか? じゃあ、たくさんお喋りしながら帰りましょうっ」
「いいの? 俺たぶん止まらなくなるよ?」
「おお、それは広町とっても楽しみです。樹さんを独り占め、しちゃいますね?」
やや自虐的に笑った俺とは、どこまでも対照的な明るい顔が視界に咲いた。いいのかな、俺いますっごく夢心地なんだけど……けど今頃、姉さんはわさびと格闘中とかそんなことない?
いや、これは今朝の俺の必死の目覚ましへの神様からのギフトかもしれない。信仰心はとうの昔に捨てたが今日限りは敬虔な信者になってもいいだろう。
真っ暗な夜のなかを、お嬢様一人で返すのはすこし……と言い訳しつつ、彼女と二人で話がしたいという気持ちが正直なところ。
心配ならタクシーなりなんなりと手段はあるんだし、モノホンのお嬢様なんだから。
「へえ、倉田さんがスケート? それはちょっと見てみたかったかも。なんかすごい楽しそう」
「はい、広町最高にエンジョイしてました。今年はモニカのみんなと一緒に色んなことをして、なんかすっごく青春してるって感じです」
「そっか、でもスケートもできるんだな。その日が初めてだったんだろ? ほんと、なんでもできちまうんだな」
「え……あ、そ、そんなこと……ま、まぐれですよ。るいるいに比べたら全然……!」
不意に、俺が送った言葉は慌てて否定され、最後には寂しげな顔が残った。
その顔は知ってる、自分を憎むときの顔だ。何度も鏡の前で見た。そう、何度も。
「なんでもできても、人より器用でも、いいことなんてひとつもありませんよ。だから‥‥‥
「……」
違う、なんてあっさり否定できればどれだけ楽か。
言いたいことは分かる、出る杭は打たれるって言葉がある。
大多数より優れた者に送られるのは二つ、称賛か妬みだ。
「樹さんは求めますか? 才能とか、持って生まれたギフト……」
「……どうかな。今あるものでなんとかするって生き方で来てるから、でもあのときもっと才能があれば、って思うことはなくはないかも」
昼間見えていた太陽も沈んで、店のちょっとした喧騒も消えてしまった夜の道。クリアに聞こえてくる七深の声に俺自身考えた上でそう答えた。
才能なんていらない、俺は‥‥‥俺はそう簡単には言えない。それが惨めな言い訳だとしてもあのときにもっと才能があれば、欠けているものがあればと、そう思わないかと言われたらーー嘘だ。ありすぎる。
けど……
「七深。正直、七深の気持ちは俺には理解してやれないと思う。俺は日菜みたいに天才肌じゃないし、何より……きっと理解していいことじゃないだろ。そんな軽いもんじゃないだろ、ただ話を聞いただけの俺が何か言っていいことじゃないよ。七深の抱えてるその気持ちはさ。そんなに簡単にどうにかなるものならそもそも七深が悩んでるわけないんだからさ」
昼よりもずっと冷えた夜の下、本当に不出来な頭が憎らしくなる。
俺が天才であったならもっと彼女を支えられる、救いになるような的確な、心に響くことを言ってやれたんだろうか。それこそ無い物ねだり。
横目に見えた七深の顔を、卑怯なくらい気にしてしまう。
夜であっても存在感がむしろ増した明るい髪を指で軽く弄りながら彼女の双眸が空を仰ぐ。
「……普通じゃないと、みんな離れていっちゃいます。だから、普通にならないと。一人は寂しいですから」
「モルフォニカのみんなは、きっと……」
そこまで言って喉が詰まった。ダメだな、帰宅する女の子になんて顔させちまったんだろ。
こんなとき、姉さんならどんな言葉をかけるんだろ。悩んだ末に出したのは、
「なら、俺は離れない。それならどうだ、その前例がひっくり返る」
被っていた白と黒のミックスした帽子を外し、そのまま隣を歩く彼女に被せてやる。
ちょっと、服装とはアンバランスなデザインだけど……
「うん、やっぱり何でも似合う。そこはすっごくずるいと思うなぁ、かわいいが過ぎる」
「……え、えっと……ぁ……」
ちょっとなにそれ、帽子を両手でおさえて目線を隠すとか……は? なにこれかわいすぎる……かわいすぎてキレそう……
やばい、目を逸らそう。これは……ちょっと、やばいなぁ。衝動的にやったけど似合ってるし、あ、あ、待って‥上目はやばい。
「……い、樹さん?」
「それ、良かったらどうぞ。いま流行りの、学生にすっごく人気なガールズの帽子でさ。姉さんがボーカルの子と知り合いで、いくつか貰ったんだ」
「……いいんですか? そんなの、貰っても……」
「勿論。俺はその……お客様であり、七深のことは友達だと思ってる。モニカやロゼリア、他のみんなのことも。俺はさ、普通でも天才でも、んなのどうでもいいって思えるくらい、七深がいい子だって知ってるから。その……離れるって七深が望まない限りは、ずっと良い関係でいたいなぁって」
ったく、ダメだ。かわいすぎて頭がややパニックになってる。いい感じの言葉が出てこない。
額を軽く殴るようにグーで叩いて、頭を荒業で冷やす。
しかし、あれ、何その瞳は‥‥‥七深?
「どうかした?」
「いえ、広町すこし感動したと言いますか……昨日読んだ漫画のシーンみたいで、ちょっと……」
ダメだ、見るな。見たら、きっと目線を二度と逸らせなくなる。これは兵器だ、間違いない。
「七深、それ以上はストップ。かわいいがすぎるよ」
「……それ、漫画の台詞とかです?」
「友達の口癖なんだ」
「樹さん、もしかして愛が重たいタイプだったりして。そう、なんですか?」
「……かもな。ウチの家系は誰かを好きになったらどこまでも、って感じかも」
「でもお姉さんのこと、大好きなんですね~。ちょっと……羨ましいです」
「いい人だよ、君に似て」
「えー、それは樹さんに似たんじゃないですか〜?」
「買いかぶりすぎたよ、広町さんは」
少しだけ柔らかくなった空気に安堵が漏れる。
最高の、尊敬してるし、いい姉なのは間違いない。朝が弱いけど。
なんて、思っていたとき、不意に指先に熱が伝った。
細く、触れれば壊れてしまいそうなしかし確かな暖かさに
否が応でも俺の目は開いていく。
恥ずかしそうに、というよりも七深の瞳はまるで機を逃さないとばかりに少しいたずらっぽくて。
「一度やってみたかったんです、これ」
「勘違いしそうになるぞ、これ」
彼女の指に、からめとられていく自分の指に頭が軽くどうにかなりそうだった。
こいつ……ふいうちにもほどが……
「離れないでくれるって、聞きましたから……い、樹さんがよかったら別れるところまでこのまま‥‥‥」
「……指細すぎ」
「ふふ、普通ですよ~」
「家、まだかかるんだろ? 足、痛くない?」
「そのぶん、たくさんお喋りできますから。広町的には問題なしです」
「そういうの卑怯。何も言えなくなった」
からめとられる左手の指で、彼女の指を改めて握り直す。ふと、本当にきれいな声がいつもより少し近くで聞こえてくる。
「いま、とっても青春してるって感じです」
「……そっか」
ダメだ、すごく情けない顔してそう。
これは、みんなには見せられないな。