Angel Beats Children Dissolved 作:セリカ イツミ
「天使について調べようと、あれだけ駆けずり回ったってのに……」
あまり馴染みの無い建物だった。
地上七階建ての巨大な棟が六つ。そのうちの侵入出来なかった三つの棟のうちの一つ。
照明は生きているが、夕食の時間なのか外から見た限り人は見当たらない。
「正解は女子寮かよ……」
もちろん男子生徒が入る事は許可されていないし、当然入った事も無い。
位置と大きさを調べただけで、それきりだ。
「木は森の中に……ってか?」
「戦線のみなさんがおっしゃる天使は、普段は生徒会長としてNPCと一緒に生活しています。場所も随分前に特定されていたのですが、目撃者がいて作業員が見つかってしまうと無意味なので、長い間動けなかったようです」
「そんなこと事より、女子寮に入ったのが見つかって変態扱いされる事の方が最悪だ。誰にも言うなよ」
「元々極秘なんで、誰にも言っちゃダメですからね……」
「さすがに寮の中に監視カメラとかあるんじゃ無いのか?」
「さっき、タブレットでハッキングしてダミーの映像が流れているんで大丈夫です。それぐらいは簡単です」
「簡単か? 超人だな香住は」
「そんなことないですよ。それじゃあ急ぎましょうか」
わずかに照れたように香住が答えると、後について場所を移動する。
少し歩くと女子寮の裏口まで案内された。
「天使エリアまでの侵入ルートは最短のものを選んであります。こっちです。ついて来て下さい」
非常口特有の分厚い扉を開けて寮の中に入ると、寮内のどこかの廊下につながっていた。
構造自体は男子寮とそれほど変わりなく、強いて挙げるなら内装の色が女性的なピンクや赤の色使いが多いくらいだ。対照的に男子寮は青系統の色使いが多い。
しばらく進み防火扉を開けると、鋼鉄製の非常階段があった。
緑色の常夜灯に照らされた階段を登る。
普段使われる事のないせいか、比較的綺麗な階段がうるさく響き、登る度に階段全体を揺らす。しばらく息を潜めながら昇り続けると、プレートに四階と書いてある踊り場たどり着いた。そこで香住が一度立ち止まり、こちらに振り返る。
「あたしだけだと、怪しまれないので少し様子を見て来ます。ここから動かないでくださいね」
そう言うと、香住は一人で勇敢に扉を開けて出て行く。
「現在時刻1920。オペレーション終了まで55分。B部隊戦況を報告……」
イヤホンから体育館内の戦況が聞こえてくる。
残り55分か…。
実際、作業にどれほど時間がかかるか分からない。余裕を持っておきたいものの、事を急いて仕損じる訳にはいかない。
「お待たせしました。残念なお話ですが、風紀委員の男子生徒さん一人が部屋の前で警備してますね」
「最悪だな……分かった。何とかしよう」
「ここを出て右に行ってください。道を突き当たって、道なりに左に曲がると長い廊下になってます。メガネをかけた生徒が一人だけ立っているので、部屋も分かりやすいと思います」
「わかった、じゃあここにいてくれ。何とかなったら戻ってくる」
扉を開けて廊下にでた後、壁に張り付いて位置を確認した。
何か使えるものがないか辺りを見ると、目の前に偶然あった消火器を見つけ手に取る。
相手がバカである事を心から祈りながら、ピンを抜き小刻みに消火剤を撒き散らす。
「なっなんだぁ?」
噴出音に驚いた声を出すと、男はうまくこっちへ向かって来ているようだった。
リノリウムの床を叩く靴音が段々大きくなる。
盛大に撒き散らし、消化剤で廊下に一時的な霧を作る。
「やめろっ誰だぁっ!」
十分に引き付けた筈だ。壁から飛び出し相手に近づく……!
最後は大サービスだ。顔めがけて大量に放出してやるッ!
消火器を放り投げ、すばやく刀を抜く……。
「う……ぅ……」
首筋への袈裟斬り。
もちろん峰打ちだ。刃で切る訳にはいかない。
「バカで助かったな……」
軽く息をつく……。
しばらく、起きてこないはすだ。流石に経験がないので確証はないが十分だろう。
「凄いんですねぇ……。一瞬お侍さんみたいでした」
「馬鹿言うなよ。こっちは健全な学生だ。それよりすぐに起きるかもしれない。急ぐぞ!」
のびた男の横を通り過ぎる。
「トンマっ! トンマっ! トンマっ!」
「おいっ……! マゴちゃんは見てないだろう?」
「はっ……! いえ、リュックから覗いてましたよ!本当ですよ!」
「もういい……いくぞ」
男が立っていた部屋の前まで急ぐ。
扉を開けようと、ノブに手を伸ばす時に気がついた。
「そういや鍵はかかってないのか?」
「この学校の校則では、防災の為に鍵の施錠は許可されてないんです。そのまま開けていただいて結構です」
「知らなかったな。鍵かけるの駄目なのかよ……案外無用心なんだな……」
そんな事を思ったが、どのみち私物など何一つなかった。
ここには制服一つ与えられ放り込まれたのだ。そう思うと文句より虚しくなってくるが、今は無事にゲストハウスに帰る事を考えよう。
ドアノブを引くと拍子抜けするほど簡単に開く。懐中電灯を持っている香住が先に中に入っていった。
部屋の中は暗い。なんの変哲もない一人部屋だ。
ベットが一つ。クローゼットとPCデスクとデスクトップPC。でかめの鏡が置いてあり後は本棚と観葉植物もある。ごく普通の女の子の部屋だ。生徒会長というだけあってか、参考書の類が多いくらいか。
「そこで待っていて下さい。10分ほどで済みます。念のために、あまり部屋の物に触らないで下さい」
「案外早く終わるんだな」
「3分でセキュリティーを突破して。7分ほどで、2テラバイトをコピーします」
「2テラを7分!? 信じられないな……」
「今はクラウドや無線が主流ですけど。有線技術は圧倒的に向上してますから」
「なんだか、よく分からんうちに世の中いろいろと便利になってるんだな」
香住がPCにケーブルを差しタブレットを操作をすると、それ以上は操作をせずほとんど眺めているだけだった。
イヤホンからは、陽動部隊の演奏が流れて来ていい暇つぶしにはなった。だが香住について気になることがあり、邪魔になるかもしれないとは思ったがモニターを見つめ続けるている香住に話しかける。
「そういや香住は、この場所に来てどの位なんだ?」
「来たのは、玲次さんが来るほんの少し前ですよ。だから、この場所ではまだまだ新米ですね」
「死んだときの事は覚えているのか?」
「はい。私は……」
「いや……べつに話さなくてもいい……。あまりいい思い出じゃないだろう? 俺は死んだ時の事を覚えてないんだ……」
「そうだったんですか。でも中には全く記憶のない人もいるんですよ。玲次さんはラッキーかもしれないです。そのお尋ねしたいんですが……」
「なんだ?」
香住が申し訳ないなさそうに俯く。
PCの冷却ファンが音を立て忙しく回り続けていた。
「思い出したいですか? 死んだときの事」
思いもよらない事をきかれて返事するのに困ったが、ありのままを伝える。
「知りたいと言えば知りたいが……それよりも本当に死んだのか、ここがどういう場所なのかの方が気になるな。それに今だに、ここが“死んだ後の場所”だと言われてもイマイチ信用出来ないんだ」
「そうですか。もし気が変わって、どうしても知りたいとおっしゃるなら、あたしに言って下さい」
「なにか方法があるのか?」
「催眠術に詳しい人がいます。何人か成功した人もいるようですよ」
「それは胡散臭いな……。パスだ……」
香住が軽く微笑みを返す。
「B部隊より司令部。有志のNPCを含む一般生徒が加勢。戦況は好転し風紀委員の半数が撤退した……」
無線からは、相変わらず戦線の状況が聞こえ続けている。
「あっちも、なんとか無事に済みそうだな」
「お待たせしました。撤収します」
荷物をまとめ痕跡が残ってないか確認した後、早々に部屋をあとにする。
やたらと長いさっきの廊下にでると、メガネの男がノビ続けていた。
「なんか、こいつには悪い事した気がするな」
「白目になってますけど、大丈夫なんですか?」
「気絶するようにはしたが、生憎俺だって加減なんか分からないからな……。それにお前らが言うには、この場所じゃ、どの道死にはしないんだろう?」
「死にはしますよ? 生き返りますけどね。消えない限りは大丈夫です」
「どっちにしろ俺はそんなの信じちゃいないがな」
非常階段を下りて来た道を進み、裏口から建物の外に出る。
特に障害も無く、素直に帰れるようだ。
「終ったな。なんとか無事に帰れそうだな」
「そうですね……」
屋外にでて一息つくと、ゲストハウスへゆっくりと歩き出す。生徒は全て食堂か体育館に向かっているのだろうか? 人影も無く目撃者もいないようだ。今見つかってもシラを切ればいい。
「ごめんなさい。あたしはまだ帰れないです」
振り返り香住を見ると、立ち止まって静かに足下を見つていた。
用事も終わったというのに、また元気がなくなってしまった。
「どうした? 何か忘れものか? 早くしろよ、なんなら付いて行ってやるぜ?」
冗談を飛ばし明るく振る舞ったが、様子は変わらない。
返ってきたのは香住の硬い声だった。
「今から、戦線のヘッドクオーターに向かいます」