Angel Beats Children Dissolved 作:セリカ イツミ
「おい……待てよッ! 一人で行くつもりかよ!?」
「空になっているのは、天使エリアだけではありません。天使に戦力を割いている今ならヘッドクオーターも手薄なはずです」
暗く長い廊下に声が響く。
香住は俺の制止を無視し、こちらを振り返りもせず早足に校長室へ向かっていた。
「聞いてないぞッ! お前はどっちの味方なんだ? 戦線か? 生徒会か?」
「どちらでもないです……」
「何なんだそりゃあ? 答えになってない! 結局、俺やステラを裏切るのか?」
「ローウェルも知っています」
「何だと……? じゃあ俺一人嵌められたってことか……?」
「玲次さんに黙っていたのは謝ります……。ここからはあたし一人で行ってきます。だから玲次さんは、ゲストハウスに戻っていて下さい……」
「放って帰れってかッ!? そんなことできるハズないだろ? さっきのとこより危ないのは、頭のいいお前なら分かるだろうがッ!」
「もちろんわかってます。でも今行けるのはあたしだけなんです」
「どうしても行くのか……?」
「どうしてもですッ」
突然立ち止まり、やっと振り返ったかと思うと、強い視線をこちらに向けそう答える。
自分より背丈の小さな女の子とは思えない、確固たる意志の宿った目だ。
ここで俺が何を言っても無駄だろう……。
「チッ……騙された気分だ。胸クソわりぃ。わかった。最後まで付き合うってやる。後で覚えてろよ、質問が腐るほど出来た。黙秘は許されてないからな……」
「ごめんなさい。ありがとうございます……」
安心したのか、香住は軽く息を吐くと、その場でボーっとしていた。
「もういい……嫌な事はすぐ忘れる事にしてんだ。それより行くんだろ? 戦線の連中が帰ってくるかもしれない。急ぐぞ!」
「はいッ!」
軽く肩を叩いて目を覚まさせ、本部の方へ向かう。
また熱くなって、怖がらせてしまったかもしれない。女の子相手に怒鳴り散らすのは良くないな……早く大人になりたいもんだ。
教員棟の三階。
非常灯で照らされた薄暗い廊下がやっと終わり、懐かしの校長室の手前まで来る。
なるべく目撃者が出ないよう、足音を立てないよう静かに扉の前まで歩みよると、ふと重要なことを思い出した。
「そういえば……本部に入るのには、パスワードが必要だぞ」
「大丈夫です。ローウェルから聞いてます。音声入力タイプで声紋認証はありません。でも扉の前では静かにして下さい」
「わかった……」
ゆっくりと、歩き出す。
扉の前で立ち止まり二人で正面を向くと、香住は静かに…しかし、はっきりと呟いた。
「……ノッキン・オン・ヘブンズドア」
すると間を置かず、香住がすぐにノブを回し扉を開ける。
目撃者がいないか周囲を確認した後、二人で部屋に入る。
幸い人の気配はなく、部屋の中の照明は落とされ、正面に見えるスクリーンに映された光が部屋全体を青く照らしている。
配置は以前と変わっていないようだ。
作戦の為に全員出払っているのか。セキュリティーが万全なのか。人の気配は感じられなかった。
「ノッキン・オン・ヘブンズドアって、ボブ・ディランの曲か?」
「日向さんが決めたそうです。音楽が好きなようなので、この言葉に決まったそうです」
「古いもの好き同士、気が合いそうではあるな」
「急ぎますね。データのコピーは先程と同じくらいの時間で終わりますので、少し待っていて下さい」
香住は手際良くタブレットを操作すると、校長用の机に置いてあるPCに接続しデータを抜き出し始めた。
ソファーに座って待つことにする。
イヤホンからは絶え間なく、天使との戦況が聞こえてくる。
「A部隊より司令部。天使はディストーション発動ッ! こちらの攻撃を一切受け付けませんッ!」
「後退しつつ迎撃しなさいッ! もうすぐ作戦終了よ! 耐えてみせなさいッ!! 作業班はプロペラを回せッ!」
「作業班プロペラ回せ。繰り返す。作業班プロペラ回せ。現在1955。オペレーション終了まで残り20分。B部隊は――」
残り20分か……。なんとか作戦終了までに、間に合いそうではあった。
しかし、どうも話がうますぎる。
これほど入念な作戦を練っておいて、本陣はガラ空きなのか?
ゆりがどこまで知っているかは分からないが、ここは貴重な情報や普段作戦会議に使う重要拠点なはずだ。そんな場所を入り口のセキュリティーが働いているからと言って、すっからかんにするのか……?
そこまで人員が足りないようには思えないし、今日の目的はあくまでトルネードの実用性を確認するテストなハズだ。あわよくば、天使を撃破したいという用意があっても、全戦力を天使に投入する必要などないはずだ。
杞憂に終わればいいのだが……。
「お待たせしました! 行きましょう!」
香住の声に安堵し、ソファーから立ち上がる。
出口を向いて、足早にここから立ち去ろうと思っていた……が……。
一瞬、目を疑った。
人の気配は感じなかったし、一度部屋を見渡して物陰も確認もした。それ以外に人が隠れる場所もなかったはずだ。
しかし、はっきりと見えた。
暗闇の奥深くから見つめる眼……。
音も無く近寄り、狡猾な手段で標的を嵌め殺し、正々堂々とは程遠い存在。
「伏せろッ!」
突如、何かがこちらに突進して来る……ッ!
何か鋭利なものが、スクリーンの光を一瞬反射させると、初めて刀であることが分かった。
左下からの切り上げ!
何とか反応し、こちらも瞬時に刀を抜き受け止めるが、体重の乗った一撃に軽く体勢が崩れる。その隙を相手が逃すはずもなく、即座に切りかかってくる。
左上から袈裟切り!
太刀が長ければ反応出来なかった……。
相手が右利きであった場合も反応出来ず、死んでいただろう。
鍔迫り合いッ……。
室内を照らす青いの光が、影の姿を露にした。
こいつかよ……チッ……!
“あさはかなり”としか話さない、椎名とかいう、あいつだ……。
しばらく膠着していると、突如椎名が後ろに跳ね、大きく距離をとるッ!
マズいッ!
銃を使われたら、一瞬で蜂の巣だ!
とっさに香住を抱えて、後ろに走り出すッ!
校長の机を転がり越え、香住を庇い銃撃に備える。
風を切る音が幾つか聞こえ、次々とガラスが割られ、机にも鈍い音が響く。腕の中では香住が声を殺し、目をつぶるって耐えていた。
「銃……じゃないのか……?」
壁に当たって鋲のようなものが落ちてきた。これは、棒手裏剣か……?
なんにせよ重厚な作りの机に守られ、難を逃れることが出来た。高級な机だったんだろう。校長が偉くてよかった。感謝しないとな。
すぐに追撃してくると思ったが、やけに静かになった。
思った以上に、相手は慎重なようだ。
「おいッ……! 香住! 大丈夫か?」
耳元で、相手に聞こえないよう話しかける。
流石の香住が腕の中でおびえ、震えていた。
たとえ一度死んでいても、死にたくはない気持ちは同じなんだろう。
「へ……へい……き、です」
「ホントかよ……俺は、もう帰りたい」
「どう……します? 出口からは無理でしょう?」
「スマートじゃない案があるが……。どうする?」
「スマートな案でお願いします……」
「却下だ。手伝えよ」
くだらないジョークのリラックス効果がどこまで期待できるのか。香住にスマートじゃない作戦を耳打ちする。
完全な勝算はないが、十分に勝機はある。
根拠のない自信。
そのコインの裏側にあるのは、俺の“経験”だ。
逃げることなら、昔から慣れっ子さんだ。
授業をバックレる。修学旅行のお一人様VIPツアー。鬼になる事のない鬼ごっこ。タチの悪い大人から追い回されたこともある。
俺が簡単に捕まると思なよ……。
相手は、呼吸すら感じさせないほど静かだった。
間合いの外から使える、銃器や爆発物があるならとっくに試合終了だ。そう出来ないのは持ち合わせが無く、先程の棒手裏剣以外の手段がないからだろう。
それに室内は暗く、スクリーンの逆光は飛び道具の命中率を下げるハズだ。
ふとギャンブルで使う小型のルーレットが目に入る。何でもよかったが、こいつを使うことにした。
天井の蛍光灯めがけ、思い切り投げつける!
アクリルのカバーと蛍光灯が部屋の中に飛び散ると同時に、相手がシビレを切らして斬りかかって来た。
得物を固く握りしめ突進ッ!
相手より瞬刻あとに飛び出し、順光の陽の下に晒す。
机に乗りあがり、天井ギリギリまで飛び跳ね、斬りかかる!
自由落下の加力。相手の予想のはるか上段。
斬り落とし……!!
しかし、相手は刀を横に構え、こちらの太刀を完全に受けられてしまう。
当然だ。
肉を斬らせ骨を断つような、無骨な策を取る相手ではない。この状況での相手の出方など、読めていただろう。ここでは一撃目を封じ、返す刀で殺る方が攻防一如の上策なのだ。
たとえ死んで平気なこの場所でも、一度体に染み付いたものはそう簡単に洗い落とせない。
それに相手はこう思ったかもしれない……。ここからなら、どうとでも返せると……。
しかし……! 無数のガラス片が椎名を襲う!
フロアランプの支柱が折れ曲がり、先端のランプシェードが椎名に直撃する!! フロアランプの先端はガラス製。粉々に砕け散り、椎名の視界を奪うには十分だ!
さすがに大事な刀を香住に預け、フロアランプで襲い掛かってくるとは思わなかっただろう。気づかれたなら、完全にこちらの負けが確定していた。
この機を逃すわけがなく、そのまま相手に当身を加えるッ!
「おいッ!!」
「出来ましたッ!!」
香住には、俺の刀を使いカーテンを切り、別のカーテンに結ばせて二枚分の長さを持つカーテンを作らせておいた。
相手の状態など意にも留めず、即刻駆け寄りカーテンに飛びつくッ!
「背中だ! 乗れッ!!」
「はいッ!」
香住を背負い窓枠に上ると、勢いをつけ迷い無く飛び降りる!
弧を描いて、カーテンを振り子の様に動かす!
一枚分の長さで折り畳んだカーテンで往路を行き、途中、カーテンを二枚分の長さにして復路を帰ることで、下の階に飛び込んで脱出する筋書きだ。
結び目が甘く落ちて死ぬか……カーテンが破れ二人して死ぬか……。
重力という常識から解放され、空中で静止……。
ここが正念場。
限界まで前に進むと、タイミングよく手を離す。
次の瞬間……落下ッ!!。
「チィィッ!!」
二枚目のカーテンが伸びきると、激しい衝撃に襲われるッ!!
全身でカーテンにしがみつき! 耐え……堪えた……。
背中では、香住が絶え間なく叫び続けていた。どこから出ている声なのだろうか……?
うまく階下の窓を破り、破裂音のあとガラスが粉々に飛び散る!。
応接間のカーペットの上を不様に転がり、香住も俺の背中から放りだされた。
最初の着地で当たりどころが悪かったせいか、肩を強く打ってしまった……。
「クソッ……大丈夫か?」
「玲次さ……」
「まだだッ! 走れッ!!」
足が無事なのは幸運だった。
すぐさま立ち上がり、間髪入れず香住の手を引く!
急いで扉を開けて、応接間をあとにした……。