Angel Beats Children Dissolved   作:セリカ イツミ

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Angel Beats Children Dissolved 12

次の日の、昼飯時。

 今日は寮を出るのに遅れてしまった。

 ここの学生の人数は異常だ。収容数二千人の学校は、昼になると大半の奴が一箇所に集まる。急いで食堂に向かったが、すでに食券の券売機の前には、財布を握りしめた生徒で行列ができてしまっていた。これだけの人数だと、列の長さも壮観だ。

 学園大食堂と言われるだけあって、食堂の為の建物が丸一個別棟で設けられている。

 テニスコート5面分くらいの広さに、フロアは3階分。中央の吹き抜けがフロアを通していて、外で食べれるようテラスもついている。

 しかし、用意された券売機の数は少ないのだ。

 おかげ様で少し遅刻するとこのザマだ。泣けてくる。

 五分ほど並ぶと、やっと食券が買えた。食堂のおばちゃんのところに向かい食券を交換する。ここから、また時間がかかる。

 今日は、気分がすぐれないのでカツ丼にした。長時間並び続けて、機嫌を損ねたからだ。もちろん自業自得なのだが。

 最大の問題はここからだ。座る席を見つけなければ、ならないのだが絶対に必要な条件が2つある。

 周りに他の人がいない席であること。

 誰も隣に来ない端っこの席であること。

 そもそも知り合いが少ないこの学園で、俺は友達がいない。別に寂しい思いをしているわけでも無いのに、哀れみをこめた眼差しを向けられるのは迷惑だ。いつもは早めに来るので適当に見つかるのだが、今日は難しそうだ。

 生徒が作り出す砂漠だ。絶望しながら、窓際の席沿いに歩く。しばらく歩くと、数少ない見知った顔を見つけた。

「おっ。篠山さんじゃん。」

「うーわっ。阪本玲次。」

 知り合いゼロの俺にとっては、オアシスだった。

 窓際の席。四人掛けの席に、一人で座っている篠山さんを見つけた。

「ここ空いてるならいいか? 席がなくて困ってるんだ。」

 篠山さんは、割り箸を咥えたまま一度だけ小さく頷いて返事してくれた。

「悪いな助かる。せっかくのカツ丼が冷めるとこだった。それに知らない奴と食うのは苦手なんだ」

 そう言うと、また頷いた。

「どうした? 見つめてもカツはやらんぞ? なんか喋ってくれ」

「あんたのおかげで、ややこしいことになったんや。あんま話しとうない」

「そんな冷たいこと言うなよ。俺達一応付き合ってることになってるんだぞ。俺も篠山さんもイロイロな人々に嵌められただけだ。俺だけのせいにするなよ」

「あと呼び方、気を付けてや。“篠山さん”じゃなくて、“篠山くん”わかった?」

「面倒だな。衣織でいいだろ? 俺も玲次でいい」

「なんなんそれ……? 慣れっこいなぁ……」

「カップルの振りするんだぞ? 却下するなら、ササヤンとかイオッチとかにするぞ」

「……ほな、衣織でええわ」

「そう邪険にするなよ。協力してくれるんだろ? 仲良くしよーぜ。いただきます!」

 冷めないうちに箸を進める。

 カツ丼も好きだが、みそ汁も一緒についてくるのが最高だ。

 衣織は、女の子らしくペスカトーレを頼んでいた。

「そういえば、ステラとは仲いいのか? いつ頃知り合った?」

「いつって言われてもわからんけど。こっちに来て、しばらく経った後やったわ。あたしが、戦線に勧誘された時に知り合ってん」

「じゃあ、その時に入隊したのか?」

「なんや揉めるんはいやから断ったけど、いつか協力してくれって言われたわ。制服はその時に貰ってん」

「俺も制服だけいただいた。消えると困るからな」

「そんで学園でご飯食べてたり、気向いて授業に行ったりしとったら、ステラが話しかけてきてくれてん」

「ちなみに何て話しかけられた?」

「『おもしろい話し方するわね。漫才でもするの? なにか一発ネタやってよ』って言われたわ」

「バラエティ番組とかで見る、無茶振りってっやつだな」

「最初はへんてこりんな女や思うてたけど、こっちに来て何も知らんかったし、いろいろ教えて貰ろうて助かったわ」

「親切にされて助かったのは、お互い様ってことか」

「ところで質問なんだけど。この男っていうのは、いつまで続けるん?」

「平和が訪れるまで……だろうな」

「いつの話しなんそれ? せやったら玲次が戦線の人消してきてや」

「無理言うなよ……。神がどちらかに微笑むのを待つしかないな。それより俺たちに協力した方が早いだろうな」

「それまで、ずっと男のフリせんといかんの?」

「なにが不満なんだ? 制服だって今まで通り、髪の色は自由。ピアス、マニュキュアOK。どっからどうみても、女じゃないか。お前の生活の何が変わった? ちょっと話し方を変えるだけだろ?」

「髪の色は地毛やし。ピアスもカラーの入ったマニュキュアもしてへん。どんだけあたしが困ってるか……ホラ、あれ見てみ」

 戦線の制服を着た女子二人がこちらを少し見たあと、気にも留めずどこかへ行った。

「あーあー。あの2人はきっとこう思とるわ。女装男と同性愛の人が、絆を深め合ってるわ。邪魔したらあかんって、気を使うてくれたんやで。あとで見えへん所でキャーキャー言うんやから」

「考えすぎだ。同性愛の人も、女装趣味の人もいる。別に変じゃない。いいじゃないか、好きに思わしておけよ」

「あんたは、ええかもしれんけど。あたしは、ものっっすご気にすんねん……」

 ストレスがたまっているのか、怒りに肩が震えはじめている。

「じゃあ、早く解決しないとな」

「ゴメンなさい。空いている席がなくて。ここ、いいかしら?」

「別にいいぞ。少々やかましい奴がいるが、それでよければどう……」

 突如、背後から透き通った声がした。学園の食堂で合席なんて変わった奴がいるもんだとは思ったが、別段困ることは無いので反射的にそう答えていた。

「どうしたん玲次? 急にダマってもうて」

 衣織も後ろを振り返り、その姿を確認すると息を飲む。

 羽を思わせる長い髪。黄金輝く瞳。天使と呼ばれる戦線の脅威。

 今しがた話題にしていた人物がそこにいた。

「ごめんなさい。水を忘れたわ。少し見ておいてもらえるかしら?」

「あ……ああ。わかった」

「大好物なの。内緒で食べないでね」

「ああ……」

 呆気にとられ、生返事になってしまう。

 天使が担々麺を置いて、近くの給水機に向かう。

 気がつけば手に持っていた箸を落としてしまっていた。幸い机の上に着地したので十秒ルールが認められる。ひとまず、どんぶりを置いて落ち着くことにした。

「おい、衣織……このまま消されちまうのか?」

「落ち着き。こっちが大人しくしよったら、何もしてこんから」

「そうか……スズメ蜂みたいなやつだな。良い子にしてりゃいいのか……。いつも通りだな。じゃあ楽勝だ」

 失礼があって、消される訳にはいかない。いつもの上品さを思い出せ……。

 天使が冷水を持って、戻ってくる。

「つまみ食いしてない?」

 僅かに首を傾け、厳しく尋問される。その仕草だけは、普通の女の子のように可愛らしかった。しかし、ここでただ一言“食べた”というと、抹消されるのだろう。

 ここで最後の審判を下され永久追放を食らうと思うと、声を出すのも必死だ。

「食べ……てないぞ。ずっと、見つめて見張ってたからな。なぁ?」

「うん……。ずっと見とったけど。1ミリも動いてへんで」

「そう。ありがとう。いただきます」

 天使が席について、軽く手を合わせて食べ始める。

 神様にお祈りをするかと思ったが、そこは日本式らしい。

 どんぶりを置いて、なるべく音を立てないように上品に食べる。みそ汁も不用意に啜ってはいけない。背筋も伸ばすべきだ。

 下手を打てば、抹消される。

 それだけは、御免だ。

 適度なコミュニケーションも、評価基準になるだろう。女の子が楽しめるような、イキな話題がないか、自分の少ない引き出しをひっくり返す。

「今日は、いい……天気です……ね」

「そうね」

 終わった。

 今のは、完全に減点だろう。

 あまりの退屈ぶりに、実はもう消され始めているかも知れない。

「あの……突然で申し訳ないんですけど、会長さんは天使なんですか?」

 …………!!

 死んだ!

 これは、もう敗着だ……。

 人間に“人間なんですか?”なんてわざわざ分かりきった事を聞くバカがどこにいる? 

 カツ丼が最期の飯になるとは……どうせなら、あの時のカレーをもう一度食いたかった。

 この空気の読めない女のせいで、お迎えが来てしまったようだ。

 生き残ったら、すりつぶして粉々にしてやる……。

「違うわ。私は天使なんかじゃないわ」

 裁きの雷の代わりに帰ってきたのは、予想外の答えだった。

「何だって……? 嘘だろ? じゃあ、何だってんだ? そっくりさんか?」

「……? なんのこと? ドッペルゲンガー?」

 不思議そうに、もう一度首を傾けた。

 まずいな、落ち着け。会話が噛み合っていない。

「イヤ、だいぶ前に俺を切り刻んだだろ?覚えてないか?」

「あの時は、ごめんなさい。巻き込むつもりはなかったのだけど、結果的に怪我をさせてしまったわね。ごめんなさい……」

 天使が深々と頭を下げている。

 まさか、天使に謝られるとは思わなかった。もしかして実はいいやつなのか……?

「一度謝りたいとは思っていたの。でも、学校ではあなたを見かけなかったから。どこかへ行っていたの?」

「そりゃそうだ。俺は……!」

 危うく自供するとこだった。

 サボってたのがバレれば、さすがに消されるだろう。

「どうしたの?」

「イヤなんでもない」

「変なヤツ……頭沸いてんちゃう? あたしは篠山衣織。こっちは……」

「阪本玲次だ。よろしく」

「会長さんの名前も教えて貰うてもええかな?」

 衣織は、勇敢にも名前を聞き出そうとしていた。

「立華奏よ。朝礼で聞いたことないかしら?」

「うっ……。せやった! せやった!」

 が、後のことは考えていないようだった。

 ここで馬鹿正直に“あなたの朝の話なんかこれっぽっちも聞いてません”なんて言ったら、やっぱり抹消されるだろう。

「イヤこいつ、ずっと立ってられないんだよ。トラウマでさ……。」

 頑張って助け舟を出してはみたものの、沈没しかけだ……。このままだと、二人揃って嘘をついてる罪で消されちまう!

「昔立ったまま寝て、そのまま本当に足が棒みたいによ……、動かなくなったことがあったんだよ……なっ!」

「せやねんっ!あの時は、精神科医やら皮膚科やら来て、最後には歯医者も来て医者だらけやったからなぁ……」

「本当かよ! 凄いなっ!」

「せやろっ! やったな!」

 2人で一度立ち上がり、息の合ったハイタッチを交わした。

「担々麺好きなのか!?」

 ここで、やっと話しを切り替えることが出来たっ!

 不正の漏れにくい、安全な話題なはずだ。

 食い物と、女と、金は世界共通だから安心できる。

「……? これのこと?」

「そうそうそれや! ここの担々麺めっちゃ辛いのに、よー食べれるな!」

「そうなんだ。けど……うまいわ」

「麻婆豆腐はもっと辛いで。担々麺が好きやったら、あの辛さはハマるんちゃう?」

「俺も昔挑戦したんだが、かなり辛かったな。でもうまかったぞ」

「そうなんだ……」

 よし、いいぞ。安全運転だ。

 このまま、食い物の話で乗り切ってしまおう。

「衣織は、ペスカトーレ好きなのか?」

「せやね。ここのパスタはイケてるわ!奏ちゃんは食べたことある?」

「ううん。あまり食べたことないわね」

「立華さんは、アラビアータ食ったことあるか?トマトソースに唐辛子の辛味が効いててこれもうまいんだ。おばちゃんに言ったら激辛なんてのも作ってくれるらしいぞ」

「別に、辛いものが好きなわけではないわ……」

 空気が凍った。

 天使は表情一つ変えていない。

 俺は、もう消されてしまうのか?

「イテェッ!」

 つま先に激痛が走る。

 テーブルの下を見ると、衣織が片足で思いっきり踏みつけていた。

「……どうかしたの?」

 立華さんに不思議そうな目で見られる。頭のおかしな奴かと思われたかもしれない。

「イヤ、なんでもない。気にしないでくれ……」

「激辛にせんでも、おいしいから今度試してみてや!」

「そうね。覚えておくわ。」

 なんとか、消えることは免れる。

 しかし、素直に感謝できないほど今のは痛かった。

「立華さん知ってるか? 衣織はこう見えて男なんだぜっ! わからないだろう?」

「そうなの?」

 立華さんが、衣織を見つめる。

「あっ……。ああ、そうやねん。服装は女の子なんやけどな。ほらオネエの芸人さんがようさんおったから、波には乗っとかんと」

 つま先にかかる力が増す。

 ぐりぐりと捻られ椅子から飛び上がりそうになったが、なんとか平静を保つ。脱出も試みるが難しそうだ。これ以上動くと、机の上の平和を守れそうにない。

「分からないもんだろ? うっ! そこの、よく出来た膨らみも実は水風船なんだっ……。後で触って確かめてみろよっ。ホント! よく出来てるからよっ!!」

 クソッ。イテェ! 覚えてろよ……。

「そうなんだ。二人は付き合っているのかとも思っていたわ」

「よーわかったね! 実はそうなんよ!」

「はぁ? 待てっ! 何のこと……」

 言い終わる前に耳を引っ張られる

 そのまま天使には聞こえないよう耳打ちした。

「……昨日、本部でそういうことになったんやろ! あたしかて嫌なんやから!」

 言いたいことを告げ終わると、耳を解放してくれた。しかし、つま先は捕縛されたままだ。

 今日は厄日だ。散々な一日らしい。

「ごめんなさい。私いろいろ勘違いしていたみたいね」

「ええの! ええの! 気にせんで、よー間違えられんなん。なっ?」

「はい! そうです! そういうことなんです」

 最後の捕虜である、つま先を解放される。

「今日はありがとう。楽しかったわ。また一緒していいかしら?」

「せやね! 待ってるわ! また来てな!」

 丁度食べ終わったらしく、食器を片付け天使が席を立つ。

 仲良さそうに衣織が手を振ると、立花さんも軽く手を振り答えてくれていた。

「ふざけるなよ衣織! 加減ってもんがあるだろう?」

「あんたかて、もうちょい気使えんの? 奏ちゃん怒っとったやないの!」

「アレは事故だ! あの話の流れなら、辛いもんが好きなんだろうって思うだろう?」

 口喧嘩ならぬ、口戦争はその後も続いた。

 大食堂に醜態をさらし、戦線の連中は幸せな夫婦喧嘩と思っていて温かい目で鑑賞していただろう。

 気がついた時には授業が始まり、周囲からは人が居なくなり、味噌汁は冷め、ご飯はぐずぐずになっていた。

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