Angel Beats Children Dissolved 作:セリカ イツミ
本部で一度集合した後、向かったのは意外な場所だった。
これだけの生徒数の学園で、この体育館が使われていない時間は限られている。ギルドに向かうタイミングもそれに合わせてあるのだろう。
人のいない空っぽの体育館中には、ギルドに向かう戦線が数人集まっていた。
ゲストハウスを出る時にもらったマイクが首元を軽く締め付ける。
咽喉式のマイクだそうで首に密着している。喉の振動を電気信号にして、声に変換するものらしい。香住が用意してくれた、白と黒の市松模様のバンダナを首に巻いてカモフラージュした。音声は常にゲストハウスに送られ、いつでも香住に連絡できるようになっている。
「貴様!つっ立ってないで早く来いっ。ゆりっぺを待たせるな」
「って言われても、何するんだ?」
「知らないのかぁ?いいからこっち来い。おめぇも手伝え」
野田と藤巻に連れられ、ステージの下に収納されているパイプ椅子の入った棚を引き出せと言われた。いまいち腑に落ちなかったが、言われた通りにする。
確かにこういう作業は野郎の出番だ。
「貴様、ギルド降下作戦は初めてか?」
「そうだな。噂で聞いたくらいだな」
「おっかねぇぞぉ?落ちて叫んでも助けねぇからな」
「そこは、頼むから助けてくれよ」
軽く笑いを返し、はぐらかす。
棚を引き出し、奥に通路が続いてるかと思って中を見たが何もない。何の特徴もない壁がある。回転扉にでもなっているのか?
「どこ見てんだ坊主?床だ床」
不思議そうに見ていると、藤巻におちょくられてしまった。
腰を曲げて進んでいった野田が、床に埋設した四角いハッチのような扉を引くと、中に入っていく。近づいて中を覗くと、梯子が下へと続いていた。
まずは女性陣のゆりとステラ、衣織が先に降りて後に続く。
俺も後に続き梯子を下ると、細い木材のみの簡単な梁と柱できた炭坑の様な通路が続いている廊下に出た。
木造の天井と柱。壁は元の岩盤が裸になっている。照明もランプの様な質素な物が使用されていて、通路の奥は暗く見通しがきかない。地下特有のジメジメとした湿り気の多い空気に変わり、日が照る事のないせいか肌寒い空気に覆われていた。
「ここが、ギルドなのか?」
先に降りて、仲間を待っていたゆりに尋ねる。
「そうとも言えるわね。この地下のエリア全体のことをギルドと呼んでいるけれど、ギルド降下作戦は、ここの最新部への到達を目的としているの。あたし達の言うギルドとは、ここの最深部の事をいう方が多いわ」
「ここから、どれぐらい時間がかかる?」
「なにも無ければ、一時間ってところかしらね」
「こんなところで、一体何があるんだよ。モンスターとでも遭遇するのか?」
「その方が、まだよかったかもね。仮に、ここが生徒会や天使に見つかったら地下施設ごと攻撃されて跡形もなく戦線は全滅よ。中にいる仲間は、永遠に土の中でしょうね」
「不健康な想定だな……」
「仮に見つかったとしても、最深部まではトラップが張り巡らされているわ。それにあたし達でさえ、ギルドの全ては分かっていないの。最深部が攻め込まれる事は、まず無いでしょうね」
「ここは対天使用の天然の要塞ってわけか」
「あんまりフラフラするなよぉ坊主。大玉が転がって来て踏み潰されるぞ」
「不便な基地だな。持ち主が来る時くらい解除しておけよ」
「当然そうしているわ。ギルドには連絡してあるから、トラップは全て解除されている。でも二時間以内に到着せず、あたし達からの連絡も無ければ再度トラップが発動する様に指示してあるの。時間には十分余裕があるわ。行くわよ」
そういえば、先程からステラと衣織を見かけない。
振り返ると、後ろにちゃんと居た。
「こちらが、ギルドでございます。様々なトラップ、迷路の様に入り組んだ構造が天使の侵入を防いでおります」
「わぁーすごいなぁ。これやったら安心して戦えそうやわ。気に入ったわぁ!でも、大変なんでしょう?」
「ご安心ください。24時間のサポート体勢。メンバーが一人一人に丁寧に対応します」
「せやったら、安心やわぁ」
「では奥にご案内します。お足下暗くなっておりますので、ご注意くださいませ」
「ありがとう!ステラさんは親切で助かるわぁ」
「何してんだ?お前ら?」
「なにって、案内じゃない。ジャマしないで」
「案内されてマース」
揃って気だるげに答える。
衣織も、どうせ知っている癖に白々しい。
「遠足じゃないんだぞ?転んで怪我するなよ」
「私達そんなアホじゃないなから。ねー」
「ねー!あっち行ったらええねん?今日は男がようさんおんで!よかったなぁ」
二人で仲良く手を繋ぎ、ブラブラさせていた。
天を仰ぐ。
この先が思いやられる。
炭坑の中をしばらく進むと、鉱山には似つかわしくない機械的な扉が現れる。
中に入ると、部屋の中は宇宙船のような廊下になっていて、長方体の個室になっている。 宇宙ステーションの船外活動をする時のエアロックを思い出した。トラップを止めているせいか、室内は最低限の光しかない。
「ここは何なんだ?」
「レーザービームが出てきて、てめぇをサイコロステーキにしてくれるところだ」
「油分が少ないからヘルシーだとは思うぞ。まぁそういうところってのはよく分かった」
対天使用のトラップの仕掛けられた場所の一つなんだろう。
おそらく、同じ様な場所がいくつかあるはずだ。
「ほら、行くぞ。それとも閉じ込められたいか?」
「狭いところは苦手だ。暗いところもな」
部屋を出ると、また梯子を下る。
今度の梯子は異常なほど長く、建物にすると3階分くらいの高さがある。
決して踏み外さないよう注意して降りると、駐車場の様なコンクリート造りの廊下に変わった。これまでの炭坑、宇宙船と比べると、随分タイムスリップしている。
どこまでが元からあった箇所なのか?どこから自分達で手を加えたのか?
どちらにせよ、死ぬ前の人類と同じくらいの技術力があるのだろう。戦線の基地というだけあって、なかなかゴールには辿り着かない。
コンクリート造りの廊下を黙々と進む。ステラと衣織以外は……。
「今度は防空壕か……」
巨大なトンネル。地下鉄のような半円の石造りで出来た天上。壁には一定の間隔に無数の扉がある。トンネルの奥は暗く、どこまで続いているかは把握できない。
扉の奥はシェルターか、もしくはダミーのタラップのある部屋。この中のどれかが、正しい最深部への通路なのだろう。
ゆりの後に続き、その正しい扉の中に入る。念のため位置は自分でも記憶しておく。
梯子をさらにくだり、炭坑と防空壕が交互に続く。
ステラ達の会話も途切れ始めたころ、今度は少し開けた空間に出る。ちょうど、さっきの体育館と同じくらいの広さだ。鉄筋のコンクリートを使い頑丈にしてある。
正面は鋼鉄の馬鹿でかい壁で、行き止まりになっている。
ゆりが立ち止まりポケットから通信機を取り出すと、誰かに連絡し始めた。
「私だ。セントラルゲート前に到着した。クラシファイドコード、5、1、8、5、4、9……」
ゆりが通信を終えてしばらくすると、目の前の鋼鉄の壁がスライドし始めた。どうやら、壁に見えるように引き戸にしていたらしい。
「コード覚えてメモしてもダメだぞぉ坊主。コードナンバーは毎日変えているからな」
「んな事しねぇよ。大体ここも一人じゃ来れないだろうな」
「あんだけキョロキョロしといてよく言うぜ。行くぞ、ついて来い」
鋼鉄の扉が開くと、想像以上の光景が広がっていた。
学園の半分が全部入るくらいの敷地に、工場がいくつも並んでいる。
鉄を溶かす為の炉があるせいか、先程とは違い暖房が入っているように暖かい。工業施設特有の油の匂いが立ち込め、鉄を冷やす為の水蒸気の蒸発する音が絶えず。外周には鉱物を運搬する為のトロッコが走っていた。
「ここがギルドよ。歓迎するわ」
案内された先は、コンクリートの建物の二階にあるVIPルームと呼ばれる場所だった。
名前に似合わず、手動扉のエレベーターを昇った先にある、ブリキと木材などのガラクタで埋めつくされたゴミ部屋みたいな場所だった。
ゆりが陸上競技で見かけるトンボを使って道を作り、唯一被害のないソファーに座る。
俺達は仕方なく丸いものや、四角い何かに座る事にした。
「おう。待たせちまったな」
「紹介するわ。このギルドの責任者。チャアよ。武器や兵器だけじゃなく必要な道具があれば、遠慮なく彼に言ってね」
「おいおい……。ちょっとは遠慮してくれよ?流石に何でも造れるわけじゃないからな」
「あたしには、いつものを頼むわ。ステラはどうする?」
「9mmを100発。あと私が使ってる銃と同じ物をもうひとつ貰える?」
「ミリタリーポリスの大昔のやつだったな。ゆり達が持ってるものに比べりゃ簡単だが、3日はかかるぞ?どうするつもりだ?」
「スペアがもうひとつ欲しいだけよ。急いでないから構わないわ。次に来るときに引き取るからお願いするわ」
「任せとけ。そっちの“初めまして”の嬢ちゃんはどうする?」
「初めまして篠山衣織といいます。今日は見学だけなんで、武器は必要ないです。貰っても使うことないだろうし」
「そういうな。この世界だと、いざって時がいつ来てもおかしくないからな。一挺ぐらい持っておけ」
「でも、そんな物をいただいても困ります」
表面上は、あくまでやんわりと。それでも内心は、必死に断っていた。
「わかった……。俺達も無理強いはしたくない。でも嬢ちゃんに何かあって、怪我して欲しくはないんだ。これだけでも、受け取ってくれないか?」
そういうとチャアは振り返り、後ろのガラクタの山にある錆び付いた引き出しから、褐色の皮の鞘を取り出す。
鞘の中身は、白く輝いたナイフだった。
凶器というイメージからは遠く、グリップが白く清潔感がある。全体が少し長めにとられていて、手のひら両手分くらいだろうか。両刃で包丁ほどの厚みがあり、女性でも扱えるくらい柄は細い。
「こいつならいいだろう?こう見えていい素材で出来ている。必要ないならリンゴでもむいてくれりゃあいい。俺たちだって、そう使って貰えるに越したことはないからな」
「わかりました。お心遣い感謝します」
武器に対する考え方は、人それぞれだ。
やる前にやる。
やられる前にやる。
武器を持つ者は、この条件のいずれかに当てはまることが多い。
しかし、愚かで勇気のある“武器を持たない”という選択もある。
交渉のテーブルにおいて圧倒的に不利であり、誰もが一度は考える平和的な選択。
しかしながら、これには相手の良識、信頼などが絶対に必要になる。賢い人間ほどわざわざこんな悪手は打たない。だから愚か者と言われる。
生徒会や天使とは戦わない。
言葉には出来ない衣織の意志を汲んでくれた、チャアの気づかいがありがたかった。
「野郎どもは必要なさそうだな。欲しけりゃいってくれ」
「じゃあ、ステラと藤巻くんはオペレーションがあるから本部に帰るわよ。チャアと野田くんは、阪本くんと篠山さんは工場に案内してあげて」
「はぁ?工場?何のことだ?」
「行くぞ、新入りども。腕が上がらないくらい、みっちりしごいてやる。覚悟しとけよ」
「俺も一緒に行くのか?嘘だろ?」
「そう聞いている。安心しろ死にはしない。それに、うちは女には優しいしな」
「おい、おっさん。勘違いするな。そいつは男だぞ」
「そうか!そりゃ都合がいい!特に口の減らないガキには優しい!とっても、な……ついて来いっ!」
「玲次……あとで、おぼえときや」
野田がエレベーターを呼び、手動扉を開く。
重い息を吐いて立ち上がり、渋々ついて行く事にした。