Angel Beats Children Dissolved 作:セリカ イツミ
「クソォッッッ!イテぇぇぇ!!」
コンクリートの床の上をのた打ち回る。
先程まで全身に激痛が走っていたように思ったが、今では嘘であったように痛みは引いている。気が付くと激痛は、石の床によるマッサージに変わっていた。
「何だ?なにが……どうなってんだ……?」
上半身を起こして辺りを見回す。
見たことのない場所だ……。
空の明るさから今が夜だということは分かる。
悪い夢でも見ているのか……。
耳鳴りを忘れるほど静かな場所だった。
こんなところにいても仕方がない。立ち上がって辺りを見回す。
「これは……橋か」
両サイドに肩の高さほどの手すりがある。橋の高さはここから見下ろすと、二階分くらいの高さだ。そんな事などパッと見れば、すぐに気づくはずだが、さっきから脈に合わせズキズキと頭痛が襲っていた。
そのせいか……考える事が、面倒になってくる。
長い橋の正面には赤い煉瓦の色の倉庫か……? 振り返って反対側はガラス張りのお洒落な建物が見えた。どちらも常夜灯以外は照明が落ちている。
迷うまでもなく赤い建物の方へ向かう。こっちの方が近いからだ。十分すぎる理由だ。
手すりに甘え、革靴をすりながら歩く。……革靴?
「……マジかよ」
気がつけば、いつの間にか革靴を履いていた。服も見たこともない物に着替えさせられている。制服であることは分かるが、俺が通っていた学校のものとは違う。
今ではあまり見かけない詰襟の学ランだ。
「クソッ。今時追いはぎってやつか?ツイてねぇな」
それでも、幸いなことに空気は澄んでいるらしい。橋を渡り終えるころには頭痛も引いていた。
状況から察するに、どう考えても家には今日中に帰れそうにもない。
期待はしていなかったが、携帯も当然持っていなかった。もちろん財布も持っていかれている。どうやら着替えさせた変態は容赦ないらしい。服を着せておいてくれただけでも、少しは感謝したほうがいいものかもしれない。
「どこなんだよ、ここは……?」
倉庫の煉瓦だと思っていた壁は、コンクリートを赤くしただけの建物だった。
壁に沿って反時計回り歩き、出入り口を探す。
五、六分くらい歩いただろうか?大きさだけは、相当大きな建物だ。端までたどり着いて、角を折れた後も建物の周りを歩き続る。
なにかの研究に使う建物なのかもしれない。どう考えてもショッピングモールではなさそうだ。それに今は、お買い物なんかできやしない。
ようやく、出入り口らしき場所にたどり着いた。
正面玄関にあたるのだろうか?人が二、三人簡単に通れそうな、でかい扉を見つけた。
とりあえず、ここがどこなのか確かめたい。
諦め半分で太く長い取っ手を握り、ゆっくりと大きなガラス戸を引いてみる。
しかし、鈍く低い音を立てるだけで扉が開くことは無い。
「まぁ、そうだよな……」
ピッキングの知識も道具もあるわけでもなく、鍵を開けてまで中に入る必要はない。それに警報装置なんかが鳴るとやっかいだ。
あきらめて他の場所を探そうとすると、遠くのほうで足音が聞こえた。
警備員ならまだいいが、追いはぎの仲間だったら面倒だ。
ちょうど近くに身を隠せそうなベンチがあったので、ベンチの後ろに回りこんでやり過ごすことにする。
「アレぇ?おかしいな?ゆりっぺの話じゃこの辺だったと思うんだけどなぁ?」
歳が俺と同じくらいの長髪の男が走ってきた。
俺が着ているものとは違う、見たことのないブレザーの制服を着ている。
そんなことはまだ理解できるが、大事そうに機関銃のようなエアガンを持っている明らかに怪しい奴だった。
どうやら“追いはぎ”の一味らしい。
キョロキョロ何かを探しているようなので、すぐに頭をひっこめる。
月明かりに反射して、目の前の窓に“追いはぎ”の姿が映っていた。ぼーっと気を抜いて歩いている。
そんな姿を見ていると、被害者としてはイライラしてきた。
「はやく見つけないとなぁ……今一人で天使に見つかったら、一瞬でやられちまうぜ」
五メートルほどの距離まで、ノコノコ歩いてきた。
後ろから腰を低くして一気に近づき、襟首を勢いよくつかむ!
「動くな……」
姿勢を低くして襟首をつかみ、相手がのけぞるような体勢になる。
軽く持ち上げることで、容易に反撃など出来ないはずだ。
「マジかよっ! こいつは強い奴がやってきたもんだぜ……」
「黙れ。今すぐそのエアガンを離せ」
「おいおい待てよ。俺はお前の味方だぜっ? 信用してくれよぉ。ほらっ銃も離すからよ」
言うと通りに、足元にエアガンを落とした。
念のためにアクション映画のようにエアガンを蹴飛ばす。……が思ったより重量感があり四メートルほどしか飛ばなかった。
「どうせ元々金なんか入ってねぇから、全部返せとは言わない。ここがどこかだけ教えろ。あと追いはぎの仲間には俺がいたこと言うなよ……。これ以上は面倒だからな」
「ここか?まぁ初めて来たやつは、みんなそういうよな。いいかっ?落ち着いてよく聞けよ。ここは死後の世界。ここにいるってことは、お前も俺も死んじまったってことなんだ」
ひざ裏を蹴りを入れるッ!
相手のバランスを崩して上体を沈ませ、ほぼ仰向けの格好にする。
襟首の後ろを勢いよく掴み、そのまま地面に叩きつけると、すかさず馬乗りになり正面から再び襟首を掴んだッ!
「いてぇよっ! 信じてもらえないかもしれないかも知れないが、ホントのことなんだぜっ?」
「んな寝言みたいなこと信じられるかッ! ふざけるのも大概にしやがれ! 俺は家に帰りたいんだ! とっとと、ここがどこか教えろ!」
「日向(ひなた)クンっ! 大丈夫!?」
騒がしくしすぎたせいか、正面から仲間の一人がやってきた。
セーラー服に短いスカート。髪型がセミロングのストレートで、カチューシャを着けたアイドルみたいな女だった。
こいつもエアガンを持ってやがる。ハンドガンタイプの小さいものだ。
追いはぎの一味は、そうとうサバイバルゲームが好きならしい。
「なにしてるのよ? そんな体勢になってまで、勧誘してくれなんていってないわよっ!」
「バカっやられてるんだ! ゆりっぺからも何か行ってくれよぉっ!」
「黙れッ! 動くな! お前もそのエアガン捨てろ! こいつがどうなってもいいのか?」
こんな脅し文句に、どこまで乗ってくれるのか……。
エアガンといえどスチール缶に穴が開くようなものもあると聞く。あきらかに、こちらの方が不利だ。
「わかったわ。銃は捨てるわ……でも私たちはあなたの味方よ?話だけでも聴いてもらえないかしら?」
そういうと、足元にそっとエアガンを置いた。
素直にこっちの言う通りにして貰えたのは何よりだったが、被害者の不満はたまりにたまっていた。
「はぁ? 身ぐるみ全部持って行っておいてよく言うな! 味方だってんなら家まで送れ! お客様はお帰りだ!」
「私たちだって帰れるものなら帰りたいわ。でも、もう帰る家なんてもうないのよ……」
「わかった、もういい黙れ!ここがどこかだけ教えろッ!」
「……ここは死んだ後の世界よ」
目の前で寝転がってる奴の襟をつかんで、軽く首を締め上げる。
「っッ! くるぢぃ……」
「もういい……でかい道に出たい。それくらいは教えろ……」
「そんな道どこにもないわ。ここに来た奴みんな同じような事をいうのね。あるがままを受け止めなさい! そのうちイヤでも分かってくるわ、ここが死んだ後の世界ってことがね」
とんだオカルト集団だ……。陳腐なセリフにも程がある。
「話の通じない連中ばかりだな。わかった。両手を頭の後ろにして回れ右だ。建物の角を曲がれ。その後にこいつを解放する」
「信用して貰えないのね。そのままで構わないわ。唐突だけど、あなた入隊してくれない――」
「早くしろッ! 次はこいつを殴るぞ!?」
「勘弁してくれよぉ。何にもしねーってば」
意味不明なことばかり言うやつらだ……。出来れば金輪際一切会いたくない。手切れ金が中身の寂しい財布で済めば安いもんだ。
「あまり刺激しないほうがよさそうね。どーせ死にはしないんだから、自力で脱出しなさい。いいわね?」
「おいおい、ほんとかよぉ。そりゃあないぜ……」
「私語を許したつもりは無いんだが?」
もう一度締めてやろうと思ったが、アイドル女が回れ右をして歩き出した。
「ここは死後の世界よ。ここにいる人間は、すでにみんな死んでしまった人たちなの」
アイドル女が、ぶつくさ言いながらゆっくりと歩いていく。
こっちは、もはや聞く気にもなれない。
油断だけはしないように、ロン毛の襟を閉め続ける。
「私たちは天使と戦い続けているわ。神に抗う為にね。ここでは天使に消されない限り、存在し続けることが出来るの」
「そぉなんだ!天使さえ倒せば俺達は消されなくて済む!こいつはチャンスなんだぜ?協力してくれよぉ」
「お前だけは、黙ってろ……」
自分の真下で喋られるのは、思った以上に気に障る。
「名前はまだ決めていないのだけれど、戦線のメンバーはどんどん増えているわ。きっとみんなで力を合わせ天使を倒せば、神様にだって立ち向かうことが出来るわ。そうすれば手に入るのよ?文字通り、この世界が私たちのものになるのよ?だから、私たちと共に戦ってくれないかし――」
流暢に話しているかと思えば、突然黙り込んだ……。
歩くのをやめて、棒立ちになっている。
こちらからではアイドル女の表情が分からない。
「おい! スピーチはいいにしても歩け! ボサッとすんな!」
「来たわっ!!」
突然叫ぶと、こっちに走ってきた。
「冗談だろっ? こんな時にかよぉ!」
「チッ……芝居かよ! 頼もしい味方だなッ!」
ロン毛の顎に軽く一発入れる!
「イテぇ!まったく、いつも損な役回りだぜ……」
すかさず、さっき蹴飛ばしたエアガンまで駆け寄る!
走りながらストラップをつかみ拾い上げ、不格好に持ちあげる。
最近のものは、造りが精巧なのか随分重く感じる。さすがに安全装置がどこにあるのかは分からない。トリガーを引いてうまくガスが出ればいいんだが。
「動くな!」
振り返って、それらしく構えてみる。が、二人ともこちらを向いてはいなかった。
ロン毛の奴もどこからかエアガンを調達してきて、二人で銃口を向こう側に向けている。 相手にされていない事に気づくと、今度は自分が馬鹿みたいだった。
「アレが天使よ……」
二人はエアガンを構え、視線は向こうに据えたままだ。
つられて視線の先を追うと……。
ゆっくりと……。
暗闇から……。
一人の少女が歩いてくるのが見える。
月明かりに照らされて姿を現すと、白く輝く長い髪が光を反射しているように感じる。
天使……と言われれば確かにそう例えてもおかしくはない。
人間とは思えない黄金色の瞳。
不思議な神秘さを纏った少女。
それでも、どう見てもただの人間だ。
今の時代変えられないものも、ある程度変えられる。
美容院などで専門の人間が脱色すれば白い色になるだろう。瞳の色もカラーコンタクトがある。こちらはディスカウントショップで簡単に買える。
そういう“設定”なんだろう。仲間内でなら、いくらでも好きにすればいい。
「午後十時以降の外出は禁じられているわ……」
聞こえたのは、どこまでも感情のない声だった。
誰もが考えるような慈悲のこころに満ち溢れた天使ではなく、字面どおり“天の国からの使者”なのかも知れない。そうであれば、使者は事務的なはずだ。
感情など必要ない。審判や祝福の役割は神が請け負うものだからだ。
ロケーションが役を一層引き立てているのかもしれないが、あまりにも堂に入りすぎていた。
「来やがったなっ! どうする?ゆりっぺ!」
「日向くんは増援をよんでっ! ここはあたしが抑えるわ!」
ロン毛の方は、急いで無線を取り出して誰かに連絡をしている。
アイドル女はエアガンを構えて、白い女に向かって走り出した!
「……ガードスキル。ディストーション」
白い女が小さく呟いた。
この世のものとは思えない、先程とは違うエフェクトのかかったような声が聞こえた。
ここまでくると感心するものがあるが、サバイバルゲームに参加する趣味はない。
相手にされないなら今のうちに逃げようと、エアガンを捨てた瞬間だった。
運動会でよく聞くような銃声が、何回か……。
条件反射だった。
モデルガンといえど生身の人間に向けていいもんじゃない。
黙っていられず、エアガンを持った女のほうに駆け寄り……
「やめろーーッ!!」
なりふり構わずアイドル女の背後に飛びつく!
地面を蹴り上げ、体が宙に浮いて、背中を押さえつけ始めた位だろうか……。
女の向こう側には、天使が長い刃物を振り回していた。
当然、空中で、そんなものに反応できるわけもなく――。
しばらくして……視界が、
どこまでも白くなり――
なにも、わからなくなっていた――。