Angel Beats Children Dissolved 作:セリカ イツミ
目を開けるのがつらい。
日差しが痛い……どこかに寝かされているらしい。
清潔な匂いのない寝具。糊がきいているパリッとした感触。
心地よくはあるが明らかな不快感。そんなものより、使い古した枕と自分の臭いが染み付いたベットの方が、はるかに落ち着く。
俺は自分の家に帰りたいだけなのに、ろくでもない連中のサバイバルゲームに巻き込まれたのが不様で仕方ない。
追いはぎに、エアガンを持った連中。
眼前に迫った薄く長い両刃のプレート。
生きている間には、決して見ることの出来ない光景だろう。
少なくとも二回ほど切られた。
それ以降は覚えていない……あれほどの激痛ならば、死んでいてもおかしくないはずだ。それでも、こうして意識があるってことは悪い夢で済んだらしい。
これまでに最悪な夢を見た回数なら、その辺の奴に負ける気がしない。
落ちた、崩れた、歯が全部抜けた、殺された。やけにリアルな夢だったが、今回もその中のひとつだろう。いつも起き上がるたびにホッとする。
体を起こして、周りを見渡して、そして絶望した。
すぐ目の前に、回転椅子に座っている女がいた。
腕と足を組んで、偉そうに眠っている。
着ている制服が、昨日夢で見たアイドル女が着ていたものと同じだ。イヤ……ここまで来ると、昨日の事は夢じゃなかったんだろう。
セミロングのブロンド。
深く青い色のリボンを使い、乱暴に後ろで一つにまとめている。
ここからでは前髪に隠れて顔がよく見えないが、鼻は高く筋が通っているモデルのように美人なのは分かる。それに肌が透き通るように白い。雰囲気から言って日本人じゃないだろう。西洋人らしいシベリアハスキーのような孤高さと気品。その中にも野生の持つ気性の荒さを感じさせる。
首を傾けているせいか、髪の毛が口の中に入ってた。よほど熟睡してるのか、寝息まで聞こえてくる。こんな連中は、そのままあの世に逝っちまえばいい。
腰にある黒いホルスターには、回転銃のエアガンが収まっている。ホルスターというオプションも揃えているところから、連中のサバイバルゲーム熱が伺える。
どうやら追いはぎの連中に捕まったらしい。
見たことの無い、保健室のような場所だった。
カーテンが全て開いていて、隣には三人分のベット。女のいる方には、本来保険医が使うであろう机がある。女が座っている回転椅子はその机の椅子なのだろう。
今は使われていない、廃校なのかもしれない。
そうっと布団をどかしてベットから降りる。
靴は諦めるしかない……。今この瞬間ほど、靴下に感謝することはなかっただろう。
出口までは、大股で十歩ほどだろうか。
残念なことにブロンドとの距離は1メートルほどしかない。白い大きな引き戸は閉まっているが、どうあがいても少しくらいは音が立つだろう。最悪フルダッシュだ。
念のために呼吸のリズムも合わせる。こういうのは慎重すぎるくらいがちょうどいい。
足音を殺し、ブロンドのすぐ隣まで来た。
静かにこのまま横切ろうとすると。
「どこに行くの?私も連れて行ってもらわないと……」
ものすごい速さで、右手首を強く掴まれる!!
手が万力のように噛んでいる。
構わず、強引に走り出す!
悪いがこっちも必死だ! なにがどうあってもドロンさせてもらう!
女がパイプ椅子から転がり落ちる!!
そのまま2、3歩分引きずるが、それでも離れなかった! 振り返ってみると何事も無いかのように、うつ伏せで寝転がっている。
「嘘だろぉ? 離せよッ!」
叫んでみたが反応はない。
不思議な事に、先程と変わらず寝息が聞こえ続ける。
「んだとぉ? まさか……まだ寝てんのか?」
掴まれた手首をつかって、オムレツのように女をひっくり返す。
表を向けると、眩しそうに目をこすっていた。
「ああ、起きたの。よく寝てたね」
「お前がな……。どんな夢を見りゃそんなことになる? いいから離せ」
「どこに行くのよ? また当ても無く逃げるつもり?」
あきれた調子で返される。
それにしても面倒な連中に捕まってしまった。
「違う。一度家に帰るだけだ」
永遠に帰ってこないがな……。もちろん口にはしない。
「まぁ待ちなさい。今ゆりを呼ぶから。話だけでも聞いて行きなさい。帰るのはその後でもいいでしょう?」
「開放してくれるのか?」
「話を聞いた後なら、どこまでも逃げればいいわ。それ以上、止めはしないから」
女がため息まじりでそう答えたあと、無線で連絡していた。
“ゆり”というと、確か昨日のアイドル女が確かそう呼ばれていた。
あの意味不明な奴に襲われた状況で、生きていたのか?
しかし、お話が終わって“ハイさようなら”なんて話がうますぎる。
こんな初対面の訳の分からない女のことを信用なんてできるのか?
「それより、気が済んだなら起こしてもらえるかしら?」
「あぁ……悪かったな」
女はうつ伏せの姿勢だが、右手は掴まれてままだ。
そのまま女に向かって歩いていくと、女の体勢が自然に起き上がった。
ほんの少し頭を使ってやった。
「もっとマシな起こし方は出来ないの?」
「怪しい奴らは、こうやって起こせって親にいわれたんだ。マッサージチェアみたいだったろ?」
「あっそう。ありがとうございました」
とても不服そうに答えた。
「お前どこの国から来たんだ?」
「イギリスよ。まぁここではもう国なんか関係ないけどね」
「随分と日本語がうまいんだな」
「周りがみんな日本人だからね。そんなことより貴方、昨日バラバラになってたけど、今は痛みとかはない?」
「バラバラ……? 嘘だろ。夢じゃなかったのか?」
「そんなわけないでしょう。話を聞かない男が花火になったって聞いたわよ」
そういうと、面白可笑しそうにクスクスと笑う。
「じゃあ、あの時に……俺は死んだのか?」
「ここにいるってことは、その前にとっくに死んでるわ」
「はぁ? そんな覚えはどこにもないぞ?」
「貴方、もしかして記憶がないパターン? 名前は?」
得体の知らない女に身分を明かしていいものか……。
あとで追い回されたりしたら面倒だ。
「玲次だ」
「ファミリーネームは? 覚えてないの?」
「悪いけど、お前たちを全面的に信用したわけじゃない」
「つれないわね。ステラ・ローウェル。握手は……必要ないわね」
目線を掴んだままの右手にうつす。肩をすくめた後、軽く微笑んだ。
「聞きたいことがある。ここはどこなんだ?」
「死んだ後に来るところよ」
「違う! それは後回しだっ! 今いるここ! この場所だ! ヒィゥアー?OK?」
昨日から何度も同じ答えを返され熱くなる。
正直、ウンザリしていた。
「そんなエセ英語使わなくても分かるわよ。ここは第一保健室。あまり使われることはないけどね」
「保健室? やっぱり学校か? 昨日の場所から別の建物に移動したのか?」
「いいえ。倒れていた場所からは、それほど遠くないわ。建物もこのあたり一帯以外には何もないから」
「じゃあ昨日のでかい建物は、全部今も使われている学校だって言うのか?」
「生徒数二千人前後の大きな学校よ。みんなの分の寮があって、そこで生活しているわ」
「保健室なんて勝手に使っていいのか?」
「だれも使うことはないから大丈夫よ。ここの素晴らしいところは、もう誰も病気にはならない事ね。貴方も二度と風邪を引くこともないわ」
そういわれても、全く実感は沸かない。
今こうして息をしている。手足も自由だ。何の変わりも無い。
「混乱するのも仕方ないと思うけど……はやく慣れて貰わないとこっちも困るわ。ここで一度、天使に殺されたんでしょう? そろそろ納得してもいいはずだけど?」
「保留だな。今はなんともいえない。でも仮に、お前らが言うようにここが死後の世界だったとしよう。晩飯は常にステーキ。俺以外の人間は、全員かわいい子限定の楽園なのか?」
「うわ……ひどくチープな楽園ね。じゃあ、ここは地獄よ。ほら昨日、日向とも会ったんでしょう? まだ、たくさん男子もいるわよ」
「お前には、一番に俺の楽園から出て行ってもらう」
「きっと玲次のほうが先に出て行くことになるわ。でも、ここで消えたらそんな天国が待ってるかもしれないわね」
「はぁ?消える?」
続けて聞き返そうとすると、突然出入り口のドアが開く。
昨日見かけた、あのアイドル女が入ってきた。
「やっとアナーキストがきたね」
「失礼ね。私はただおとなしく消えるのが嫌なだけなの。ステラだってそうでしょう?」
「まぁ、そりゃあね」
昨日、見たアイドル女が部屋に入ってくる。
一緒に殺されたのかもしれないのに、何事もなかったように無傷だ。ゆっくりと歩いて、こちらへやってくる。
「調子はどうかしら?」
「ありがとう。昨日は悪かったな……。なんか決闘の邪魔しちまったみたいで」
一応は心配して貰えているらしい。こちらも素直に返す。
「構わないわ。こっちも助けてもらったんだしね」
そんなつもりじゃなかったんだが、そういう事になっているらしい。悪い気はしないのであえて訂正しないでおく。
「そろそろ話だけでも聞いておいてくれないかしら。知らないと困る事もあるしね」
「そうだな、俺も早く家に帰りたいからな」
「はぁ? あんたばっっかじゃないの? 今までの話し聞いてたの? もう死んでるからこの世界から、おうちには帰れないって言ってるの! いっぺん死んでもわからないんだったら、もういっぺん死んだら?」
いい加減ウンザリして来たのか、アイドル女がまくし立てる。
「今の“もういっぺん死んだら?”とういうのは、死んだ後のこの場所でよく使われる一番トレンディなジョークよ。よかったら、他の所でも使ってみてね」
「はー……。は、は、は」
手拍子も付けて、軽快に笑う。
「こんな場所じゃ落ち着かないだろうし、わが戦線の対天使用作戦本部に案内するわ。そこで詳しい話もするから、ついて来なさい!」
どんな場所だと落ち着いて貰えると思ってるんだ? こいつもマイペースな女だ。
渋々靴を履いて、アイドル女について行く事にする。
立ち上がって数歩分歩くと、それ以上進めなくなった。
「離せよ」
「イヤよ。逃がさないから」