Angel Beats Children Dissolved 作:セリカ イツミ
俺がこの場所に来て、随分時間がたったように思う。
随分というと結構たったように聞こえるかもしれないが、まあまあだ。曖昧にしかわからないのは、ここにはテレビもなくカレンダーもないからだ。
かろうじて曜日だけは決まってるらしい。中途半端な几帳面さが笑けてくる。だったら日付も決めればいいんだ。
ここにいる連中は、そんな細かいことには気にも留めないようだ。
最初のうちは数えていたが、馬鹿らしくなった。こんな事しても誰も褒めてくれないだろう、誰も必要として無いのだから。
ここでの生活は、なに不自由無く過ごせている。
あえて不満をあげるなら盆栽みたいに変わりばえ無い退屈な景色と、同じ食い物しか出さない学食。となりの奴が食っているカレーを見るだけで、そのカレーの味が頭をよぎる。その時食ってるうどんまで、カレーになった気がしてうんざりする。たまにはマッテリアの最上バーガーが食いたい。
全寮制というのは珍しいが、それ以外は普通の学校だった。でも規則正しい生活をしてはいけない。模範生になって、消えるわけにはいかないからだ。
難かしく考える必要はない。
模範生の囚人服を捨て、戦線の改造制服を着る。
それと適度な散歩と安眠だ。
自室の布団にこもって図書館の本を読む。
今日は“た行”の本だ。こんな日は“た行”の本に限る。ベットの中で、ゆっくりくつろいでいると、ルームメイトの自動くんじゃ無い奴が入って来た。
「阪本君!!そろそろ誤解は解けたでしょうっ!?もうちょっとあたしたちに協力してくれてもいいんじゃない?」
ゆりが怒鳴り散らしながら部屋に入ってくる。俺のプライバシーなんか、どうでもいいらしい。その後ろにはステラも一緒だ。
「してるじゃないか。この間渡しただろう? 歩いて作ったバスコ・ダ・レイジの地図。図書館の本の点検。一体なにが不満なんだ?」
今読んでいる本を鳥のようにバタつかせて、協力姿勢をアピールする。
「オペレーションに参加しなさいっ!!」
俺の持っている本を叩き落とすと、また叫んだ。いちいちやかましい奴だ。
「あのオペレーションなんたらかんたらってやつか? 一回見学しただろう?」
「オペレーションハリケーンよ。全然名前覚えてないのね……」
ステラは残念そうに肩をすくめ、あきれ返っていた。
「一回じゃ無くて、定期的にやってるのよ!つべこべ言わず参加しなさいっ!」
「あれをやったら天使とかいう女が襲ってくる。こっちから何もしなきゃ天使は無害だ。こっちから危害を加えるのは最初に言った条件に反するだろう?」
「天使が私達の敵ってのはよく分かったでしょ!?」
「いいやまだだ。悪人だと断定できない以上は手出しできないな」
「いいの? 一方的に消されるかもしれないのよ!?」
「消されそうになれば抵抗するし、マッテリアが無い以上消えることもないだろう。この場所への文句なんか挙げればキリが無い」
「マッテリア? 何なのそれ?」
「日本にあるハンバーガーチェーンよ。ステラのとこでいえば、モックがあるんじゃない?」
「モクドだ! モックなんていう奴聞いたことないぞ」
「そんな事はどっちでもいいの! こっちは協力してくれないと困るの!」
「奉仕活動なら参加しよう。ドブさらいなんかは経験がある。実は得意だ。学校中のドブを綺麗にした」
「そんな事すると消えるじゃない! 天使を倒さないかぎり私達に未来は無いのよっ!」
「現状、共存してるじゃないか。何が不満なんだ?」
「いつこの日常が奪われるか分からないのよ? 奪われる時は一瞬なのよ!! わざわざ待ってくれるような親切な奴ばかりだと思わないでっ!!」
ゆりの張り上げた声が、狭い部屋を揺らした気がした。
「争いで物事が解決するなんて御伽噺だ!死んだ後まで争うなんて俺はゴメンだッ!!」
こっちも折れる事はできなかった。
変に熱くなりすぎたかも知れない。
「でかい声だして悪かった……。でも戦いには参加出来ない。それ以外にしてくれ」
「もういいわ……勝手にすれば……?」
そう吐き捨てると、ゆりは部屋から出て行った。
「お前も用が無いなら帰れ。主人は帰ったぞ」
ゆりと一緒に帰っていくと思ったが、ステラは部屋に残っていた。ため息をついて主人を見送ると、何故かこちらを見つめて立ち尽くしている。
「こういうの頑固っていうんでしょ? でもあなたは、今なにをしてるの?」
「平和維持活動だ。先人に倣っている。健全な行動だ」
「そう……。そういえば玲次さっき戦う事以外なら協力してくれるっていったわよね」
「あぁ一応な」
「一応じゃないでしょう?言ったわよね!?」
でかい声を出した後、イヤな笑みを浮かべて問い詰められる。
いちいちベットの上まで乗っかって来やがった。
こいつには、ちょっとは恥じらいみたいなのはないのか?さっきのゆりより、こういう奴の方が厄介だ。
「い……いいましたけど?」
「じゃあ私に協力してよ。場所を変えましょうか。話したい事があるから」
「あ……あぁ分かった」
二人で寮を出て移動する。
校舎の方を見ると、授業中の生徒や体育の授業でトラックを走り回る生徒が見える。
学校というよりは、田舎の大学という方が近いかもしれない。
建物と建物の間は無駄に長い遊歩道でつながれ、一つの建物も規模がでかい。
グラウンドに陸上トラック、テニスコート、弓道場、サッカーコート、様々な動物のいる牧場まであった。車を見たことは無いが、広い駐車場まである。
学校にしては異常に広い。
案内された場所は、比較的新しい小さな建物だった。
丁度、一軒家くらいの大きさの白いコンクリートの外壁。校内にある地図にはゲストハウスとだけ表記されていた場所。
地図を作るときに見つけた時には、施錠されていて中に入ることが出来なかった。
「ここか?鍵が閉まってる。入れないぞ」
「ちゃんと持ってるから。でも誰かに見つかると困るの。早く入ってね」
ポケットから鍵を取り出し見せびらかすと、鍵穴に差し込む。
どうやら内緒の場所らしい。ステラがあたりを見回して、誰もいないか確認して中に入ていく。空気を読んで、俺もすかさず中に入る。
建物の中は、ゲストルームというだけあってか比較的広い。
客人への配慮かフローリングに絨毯が敷かれ、家具全て木製のアンティーク調で揃えられている。キッチンもそれに合わせてあった。部屋の隅には、高さの低いデスクが一つ。
四人掛けのテーブルと椅子。それとは別に使い古したようなロッキングチェアーまである。古い本で敷き詰められた本棚。二階への木で出来た回転階段もあった。
「すごいな……。ここで一人で住んでるのか?」
「そんなわけないでしょう。いくら私がアウトローでも、そこまでしないわ。夜は寮の自分の部屋でルームメイトと仲良く寝ているわ。ここは……そうね、私の秘密基地っていったところかな? 寮生活だと、ほとんどの物を共有しないといけないからね。一つくらい自分の場所があってもいいじゃない? 少しずつ私物を増やして、窮屈に感じたときにここでくつろいでるの」
「いい場所だな。俺もこんな場所が欲しい。もう寮の部屋も飽きた」
「ちなみに、男の子を入れたのは初めてよ」
「あーそー。それで話って何だ?」
「もっと何か反応はないの? 私だって緊張してるのに」
「じゃあ、次は違う場所にするこったな」
部屋に入っただけで、ここまでからかわれるのは初めてだった。
「まぁまぁ怒ったなら謝るわ。折角だしさ、そこに掛けて。紅茶でも用意するわ」
「コーヒー派なんだがな」
「あんなものは汚水よ……。自家製のいいものがあるの。今淹れてあげる! 本でも読んでゆっくりしてて!」
傍にかかったあったエプロンを手に取ると、急いでキッチンに向かっていく。
お言葉に甘えて、ゆっくりすることにした。
断りを貰った後、暇つぶしに本棚をあさる。
雰囲気から言って、専門書と資料のようなものしかないと思ったが、意外なことに置いてあるのは桃太郎やかぐや姫といったよく知った絵本が多かった。あとは有名な“吾輩は猫である”や“銀河鉄道の夜”といったものが数冊。
「日本語の本なのに分かるのか?」
「ああそれ?懐かしいわね。もうかなり昔に読んだものよ。ここに来た時は日本語なんか知らなかったし、勉強用に読んだりしてたの。なんか絵本なんか恥ずかしかったから、よくここで隠れて読んだりしてたわ」
ステラが少し離れたキッチンから答える。手際よく動いて茶菓子まで用意しているようだった。
「ん? どうかしたの?」
ステラが手を止めて軽く微笑むと、目が合ってしまった。
「……イヤなんでもない」
ずっと昔の小学生くらいのことを思い出した。
キッチンに立つ姉さん……。
本当にもう戻れないんだろうか?
やめよう。昔なんか振り返っても何の生産性はない。それに誰がなんと言おうと確かめる必要がある。
本当に俺が死んだのか? ここが死んだ後に来る場所なのかどうか。
“浦島太郎”を手に取り四人がけのほうの椅子に座る。
日本語の下には英文があった。何度も書き込んで練習したのだろう。逆に英文を読んで時間を潰すことにした。
「お待たせ!」
ちょうど竜宮城から解放されるところだった。用意が済んだのか、声をかけられる。
「えらく時間がかかるんだな」
「正しい方法で淹れると時間がかかるのよ。ゲストなんだから、寛大な心で待ってればいいのよ」
語りかける言葉は、流暢な日本語だ。
長い時間をかけて得た、ステラの努力の賜物なんだろう。しばらく他愛もない会話をしながら渋みの取れたストレートティーをゆっくり味わっていた。
一杯目を飲み終わったところで、こちらから切り出す。
「悪いな、のんびりしすぎたようだ。そろそろ陽も暮れるし帰らせてもらう。今日はありがとう」
「待って。忘れ物があるんじゃない?」
スマートにさり気なく帰ろうとしたが、やんわりと引き止められた。
「わかった……。仕方ないな。それで? 用件は何なんだ?」
「玲次は、パソコンには詳しい?」
「いや取りあえず使えるくらいだが? それがどうした?」
「私は本当にハイテクに弱くてダメなの! 一応人並みなら使えるけど、どうも難しい事は苦手なの」
どこか胡散臭い調子でステラが答える。
「それで俺にどうしろっていうんだ?」
「天使のいる部屋には彼女のデータベースがあるの。そこからデータをコピーして来て」
「どうして俺なんだ?戦線全員でやれば簡単だろう?」
「理由は二つあるわ。一つは、もう一人私たちを手伝ってくれる協力者が居るの。でも戦線と敵対している生徒会の人なの。敵対してる人間と組みたい奴なんかいないから、みんな嫌がるのよ。いつ背中から撃たれるか、わかったもんじゃないからね」
「俺だってイヤだ。ほかを当たれよ!」
「待ってよ……。そんなひどい事する悪い子じゃ無いわ。見た目もかわいらしい女の子なの。それに日本人よっ!」
「国籍なんかどこでもいい! かわいいかどうかなんて、この際関係ないだろっ?」
「まぁまぁ。信用できる子なのは確かなんだから。それに私のルームメイトなの。それとも生徒会だからって差別するの?」
差別という言葉に引っ掛かった。
それにしてもイヤな顔をする。ステラも断れないことを分かっているのだろう。
「わかった……仕方ないな。それと、もう一つの理由ってのは何なんだ?」
「これはゆりにも伝えてある事なのだけど……」
そう前置きすると、ステラはひと口紅茶を飲む。
「私がここに来て戦線ができる以前にも集団はいくつかあったわ。情報をひたすら集める集団。校内の地下を調査する集団。でも天使と称した超人と戦う集団は初めてね。でも死んだ人が集団を形成した場合、従来よりも早い段階で消えて行く人が多かったの」
「そいつは、まとめて消えていくのか?」
「違うわ。一人づつ消えていって、最後には一人になって消えてしまう。だから戦線もあまり大勢にはしない方がいいかもしれないってゆりには話したけれど、戦線は戦力を優先して人を増やす方針を採っているわ。でも消えるリスクを最小限にした、調査を目的とする少人数精鋭の組織も必要なはずよ」
「それには組織の枠を越えた、両方に対してフラットな組織か」
「イグザクトリー!(その通り)話が早くて助かるわ。天使の脅威もちろん取り除く必要はあるかもしれないけれど、私達死んでしまった人間は、まずここが本当に死後の世界なのか確かめる必要があるはずよ。そのために協力し合ってもいいんじゃないかしら? それに図書館の本を読み漁ったり、地図を作る為にフラフラ歩き回ってる賢者のような人にはピッタリのグループでしょう?」
確かにステラのいう通りだ。
それにステラは、天使との戦いに目を奪われず“この場所が何なのか”という疑問を見失っては居ない。そのあたりは俺の目的とも一致している。
図書館や学校周辺を調べきって、あとは職員室など一人では難しいところばかりだ。
しかし、ここまでうまい話しに胡散臭さを感じる。見透かされているようで嫌な気分だ。
ステラが信用に値するか、探りを入れたくもあったが……。
「わかった。協力しよう」
信用の芽を育てるのには、時間と結果が不可欠だ。
それはお互いに言える事でもある。それに行動しない限りは、結果も現れないだろう。
時には思い切りも必要だ。そう考えると、迷う事も無かった。
「ありがとう。私からゆりには言っておくわ。また後日彼女と三人で落ち合いましょう」
「ゆりに報告するのは構わないが、リーダーは簡単に納得してくれるのか?」
「報告しない方が危険よ。戦線を舐めない方がいいわ。玲次が初めて校長室に来た時も、玲次が完全に負けていたかも知れないのよ」
「なんだって……?」
思いもよらない話を突然されて驚く。
「あの時確かに先に玲次が動けば、反応出来ずにこちらがやられていたわ。でも日向は、座っているソファーを後ろに突き飛ばして対処できるよう、ソファーから手を離してなかった。日向が先に動けば私達も動けるけど、何も無かったのは肝心の日向が動かなかったからよ。おそらく、あなたを信じていたんでしょうね」
あの瞬間を思い出すと、正にそのとおりかもしれない……
それに、あのとき俺を連れ出したのも日向だ。
俺を見送るふりをして、敵陣からわざわざ帰してくれたのかもしれない。
「みんなの間ではバカで通してるけど。彼は飄々としているようで、かなりキレるわ。戦線の立ち上げにも関わった重要な人物よ。戦線の影の参謀と言ったところかしら。椎名だって返り討ちにあった事もあるのよ。彼を甘く見ないほうがいいわ」
いい薬になった。
死線を越えて、無事に帰還したと思っていたが。箱を開ければ、完敗っだったらしい。
同時に薄ら寒くも感じた。
ゆり達が生半可な水準で戦っているわけでは無い事に……。