Angel Beats Children Dissolved 作:セリカ イツミ
顔合わせをして何日か経ったある日。
朝方ルームメイトが登校した後、入れ替わりでステラがまた部屋にやって来て、明日の夜オペレーションが実行される事を伝え聞いた。
香住とは、ゲストハウスで会って以来連絡をとっていない。
学校で見かけても声をかけることは無く、礼儀の正しい子なのか、廊下をすれ違ったときに丁寧な目礼をされたくらいだ。生徒会の連中に見つかり、香住が疑われてしまう事だけは避けなければならない。
天使エリアの場所も戦線の機密保持という名分で知らされる事は無かった。
俺に土壇場で逃げ出されては困るからだろう。徹底と言えば聞こえはいいが、そこには俺に対しての信用が抜け落ちている。こんなことでうまく連携できるのか怪しいもんだ。
キャッチボールでもして仲良くなってから、作戦なりオペレーションなりすればいいんじゃないか? とは思うが、そんな提案は受け容れられないだろう。
戦線と生徒会……。
三人を取り囲む環境がそれを許すはずがない。
明日の作戦に備えて俺が出来ることは少ないが、陽動作戦部隊が活動するであろう場所の下見だけでもしておこうと、ライブが行われる体育館まで来ていた。
正面の入り口まで来ると、大きな二枚扉が開けっぱなしになっていた。
演奏に使う機材を搬入したときのままなのだろう。鍵がかかっていれば、不様に帰るしかなかったが、どうやらその心配はなさそうだ。
厚みのある内扉をひいて中に入ると、強い光に襲われる。
夕暮れ特有のオレンジ色の光が階上の窓から差し込み、板張りの床に反射して一層強い光を放つ。
バスケットコート四面分以上はあるだろう、かなり広い体育館。壁は白いコンクリートに、肩の高さまで木の板が張られている。遥かむこうに見える壇上には、機材が建ち並び楽器を持ったステラと女子生徒が二人。一人はドラムセットに囲まれている。
みぞおちに響くバスドラム。ゴツくて太いベース。シャリシャリのクラッシュシンバル。エレキギターのディストーションサウンド。
ちょうどライブのリハーサルをしていたのだろう。
懐かしかった。
親しい友達に偶然出会ったような嬉しさ。
ここに来てから音楽なんて聴いてなかった。あれだけ好きだったのに、ずっと忘れていた気がする。ほんの少しだけ戻ってこれたような気がした。
演奏が一通り終わると、こちらに気づいていたのか予想外の客に全員がこちらを向いた。
気を使ってもう少し静かに入ってくればよかったかもしれない。
壇上に登りロックスターに声をかける。
「すげえな……これが陽動部隊か。にしては本格的な演奏をするんだな」
「玲次じゃない! 来てくれたの?」
楽器をスタンドに乗せて駆け寄ってくる。プレイし終わって、いつもよりハイになっているのかもしれない。
「アイドル気分かよ……たまたま通りかかっただけだ。それにしてもうまいんだな。みんな戦線のメンバーなのか?」
「そうよ紹介するわ。ボーカルとリズムギターの岩沢さん」
「よろしく」
赤い髪のセミロング。
いかにもロックミュージシャンといった感じだ。答える声からクールな性格がうかがえる。それは先程の演奏にも表れていた。
「こっちはリードギターのひさ子よ」
「よう幽霊部員! たまには顔出せよっ。みんな噂してるよ!」
金髪のポニーテールの女に茶化される。こっちは見た目通りラフな感じだ。
「悪かったな。こっちは毎日ベットで平和を守るのに忙しいんだよ」
「ジョン・レノンかい? 硬派だねぇ。今時そんな事知ってるやつ少ないよ」
「あっちのドラムの女の子が入江。それとキーボードの前にいるのが関根。いつもは関根がベースを弾いているの」
「じゃあ何で今は鍵盤叩いてんだ?」
「ステラが最初の一回だけ演らせてくれって言うから仕方なくね……」
呆れた風に岩沢という子が答えた。
「はぁ?待て……話が見えない。じゃあステラは一体なんなんだ?」
「明日一回限りの特別ゲストってわけ! あたしらは元々“Girls Dead Monster”ってバンドなんだ。オペレーションも試験段階だから、バンドも仮メンバーって事で」
「使い物にならないなら、私らも追い出すんだが……腕は悪くない。むしろ、うちの関根と変わらないくらいだ。テクニックは関根のほうが勝っているが、ステラは独特のメロディーラインで演奏する。それに重く安定している」
ひさ子が説明してくれた後、リーダーらしき岩沢が答える。
流石にバンドの華を飾るだけのことはあり、音楽のことになると饒舌だった。
「最初で最後だからって、毎日通ってお願いされちゃあね……あたしらも断れないよ。入江は全然納得いってないみただけどね」
「当たり前です! ベースとドラムがあってのロックバンドですよ? しおりんが、かわいそうですっ!」
「そうかな? あたしは、新鮮で楽しいけど?」
「しおりん~っ!!」
「……だそうだ。綺麗さっぱりにして去ってもらう為の一回限りってわけ。このメンバーは明日限りで解散ってわけだ」
「ごめんね……。でもこのメンバーで作る音はこれで最後なんだしさ。せっかくなんだから楽しもうよ! ホラ明日限定のバンド名も決めたんだし」
「なんて名前に決めたんだ?」
「The Anonymous(アノニマス)。名無しさんって意味。ビートルズ風に“ザ”もつけたの。かっこいいでしょう?」
「もっと愛情のある名前にしろよな。悪いなうちのステラが迷惑かける」
「なんだよお前達。実は付き合ってるのか?」
「そうよ」「そうだ」
思わぬところで声が揃ってしまった……。
「馬鹿っ! お前は否定しろよ! 冗談じゃなくなるだろうが」
「別にいいじゃない。どっちでも」
「よくあるかっ! ちゅーするぞ! いいのか?」
「別にいいわよ。ほっぺならね!」
頬を指差し挑発される。
「もういい、俺の負けだ…」
天を仰ぐ。
気がつけば、ここに来てから振り回されっぱなしだ。
いつか一杯食わせないと、俺の沽券にかかわる……。
「そうだ、よかったら少しギター貸してくれないか? 少しだけでいい」
駄目もとでひさ子に頼み込む。
「別にいいけど、弾けるのか?」
ギターを受け取り、ストラップを肩からかける。
「少しだけな……。昔たまに弾いてたんだ。懐かしいな……」
ネックを握り。簡単にチューニングを済ませる。
「そうだっ! クイズでもしようぜ。この曲分かるか?」
簡単な誰もが知っているリフを弾く。
「スモーク・オン・ザ・ウォーターだろ? それくらい知ってて当然さ」
「正解。じゃあ次は?」
「デイ・トリッパー。硬派だねぇ」
「古いのが好きなんだ。じゃあ最後だ」
「知らないと思ったのか? オータム・リーブスだろう?」
「よく知ってるなぁ! お前は正真正銘のギターヒーローだ」
「だろう? 音楽だけは負けないよ!」
「でもその曲ジャズスタンダードじゃない。やっぱり玲次は、ひねくれ者ね」
「やっぱり、古い音楽はいいもんだなぁ。海を越えるだなぁ。お前も物知りだなステラ」
「ここでの生活が長いからね。いろいろ知ってるのよ」
「ありがとうひさ子。いらないギターがあったら俺にくれ。俺も暇つぶしに弾きたい」
「わかった任せときな! お前も音楽好きなんだな!」
「ジャズもいいもんだぞ? 実はロックに負けないくらい熱いんだぜ?」
借りていたギターを返す。
演奏するのが楽しく、少し長居してしまった。
以前地図を作ったときに体育館の構造はだいたい把握しておいた。壇上以外は特に変化もしてなさそうだ。本来の目的は十分果たしただろう。リハーサルの邪魔をしてはいけない。早々に立ち去る事にする。
「忙しいのに悪かったな。明日は楽しみにしてる! 頑張ってくれ!」
リーダーに応援の声をかけて出口に向かう。
「ああ……ありがとう。いい音を聞かせるよ」
「明日は、よろしく玲次」
「ああ、任せろ」
とは言ったものの、ライブに顔を出すことは出来ないだろう。明日は“野暮用“がある。
全員が無事に明日を乗り切る事を祈るばかりだった。