辺境貴族の俺と婚約した黒幕公爵家の令嬢が可愛すぎた件 作:平成オワリ
リンフォード公爵に案内されて、城の鍛錬場に入る。
妙に静かだなと思っていたが、その理由はすぐに理解できた。
鍛錬場の中心に立つ、鎧を身に纏った一人の老騎士。
そしてその周囲には兵士たちが倒れており、死屍累々という言葉が一番しっくり来るだろう。
「あー……」
その光景を見て、俺は微妙な気分になった。
ウチの父上や兄上が兵士たちに鍛錬をすると、こんな感じになる。
つまり、手加減が出来ないタイプだ、あの人。
「アクセルよ。あれがヴィスペリア辺境伯だ」
「なんか背中から熱気というか、オーラみたいなのがあふれ出てるんですけど……実は鬼族とのハーフとかですか?」
「純粋な人間だな」
そうは見えないほど厳つい殺気が出まくってるんですけどね。
ほら、口からフシューって
背中を向けているせいで顔は見えないが、無造作に伸びた白い髭を見るに、本当に鬼族にも見える。
「アクセル様……あの……」
「ああ、大丈夫ですよエクリア様。あんな感じの魔物って、俺の領地にたくさんいましたし」
「辺境伯を魔物扱いするな」
そう言われましても公爵……どう見ても俺が遭遇してきたどの魔物よりも魔物らしいし、強そうですけど。
「確認ですが、ヴィスペリア辺境伯を倒したらいいんですよね?」
「そうだ……いや、しかし改めて見ると、あれを倒せと言うのも――」
「わかりました」
公爵の言葉の途中、俺は近くに落ちていた剣を拾う。
「アクセル? いったいなにを」
「“加速”」
そしてそれ以上なにも言わず、一気に辺境伯との距離を詰めて、剣を振り下ろした。
俺の“加速”は、最強の
それはどんな剛腕が相手でも、捉えることのできない速度で攻撃できるから……。
「なんだけどなぁ……」
少なくとも、攻撃の直前まで辺境伯は俺たちが来たことに気づいていなかったはずだ。
だというのに、背を向けた状態のヴィスペリア辺境伯は、振り返らずに俺の剣を受け止めていた。
「躊躇なく後頭部を狙う一撃! なかなか悪くない! だがぁぁぁ!」
しかもそのまま、明らかに力の入らない体勢で俺を押し返してきた。
「っ⁉ マジか⁉」
「気合と根性と腕力が足りんなぁぁぁぁぁ!」
押し切られて、思わず後方に飛ぶ。
もしあのまま無理に押し返そうとしたら、こっちの腕が壊れるところだった。
「なんつー腕力……てか六十越えの身体じゃないだろ……」
「ほう! ギリギリで後ろに飛びおったか!」
力強い瞳。エクリア様の腰よりも太い腕。鍛え上げられた足腰。
ウチの父上や兄上も相当だが、この人の身体を見ると、まだまだだと思い知らされる。
これがゼクト・ヴィスペリア。
ライド領でも寝物語にされる、王国最強の騎士!
「どんな暗殺者がワシの命を狙ってるのかと思ったら、若いではないか!」
「不意打ちしたことは怒らないでくれるんですね」
「当然である! 常在戦場! どんな状況であろうと油断して斬られる方が悪いわ!」
ガンッ! と手に持つ大剣を地面に突き刺す。
過去にはドラゴンすら真っ二つにしたと言われたヴィスペリアの魔剣グラム。
こんなの、拾った剣でどうこうできる相手じゃないだろ!
つかなんで向こうは訓練用の剣じゃないんだよ!
——って言いたいけど……。
常に万全の状態で戦えるなんて幻想。
それはライド領でも散々叩き込まれたからなぁ。
「名乗りは……」
「不要! 魔物が待ってくれると――」
最後まで聞かず、一瞬で距離を詰めて今度は首を狙う。
実力差もだが、武器の差が大きい以上まともに勝負をしても勝機は無いため、一撃で決めるつもりだった。
「判断は早く、躊躇がないのは素晴らしい!」
しかし甲高い金属音が鳴り響くだけの結果に終わり、俺の剣は届かない。
絶対に見えてないはずなのに、完璧に止められる。
「だが軽い! これではワシの首は取れんぞ!」
「だから! なんで受け止められるんですか⁉ 俺の動き見えてなかったでしょ今!」
「勘じゃ!」
「勘ですか! なら仕方ないですね!」
だいたいウチの家族も野生の勘みたいなので反応する。
――だからそういう相手には、慣れてるんだよ!
早く動けるというのは、強いということ。
――不意打ちが効かないなら! 足を止めず、一方的に攻撃をし続ける!
「うおおおおおおおお!」
自分だけが持つ絶対的優位な状況に持っていき、手数で圧倒。
それが俺の戦い方だ。
いくら英雄とはいえ、持っている武器は大剣。
俺の攻撃を全部防ぐなんてできるはずがない!
「はずなのに! なんできっちり致命傷は避けられるんですか!」
「勘じゃぁぁぁぁぁぁ!」
「完全にウチの上位互換じゃねぇかぁぁぁぁ!」
父上も兄上たちも、これで倒してきた。
だが目の前の化物は、正直倒せる気がしない。
かすり傷はつけられるが、鎧で受け止められてしまうため、実際にダメージは入っていない状況。
——それでいてこの爺さん! 自分にとってヤバそうな攻撃は、ちゃんと弾いてきやがる!
パッと見は、めちゃくちゃに大剣を振るっているようにしか見えないだろう。
だが恐ろしいことに、少し油断したら俺の方が真っ二つにされかねない剣技だった。
「ほう! ほう! ほう! ほうほうほうほうほぉぉぉぉぉ!」
「しかもどんどん対応早くなってるし」
「まだまだ若いモンには負けられんからなぁぁぁぁ!」
「クソがぁぁぁぁぁ!」
打ち合いの中、甲高い音に変化があった。
明らかに鈍い音……まずい!
そう思った瞬間、俺の持っている剣が折れてしまう。
「剣がっ――⁉」
その隙をついて、先ほどまで防戦だったヴィスペリア辺境伯が大きく剣を振るいあげるのが見えた。
「武器を失ったら終わりじゃないぞぉ!」
「そりゃさすがに、ずるくないですか!」
「戦場に卑怯もクソもあるかぁぁぁ!」
折れた剣で受ければ、今度こそ粉々にされる威力なのは間違いない。
それでも俺は怯むことなく、その大剣にこの折れた剣で迎え撃つ。
——“加速”!
その瞬間、俺以外の世界がすべて遅くなる。
“加速”は単純に動きを早くするだけじゃない。
その真価は、脳の認識能力の超向上にあった。
ゆっくりと迫る大剣の側面を、折れた剣で沿わせる。
——おっも……!
この力を使ってる間、身体能力の加速はできない。
凄まじく遅い自分の動きと大剣を見ながら、必死に横に押していき……。
俺の身体から当たらない位置にずらした。
普通なら受け流すことなどできるはずがない攻撃も、ゆっくりになった世界なら完璧に処理することができる。
——まあこれやると、頭がめっちゃ痛くなるから連発できないけどな!
使用できるのも、現実の時間にして一秒未満。
それでも――この力は、破格のものだ。
時間の動きが元に戻り、グラムが地面を叩く。
「まさか……⁉ ワシの剣を受け流しただと⁉」
完全に決まったと思ったのだろう。
辺境伯が動揺し、初めて明らかな隙が出来る。
「ぶっ飛びやがれぇぇぇぇ!」
そんな隙を見逃すはずがなく、俺の拳が顔面に突き刺さった。