辺境貴族の俺と婚約した黒幕公爵家の令嬢が可愛すぎた件 作:平成オワリ
「ガッハッハッハッハ! まさかワシに一撃を入れたのが、近衛兵どもではなく、こんな若造とはなぁ!」
「……」
全力で顔面を殴り飛ばしたつもりだった。
だがヴィスペリア辺境伯は、俺の拳が突き刺さっても踏ん張り、高笑いをしていて、効いた様子がない。
――いや、明らかに鼻も歪んでるし、効いてはいるはずなんだが……。
思わず俺が距離を取ると、辺境伯は鼻血を吹き出し、自分で鼻の位置を元に戻した。
「やるではないか! お主、名はなんという⁉」
「アクセル・ライドです」
「はて……? その名、どこかで聞いたような?」
――我が領地を奪う不届き者は許さん! 絶対にぶっ殺してやる! と息巻いてしまってな。すでに鍛錬場でお前のことを待ちかまえている。
先ほどのリンフォード公爵の言葉を思い出し、俺は思わず視線を逸らした。
どうやら俺が誰かわかっていなかったようだ。
しかも良い感じに覚えてなさそうだし、機嫌が良いうちにこのまま誤魔化して……。
「思い出した! 我が領地を奪おうと画策したクソガキか貴様!」
「クソガキって……」
貴族が使う言葉じゃないだろそれ。
いやまあ、俺も戦闘中は相当口悪かったから人のこと言えないけど。
「なるほどなるほど! 我が領土を奪おうとするだけのことはある!」
笑ってる。もしかしてこのまま穏便に――。
「だが領地を奪おうとするやつは許さん! 絶対にぶっ殺す!」
「前半ちょっと認めてくれそうな雰囲気出してるのになんで⁉」
「ワシは死ぬまで現役じゃからな! 領土が欲しければ力尽くで奪い取るといい!」
「蛮族度もウチの上位互換じゃねぇかこの人!」
魔剣グラムを構え、さっき以上に戦気を出し始めやがった!
明らかに本気の構え。
こっちは切り札まで使ってようやく不意打ちできたくらいなのに、油断も隙もないと、どうしようもないんだが⁉
てかこの覇気……ガチでヤバい!
「ドラゴンすら断ち切った我が一刀! 受けるといい!」
一瞬の閃光。
そう思ったときには、グラムが俺の顔の目の前に迫っていた。
ヤバい、死ぬ。
――アクセル様! 負けないでください!
本気でそう思った瞬間、不意にエクリア様の声が聞こえた。
そして、なぜか急に俺の身体に力が入った。
「うおおおおおおお!」
「む⁉」
無我夢中に叫びながら、前に飛んで辺境伯にタックル。
なにか考えがあってじゃない。
本当に、本能のままに動いただけだ。
だがそれが功を奏して、大剣は俺に当たることはなかった。
――い、生き延びた⁉
多分、それ以外の行動を取っていたら、やられていただろう。
とはいえ安心してはいられない。
先ほどまでの戦いで、素の身体能力は向こうが上だとわかってるのだ。
――すぐに離れないと不味い!
「“かそ――ぐっ⁉」
だが“加速”を使おうとした瞬間、凄まじい激痛が脳に走る。
この痛みを俺は知っていた。
先ほどまでの戦いで使い過ぎてしまったのだ。
――本当にヤバい! このままだと辺境伯に殺され……。
ガシッと身体が掴まれたのがわかる。
俺のタックルは辺境伯を倒すことはできず、抑え込まれた形だ。
――地面に叩きつけられて、大剣で止めを刺される。
最悪な未来を想像して顔が引きつった瞬間――。
「気に入ったぁ!」
「……え? うわ⁉」
両脇を掴まれ、そのまま凄い勢いで持ち上げられた。
「ワシの本気を前に、逃げ出すどころか真正面から向かってくるとはな! どこぞの馬の骨が領地を奪いに来たのかと思ったが、英雄の器であったか!」
「えっと……」
「もう一度、名を名乗れぇい!」
想像と違うけど、これはもしかして、今度こそ……?
「……ライド子爵家三男。アクセル・ライドです。ヴィスペリア辺境伯」
「ではお主は今日から、アクセル・ヴィスペリアと名乗るといい! お主のことを正式にワシの後継者! そして息子と認めようではないか!」
やった! と思った瞬間、凄まじい勢いで地面に降ろされた。
もはや叩きつける勢いで、両足がとんでもなく痛いんだが!
◇ ◇ ◇
「それでリンフォード卿! 結局、どういう状況じゃ⁉」
ヴィスペリア辺境伯との戦いを終えて、応接間に戻ると、最初の一言がそれだった。
「このアクセルを辺境伯の養子にして、ウチのエクリアと婚約させるという話だ」
「おお! そうじゃったそうじゃった! よしアクセルよ! すぐ引継ぎをするぞ!」
「落ち着け辺境伯」
あれだけ怒ってたのに、今はすさまじい速度で継がせようとしてくるじゃん。
俺としてはありがたい話だけど、さすがに今すぐ辺境伯になる覚悟も経験もないからなぁ……。
「アクセルは知識があっても、領地運営の経験がない」
「大丈夫じゃて。なにせこのワシでやれてるんだぞ?」
「凄い説得力だが、貴方がやれてるのは魔物を倒して領地を守ることだけだろう」
「それができれば充分ではないか!」
あ、公爵が疲れたように溜息吐いた。
俺も家族がそんな感じだから、気持ちは良くわかる。
このタイプは本気でそう思ってて、理屈で話そうとしてもなかなか通じないんだ。
そして長く話していると、言語の異なる種族を相手にしているようになる。
「公爵、ここは俺に任せてください」
「大丈夫か? とても話が通じるとは思えんが」
「伊達に蛮族貴族の神童をやってませんよ」
「それだけ聞くと、不安になるのだが……」
「たしかに」
義父になる相手に格好つけてみたが、逆の立場だとめっちゃ不安だった。
「さて、ヴィスペリア辺境伯」
「これから家族になるんじゃ! 敬語は不要! もっと気軽に話せ!」
「じゃあ父上。俺を見てくれ」
立ち上がり、自分の胸に手を当ててみる。
「まだ若いだろ?」
「強ければ関係あるまい」
いや、関係あるだろ。
本音を言えば、領地運営かかって来い! と言いたいところだが、残念ながらそう簡単じゃない。
領地には、生きる人々がいる。
俺みたいなそれっぽい知識だけを持つ男に、自分たちの人生を任せられるはずなんてない。
そういう意味で、まずは下積みをしっかり積むのが大事だと思う。
まあ、それだと納得しないだろうから、別の言い訳が必要なわけだが。
「俺だって、もっと魔物退治とかしたいし、領地運営は後回しにしたいんだ!」
「む……」
まったく本心じゃないけど、納得してもらうには仕方ない。
今はこの辺境伯を説得するのが第一優先だ。
「だからさ。いずれちゃんと継ぐけど、その前にあのヴィスペリア領の魔物と戦ったりさせてくれよ」
「むむむ……まあたしかに、せっかく家族になるのに、ワシだけ楽しむのもずるいか……」
公爵とエクリア様が信じられないという風に目を見開いていた。
多分、話の流れが理解できてないのだろう。
大丈夫です。実は俺もあんまり理解できてないので。
ただ、この手の人間は自分が楽しいと思うことは、みんなも楽しいと思ってるのは知っていた。
具体的には、魔物退治に人生を捧げていて、みんなそれが好きだと思ってる。
そして、意外と自分勝手なだけの人間じゃない。
辺境伯みたいな人には、理屈で説明するよりも、素直にお願いした方が――。
「あいわかった! しばらくはワシが引き続き辺境伯をやろうではないか!」
効果的、というわけだ。
「俺、父上と仲良くやれそうです」
「凄いなアクセル……あの辺境伯を納得させるとは……」
「ちょっと呆れてるじゃないですか」
「今の会話を聞けば、呆れもするというものだ」
……宮廷でも話が通じなかったんだろうなぁ。
俺は父親や兄たちで慣れてたから、なんとなく誘導できたけど、理路整然と話しても、感情で否定とかしてそうだ。
「アクセル様……お見事です」
「あ、ありがとうございますエクリア様」
ちょっと尊敬の目で見られる。
でも今の、嘘で固めた言葉だからさ。
そんな純粋無垢な視線を向けられると、ちょっと居心地が悪いんだ。
「これで、エクリア様と婚約できますね」
「あ、えと……はい……」
笑顔で言うと、顔を真っ赤にして、小さく頷いた。
可愛いなぁ。
本当にこんな子が俺の婚約者になったのが、未だに信じられなくて夢かと思う。
「俺、必ずエクリア様に相応しい男になりますから」
「はい。私もアクセル様の隣に立つのに相応しい婚約者となれるよう、頑張ります」
この美しくも可愛らしいエクリア様を生涯守ると誓う。
握った手は小さく、とても温かかった。
「うおっほん」
「「っ⁉」」
「アクセルよ。仲良くするのは喜ばしいことだが……」
「宰相よ。大人が邪魔するでない」
「む! 離せ辺境伯! 私はアクセルに言わねばならないことが――」
辺境伯に連れていかれた宰相を見送り、俺たちは二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
◇ ◇ ◇
それから三日後。
俺は屋敷のメイドたちに追い詰められることになる。