辺境貴族の俺と婚約した黒幕公爵家の令嬢が可愛すぎた件 作:平成オワリ
俺は今、目の前の光景に圧倒されていた。
「こ、これが……王宮政務室! 国内最高峰の文官が集まる場所!」
整理整頓された机に、きっちり種類別に並べられた資料棚!
鋭い瞳で黙々とペンを走らせる、宮廷エリートたち!
やばいやばいやばい! めちゃくちゃテンション上がる!
「かっけぇ……この場の全部が輝いて見える……」
今自分が口を開けてアホ面を晒してる自覚はあるが、これは仕方ないよな!
「ふふ。政務室見てそんなに喜ぶ子、初めてだよ」
ここまで案内してくれた女性、ユリアさんが微笑ましいものを見る目で見てる。
俺より年上の、黒髪お姉さん。
おっとりとした雰囲気だが、こう見えて三年前に貴族学園を首席で卒業した才女だ。
伯爵家の次女が卒業してすぐ、宰相直々にスカウトされて王宮政務室に入った噂は、俺も聞いていた。
俺の目指す先を歩く、憧れの先輩の一人。
そんな人に子ども扱いされているようで、正直少し恥ずかしいけど……。
目の前の光景に圧倒されて、子どもでもいいかなと思い始めた。
「宰相の娘さんの婚約者が来る、って聞いたときは驚いたけど……本当に政務に興味あるんだね」
「もともと王宮文官を目指して来た俺にとって、ここは憧れの地ですよ!」
そのことを覚えていた宰相の口添えで、王都にいる間、勉強させて貰えることになったのだ。
重要書類や機密文書は触れられないが、宮廷文官の仕事を体験させて貰えるのはありがたすぎる話だ。
もちろん、仕事のすべてを見れるわけではない。
ここにいるのは王宮政務室の中でも、宰相直下だけが集まる部屋らしく、人数も少なめだ。
「おいそこ、煩せぇぞ」
「っ!」
政務室で働いている文官の一人が立ち上がると、こちらにやって来た。
不機嫌そうに睨まれて、緊張してしまう。
「ユリア。なんだそのガキは?」
「こーら、そんな呼び方ダメだよー。アクセル君は新しくエクリア様の婚約者になった子で、次期辺境伯なんだから」
「ああ、宰相が言っていた……こいつがそうなのか……」
睨んでくる男は、文官とは思えないくらい体幹がしっかりしている。
どちらかといえば戦士に見えるが、ここで働いているということは、王宮の文官なのは間違いない。
「アクセル・ライドと申します」
「おう。みんな集中してっから、あんまり騒がしくするんじゃねぇぞ」
文官の人たちが、こちらをチラチラ見ている。
つい興奮して声がデカくなったが、迷惑をかけてしまった。
「すみません! ついテンションが上がってしまいました」
「……」
謝ると、黙って睨まれる。
怒ってるわけじゃないみたいだけど……?
「な、なんです?」
「いや、悪い。侯爵のとこのクソガキぶん殴って、王子に啖呵切って婚約者奪った。そんで、あの英雄ゼクト・ヴィスペリア辺境伯をボコったって割には、なんつーか……」
「俺そんな風に伝わってたんですか⁉」
事実だけど、並べるとただの蛮族貴族じゃん!
もっとこう、なんというか……。
「なんだ。やっぱただの噂だったか」
「もちろんです! ……だって!」
言い訳をしようと思ったが、事実しかなくて、なにも言い返せないことに気付いてしまった……。
「だって?」
「……蛮族貴族ですみません」
「噂じゃねぇのかよ」
これも全部、ライド家の血が濃すぎるのが悪いんだ……!
「ウーガー君、若い子困らせないの」
「だから、そんなつもりはねぇって――」
「ウーガー……?」
「あん?」
聞き覚えのある名前に、つい反応してしまう。
「もしかして、ウーガー・ドライアド様ですか⁉」
「あ? なんでお前、俺の名前を……」
「農業の神から祝福を受けた男! 不毛の大地と呼ばれたドライアド侯爵領を、豊穣地帯に変えたあの⁉」
「お、おお……?」
大地が血を吸いすぎると、魔力の巡りが悪くなってその地は死んでいく。
さらに魔物が増え、さらなる血が流れて続ける悪循環。
魔物の多いライド領はそのせいで、農作物の育ちにくい厳しい環境となっていた。
同じ症状を持つドライアド侯爵領。
それを改善させた天才がいると聞いて、いつか会ってみたいとずっと思っていた。
「凄い! 本物だ! 本も読みました! 魔物の素材を使った肥料と豆を組み合わせた新しい堆肥に感動して、いろいろ真似して実験もしたんです!」
「……」
「あはは。ウーガー君、顔真っ赤にして照れてるねー」
「うるせぇ……」
さすが王宮政務室。
ユリアさんといい、天才ばかりだ。
ふと、周りを見ると文官の人たちがこちらを見ていることに気付く。
「あ……すみません。また騒がしくしてしまいました」
やばい……せっかく憧れの場所に来たのに、悪印象を与えてしまった
落ち着け俺。
今日、勉強しにきたんだから、ちゃんと学ばないと。
「あー……最近改良した水車が、良い感じだけど、もっと効率化できそうなんだけどなぁ!」
「最近改良した水車?」
固まった身体を伸ばすようにしながら、文官の一人がなにげなく言った言葉に、つい反応してしまう。
「それってもしかして、ギア化に成功させて従来の数倍の効率を叩き出した、ビッグベン理論では……ということは貴方はロンドン・ビッグベンさんでは⁉」
「知ってるんだ? へぇ、そっかー。あんまり有名じゃないと思ってたんだけどなぁ」
時計を産業にしているビッグベン子爵領の次男が考案した、最新式の水車理論だ。
ギア自体に凄まじい精密さが求められるため、量産には至っていないが、いずれ大陸の歴史を変える可能性も秘めている。
「関所を全部撤回して過去最高益が出てるんだけど、諜報員とか防がないといけないから、いろいろ悩ましいぜ」
「試験的に国王からそれが許されたのは、ただ一人! 商人貴族と言われてる、ビードル・メルトさん⁉」
「ああ、バレちゃったか。普通の貴族たちには嫌われてるから、あんまりおおっぴらにしてないんだけどなぁ」
「私の領地は武器が産業。今は対ドラゴン用に改良しているバリスタが――」
「新しく発見した合金は、従来のより軽くて硬い――」
凄い! 本で読んだことのある人ばっかりだ!
なんだここは楽園か⁉
「おいユリア。こいつらわざとらしく自分の実績アピールし始めたぞ」
「まあまあ。文官の仕事なんて目立たないし、褒められることも少ないからねー。アクセル君が全部反応するから、嬉しいんだよ」
「だとしても、白々し過ぎるだろ」
「いいんじゃないかな? 本人、嬉しそうだし」
「騎士とかに憧れるガキは多いけど、文官に憧れるやつは初めて見たな」
なんだか微笑ましいような、呆れたような目で見られている気がする。
だけど今は気にしてる暇はない!
この知恵と知識の一つ一つが、金銀に勝る価値があるんだから!
「俺が考案した執務中に片手で食えるサンドイッチは最高だろ!」
「美味しいです!」
「さすがにそれは違うだろ。つかお前もなんでもかんでも反応すんな」
「あ、ウーガーさん」
首根っこを引っ張られたので、そちらを見る。
「凄いですね! 子どものときから憧れてた人ばかり!」
「おお、そうか。そこまで言ってもらえたら、コイツらも文官冥利に尽きるだろうな。だけど仕事の手が止まるから、ここまでだ」
「あ……」
また邪魔をしてしまった。
駄目だな。まじでここは理想的な環境すぎて理性が吹っ飛んでしまう。
「ウーガー」
対ドラゴン用のバリスタを作ったティノさんが、真面目な顔で近づいてきた。
やっぱり怒られるのか、と思ったら、ウーガーさんから奪い取る形で腕を抱きしめられる。
「アクセルは良い子。ぜひウチの子にしよう」
「無表情で馬鹿言うな。辺境伯を継ぐために養子になったんだから、駄目に決まってんだろ」
「大丈夫。みんな気持ちは一緒だ」
――む、胸が……!
ティノさん、小柄なのに一か所だけやたら大きいせいで腕にその感触が……。
振りほどこうと思えばできるが、ライド領の人間とは違う。
怪我をさせるわけにはいかないし、抵抗しづらい!
「つか婚約者いる相手に抱きつくなっての。宰相にバレたら殺されるぞ」
「誰にバレたら、殺されるのだ?」
「そりゃもちろん、宰相…………」
抱きしめられてるせいでなにも見えないが、急にみんな静かになったぞ。
あ、ティノさんに離された。
「ふぅ…………」
顔を上げる。
みんな、とても気まずそうな顔をしていた。
あと、なんだか聞き覚えのある声が聞こえる気がするなぁ、と思ったんだよ。
そして、やっぱりいた。
いつもの怖い顔で、宰相がそこに、いた……。
「こんにちは宰相閣下。本日も良いお日柄で……」
「アクセルよ。エクリアがいながら、他の女に抱きしめられて喜ぶとは、どういう了見だ?」
「本当にすみません」
一切言い訳をさせてもらえる雰囲気ではなく、素直に頭を下げる。
なにせ宰相の娘であるエクリアは、他の女に婚約者を奪われた。
それと似たような光景を見たとなれば、怒るに決まっている。
それにしても、ここに来てから謝りっぱなしだなぁ……。
「ふっ、冗談だ。顔を上げろ」
「……え?」
許しを得たので顔を上げると、悪戯が成功したような目で見られていた。
「ここの面々とは打ち解けたようだな。先ほどのも、交流の一環と思えば悪くない」
「皆さん良い方ばかりです! このような機会を頂けて、ありがとうございます!」
宰相は軽く笑い、文官たちを見渡す。
先ほどまでの和気藹々とした雰囲気から、戦場のような空気に変わった。
「ヴィスペリア辺境伯の養子となったアクセルだ。しばらくの間、ここで政治や経済について学ばせるゆえ、みな世話をしてやってくれ」
「「「はい!」」」
宰相の一言で、それまでの空気が一変し、まるで作戦指令室のような雰囲気になる。
格好ぇ……。
やっぱ王宮の文官って、最高だわ。
ちなみにあとでウーガーさんに聞いた話だが……。
ここは王宮政務室の中でも変人の集まり。
別名『隔離部屋』らしく、すさまじく優秀だが宰相以外に手綱を握れない人間が集まっている部署だそうだ。
扱っている内容も政治ではなく、研究や将来の投資に特化したものばかり。
最初はそう見えなかったけど……数日一緒に過ごすと理解した。
たしかにこの人たちは、天才だけどちょっと変人だ。
——ところで、なんで俺もそこに入れられたんだろ?
その疑問に答えてくれる人は、誰もいなかった。