辺境貴族の俺と婚約した黒幕公爵家の令嬢が可愛すぎた件 作:平成オワリ
事の発端は、やはり第二王子ヴィクター。
そしてバルドル侯爵家嫡男マードッグ。
俺を辺境伯の養子にするため、宰相は二人を見逃したため、学園には在籍した状態だったが……。
そんな二人が突然、ダンジョンの中でエクリアとルーンに襲いかかった。
教師が気付いて助けに入ったが、マードッグによって重傷を負わされる。
さらに魔物の襲撃によって、生徒たちは散り散りになったという。
多くの生徒が待機していた教師たちに救出されたが、エクリアたちは奥に逃げて行ってしまったらしい。
教師陣も動いているが、魔物とヴィクターたちを警戒しながらのせいで、時間がかかっているそうだ。
「馬鹿な! なぜこんな愚かなことを!」
目の前で頭を抱えている人物こそマードッグの父親であり、騎士団長の一人、ベイル・バルドル。
「すまない宰相! 私が甘やかしたばかりにこのような……!」
「謝罪は不要。後ほどしかるべき措置は執らせて貰うだけだ」
「っ! 本当に……すまない!」
王都に来てから、バルドル騎士団長のことは耳に入った。
あの男の父親とは思えないほど、清廉な騎士で、不正は許さず王の信頼も厚いと聞く。
――だからこそ、息子が王子の護衛に抜擢されたんだろうな。
必死に頭を下げる姿は、とても王に認められた騎士団長とは思えないほど取り乱している。
「アクセル。お前は冷静だな」
「宰相こそ」
だが、その内心はマグマのように煮えくり返っているのがわかる。
なぜなら、俺も同じ気持ちだからだ。
「……このような状況でなければ、娘の婚約者である男の大きさに、喜んだのだがな」
「俺がこの場に残ったのは、状況を少しでも正確に把握するためです」
「わかっている。これがダンジョンの地図だ」
本当はすぐにでも、助けに行きたかった。
だがダンジョン内部は複雑だ。
がむしゃらに動いても、救出が遅れるだけなのは目に見えていた。
下層までの道。魔物の種類。トラップ……。
渡された地図を、必死に頭にたたき込む。
「すでに騎士たちを向かわせる指示は出した! 君のことも話は聞いている! 馬を用意するから、我が騎士団と一緒に――」
「じゃあ宰相。行ってきます」
「ああ。娘を、頼む」
黙って頷き、扉の窓を開けてバルコニーに出る。
「お、おい! まさか飛び降りる気か⁉ ここが何階だと――⁉」
騎士団長がなにかを言っているが聞く気はない。
騎士団と一緒に? 馬に乗って?
そんな足手纏いなんて必要ない。
俺が本気を出したら――。
――“加速”。
追いつける者など、どこにもいないのだから。
◇ ◇ ◇
ダンジョン。
それは
ある日突然、その場に現れること。
そしてダンジョン内部の魔力が高まることで、自然と魔物が生み出されることから、そう言われていた。
さらに、明らかに人の手では生み出せない秘宝や、武具が発見され続けた。
人ではない超常の存在――神が人に与えた試練だという者が現れるのも、当然と言えるだろう。
正体のわからないものを人は恐れる。
だがそれでも、一攫千金を求めて攻略を目指す者は後を絶たなかった。
「ルーンちゃん、平気?」
「ええ。足を挫いたけど、これくらいならなんとかね」
――どうして、こんなことに……。
エクリアは怪我をしているルーンを支えながら、状況を思い出す。
学園の実習で探索するダンジョン。
本来そこは、三層までであれば学生でも危険のない場所だ。
出てくる魔物は弱く、小動物と大差ない。
だが今、エクリアとルーンは襲いかかってきたヴィクターたちから逃げるため、地下五層まで下りてしまった。
「ごめんね。本当は安全地帯に入れれば良かったんだけど……」
「謝らないの。安全地帯の存在はヴィクターたちも知ってる。そこに隠れたら、絶対に見つかるから、違う道を選んだんでしょ?」
「うん……」
安全地帯以外には、魔物が闊歩している。
安全が確保されているダンジョンとはいえ、それは浅い層まで。
五層ともなれば、危険な魔物も出始め、下手をすれば死んでしまうだろう。
それでもエクリアたちがそこを選んだのは、それだけヴィクターとマードッグにより強い脅威を覚えたからだ。
――二人は、明らかに私を狙っていた。それに……。
「多分あいつ、
「……うん」
学園入学前、ヴィクターの態度が急変したことがあった。
妙に怒りっぽくなり、周りに当たり始めたのだ。
王命によってエクリアが確認したところ、違法とされるクスリに手を出していたことが判明。
業者は処刑され、ヴィクターは専属の医師をつけて依存症から回復した、はずだった……。
——だけど、あの表情はもっと悪化して……。
襲いかかってきた狂気の表情。
そして恨みを込めた瞳。
あれほどの憎しみをぶつけられたのは初めてで、身体の震えが止まらない。
もしここにルーンがいなかったら、泣きじゃくっていたに違いない。
――どこだぁぁぁ! エクリアァァァァ! 出てこぉぉぉぉい!
「ひっ――!」
遠くでヴィクターの雄叫び。
それにつられて、子鬼の魔物たちがバタバタと向かっていく。
「獣みたいに叫んで、馬鹿な男。魔物が集まってるじゃない」
「でもこれで、もう少し時間を稼げるよ」
「ええ。タイミングを見て、上の階に戻りたいところだけど……」
「私たちじゃ無理、だよね……」
「悔しいけどね」
一度ヴィクターを躱して階段に向かったら、マードッグが階段を守っていた。
エクリアやルーンが多少授業で戦う術を学んだところで、本職の彼を出し抜くことは不可能。
アクセルに一撃でやられたとはいえ、その実力は間違いなく本物なのだ。
――大丈夫……きっとすぐに助けが来るはず。
王都からダンジョンまで、徒歩で一時間もかからない。
すでに状況は伝わっているはずだ。
教師たちも、上層を探して見つからなければ、下りてくるだろう。
二人は助けが来ることを祈りながら、ヴィクターと魔物に見つからないように身を隠し続け――。
「みぃつけたぁ」
「「っ⁉」」
そんな二人の祈りが届くより先に、ヴィクターに発見されてしまった。
ここに来るまでに、どれだけの魔物を斬り殺してきたのか。
全身血まみれで、瞳から正気は失われている。
「お前のせいでナンナが死んだ! 僕の愛したナンナがぁぁぁぁ!」
鈍く光る剣を持ち、一気に走ってくるヴィクターから、必死に逃げようとする。
しかし鍛錬を行ってきた男から、令嬢として育てられた二人が逃げられるはずがなく。
「あぅっ!」
「ルーンちゃん⁉」
ルーンが足を切られ、地面に転がる。
「ルーン! お前はいつもいつも、私を馬鹿にしてたなぁ!」
「アンタが信じられないほどの馬鹿だからでしょ! こんなことして、許されると思ってるの⁉」
「知るかぁ! ナンナはもういない! ならもう、この世界に意味なんてない!」
――私が時間を稼ぐから、逃げなさい!
ルーンは怒りに我を忘れているヴィクターを挑発し、エクリアを逃がそうとする。
しかし彼女は泣きながら、首を横に振った。
「エクリアァ! 逃げたらこの女を殺すぞ!」
「っ⁉」
ヴィクターが倒れたルーンの足を踏み、顔の前に剣を突きつける。
本気だ、と理解したエクリアは、ゆっくりと足をそちらに動かした。
「そうだぁ。こっちに来ぉい……」
「私は大丈夫だから!」
「煩い!」
「ぐぅっ!」
普段強気のルーンも、切られた足を踏みつけられて、涙が出る。
それでも歯を食いしばって耐え、ヴィクターを睨んだ。
「お願いしますヴィクター様! 私は逃げません! だから、これ以上ルーンちゃんに酷いことをしないでください!」
「ああ、ナンナ! 今からお前のところに、この憎い女を連れて行くからなぁ」
――やっぱり、もう正気じゃないんですね……。
エクリアはかつての婚約者の姿に、哀れみと恐怖を覚える。
「そこで止まれ!」
「……」
言われた通りに止まると、ヴィクターの瞳が真っ赤に充血しているのがわかった。
やはり王国で違法とされている、クスリの症状だ。
「服を脱げ」
「嘘でしょ……アンタ、まさかここでエクリアを……⁉」
「誰がこんな女を抱くかぁ! ヒ、ヒヒヒ! 手足の腱を切ったあと、
ヴィクターが狂ったように笑い、指示を出す。
エクリアは身体を震わせながら、なにも言わずその場で服に手をかける。
「ルーンちゃん、巻き込んじゃって……ごめんね」
「私はいい! エクリア! 逃げて!」
エクリアは逃げず、その場で下着姿になり……。
恐怖で、手が止まる。
「っ……」
「手を止めるなぁ! 最高の苦痛と辱めを受けてから死――!」
――ギャアァァァァァァ⁉
ダンジョンの五層に響き渡る、男の断末魔。
それがマードッグの声だと三人が認識したとき――。
——人の大切な婚約者と友達に。
「……?」
「なにやってんだクソ野郎ぉぉぉぉぉ!」
凄まじい速度で飛び込んできた男――アクセルの拳がヴィクターの顔面を叩き潰した。