辺境貴族の俺と婚約した黒幕公爵家の令嬢が可愛すぎた件 作:平成オワリ
足から血を流し、倒れているルーン嬢。
そして、下着姿にされて、泣いているエクリア。
怒りを通り越した先に、もっと激しい感情があることを、初めて知った。
「あくせる……様ぁ」
「もう大丈夫だから……」
地面に落ちたエクリアの制服を拾って渡し、俺は自分の服を破る。
それをルーンの足に巻き、簡易的な止血をした。
「っ⁉」
「すまん。今はこの程度しかできないから……」
「だい、じょうぶ……!」
痛みで涙を浮かべながらも、気丈な顔をする。
普通なら恐怖と痛みで泣き叫んでいいのに、本当に強い。
「あああああああ! 貴様ぁぁぁぁぁ!」
声がするから振り返ると、剣を振り上げながら走ってくるヴィクター王子。
「……アクセル様! 危ない!」
「死ねぇぇぇぇぇぇ!」
「うるさいんだよ」
「ふぐ⁉ が……うげぇぇぇぇ」
腹に一撃。
たったそれだけで、ふらふら後ろに下がり、そのまま涙を流して吐いた。
「情けない。足を切られても歯を食いしばって耐えてるルーンを見習えよ」
「ひっ⁉」
髪を掴んで顔を上げさせると、涙を流して怯えた表情を見せる。
「エクリアは俺の婚約者だ」
「がっ⁉」
「ルーンは、王都に来て仲良くしてくれた優しい友達だ」
「ふぐ⁉」
顔面を殴りながら、大切な二人を汚そうとした男に、己の愚かしさをわからせる。
「お前はなんだ? 恵まれた地位にいて、婚約者にも恵まれて、その代価として国を守るために命をかけるはずの立場だっただろう」
手を離してやると、四つん這いになりながら逃げようとする。
その足をわずかに切ると、ヴィクターは汚い悲鳴を上げて地面に転がった。
「ひぃ⁉ ひ、ひ、ひ……くるなぁ……」
「心配するな。俺の手で殺しはしない」
「ぐぎゃ⁉」
顔面を蹴り、地面に転がす。
痛みで嘆いているが、それだけの元気があればまだやれるな。
「お前とマードッグは、しかるべき場所で裁く。もちろん、最大限の罪を与えてな」
切った足を踏みつける。
ルーンの痛みをわからせるように、そのまま骨が折れるギリギリまで力を入れた。
「も、もうやめて……ゆるして……」
「……本気なら、死んでも抵抗してみろよ」
荒い呼吸で命乞いをするヴィクターに、醒めた。
足を離し、背を向ける。
――エクリアたちの心のケアをしないと……。
「なんでそこまで馬鹿になれるんだ……?」
すぐ振り返り、こちらに剣を振り上げているヴィクターを見て呆れる。
「な、なんでわかった……?」
「背後の気配くらい感じられないと、死ぬような環境だったからだよ」
元より慈悲はないが、明確な殺意を許すほど、甘い環境では生まれていない。
喉を掴み、潰した。
手首を掴み、地面に叩きつけた。
「っ――!」
最後に腹を踏みつけ、気絶させる。
足の腱も切ろうかと思ったが、持ち運びができなくするのは面倒なので、それは残した。
どうせこれ以上はまともに動けないのだから、いいだろう。
「……アクセル様」
「ごめん。遅くなった。怖かったよな?」
自分が冷静じゃなかった自覚はある。
王子を気絶させるだけなら、ここまで残酷な姿を見せなくてもできた。
それでも、俺は自分の大切な人が傷つけられて冷静でいられるほど、大人じゃないんだ。
――こんな自分、見せたくなかったな。
この間みたいに、一緒にご飯を食べて、笑い合って、それだけで良かったのに。
こんな蛮族領地の男、普通の令嬢なら嫌に決まってる。
――嫌われたらどうしよう……。
「……え?」
温かいなにかに包まれた。
それがエクリアが俺を抱きしめてくれたのだとわかったのは、少し遅れてからだった。
「怖いなんて、思いません」
「エクリア?」
「今のアクセル様は、とてもお辛そうで、私たちのために怒ってくれたのも、凄く伝わってきました」
「今のを見ただろ? 俺はわざと、あそこまで痛めつけた」
「だとしても、怖いなんて思いません」
ギュッと、抱きついてくるエクリアの力は、俺からすれば弱々しい。
だがそれを振り払おうとは、とても思えなかった。
「……」
ガラスでできた芸術品に触れるよう、傷つけないように抱きしめ返す。
「エクリアが傷つけられて、信じられないほど怒りが沸いた」
「はい……」
「好きだ」
「……私も、お慕いしております」
まいったな……。
前からエクリアのことは大切に想ってたけど、これは……。
本当の本当に、手放したくない。
少しだけ力を入れて、俺の気持ちを伝えるように抱きしめた。
「アクセル様……」
「エクリア……」
「二人が幸せなのは嬉しいんだけど」
「「っ⁉」」
ルーンの言葉で正気に戻り、バッと離れる。
「怪我人放ってイチャイチャされるとさすがにねぇ……」
「ごめんねルーンちゃん!」
「すまない!」
「いいのよ? 私はしょせん、二人の恋物語に添えられた脇役だから」
よよよ、と大げさに泣き真似をしてからかっているのはわかるが、これは間違いなく俺の不手際だ。
「と、とりあえず階段まで移動しよう。この馬鹿は俺が運ぶから、エクリアはルーンに肩を貸してやってくれ」
「はい!」
「悪いわね」
「大丈夫! ルーンちゃん軽いから!」
「エクリアと比べたら、胸ちっちゃいしね!」
「なんで今そんな意地悪言うのぉ!」
「どうしても言わないといけない気分なのよ!」
危険が去って、普段通りの雰囲気。
本当に、この二人を守れて良かったと思う。
「……だからさ、水を差さないでほしいんだ」
壁の向こうからボロボロの布きれを纏った巨大な死神が現れた。
「ぐ、
「どうして最下層の魔物がこんなところに⁉」
二人が怯える。
このダンジョンは全部で八層。
安全とされる三層までしか経験のない学生にとって恐怖の対象だ。
「アアアァァァ……」
「大量の魔物の死骸につられて、上がってきたんだろうな」
つまり、この馬鹿王子のせいだ。
「アクセル! エクリア!」
ルーンが叫ぶ。
「私を置いて逃げなさい! 足手纏いがいて、逃げれる相手じゃ――」
だが彼女の言葉を聞く前に、俺は走り出していた。
「このダンジョンじゃ最強なのかもしれないが」
「ア……?」
「お前程度の魔物、ウチの領地じゃそこら辺歩いてるんだよ」
一刀両断。
核ごと真っ二つになった
「……やっぱり、あの動きはあのときの……」
「かっこいい……」
好きな人にそう言ってもらえると、男冥利に尽きるな。
ルーンの言葉はよくわからなかったが……今はさっさと上に上がるのが先決か。
「それじゃあ帰ろうか。道中も俺が絶対守るから、安心して欲しい」
「はい……」
二人を守りながら、五層の階段まで向かう。
ボロ雑巾にされたマードッグがいて二人が驚いたが、俺としては魔物の餌にならなかっただけ悪運が強いなと思った。
ルーンの怪我もあるし、お荷物を持って地上を目指すわけにはいかない。
四層の安全地帯で騎士団の到着を待つ。
しばらくすると、団長自ら率いてやって来た。
「この度は愚息が……」
「謝罪は不要。謝られてもなにも変わらないですから」
「……それでも、です。後日、王を通した正式な謝罪の場を頂きたい」
……貴族同士のメンツもあるのだろう。
今後は俺も、上級貴族の一員として色々学ばなければならないこともあるし、感情論で物事を終わらせるわけにはいかない、か……。
「義父にも通してくださいね」
「ヴィスペリア辺境伯か……わかりました」
息子をボロ雑巾にしたガキが相手でも、丁寧に頭を下げるあたり、騎士団長は本当に誠実な人なんだろうな。
――本当に、なんでこの人の息子があんな風になったのやら……。
◇ ◇ ◇
数日後。
今回の騒動は、国王と騎士団長、宰相、ゼクト父上で話し合うことになった。
宰相の顔にはもう感情がなく、どう足掻いてもヴィクターとマードッグの未来はない。
俺としては死刑でいいと思うが、鉱山送りの方がより苦しみが長くなるので、そちらでもいいな。
なんにせよ、今後やつらの顔を見ることはないだろう。
屋敷で本を読んで寛いでいると、シュシュがやってくる。
「アクセル様ー。来客ですよー」
「来客?」
「ルーン様と、エルレイン侯爵子息とのことですー」
「エルレイン侯爵子息だと?」
――ルーンはわかるが、なんで侯爵家の人間が?
「とりあえず、応接間に通してくれ」
「はーい」
自宅だと思ってだらけきってしまった。
服をきちんと整えて、応接間に向かう。
そこで紅茶を飲んでいたのは、足に包帯を巻いたルーンと、髪を肩口で切りそろえた美形の青年だった。
ルーンの方は……歩くのは問題なさそうだな。
おそらく治癒系の
「いきなり来てごめんなさい。リオウがどうしてもすぐ会いたいって言うから」
ルーンにして珍しく、歯切れの悪い言い方。
リオウというのは、隣に座るこの男か。
「初めまして。ボクはエルレイン侯爵家嫡男、リオウ・エルレインだ」
「よろしくお願いします」
「堅苦しい言葉づかいはなしでいこう! なにせ君は、愛するルーンの命の恩人なんだから!」
愛する? とルーンを見ると、頭が痛そうにしている。
シャイン伯爵令嬢に婚約者がいるとは知らなかったが……。
「婚約者じゃないわよ」
「……ん?」
「ただの幼馴染み」
「なんてことを言うんだ! 子どものころ、大きくなったら結婚しようって約束したじゃないか!」
「子どものころの約束と、貴族同士の婚約を一緒にするんじゃないの!」
なんか二人で言い合いを始めた。
エルレイン侯爵子息は好きだと言い張り、ルーンもこうして付き添っているということは、悪感情を持っているわけじゃなさそうだけど……。
「悪い。せめてわかるように説明してくれ」