辺境貴族の俺と婚約した黒幕公爵家の令嬢が可愛すぎた件 作:平成オワリ
アクセルが公爵を助ける少し前。
フォルス王国の宰相を務めるジェラード・リンフォード公爵は、激怒していた。
公爵にとって、目に入れても痛くない大切な娘のエクリア。
彼女が婚約者である第二王子から、無碍に扱われていると聞いたからだ。
エクリアには、自分の持つ知識と経験を可能な限り伝授した。
親の贔屓目抜きにしても、美人で、優しく、賢き子に育ったと思う。
やや自己主張が弱いところがあるが、それも持っている才と合わされば謙虚で美徳に映るだろう。
正直、手放したくはなかった。
だが王国は今、第一王子派と第二王子派に分かれ、権力争いをしている。
どちらか一方に偏ると、愚かな貴族たちによって現王の力すら削がれかねない状況だ。
宰相として国を守るため、そして友である王の頼みに応え……。
公爵家のエクリアを、第二王子と婚約させる決断をした。
――本来ならこれで、第二王子派の権力が強まり、バランスが取れるはずだったのに!
愚かにも、第二王子はどこの馬の骨かも知らない男爵令嬢に骨抜きにされ、婚約者であるエクリアを貶めるように扱っているらしい。
すでに学園では第二王子の評判がガタ落ちし、見限る者も増えているという。
それを使用人から聞いた公爵は、消すか、と本気で思った。
息子になる相手に冷たいと言われるかもしれないが、仕方ない。
国の未来を担う貴族子弟に見捨てられた王族など、排斥の対象でしかないのだから。
「申し訳ありません……私が殿下の寵愛を頂けなかったばかりに……」
学園から長期休みで帰ってきた娘は、憔悴しきっていた。
本人は絶対に王子のことを悪く言わないが、顔を見れば報告が真実だったとわかる。
「エクリアよ。お前は王子を愛しているか?」
「……愛したから家族になるのではありません。家族になるから愛する。私はお父様から、そう教わりました」
——私はこれからも婚約者として、あの方を支える所存です。
黒幕宰相と呼ばれる自分を相手に、これだけはっきり意見を言える者は、老獪な宮廷貴族たちでもそう多くない。
大人しい性格から、エクリアを気弱だと勘違いする者は多い。
だが必要なことであれば、彼女はどんなときでも顔を上げて声を出すのをジェラードは知っていた。
「一度、王と話す」
第二王子には再教育を施し、己の立場を理解させよう。
そして男爵令嬢と引き離し、今度こそ娘を大切に扱うように話をつけよう。
そう考えたジェラードが、エクリアと共に王都に向かう道中――。
「もはや、ここまでか……」
魔物の群れに襲われ、護衛は全滅。
馬車の窓から巨大な魔物を見た瞬間、この身の最期を悟った。
せめてこの子だけでも、と公爵が深く抱きしめる。
「エクリア、守ってやれず、すまない……」
「いえ、こんな時ですが……お父様が深く愛してくださったことを知れて、私は嬉しく思います……」
そうして二人が覚悟を決めた、その瞬間……。
魔物の首が飛んだ。
「なっ……⁉」
公爵家の精鋭すら太刀打ち出来なかった巨大な魔物が、一瞬で斬り刻まれていく。
最初、それが人の仕業だと思わなかった。
それほどまでに、常識を覆す動きだったのだ。
「お、おお……」
比類なき強さを見て、まるで嵐の化身が人の姿で顕現したのだ、とジェラードは思った。
――助けに参りました。危険はもう去りましたので、ゆっくりこの手をお取りください。
扉を開けた瞬間、相手を気遣うような優しげな声と言葉。
そっと手を伸ばしてくる姿は、まさしく物語に出てくる理想の騎士そのものではないか。
ドクン、と公爵の心臓が跳ねた。
――な、なんだこの気持ちは……?
その手を握った瞬間、まるで初心な少年のような心を取り戻した気分になる。
若きころは、国を救う英雄譚に憧れた。
大人になるにつれて、人の醜い部分なども知り、次第にそういう夢物語を見なくなった。
だからこそ、そんな英雄を彷彿とさせる青年を、思わず凝視してしまう。
――エクリアと同じくらいの年齢か。
光沢のある黒髪に、凜としながらも優しげな瞳。
助けたことに対してなんの見返りも求めず、彼はただ当然のことをしたと言う。
アクセル・ライドと名乗った青年の噂は、聞いたことがあった。
凶悪な魔物が蔓延るライド子爵領。
そこに一人の神童が生まれたという話だ。
剣を握らせれば、巨大な魔物も一刀両断し、筆を握らせれば領地を潤わせる。
噂は噂。田舎では良くある話だ。
そう思っていたが、剣の実力は先ほど見たとおり。
もはや疑う余地はなく、少なくとも武力においては、神童に相応しいと納得する。
◇ ◇ ◇
目的地が同じ王都だったため、ライド家が護衛をすることになった。
道中、アクセルと会話をすると、奇妙なことを言うではないか。
――これだけの武力を持ちながら、文官となるため王都に向かうだと?
――より多くの民を守るためには、剣だけでは足りないのです。
素晴らしい志だが、口だけなら何とでも言える。
公爵自身、長く宮廷の魑魅魍魎たちと戦った結果、疑り深くなっている自覚はあった。
だが同時に、彼を信じたい気持ちもあった。
だから試すように様々な問答をしてみると、王国の歴史、各地域の名産、近隣国の交易品など、外交に必要な知識で完璧な答えが返ってくる。
これは偶然身に付くものではない。
正しき教育を受け、本人が血の滲むような努力したことがよく窺える。
「素晴らしい……」
貴族学園には行かなかったというが、代わりに時間をかけて専門的な知識を身につけたのだろう。
本人は謙遜するが、ジェラードから見ても十分過ぎる知識だ。
一文官などもったいない。
息子の執事にするため、手元で育てたいと思った。
エクリアも彼と話が合うのか、楽しそうに領地について話をしていた。
実家に帰ってきたときは憔悴していたのが嘘のように、元気を取り戻している。
すでに公爵の中に燻っていた、第二王子に向けた怒りはなくなっていた。
そんなものより、どうすれば目の前の青年を一番いい形で自分の手元に置けるかを考えていた。
――いっそ、この青年が、娘の婚約者であれば……。
子爵家、しかも三男だ。
本来であれば、あり得ないのは公爵だってわかっている。
それでも先日の娘の弱った姿。
そして今の元気に話す姿を比較すれば、そう思わずにはいられなかった。
だから公爵は、王都でアクセルと別れたあと、娘に問いかける。
「エクリア。あの青年をどう見る?」
「優しい方だと思います。考える政策はすべて民を豊かにしようとするものばかりでした。もちろんまだ机上のものではありますが……きっと良き為政者になれると思います」
「そうだな。だが私が聞きたいのは、そういうことではない」
「……?」
エクリアが不思議そうな顔をする。
公爵家の一員として教育してきたからか、能力の方を見てしまうのだろう。
「男として、お前の目にはどう映った?」
「……えっ⁉ えぇぇ! そ、それは……その……」
父の言葉を理解したエクリアは、顔を真っ赤にしてしまう。
好意的に思っているのは、誰の目にも明らかだ。
――あんな状況で助けてもらったら、そうなるだろうな。
まるで物語の一幕。
昔から大衆の恋愛小説を好んでいた娘にとって、運命的な出会いに思えたかもしれない。
それを見ても、公爵は嫌な気持ちには一切ならなかった。
むしろそうなってくれて良かったとすら思う。
「私も腹をくくるか」
「お父様……?」
娘を泣かせた第二王子には、罪を償わせる。
そして娘を笑顔に変えた子爵家三男には、その褒美を与える。
信賞必罰。
それこそ公平な宰相に求められるものなのだから。
「そういえば辺境伯がしばらく王都に滞在していると言っていたな。くくく、ならば……」
王国を裏から支配している、とまで言われた黒幕宰相の脳内で、次々と計画が立てられていく。
◇ ◇ ◇
そして……。
「おっし、完璧! これなら絶対受かってるだろ!」
これからどんなことが起きるか知らないアクセルは、文官の試験に満足して、喜んでいた。