辺境貴族の俺と婚約した黒幕公爵家の令嬢が可愛すぎた件 作:平成オワリ
「不服か?」
「い、いえ! ただ少し驚きました……」
この国の奴隷は、労働力という意味ではない。
人権を奪うという意味で、立場の保証もなく、主人に逆らうことは絶対に許されない立場となる。
奴隷はもはや人であらず。
刑の一つとして組み込まれた制度であるが、あまりにも非人道的すぎて、判決が下ることも滅多になかったはずだ。
「買い手がいたということですよね?」
「それをお前が知る必要はない」
性奴隷ならまだマシ。
噂じゃ
――これは、鉱山送り以上にキツいな。
どちらも最終的に死ぬことには変わりないが、苦しみでいえば奴隷の方が重いだろう。
はっきり言って、処刑を言い渡した方がはるかにマシなくらいだ。
自業自得とは言え、少しだけ同情する。
「判決、承知しました」
「うむ。後日、国王からもリンフォード公爵家、シャイン伯爵家へ正式な謝罪が行われる。その際、貴様も場に居合わせるように」
「はい」
王が貴族に謝罪するというのは、権威が失われるため、本来すべきことではない。
それでも今回は、避けられないことだった。
――つくづく、親不孝者だな。
今後、二度と顔を合わせることのない元王子のことを思い出し、溜息を吐く。
あんなやつとエクリアが婚約していたことを思うと、貴族社会というのは本当に厄介だ。
「あのとき……」
不意に、宰相が言葉を零す。
「……?」
「馬車で魔物に襲われたとき、我々親娘と出会い、助けてくれたことを、奇跡と思った」
「さ、宰相⁉ 頭を上げてください!」
突然のことに、動揺する。
王が貴族に謝罪すべきでないように、宰相もまた弱みを見せてはならない立場だ。
――そんなこと、誰よりもわかっているこの人が、なんで急に!
「私は王宮を取り纏める立場だ。ゆえに第二王子とエクリアを婚約させることが最善だと信じた。だが結果、あまりにもあの子を傷つける結果となった」
学園での態度を見ると、二人はまともな関係を築けていなかったのだろう。
もちろん原因はヴィクターの方だ。
恋愛関係になくとも、貴族同士の婚約は成立するし、必要ならあの男爵令嬢を側室にしても良いとまで言わせた。
少なくとも、エクリアは貴族令嬢としての立場で接していたのだから、落ち度はない。
そのうえで罵倒され続け、多くの傷を負っても耐え続けたのがエクリア・リンフォードという女性だ。
「お前はダンジョンで襲われたと聞いたときも、迷いなく助けに行ってくれた。そして、身体だけでなく、心まで救ってくれた。一人の親として、すべての立場を投げ捨てでもお前に礼を言わねば、私は私が許せん」
「……その言葉、すべてを受け入れます」
「感謝する」
顔を上げた宰相は、すっきりしたように穏やかだ。
周りに気を許せない日々の中で、本音を言えないストレスがあったんだろうな……。
「報償、罰、そして私用は済んだ。私の用事はこれで終わりだが……」
機嫌良く、俺に視線を向けてきた。
「せっかくだ。これから義息子となる男のことを、知っておきたい。いろいろ聞かせてくれ」
「では、俺がライド領にいたときの話を……」
できるだけ面白おかしく、俺の育った環境含めて語ると、宰相はいろいろな表情を見せてくれた。
婚約者の父親。国の最上位貴族。仕事場の上司。
どれをとっても本来緊張する相手だが、だいぶ距離が縮まったように思える。
そうして夕暮れ時。
さすがに夕食を共にするわけにはいかないと、宰相は立ち上がった。
「ああ、そうだ。一つ言い忘れていたことがあった」
大事なことを漏らすような人じゃないので、些事だろう。
ただそれでも、珍しいと思っていたら……。
「今回の件で、学園でもエクリアに護衛をつけることになった」
「それは安心ですね」
でも男が近づくのはなぁ……。
エクリアの安全のためだから仕方ないが、嫉妬してしまう。
「ふっ」
むむむ、と自己嫌悪に陥っていると、公爵が少し楽しそうに笑った。
「護衛するのはお前だ、アクセル」
「……俺?」
「すでに学園側にも連絡はつけている。授業も受けられるゆえ、ぞんぶんに楽しむといい」
仕事の手伝いは? とか。
第一図書館を使う時間は? とか。
考えるべきことはあったが、それよりも……。
――学園に通える! しかもエクリアと一緒に⁉
そのことが嬉しすぎて、いろいろと吹き飛んでしまった。
「宰相! いえ、義父上!」
「お、おお……?」
「エクリアのこと、お任せください!」
立ち上がり、その手を握る。
驚きそわそわしている姿はエクリアそっくりで、二人が親娘なんだと改めて思った。
◇ ◇ ◇
一週間後。
ダンジョン探索の件でしばらく休校になっていた学園が動き出し――。
――あの御方が、エクリア様の新しい婚約者様?
――間違いないよ。マードッグを殴り飛ばしたの、見たもん。
――最近、街の吟遊詩人たちが詩にしてたの聞いたが……たしかに雰囲気あるな。
貴族学園は、俺の噂で持ちきりになっていた。
田舎貴族の三男坊。
兄二人から聞いた貴族学園だと、受け入れられないと思ったが……。
――エクリア様、恥ずかしそうにしつつも、嬉しさを隠しきれていなくて、とってもお可愛いですわ。
――お似合いですね。私も良い出会いが欲しい……。
――さっきからお手をチラチラ見てて、きっと繋ぎたいのね。
意外と、普通に受け入れられてるんだよなぁ。
特に女性陣。
どうやら先日の王子の件で、俺はエクリアの危機を救った白馬の王子的な扱いになってるらしい。
あとダンジョンを駆け下りるときに、通りがけで何人か助けたのも、拍車をかけているそうだ。
ちなみに俺の耳がいいから聞こえてるだけで、エクリアには届いてないと思う。
「エクリア……手」
「っ⁉」
びっくりした顔が可愛い。
もしかして見てたのがバレた⁉ と焦っているみたいだ。
「繋ぎたいんだけど、いいか?」
「は、はい……」
絡む指はすべすべしてて、同じ人間とは思えないほど柔らかい。
「アクセル様と学園に通えるなんて、夢のようです……」
「卒業までわずかな時間だけど、よろしくな」
「……はい」
「アンタらねぇ……」
振り返ると、呆れたようにこちらを見ているルーンがいた。
その隣には、リオウもいる。
「人目もはばからずイチャイチャしてんじゃないわよ」
「い、イチャイチャなんてしてないよ!」
「ハイハイ。そういうのは周りの目がないときにね」
俺がルーンの話を聞いた後、エクリアも同じように話をされたらしい。
自分が俺と出会わなければ、ルーンと結ばれていたかもしれない。
幸せを奪ってしまった、なんて泣いたらしいが……。
――いた⁉
――エクリアって、頭良いけど馬鹿よね。
ルーンにデコピンされたうえで、俺に対する想いは憧れ。
たしかに、過去に恋をした。
だが今愛しているのはリオウだと、はっきり伝えられたらしい。
「いいじゃないかルーン! 婚約者のそばにいられる喜び! それを世界中のみんなに知らしめたい気持ちはよくわかるよ!」
「言っとくけどリオウ? 婚約したからって簡単に触れるとか駄目だからね」
「これから先、触れていいのはこの世界でボクだけだって、二人きりのときに言ってくれたじゃないか⁉」
「そういうこと、外で言うんじゃないの!」
ぱっと見は、リオウがルーンを溺愛しているように見える。
だがよく聞くと実はルーンの方が愛が重そうだ。
「わぁ……ルーンちゃん、情熱的だぁ」
「ち、違う……くはないけど! エクリアも憧れる目で見ないで!」
「というかルーンだって、俺の前でリオウとイチャイチャしてたよな?」
「なぁっ⁉ 今それ言う⁉ あれは仕方ないというか……」
「やっぱりボクらももっと見せつけようじゃないか!」
思い思いに自分の言葉を話すため、収拾がつかない状態に。
――あ……。
周りからひそひそとした声がまた聞こえてきた。
学園のど真ん中で有名人が集まって騒いでいたら、そりゃあ注目の的になるよな……。
内容は、憧れの人たちを見て喜んでいるようなものだから放っておいても――。
――絶対に許さねぇ……。
そんな声が聞こえてきた。
声の相手を辿ると、男子生徒の一人がこちらを憎々しげに睨んでる。
「……まあ、そういうやつもいるよな」
「アクセル様?」
「どうしたのよ?」
「……」
一瞬、二人に黙って男と話し合いをしようかと思ったが……。
王子の失脚が理由で狙われてるなら、ちゃんと説明をしとくべきだよな。
「こっちを狙ってるやつがいる」
「えっ⁉」
「まあ、こういうときのための護衛だから安心してくれ」
エクリアの手を離して、睨んでいる男性生徒に向かう。
男は気付かれたことに驚き、怯んだ様子を見せるが、逃げる気はないらしい。
「さっきから、なんの用だ?」
「……っ! お前さえいなければ……!」
さすがに見た目でわからないが、おそらく家が第二王子派の貴族なんだろう。
俺が学園に来た時点でもう落ち目ではあったが、それでも王族を支える一派はあったはずだ。
「俺がエクリア様に婚約を申し込んだのに!」
「……は?」
なんだこの男?