辺境貴族の俺と婚約した黒幕公爵家の令嬢が可愛すぎた件 作:平成オワリ
「金髪金眼は王族の証……ってことは、あれがヴィクター第二王子か」
「ちっ!」
「え……?」
俺が呟いた瞬間、ルーン様が舌打ちをした。
人を殺しかねないほど視線が鋭く、苦々しげな表情。
……どう見ても令嬢がしていい目じゃないんだけど、俺なにか余計なことを言った⁉
「ヴィクター様、またナンナ様と……」
「あの女。あれだけ言ったのに、全然わかってないわね。本当に家ごと潰してやろうかしら……」
ナンナ……恐らく腕を組んでいる女子生徒のことだろう。
ルーン様の言葉を聞く限り、高位貴族の令嬢ではなさそうだが……。
「これ、どういう状況ですか?」
「……貴方、第二王子ヴィクター様の婚約者が誰か知ってる?」
「もちろん。エクリア様ですよね」
目の前にいるし、上流同士の婚姻関係を知っておくのは貴族として当然の話だ。
「じゃあ、あの令嬢は誰でしょう?」
「誰と言われても、完全に初対面ですよ? よほど高位貴族でなければ、名前だけでご令嬢を当てるなんて……っ!」
――待て、待て待て待て!
俺はアホか⁉
なんで今頃こんなことに気づいた。
王族と腕を組み、まるで新婚夫婦のように甘酸っぱい空気を醸し出していい貴族令嬢なんて、一人だけだろ!
「気づいたみたいね」
「……その、なんというか」
エクリア様を見ると、悲しく、辛そうな顔だ。
少なくとも俺と話していたときの彼女は、こんな顔を一度だってしなかった。
――うっわぁ……マジかぁ……。
王位継承権を持つ王子と、国内三本の指に入る大貴族の令嬢の婚約。
それを蔑ろにするのは、学園内の火遊びを大きく超えている。
「嘘だろ……? 王族は高等教育も、帝王学だって学ぶはず。そこまで馬鹿な真似をするわけが……」
「しかもあれ、男爵家の令嬢」
「はぁ⁉」
思わず声が上がってしまい、周囲の視線が一斉に向くのがわかった。
しかも都合の悪いことに、王子までこちらに気づいてしまった。
「馬鹿王子、気づいたわね……エクリア、どうする?」
「私は、その……」
「学園のほとんどの生徒が貴方に同情的よ。というより王子に呆れてる。たとえ今ここで糾弾したって、誰もが納得するはずだし、言わないと取り返しのつかないことになるかもしれない」
なんなら私がやってもいいんだけど、とルーン様は武闘派な発言をする。
さっきから思ってたけど、ウチの領地に向いてそうな人材だな。
主に魔物を退治する側として。
しかし、そこまで酷い状況なのか。
学園内で堂々と婚約者以外の相手と逢瀬を見せるなんて、普通ありえないのに……。
「……ん?」
第二王子がこちらにやってくる。
しかもなんかご機嫌だ。
隣のご令嬢も嬉しそうに笑っている。
いや、なんで?
貴方たちは今、婚約者に浮気現場を見られた状態なんですけど?
相手はそこらの下級貴族とは違う。
公爵家、伯爵家というのは、王族ですら下手なことをすれば痛い目に遭う相手だぞ。
「……ヴィクター様」
「エクリア、相変わらずお前は辛気くさい顔をしているなぁ!」
第二王子はまるで悪びれた様子など一切なく、人を不快にする笑みを浮かべていた。
普通なら怒って当然。
というかエクリア様の横で、ルーン様がすでにブチ切れている。
ぶっ殺すぞワレ、と心の声が漏れまくっていた。
対してエクリア様は顔を俯かせるだけで、反論もしない。
「まったく、なぜお前のような地味な女が私の婚約者なのか。父上ももっと考えてくれたらいいのに……」
「ヴィクター様。そんなこと言っちゃ、エクリア様が可哀想ですよ」
「うおっ⁉」
衝撃的な台詞に、思わず声が出てしまった。
そのせいで第二王子と男爵令嬢が俺を見る。
いや、俺はとりあえず、黙って静観しているつもりだったんだ。
だけどまさか、男爵令嬢が公爵令嬢に対して嫌味な発言すると思わないだろ!
「あら、結構イケメン」
「おいおいナンナ? 私が隣にいるのにそれはないだろ」
「ふふ、私の王子はいつだって、ヴィクター様だけですから許してくださいな」
王子たちは俺から目を離し、二人だけの世界を作り出す。
……そうか、わかったぞ! これ文官試験の続きだな!
そうだ、そうに違いない!
だって普通こんなのありえないし!
筆記試験が簡単過ぎると思ってたけど、まさかこんな大がかりな引っ掛け試験まで用意しているとは予想もしてなかった。
よしここは他の受験者と差別化するために王子が再起不能になるくらい全力の正論パンチで叩きのめして――。
「アクセル様、アクセル様……多分頭の中がいっぱいいっぱいになって、変なこと考えてますよ」
「はっ!」
他の貴族の前だからと黙っていたシュシュが、こっそり耳打ちしてきた。
おかげで正気に戻ったが、危うく王子の心が壊れるくらい全力で攻撃するところだったぞ。
「シュシュ、助かった」
「いえいえー。でもこのままだと、ほんとにまずくないですか?」
俺の思考がどこかに飛んでいた間、王子と男爵令嬢の嫌味は続いていた。
「時間があれば本を読み、話はいつも政治や経済といった仕事のことばかり。陰気なお前が側にいても、気が滅入るばかりだ」
え、めっちゃ良いじゃん。
俺も領地経営の話とかしたいんだけど。
周りでこういう話が好きな人、というか通じる人がほとんどいないから、朝から晩まで楽しく語り合う自信あるぞ。
「そんな話、学生の私たちにはまだ関係ないんだよ。会話というのはな、相手を楽しませるものだ。私の婚約者を名乗るなら、もっとハキハキ声を出して、美味しいカフェや珍しい店を探してだな……」
ネチネチと言葉を続ける王子。
それに対し、エクリア様は苦しそうに、それでも耐え続ける。
――リンフォード様、おかわいそう……。
――王子相手じゃ、下手に言い返せないもんなぁ……。
騒ぎを聞きつけた野次馬がさらに集まり、ひそひそと声が聞こえた。
そのほとんどが王子を悪く言うもので、ルーン様が言ったとおりエクリア様に同情的らしい。
とはいえ、エクリア様が糾弾していいかと言われると、それも微妙だ。
学園というのは、貴族社会の縮図。
ここで生徒たちから見放されれば、国内貴族の派閥バランスが一気に崩れてしまう。
王子という立場を含めると、下手をすれば内乱まで起きかねない。
エクリア様はそこまで考えて、自分さえ耐えればいいと考えているのだろう。
――公爵家という自分の立場を、本当によく理解してる……。
逆に王子が酷すぎる。
隣のルーン様も限界が近そうで……そろそろ正論パンチならぬ顔面パンチでもしそうな表情だ。
「黙ってないでなんとか言ってみろよ! これだからお前みたいな女が婚約者なんて嫌なんだ!」
「っ⁉」
なぜかずっと嫌味を言っていた王子が急にヒートアップし始めた。
その勢いに押されて、エクリア様の目に涙が溜まる。
「……なあシュシュ。ここで割り込んで話を止めたら、馬鹿かな?」
「王子の不興を買うこと間違いなしですけど……きっとみんな格好良い馬鹿って思います」
「じゃあいいか」
どうせライド家は馬鹿の集まりだ。
なら格好良い方がいいだろ。
「お前さえいなければ、私は!」
勝手に苛立った王子が、怒声と共に手を上げるので、その腕を掴んだ。
「……なんだお前、手を離せ」
「アクセル様……」
不安げなエクリア様に向けて、大丈夫と目配せをする。
「アクセル・ライドと申します、殿下」
「ライド……?」
手を離してから名乗ると、第二王子が不思議そうな顔をする。
水を差されたからか、怒気はだいぶ抜けているようだ。
「辺境の子爵家ですよ。蛮族貴族、なんて言われてるお家ですね」
「おお、そうかそうか。さすがナンナ、賢いなぁ」
「えへへー」
二人の雰囲気は吐き気がするくらい甘ったるく、これが第二王子だと思うと国の未来が不安になる。
「それで田舎の子爵家が、私になんの用だ? 本来、学園でなければ貴様のような男が話しかけられるような身分では――」
「俺、王都に来たばかりだし、なにより
わざと馬鹿を強調して、笑顔で言葉を続ける。
「どうしてこんな馬鹿女と浮気して遊びほうけてる王子が、被害者である婚約者のエクリア様を罵ってるんですか?」
そう尋ねた瞬間、場の空気が完全に凍った。