辺境貴族の俺と婚約した黒幕公爵家の令嬢が可愛すぎた件 作:平成オワリ
俺の言葉に、周囲がざわついたのがわかった。
まあ当然か。どこの誰かもわからないような男が、いきなり王子に喧嘩を売るような言葉を吐いたのだ。
普通に考えれば不敬罪。
王子が本気で俺を陥れようと考えたら、貴族として終わるかもしれない。
――まあ、そのときはそのときだ。
自分でも馬鹿なことをしたと思う。
だがエクリア様を蔑ろにしたのは、ちょっとだけムカついた。
馬車で数日間一緒だっただけだが、彼女はとても聡明な方だ。
国と国民のために、幼い頃から遊ぶ時間を削りながら勉強してきたのだと、よくわかる。
だからこそ、遊びほうけている人間に馬鹿にされることを、許していいとは思いたくなかった。
「貴様……」
おーおー。怒ってるな。
まあ自分が馬鹿にされたらそりゃ怒るわな。
「誰が馬鹿女だと!?」
「……え?」
まさか、男爵令嬢を馬鹿呼ばわりしたことの方を怒っているのか?
男としては立派かもしれないけど、今はそこじゃないだろ……。
「ひどいわ! 私は王子と恋人なのに!」
「そうだ! ナンナは貴様みたいな田舎貴族とは立場が違う! わきまえろ!」
「……恋人?」
「そうよ!」
念のため確認しておくと、馬鹿女は当然だと主張。
この言葉を引き出すために、過激な言葉を使ったんだけど……思った以上にあっさり出てきた。
やっぱり馬鹿すぎるぞこの二人。
「王子の恋人……婚約者はリンフォード公爵令嬢ですよね?」
「それは両家の親が勝手に決めたことだな」
「……そうですね」
もしかして俺の常識が間違ってるのでは……と思わせるくらい堂々と言ってくるので、思わず同意っぽい返事をしてしまった。
ある意味これも王族のカリスマか?
実は侮れないのかこの王子?
「ヴィクター王子の中では、親が選んだ婚約者と、自分で選んだ恋人は別だと?」
「当然だな」
「違いは?」
「そこに真実の愛があるかどうかだ」
また周囲がざわついた。
そりゃざわつくわ。
この貴族社会で、どういう環境に置かれたらこんな台詞が出てくるんだよ。
たしかにそう誘導しようと思ったけどさぁ。
考えすぎてた自分が馬鹿みたいに思える。
「まあ、たしかに貴族の婚約は政略結婚がほとんどです。そこに愛がないこともあるでしょう。故に側室を娶る者もいます。要するに殿下はそちらの男爵令嬢を側室にしたいとお考えで?」
「違う」
「……あれ?」
あ、もしかして学園内だけのお遊びのつもりだったとか?
だとしたら俺も出しゃばった真似をしてしまったかも……。
「私はナンナを正室にするつもりだ」
「……なるほど」
なるほど……なるほど?
「…………どうやって?」
「脳内お花畑の二人と話しても、もう無駄よ」
「辛辣ですね……」
「事実だもの」
こっそり周りに聞こえないくらいの声で、ルーン様が教えてくれる。
まあ同年代がほとんどの学園の中、王子って立場だと、誰も本気で諫めてくれなかったのかもしれないな。
そういう意味では、彼もまた閉鎖的な箱庭の犠牲者、なのかもしれない。
「僭越ながら申し上げます。王子は間違ってます」
「……なんだと?」
「政略結婚は決して私利私欲のためではなく、貴族家同士の繋がりを強化し領地を安定させ、領民に安寧を与えるために行われるもの。まして王族ともなれば、それは国全体に関わる大事でございます。一個人の感情を理由に、それを揺らがすようなことは控えるべきでしょう」
もしかしたら王子に楯突いたと噂されて、貴族界隈から干されるかもしれない。
そうなれば婚約者なども見つからないだろうし、文官としての道も途絶えるだろう。
だけど幸い、俺は三男だ。
無理して世継ぎを作る必要もない。
独り身で寂しく生きることが決まってしまうが、まあいいさ。
「アクセル様……」
心配そうに見るエクリア様に、軽く微笑む。
きっと、彼女が国全体を良くしてくれると信じて……。
未来のライド領のため、王子を諫める役目は俺が担おう。
「学生時代の火遊び、と笑い話にできるのもこれまで。すでに多くの貴族子弟が今の王子の状況を見て、離れています。人心を掴まねば、良き王には……」
「う、うるさいうるさいうるさーい! どこの馬の骨とも知らないお前まで、そんなことを言うなぁぁ!」
――そんな子どもみたいな癇癪ある⁉
「エクリアといい! お前といい! 私の気持ちなど何も知らないくせに!」
あまりの衝撃に驚いていると、すかさず男爵令嬢が王子に寄り添った。
「ああ、可哀想なヴィクター様。みんな王子という外側ばかり見て、この方の心にかかる重圧など見もせず好き勝手言うばかり。大丈夫ですよ、私は貴方の味方です」
「……ナンナ。やはり私のことをわかってくれるのは君だけだ」
……なるほど、こんな感じなわけだ。
こうして見ると、もしかしたらこの男爵令嬢、やり手なのかもしれない。
公爵令嬢から王子を奪うとか、下手したら国の歴史に残る傾国の美女扱いされるかも。
思わずエクリア様を見ると、やはり悲しそうな顔をしている。
隣のルーン様は、吐き気がすると言わんばかりの表情で、死ね死ねと呪詛を吐いていた。
……貴方はもう少し、感情を隠した方が良い縁談があると思いますよ?
せっかくの美人が台無しです。
「マードッグ!」
「こちらにいますよ」
野次馬たちに紛れて様子を窺っていた学生の一人が、王子の側にやってくる。
軽薄そうに笑っているが、その割に身体は大きく、かなり鍛え上げられているのがわかった。
剣を腰にさしていながら足取りにバランスが取れていて、慣れているのもわかる。
呼ばれて出てきたということは、学園内での王子の護衛って感じか。
「こいつは王子である私を侮辱した」
「聞きましたよ。ええ、間違いなく侮辱してましたねぇ」
「ならお前のやることはわかるな?」
「もちろん。今日のことを一生後悔するくらい、ボコボコにしてやりゃいいんでしょ?」
二人のやり取りは、醜悪の一言。
まるで合法的に相手を痛めつけられることを喜んでいる、チンピラだ。
「ちっ、厄介なのが出てきたわね。ここは私が場を収めるから、アンタは逃げなさい」
「……あの男、そんなに強いんですか?」
「剣術大会で何度も優勝してる腕前よ。性格は最悪でも、王族の護衛を任されるだけはあるわ」
「へぇ……」
「あいつ自身も侯爵家の長男ってのが厄介なの。迂闊に反撃したら、家ごと潰されかねないから」
「なにそれ最悪じゃないですか」
ルーン様の説明を聞いて、改めてマードッグを見る。
ニヤニヤと人を小馬鹿にしたような笑みだ。
「なるほど……たしかに性格が悪そうだ」
「そこじゃないわよ!」
なんてことを話しているうちに、王子の命令を受けたマードッグが目の前に来ていた。
「エクリア、お前も情けない女だなぁ。男爵令嬢ごときに婚約者の王子を奪われるとか、公爵家の面汚しだよ」
「っ――⁉」
非常に癪に障る言い方だが、エクリア様は反論せずに口を噤む。
「はっ、言い返す気概もねぇか。まあ俺は王子の命令の範囲内で好きにやらせてもらうだけだけど」
そう言って腰から剣を抜き、俺に向ける。
どうやらやる気満々のようだ。
「テメェもよ、田舎モンが格好良くお嬢様を守る騎士にでも憧れてたのか知らねぇが、馬鹿な野郎だぜ」
「俺は文官志望だ。たしかに学園に入学させて貰えなかったけど、多分脳まで筋肉でできてそうなお前よりは賢いと思うぞ」
「子爵家風情が……調子に乗ってんじゃねぇぞ」
俺が一切怯んでいないからか、マードッグが苛立ち気味に剣を振り上げて、俺に叩きつけようとする。
「そんな減らず口、二度ときけねぇようにしてやる!」
「アクセル様!」
「アンタ、逃げなさい!」
俺が殺されると思ったのか、エクリア様たちの心配する声が飛んできた。
「王子に盾突いたこと、後悔しながら死にやがれぇぇぇ!」
さすがに殺す気はないのか、剣の側面で叩きつける気みたいなので、死にはしないんだけどな。
まあ金属の塊で頭を殴られるようなものなので、当たれば大怪我は免れない。
自分のせいで怪我をしたなんてことになったら、エクリア様もショックを受けてしまうだろう。
「てかおっそ……」
目で追えるし、考える余裕すらあった。
これなら“加速”を使わなくても余裕で避けられるが……。
「ハッ!」
そのまま素直に受けてやる義理などないので、拳で剣を中ほどから折った。
「……は?」
「「え?」」
くるくると宙を浮く剣先。
俺以外の全員が、呆然とした様子でそれを眺め……。
「ひぃぁ⁉」
そのまま王子とナンナ嬢の足元に落ちて、地面に突き刺さる。
それにビビったせいか、二人は尻餅をついてしまった。
「な、な……」
「そんな隙だらけで立ってたら、魔物の餌になりますよ?」
「え? いや、なんでお前拳握ったままなんだよ……? 俺は第二王子の護衛だから、殴ったら反逆罪だぞ?」
「なるほど」
そうやって今まで弱い者虐めしてたんだろうが、覚悟を決めた俺には関係ないな。
「
「ふげぇぇぇぇ!」
マードッグの顔面を殴り飛ばした。
やられたらやり返す!
こっちは敵対してきた相手を許すような教育は、受けてねぇんだよ!