【ゼンゼロ】黒枝の任務で喫茶店バイトすることになったダイアリン 作:でぃーえすちゃん
半分個室みたいな、せまっくるしいオフィスの一角が、その少女の居城である。
ジリリリリリ……ジリリリリリ……。
白黒模様の小柄な少女は、耳障りな呼び出し音に顔をしかめた。指先で受話器を跳ね上げ、耳から数センチ離れた位置に構えると、気の抜けた声で電話の向こうに名乗りを上げる。
「はぁ、もしも~し。オペレーター番号2493カスタマーセンターのダイアリンで~す」
おもいっきりため息が電話に入っているが、気にしない。ここから多少相手の機嫌を損ねたところで、焼け石に水だからだ。
電話相手は初老の男性で、TOPS系列企業で購入した家電が云々というクレームだった。ダイアリンはテキトーな相槌を打ちながら、くるくると受話器のコードを弄んでいる。
はぁ、もっと落ち着いた職場でゆっくり働いてみたい――彼女は雑然とした閉鎖的なオフィスの中で、心の底からそう思った。
十分か二十分、いやそれ以上に経っただろうか。ようやくジジイの長いお話が一段落し、
「あー、照ちゃん先輩のお耳をモフモフする仕事に就きたい……」
ぐでーん継続。天井を見上げながらダイアリンはぶつぶつと呟いていた。決して危険な状態ではないけれど、かといって元気百倍という程でもない。要するにちょっと荒んでいた。
「やっほ~、ダイアちゃん。モフモフはさせてあげないけど、照ちゃんがもっと素晴らしいお仕事を持ってきてあげたよ」
デスクの影からぴょいとピンク色の兎耳が飛び出していた。わぁ、あう、と、ダイアリンの口から間抜けな声が漏れる。
ピンクの毛並みがキュートな兎のシリオン――
「ざ、照ちゃん先輩……聞いてたんですか?」
「聞こえちゃっただけだよ。ダイアちゃんは独り言が多いんだから」
「独り言のひとつやふたつ、言わないとやってられないですよ。で、今回は何の仕事ですか?」
「お仕事の正確な内容は照ちゃんもよく知らないんだ〜。ボスがダイアちゃんにぜひやってもらいたいって言ってたし、そろそろ連絡があるんじゃない?」
その直後。ジリリリリリ……とけたたましい着信音があった。
鳴っているのはデスクに置いてある内線ではなく、あまり使っていないダイアリンの携帯の方だ。たいてい、そこへの着信は
ダイアリンと照は顔を見合わせる。地獄耳か?
「はぁ、もしもーし。ダイアリンでーす」
このぐだぐだ白黒限界OL、ダイアリンの本来の仕事は、決して縁故まみれの窓際部署でクレームに耐え続けるもの
金儲け至上主義の巨大企業、利権の集合体であるTOPSにも、一企業として、人として、超えてはならない"不文律"がある。一線を踏み超えた企業に、然るべき裁定を下す内部の監査機関、それが照やダイアリンの属する『クランプスの黒枝』だ。
『ダイアリン? 何度も言っているでしょう、電話に出るときはもう少し誠意を持ってね』
電話の向こうからは、あどけなさと艶やかさを孕んだ女性の声があった。
じゃあ、照ちゃんはもう行くからね、と言わんばかりに目配せをして、照はダイアリンのデスクを離れていった。
「心外ですねぇ~。優秀なオペレーターのダイアリンは、いつでも真心たっぷりでお電話にご対応しているつもりなのですが」
『確かに、変に畏まられるのも困るけれどね。……まぁいいわ。今回の仕事は、貴方みたいな愛想の良い子にぴったりだから』
「ぴったり?」
ダイアリンの頭上に「?」が浮かぶ。
「黒枝のお仕事に愛想なんて必要ですか? ろくでもないお歴々にあたしの笑顔を安売りするのは気が乗りませんね。一体どういう任務なんですか?」
『そうね、まずはそこから説明しましょうか。といっても、やってもらうこと自体はいつもと変わらないわ。最近TOPSに加入した飲食チェーングループに、バンガーホールディングスというのがあるのだけれど、知っているかしら?』
「名前は聞いたことがありますよ。ヤヌス区に端を発するファストフードチェーンを中心にした新興企業ですよね。今度のお休みにプロ……友人と行ってみようと思っていたところです。ですが、TOPSに加入するほどだったとは……」
『その感覚は正しいわ、賢いダイアリン。バンガーは確かに急成長した企業だけれど、規模的にはTOPS加入企業の器に相応しくない……でも、先日出た決算書類を見ると、そこに並んでいる数字は桁違いのものばかり。実態と大きくかけ離れているように思えるわ。それに、その裏に黒い話があるんじゃないかってタレコミがあったの』
「黒い話ですか……。タレコミはどこからです?」
『申立人たっての希望で秘密。ただのグレーなら目を瞑るけれど、
ボスの口ぶりは少し自信なさげだった。彼女自身も全貌を把握しているというわけではないのだろう、とダイアリンは合点をつける。
「それはそれは怪しいですね。なるほど実態調査といったところですか。……それ、あたしの専門じゃなくないですか? 人命保護なら適任も適任の自信がありますけど」
ダイアリンの専門は、どちらかと言えば暴力とかそっち系だ。もちろん交渉・調査もお手の物だが、適役は他にもいるだろう。
しかし、ボスにはよりふか~い考えがあるようだった。
『そうとも限らないのよ。いつもなら準備は貴方に一任するところだけれど、一つだけ指定させてもらうわ。今回は人命保護のために腕の立つ子で、かつ、あんまり物々しいと勘付かれちゃうから、
「そこ?」
『バンガーが関与してるヤヌス区の一等地に、古い喫茶店があるわ。貴方にはそこのマスターとその家族、二人の護衛に入ってもらう。だからダイアリン』
ボスはそこで一呼吸おいて、
『しばらくの間、その喫茶店のウェイトレスをやってもらうから。これは決定事項よ。……ところで貴方、飲食のアルバイトしたことあるかしら?』
「……はぁ?」
白黒少女ダイアリン、まさかの転職成功であった。