【ゼンゼロ】黒枝の任務で喫茶店バイトすることになったダイアリン 作:でぃーえすちゃん
カウンターで食器の手入れをしていたアルゴンの娘、レンは、奥から出てきたダイアリンを見て完全に停止していた。
「か、かわ、かわわ……はわわわ……」
「な、なんですか? どうしてあたしを見てお寝坊した時に鬼電されてるスマホみたいにブルブルしてるんですか?」
はわわわわと謎の鳴き声を発しながら、レンは懐からスマホを取り出し、パシャパシャとシャッターを切り始める。今度はダイアリンが固まる番だった。
数分後。
「はっ……ご、ごめんなさい、つい興奮して」
「あたしって受けに回ると弱いんですね。なんだか新鮮な気持ちです」
「と、とっても似合ってます……私より……」
「それはどうもありがとうございます」
「今日からこんなに可愛い子をこきつか……教えられるなんて、嬉しいです」
「今こきつかって言いましたか? 言いましたよねぇ?」
人間分からないものである。こんなに大人しそうなのに、彼女にはいつもデスクに大量の仕事を置いていく
「じょ、冗談です。冗談……ふへへ」
「ふへへ?」
「あっ、えっと……私、レンです。あの、ダイアリンさん、どうぞよろしく……さっき、私のことレンちゃん先輩って呼んでたけど……」
たどたどしくレンは続ける。
「そ、それ、いいね……!」
サムズアップだった。
低い咳払い。アルゴンが嗜めるように手を振り、
「あ~、レン。彼女に仕事を教えてやってくれ。私は仕入れに行ってくるから、少し外すよ」
「わ、分かった!」
「……えっと、よろしくお願いしますね、レンちゃん先輩」
「はわわわわ……!」
賑やかな人だった。
***
「そ、それじゃあまず、注文をとってきてもらいます」
「注文ですね、任せといてください」
「えっと、これがうちのメニュー、です」
ダイアリンはざっと目を通す。コーヒーだけで8種類くらいあった。覚えられなくはないが、じゃあ何がなんですか?と言われると全く説明できない。
「こんなに細かく分ける必要あるんですか? コーヒーの味なんてどんなに分類しても苦いか酸っぱいかの二種類じゃないですか」
「ち、違いますよぉ……今日、お父さんのコーヒーを飲んでみてください! きっと分かってもらえると思います……。えっと、じゃああそこで新聞を読んでるお客様の注文を……」
「はいは~い、かしこまりました!」
意気揚々と、ダイアリンはテーブルへ近づいた。
「お客様~? 注文はもうお決まりになりましたか?」
新聞から目を上げると――鼠のシリオンだ――その女は小さく微笑んだ。
「あら、新人ちゃん?」
灰色のジャケットにガーター付きのショートパンツという、ルミナスクエアでも少々目立つはずの出で立ち。だが、この客入りの少ない喫茶店の中にも、
「緊張しないでよ。アタイは普通のお客さんだから」
「そんな目で見られたら誰だって緊張しちゃいますよ! なにぶん今日からなので、大目に見ていただけるとこちらとしてはありがたいんですけどね~」
「怒ったりしたわけじゃないわよ。逆に、初めてに見えなかったから意外に思っただけ。接客はお得意なんじゃない?」
言いながら、その女はメニュー表をなぞっていく。
「ん~、色々あって迷っちゃうわねぇ。オススメとかってあるかしら?」
「コーヒーのおすすめならTOPS謹製ボトルコーヒー……じゃなくて、えーっと、エスプレッソがおすすめですよ!」
ダイアリンはエスプレッソ以外のコーヒーをよく知らない。ちらりとレンのほうを見ると、胸の前で両手を握りしめて、ぐっぐっとやっていた。が・ん・ば・っ・て、というジェスチャーのようだ。無責任な教育係である。
「うふふ、エスプレッソねぇ。アタイ、苦いのも好きだけど、たまには甘いヤツが飲みたいわ」
「砂糖でもなんでも入れたらいいじゃないですか? 当店はセルフサービスで角砂糖を置いていますから――」
お客様の態度みたいにペロペロ舐めたら甘くなりますよ、と言いかけてやめた。そう言えば、ここはクレーム処分場ではないのだった。相手は一般客だったのをすっかり忘れていた。職業病である。
「それもいいけど……うん、決めた。色々聞いておいて悪いけど、このウインナーコーヒーをいただこうかしら。今日の気分に合ってるから」
「……かしこまりました~」
やりづらい相手だな、とダイアリンは内心辟易していた。今日はなんだか受けに回ることが多い。レンも、この女性客も、どうも歯車が噛み合わない。
「レンちゃん先輩、ウインナーコーヒーを一杯だそうですよ」
「お、おつかれ……! あ、あのお客さんだったら、大丈夫そうかなと思ったんだけど……ちょっと不思議な人だったね、あっ、です、うーん、た、タメ口でいいかな」
「何でも構わないですよ?」
レンは小声でダイアリンをねぎらいながら、手際よく準備を始めていた。先程までのおどおどした雰囲気はどこへやら、ミル、ドリッパー、ボウル、コーヒー豆、生クリームなどが、瞬きする間に用意されている。
「へぇ、そういうコーヒーなんですか?」
「そ、そうだよ。ウインナーコーヒーって言うのは、すごく簡単に言えば、生クリームが乗ったコーヒーなんだけど……甘いクリームを使うから、合う豆と合わない豆がはっきり分かれてるの。うちでは深めに焙煎して少し寝かせておいた豆を使ってて、そうするとまろやかで風味がよく出るんだ。ネルドリップだから、クリームとすごくよく合うんだよ。お父さんならもっとうまく淹れられるけど……私も結構得意なんだ」
喋りながらも、レンの手は止まらない。豆を挽く騒がしい音、ボウルでクリームを混ぜる甲高い音、少し冷まされたお湯がフィルターを通る時の泡の音。それが止んで少し経つと、鼻腔をくすぐるコーヒーの濃密な匂いが周囲に漂う。
「……落ち着きますねぇ」
「だ、だよね……!」
温かいウインナーコーヒーが出来上がった。思わず口をつけてしまいたくなるほど盛られたクリームが食欲をそそる。
「おまたせしましたお客様~、ウインナーコーヒーです」
「どうも」
ダイアリンがカップをテーブルへ持っていくと、女性客はひらりと手を振って礼を言った。それからずず……と控えめに、一口すする。
「美味しいわ。日頃のストレスがとんでいっちゃいそう」
「それは良かったです! ではではごゆっくり~」
ダイアリンはスカートの裾をちょこんとつまんで軽く頭を下げたあと、レンのいるカウンターの方へと駆け寄った。
「ありがとう、ダイアリンさん」
「なんだかどっと疲れました。単におバカさんたちの相手をするより数倍気を遣いますね」
「初日だから……きっと、すぐ慣れると思う。ダイアリンさんって話しやすいし」
「そうですか? そう言ってもらえるとオペレーター冥利に尽きますねぇ」
「おぺれーたー?」
「あ、前職ですよ」
おっと、とダイアリンは口元を押さえた。働き口がないからここで働かせてほしいという建前でやらせてもらっているのを忘れていた。
「(どうにも調子がよくないですね。自分のことをほいほい喋っちゃうなんてあたしらしくもないです)」
「ま、前の仕事でも、お客さんとよく話す機会があったんだね」
レンはそんなダイアリンの様子に興味を引かれたのか、そんなことを聞いてきた。
「話す機会と言えばそうなんでしょうが……一方的に向こうが話すのを聞いてる時間が一番長かったですよ。あたしたちみたいなオペレーターが相手にするのは、
「ふぅん……それは……すごく大変そう。かっこいいなぁ。ちょっと治安官さんと似てるよね」
「失礼します! 新エリー都治安局治安官のセスです!」
「そうですかねぇ? あたしの仕事が治安官に似てるって――」
来客を告げるベルがけたたましい音を立てた。
誰だ今の。
二人は揃って、元気すぎるといってもいい声のほうへ顔を向けた。
治安官だ。猫のシリオンの男性だった。セスと名乗った男は、治安官の制服を身に着け、気合いのこもった薄紫の瞳でこちらの方を見ていた。
「あ、すみません! お邪魔してしまったでしょうか」
「あっ、え、あっ、いらっしゃいませ……」
ぽかーんとしているダイアリンに対して、こんな急展開でもいらっしゃいませが出てくるレンだった。
「実は人を探してまして。だいたい自分くらいの背丈の女性で、ネズミのシリオンなんですが! こちらの方に向かうのを見たので、入れそうなところを一軒ずつ訪問して回っているんです!」
「あ、あ、あ、……」
いらっしゃいませ以外の言葉は喋れないのか、と、ダイアリンは横目でちらとレンを見やり、仕方がないので自分が対応することにした。
「そのお探しの人はどういう立場なんですか?」
「同僚であります! ただ会議中にどこぞへ消えてしまって連絡にも出ず……」
おサボり治安官ということらしい。
ガサガサ、と客席の方から音がした。
ダイアリンとセス、両名がそちらの方を向くと、新聞紙の裏から、ばつの悪そうにこちらを見る両目と目が合った。
「……あれ、お探しの方はネズミのシリオンの女性でしたよね?」
「はい、ついでに言うと身長は自分と同じくらいで、これは追加の情報ですが、灰色のジャケットと丈の短いズボンを着ていたはずです」
特徴一致率97%、といったところか。
「……ジェーン先輩! こんなところにいたんですか!?」
どだだだだだだ~! とコミカルな感じに、先ほどダイアリンがコーヒーを提供した女性のところへ走り寄るセス。
「ハーイ、セス。奇遇だわね」
「先輩の逃亡の責任をなぜか俺がおっかぶさることになってるんですよ! なんで抜け出したりしたんですか!?」
「うーん、あのままくだらない話し合いを続けていても何にもならなかったと思わない? あんたはうるさいからって奥の方に引っ込めさせられてるし、上官サマのお喋りは長引くばっかりだし……まぁ、捕まっちゃったならしょうがないわね」
ジェーン先輩、と呼ばれた女は、新聞を閉じてコーヒーの残りを飲み干すと、ゆっくりと立ち上がった。
そして、ダイアリンに伝票とディニーを握らせると、
「それに、今度の仕事にはアタイたちの出番はないかもよ?
「……はぁ? 何の話ですか?」
一瞬、心臓に直接触れられたような悪寒が、全身を駆け抜けた。
「
「そうよ、今回はね。じゃあね、新・人・ちゃん?」
肩を怒らせたセスの背中に続き、ジェーンは手を振りながら店を出ていった。
「……こわかったぁ……」
レンはなんかもう腰が抜けていた。