【ゼンゼロ】黒枝の任務で喫茶店バイトすることになったダイアリン 作:でぃーえすちゃん
閉店後のメゾンドルミナ・カフェは、静かなものだった。ブラインドの閉じられた窓は、寂寥感と同時にささやかな安心感を掻き立てる。
結局、
その間、ダイアリンはレンから一通りのことを教わった。
「お疲れ様、ダイアリンさん。いろいろ教えちゃったけど、大丈夫だったかな……」
レンが心配そうに言いながら、カウンターに座るダイアリンにコーヒーを一杯差し出した。
「ええ、これくらいなら特に問題はないですよ。あたしにはこの100倍の量の仕事を押し付けてくる先輩がいましたからね~」
「何の仕事してたの? 本当に……」
「それから、レンちゃん先輩、その『さん』っていうのやめてもらってもいいですかね? あたしって後輩精神が染みつきすぎて、呼び捨てじゃないと落ち着かない体になっちゃったみたいなので。あ、マスターもですよ!」
「わ、分かった……ダイアリン、さ、あ、ダイアリン……」
レンは気恥ずかしそうに名前を呼ぶ練習をしていた。アルゴンはと言えば、疲れているのか「ああ、そうするよ」と気のない返事をして、さっさと二階へ上がってしまった。
「……仕入れってそんなに過酷なんですか?」
「それなりに大変なんじゃないかな。私は近場の卸売業者からしか買ったことないけど、お父さんは個人的なコネがあるみたいで、それこそ郊外なんかに出かけたりもしてるみたいだし……」
郊外まで出張るとなると、確かにあの年齢には堪えるかもしれない。
「こだわりなんですね」
「頑固なだけだよ、年甲斐もなく無理しちゃって……」
レンはため息をつきながらキッチンの片付けを始める。ダイアリンは手伝いを申し出たが、今日は大丈夫と断られてしまったので、制服を着替えて店を出た。
***
まだ中央の繁華街が寝静まるような時間ではないが、ここら一帯の住宅地にまではネオンライトの下品な光は届かない。頼りない街灯と、アパートの窓から漏れるわずかな明かりが、一人夜道を歩くダイアリンを照らしていた。
ジリリリリリ……とスマホが鳴動する。画面には見知った先輩の名前が表示されていた。
「はいは~い、こちら新人メイドのダイアリンです」
『お仕事の調子はどうかな、ダイアちゃん』
ピンク兎先輩こと、照だった。
「おやぁ? どうしたんですか先輩、もしかしていつもはオフィスでお喋りできる可愛い後輩がいなくて寂しくなっちゃったとかですか?」
『心配してかけてあげた優しい先輩に対してその言い方はどうなのかなぁ? で、どうだったの? アルバイトの初日は』
「上々ってとこですかねぇ。といってもほとんど体験入店みたいなものでしたけど」
『……その言葉はあんまり使わないほうがいいかもね』
「? なんです?」
『なんでもないよ~。……それより、ダイアちゃんのお仕事には「二人の護衛」が含まれてるのを忘れないでねぇ?』
「わすれ……? あっ」
そう言えばアルゴンのことをすっかり忘れていた。
「しょ、しょうがないじゃないですか……いきなりメイド服着させられたらきっと照ちゃん先輩だっていつもの冷静さは保ってられないですよねぇ!?」
『照ちゃんとしては、ダイアちゃんの裁定の仕方に文句をつける気はないよ。それが黒枝のルールだから。……でも、気をつけてね。先輩として、困ったらいつでも相談に乗るから』
「どうしたんですか? やっぱり可愛い後輩のダイアリンが一日オフィスにいなくて寂しくなっちゃったってことでファイナルアンサーですか!?」
『……後輩は他にもたくさんいるからね。プロメイアちゃんとかフィオニーちゃんとか』
「あっ、忘れられる! キャラの濃い二人の先輩に食われて末っ子が忘れられてしまう!」
『そうなりたくなかったら、早く仕事を済ませて戻ってくること。それじゃあね、応援してる』
と言って、電話は切れてしまった。
「……早く終わらせて、ですか。はて……いったいどうしたものですかねぇ」
***
「オイオイ聞いてねぇよ。どうしてあの店に今更新人店員が入るんだァ?」
深夜の路地裏は、害虫、害獣、そして悪党のための小さなパラダイスである。そんな場所で、半グレ二人が顔を突き合わせていた。目線の先には明かりの消えたメゾンドルミナ・カフェがある。
「それが兄貴、あの女はどうもコネ採用というか、知り合いのガキみてぇですよ」
「はン! そらそうだわな、俺たちがこんだけ嫌がらせしてんだ、あの店に入ろうって客すらいねえのに、新しく雇うわけがねぇ。しっかし、不幸なガキだなァ、こんなタイミングで」
「そのとおり! 泥舟に乗って安心した気になってるんでしょうね」
「泥舟ェ? 今船の話はしてねぇだろうがよ」
「……すんません」
絶妙な気まずさが生まれてしまった。カサカサと足元を這い回るゴキブリの触覚の音すら聞こえそうな沈黙。
その沈黙を破ったのは、カツン、という足音だった。
「誰が
ツートンカラーの髪と、同じ配色のチャイナドレス。
ダイアリンは、半グレ二人を前に堂々たる出で立ちだった。
「……こいつです兄貴」
「っかってるよンなこたァ! おい、聞かれちまったぞ!」
「ぶちのめして口封じするしかねぇっすね!」
「だよなァ!」
いちいち口に出さないと殴りかかることもできないのか、と彼女は呆れて声も出なかった。
ぐ、と拳を握りしめる。突進してくる二人組のタイミングに合わせ、ひらりと身をかわす。通りすがりに軽い一撃。
「ぐおっ」
脇腹のあたりにめり込むような彼女の拳が、片割れの動きを確実に止めた。もう一人が果敢に向かってくるも、今度は鋭いローキックが脛を直撃する。
「はうぁっ」
それでおしまいだった。
「もう一発ずつ殴っておきますか。えいえい」
ガン! ゴン! という鈍い打撃音のあと、半グレ二人組はピクピクと痙攣したまま動かなくなってしまった。
「あれ、死んじゃいました? ……そんなわけないか。まあ、今日はそこで寝といてください。そして、あんたらのボスに伝えておいてくださいね。あのお店には相当なヤツが入ってきたらしい、って」
両手を払い、ダイアリンは満足げに伸びをした。
「今日のお仕事、暴力~、て感じですかね」