どれくらい走ったのだろうか。鉛のような体を強引に動かしたせいで体力が底をつく。むしろマイナス値だ。息が浅くなりながらも一先ず呼吸を整えるため公園のベンチに腰かける。
空はすっかり闇に覆われ涼しい夜風が顔を撫でる。公園には人が一人もおらず虫の声も聞こえずただ静寂が支配していた。その静寂が辛い。何も考えたくないのに逆に頭が冴えて色々と思考の渦に呑まれてしまう。
「はぁ......マミさん...」
また思い出してしまう。頭が冴えてきているせいで余計に鮮明に。目の前で頭から魔女に喰われる先輩の姿。ぐちゃぐちゃと音を立てて咀嚼する魔女の姿。咀嚼する度に先輩が人の形から離れていく。無表情で食べている魔女の姿が印象に残っていた。思い出すだけで体が震える、呼吸が更に浅くなる。しかし同時に怒りが、憎しみが込み上げてくる。
出来ることならあの時仇を取りたかった。剣を握りしめて魔女に怒りのまま突き刺したかった。けどできなかった。赤髪の自己中な魔法少女 佐倉杏子の制止によって足手まといのまま結界を出ることになってしまった。
「ううぅ...マミさん...ごめんなさい...ごめんなさいぃ...私のせいでぇ...うぅ...」
後悔が、懺悔が、渦巻く。
悲しいのに涙が出てこない。先輩が死んでしまったのに涙が一粒も出てこない。それは自分が薄情者だという証なのだろうか、それとも泣く資格なんて無いという証明なのだろうか、しかし無様にも声帯は機能している。誰に届くわけでもない謝罪の声を必死に絞り出してどこかへ響かせる。せめてあの世にいる尊敬する先輩に届いてほしい、そんな意味の無い願いを少しばかり込めながら。
思い返してみれば自分はずっと足を引っ張ってばかりであった。最初に魔女と戦ったときは一人だったから何も気にすること無く戦うことができた。
「最初魔女に勝ったときは私がこの街を守るんだって調子のってたっけ......。現実を知らないくせに出来ないことを息巻いて」
懐かしい記憶。懐かしいと言える程の日数は経っていないのに昔のことのように思える、心踊らせていた時の記憶
「それから佐倉杏子に会って、アイツの言うことにムカついて戦って、ピンチなところを皆に助けてもらったんだっけ.......」
使い魔の退治を佐倉杏子に妨害され使い魔なんて倒しても意味がないと言われた。しかし人に危害を加えるからと主張したら現実を分からせるとか言って戦った。まるで敵わなかった。
そんな時友達や先輩が助けてくれた。しかし一緒に戦ったが杏子の攻撃を捌けず守られてばかりであった。ずっと足を引っ張って皆に迷惑をかけた。そこからだろうか、自分に嫌気が差していたのは。
「あの時皆で戦おうって声かけてくれたのに...なのに私はそれを拒絶して...」
あの提案を受け入れてばまた違った結果になっていたんだろうか。自分への恨みが止まらない。一度考えると決壊したダムのように自責の波が止まらない。
ふと恭介のことが頭によぎる。友達の仁美が恭介に告白すると言っていた。しかしさやかさんの方が付き合い長いから一日待つとも言っていた。未だに踏ん切りがつかない。まだ一日経っていないからまだ告白はしていないと思いたい。しかし仁美の宣言から2日も経っていることをこの時のさやかは知るよしもなかった。
しっかりと恭介と話しておけば良かったとまた後悔が増えるさやか。関係が壊れることを恐れ何もせずただじっとしていた。いや、正確には仁美とまた話をしようとしたところ杏子の妨害が入ったことで話せずじまいだった。
「恭介......会いたいよ.......でも、仁美に取られちゃうよ...もうどうすればいいのかな......」
仁美の告白を受けてフラれないかななんて思った自分が憎い。
そして行動を起こさなかった自分も憎い。
自分への憎しみが増えていく。
「はぁ、もういいや...早く...家に...帰らないと」
そうしてベンチから立ち上がり重い体をまた引きずるのであった。
***
さやかが公園で休憩を取っている頃、二人の男が道を駆けていた。
「はぁ、はぁ、あともう少しで着きますよ!」
「意外に早く着きそうだな」
「はぁ...さやかがまだ...着いてないと...はぁ...いいんですけど」
「だといいがな。その前にもう体力切れか、男ならもっと頑張れ。そんなんじゃ誰も抱けんぞ」
「軽口...言える...その余裕...羨ましいです」
軽いやり取りをしながら音也と恭介はさやかのマンションへと向かう。お互いに全力疾走だったが音也は未だに余裕そうに、恭介は体力が既に尽きていた。
「ぜぇ、ぜぇ、つ、着いた...」
「ここがアイツの家か、随分豪華な家だな」
「言っときますがこれマンションですからね、全部がさやかのものじゃないですよ」
「さすがに分かってる」
息をきらしながらもなんとか立つ恭介とここがアイツの家かと感心している音也。まださやかが帰宅していないことを願いエントランスの出入口付近で待機することになった。夜になっていたこともあり気温が低く肌が冷える。
「ちょっと寒いですね...」
「この程度の寒さに震えていたら男が廃るゔぁっくしょい!!」
「音也さんも寒いみたいですね」
「調子にのるなガキんちょ」
冷たい空気に曝され肌寒さを感じる二人。先程の緊迫した雰囲気は少しばかりほぐれ恭介も軽口を言う余裕ができる。
「さやかが来るまでちょっと話しませんか?話したいことたくさんあるんです」
「しょうがない、男と話す趣味は無いが付き合ってやる。来るまで暇だしな」
エントランスのガラスを背にして地べたに座る。マンションの照明で出入口周辺の様子がくっきり分かるほど明るい。
「この間不思議なことが起こったんですよ」
「不思議なこと?」
「腕が治ったんです。それも完璧に、なんの後遺症もなく、まるで事故なんてなかったみたいに」
「そいつは不思議だ」
「医師もびっくりして腰抜かしてました。まぁ治らないはずなのに急に完璧に治ったってなったら誰でも驚きですよ。僕も信じられなくて何回もお医者さんに聞き直してましたし」
「だがよかったじゃないか。これでまたバイオリンが弾けるな。俄然お前の演奏が楽しみになってきたぞ」
「でも...複雑な気持ちなんです。確かに治って嬉しいのは本当なんですけどなんというか、音也さんとの出会いがなかったことになったみたいで。腕のケガがあって、それで音也さんに会って、色々教わって、音楽を理解して、新たな一歩を踏み出すことができて。動かない腕はそんなこれまでとこれからの象徴みたいなものだって感じてたんです。それが全部抜け落ちたみたいで複雑なんです。純粋に喜ぶことができないんです」
「まーたそんなことで悩んでいるのか。そういう時は難しく考えずに喜べばいいんだ。その喜びのままにバイオリンでも弾いておけばいい。あんまり考えすぎると人生うまくいかないぞ」
「音也さんのその自由な感じ、見習いたいです」
「前の道が歩めるならそのまま歩けばいいし、歩けなくなったら別の道を探せばいい。人生なんてそんな感じで適当にやっとけば何とかなる。ま、人生は短いけどなハハハ」
笑いながら調子のいいことを言う音也。いつもの調子で話す音也にどこか安心感が出てくる恭介。このまま平和な時間がずっと流れてくれないかと願ってはいるが、さやかのことを早く解決しなければという焦りも少しばかりあるためどこか落ち着きがない。
「あと、昨日友達に告白されたんです」
「今度は女絡みか、お前も意外にモテるんだな。それでどうしたんだ」
「茶化さないでください。まぁ断りましたよ」
「えり好みとは贅沢なやつめ」
「そういうのじゃなくて、その子とは好きって感じじゃなくて友愛っていうか友達としか見れないっていう感じで付き合うなら本気で好きな子と付き合いたいって思ったんです。それに僕にはもっと大切な存在が...いるので、そういうのもあって断ったんです」
「ちゃんと答えを選んだのはグッドだ。答えすら選ぶことができない奴は女を選ぶ資格なんてないからな」
「でも、断るときはとても心苦しかったですけど」
最近起きたことを懐かしそうに語る恭介。ずっと音也に話したかったのか心なしか嬉しそうに見える。ちょっとした悩みもすぐに解決し切羽詰まった顔から笑顔が戻ってくる。そんな恭介を見て優しく微笑む音也であった。
ちょっとした寒さを忘れ幼い子供のように身近な出来事を語る恭介とそんな恭介をいじりながら自分の武勇伝も語る音也。自分のことについて語るときの音也を見てどこか音也の人となりをちょっとだけ理解できたような、やっぱりよくわかんないかも、と若干頭を抱えかけた恭介なのであった。穏やかな時間が流れているせいかさやかのことがすっかり忘れているわけではないが(音也は怪しい)頭の隅に置きかけていた。
その時事態が動く。何かが地面を踏む音が聞こえる。その音がこちらへ向かってくる。
「おい、なにか来るぞ」
「さやかかもしれません!」
「暗くてよく見えねぇな」
「もう少し近くに来ないと判断できませんね」
「こういう時は声をかければ一発だ。いけ恭介」
「間違ってたらどうするんですか」
「そういう時は男なら適当にあしらって、女ならナンパしろ」
「もう何も言いませんよ」
何かが迫ってきているというのにお互い軽口を言いあい緊迫感がまるでない。先ほどの会話で緊張感が抜けきってしまった影響なのか、音也の雰囲気に恭介が飲まれているだけなのかは判断がつかないが仮にも探している本人がこの様子を見ていたらはたしてどう思うのだろうか。
やいのやいのと言い合っている二人の声が聞こえたのか音がする方向から突如声が聞こえた。
「恭...介...?」
「この声、さやか?!さやかなのか!」
照明がまだ届いていない距離であるため姿はまだ視認することはできていないが聞きなじみのある女の子の声が聞こえたため正体を断定する。
「さっきぶりの再会だな青髪。喜べ一日に二回も会えるなんて何回奇跡が起きたってそうそうないことだからな誇りに持てよ」
「あなた...は...音也さん...なんで...いるんですか...」
「そうかそうか、そんなに俺の声が聞けて嬉しいか。なんならもっと聞かせてやってもいいぞ」
露骨に嫌そうな声をフル無視していつもの調子で言葉を紡ぐ音也。そしてさやかの声を聞きひとまず安心した恭介、そしてどこか複雑な心境なさやかであった。
あれもこれもって描写を入れた結果またしても予定より長くなりそうで計画性のなさを実感した。