転生したら名家の四男だったんだが、姉貴はもしかしたらドアマットヒロインなのかもしれない 作:千里亭希遊
----------------------------------- side : Touka
回帰点は死の凡そ三年前、立花家に引き取られて二ヶ月程──ちょうど彼らの化けの皮が剥がれ始めた頃だった。
私は、凛花の手で池に落とされた。
なのに後を追って落ちてきた凛花が私に落とされたと騒ぎ、養父母に殴られ白い目で見られた。なぜか赤松
その翌朝。
誰も信じてくれない絶望に打ちひしがれ、夜じゅう泣いて目覚めた、そんな朝。
……目のあたりが、ジワジワと腫れぼったい。
今生は絶対この地獄から抜け出すと決めた私は、九歳の頃から面倒を見て下さっていた人にメッセージを送った。
『ごめんなさい。帰りたいです』
前生では、立花家の養子になるのを機に “普通の人間” になりたいと望み、二度と帰らなかった “古巣” 。
『いつでも歓迎する』
しばらくして返ってきた簡潔なメッセージに、少し驚く。頭の中に厳格な老人の顔が浮かんだ。
お忙しいだろうに、その日じゅうに返して下さるなんて。
宥めるでも、それみたことかと
……どうして前生では、この暖かな方々よりも、家族愛という妄想に、全てを賭けてしまったんだろう。
自分の持てる全てで家族にも恋人にも尽くした結果は、社会的地位も心身も尊厳も、何もかも全て奪い去られた上で死んだだけだった。
あんなのもう、ごめんだよ。
それからひっそり様々な準備を進めた。
そして、
記憶のとおりに目を潤ませた凛花と、その後ろで威圧するように席に着く両親と赤松
──峻はこのころ、私の、付き合って二年になる恋人、のはずだった。
私が立花家に来る前からの縁、だった。
彼の実家は大きな財閥。表向き孤児となっていた私なんか、全然釣り合わない。なのに、そんなことどうでもいいと柔らかく笑っていた人。……それなのに。
今となってはいつから “凛花のもの” になってたのかなんて分からない。でも、もう信用なんてできない。
私があの地下牢にねじ込まれた時、凛花の手を汚すまいと笑って、私に薬とナイフを奮ったのは彼だ。
そうやって少し感傷に浸ってたら、養父──立花
「
やはりこの話だ。
「お前は既に芸能界デビューして一年近い。それに、お姉ちゃんなんだから、その枠、凛花に譲ってあげなさい」
凛花は、私のものを全て奪わなければ気が済まない。
だから私を追従する。正直怖い。
前生では、慕ってくれてるからだと勘違いしていた。
我ながらお花畑な頭。
今思えばこの譲渡要求も訳が分からない。なのに前生の私は喜んで差し出した。
家族という知らないモノに憧れて、「妹に全て譲ってあげるのが姉の優しさだ」と、いとも簡単に洗脳されていた。本当に、バカだった。
ちなみに、姉といってもたった二ヶ月の差だ。
家族ごっこの茶番だ、笑う。
「立花社長、これはサバイバルの生配信企画です。凛花みたいな深窓のご令嬢には、ちょっと泥臭すぎるのではないでしょうか」
今思っても彼女には本当に合わない。だけどその結果が成功なのを知ってる。
あれはきっと、峻が手取り足取り凛花に着いて企画をこなし、“なんでもできて優しくて可愛い高貴な令嬢” というキャラでウリ出そうって魂胆だったんだ。
でもだとしても、彼女にもっと合う番組なんて他に五万とあったはず。
〖お嬢様なのにサバイバル生活こなしたのすごい!〗
〖家庭的令嬢、嫁にしたい芸能人ランキング優勝じゃん!〗
〖いや、赤松峻とめちゃくちゃお似合いだったから、もう婿は決まりでしょ!〗
〖半サバ企画から、また仲良しカップル誕生か!〗
〖ハァ〜、美男美女〜、助かる〜〗
配信ルームはそんな黄色かったりピンクだったりのコメントで溢れていたけれど、私には違和感とか無理矢理感とかが拭えなかった。
何故敢えて私からこの枠を奪った?
彼らに善性を期待しなくなった今なら、分かる気がした。
私を踏み台にして凛花を『良く』見せるためだ。
凛花本人は、養子から奪うことで自分が上だと胸を張れる。
両親と峻は、ほら私たち養子より実子を大事にしてるでしょ? と、凛花にアピールできる。
あと、事情を知ってるセレブたちにも、私の地位の低さを示せる。
対外的にはもちろん、凛花の知名度を上げられる。
凛花がサバイバルを失敗する可能性を無視すれば、良いことしかない。
そして実際、峻の健気な支えと、スポンサーになることで行使できた贔屓で、可能にしたんだ。
可愛い娘のためには、そんな訳の分からない手間だってやってのける。
あぁ本当に、家族愛って素晴らしい。
意気揚々と期待いっぱいにこんなヤバイ家の養子になったのは、立花のお祖父様とお祖母様に気に入ってもらえたからだった。
複数台絡む交通事故に巻き込まれて、偶然にも富豪な優しい老夫婦を助けた。
彼らの優しさに接して、家族というものに憧れてしまった。
お祖父様とお祖母様には本当に感謝してるけど、その他の立花一族は恨んでも恨みきれない。
これは、地下牢に閉じ込められてから知ったこと。
私がお祖父様とお祖母様を助けたときに受けた検査で、立花夫妻は、私が、身体の弱かった凛花の、歩く血液バンク、及び臓器ドナーになれることを把握したんだ。
それで彼らは、養子に迎えたいというお祖父様とお祖母様の要請を、すんなり受け入れた。
それで最初は血液、次に私のものを全て欲しがる凛花への献上、提供後も生き続けられる内蔵、峻と凛花の嗜虐心を満たすための虐待、と、悍ましい搾取が続いた。
……あぁ、吐き気がする。思い浮かべるものじゃないな。
「なあに、凛花なら何でもこなせるさ! ……お前と違って」
立花社長はフンと鼻を鳴らした。
「お、おとうさま……! 一言多いよぉ! おねえちゃんのほうがたくさんできるもん。……だから今回譲ってくれても、きっと他のオファーがどんどん来るわ!」
にこにこと凛花が言う。
実際、代わりにとドラマのエキストラがいくつか回されたのを覚えてる。
確かに、たくさん、ね……。
立花夫妻が私を強引に立花エンターテインメントに移籍させたのも、こうした搾取のためだったのかもしれない。
移籍前の事務所で必死に積み上げた経験と人脈は凛花のために消費され、その代わり毒にも薬にもならないナニカが割り当てられる。
それだけじゃなく、家では寵愛ほしさに凛花をイジメてるとか、夜遊びばかりするとか、陰でベテランを中傷してたとか、全く身に覚えのない悪評を垂れ流していた。
「それに比べて凛花は……」と、ここでも彼女を持ち上げられる。
本当に変質的で徹底的で、度が過ぎていて、もう何を感じるべきかも麻痺した。
どうでもいい。
勝手にやりなさい。
でも一線超えるようならこっちも勝手に反撃するからね。
「うーん、でもやっぱり心配です。こんな野蛮な番組より、凛花にはもっと上品なのを探してあげられないですか?」
ピクリと立花社長の頬が引きつった気がした。
凛花のイメージ戦略に対して絶対聞き捨てならないであろう言葉を、敢えて選ぶ。
彼らは本当に『野蛮』って思ってそうだし。
この家を出ると決めてからもう、ほとんどのことがどうでも良くなってるけど、これは努力を積み上げたのが認められて得た機会だ。すんなりあげるのも面白くない。
少しくらいイジってもいいでしょ。
「こ、こら、燈花……せっかく招待していただいた番組を、そんな風に言っちゃ駄目だろう」
何とか譲る流れに戻そうとするのが滑稽だ。
「失礼しました、何ぶん教養がないものですから……」
いかにも申し訳なさそうに目を逸らし、頬に手を当て少し下を向く。
自身でことあるごとに私にぶつけてきた嫌味を使われたためか、養父の頬の引きつりが収まらない。
内心で少し笑う。
「でも離島でのキャンプのようなものだそうですから、虫が出たり、獣が出たり、潮臭かったりしますでしょう? しかも基本自給自足想定だそうですし……狩猟採集に自炊、どころか道具から作らなければいけないかもしれません。使用人の皆さまもここまでなさらないのではありませんか?」
ゆっくり、長々と、言い聞かせるように言い募ると、皆の顔が──特に凛花の──みるみる悪くなっていった。
一同少しの間、硬直したように黙り込んでいた。
「そ、そうだな……凛花にそんなことはさせられない。……うむ。と、燈花、立花の名を貶めないよう、全力で頑張って来るんだぞ」
養父はにこにこしていたが、やはり頬は引きつったままだった。
「承知いたしました」
もうあまり取り戻せるかどうかも期待してなかったけど、今は自分の手の中にあると思うと、なんだか暖かかった。
長居は無用と踵を返した時、視界の端の凛花はぷうっと頬を膨らませて、引き続き涙目になっていた。
本当になんで彼女は、こんなにこだわってるんだろう。
……でも、これで前生とは決定的に違う道に進むことができた、はず。
妨害がなければ、だけど。
二階の隅の物置きへ滑り込み、ドアを閉める。
そのまま背後のドアにもたれかかり、小さく息をついた。
人生をひとつ、変えられたのかもしれない。
でもきっと、まだまだ始まったばかりなんだ。