ようこそクソボケ至上主義の教室へ 作:ダマラスカイ31世
私、櫛田桔梗には好きな人がいる。
今も、くだらない煽り合いをして、男共と追いかけっこしてる馬鹿。私が朝から整えた机に体をぶつけてぐちゃぐちゃにしながら走り回ってるアホ。中学2年間、走って、スライディングして、膝に穴あきの制服を着てるカス。
「ちょっと男子! 教室で走らないで!」
「すまん櫛田。今廊下行くから! オラ三下共! 俺を捕まえてみろよ?!」
「廊下も走るなよ!」
そんな男が、私は好きだ。
私、堀北鈴音には好きな人がいる。
今も、図書室の前で騒いで駆け回ってる馬鹿。友人達によって女子トイレに押し込まれそうになってるアホ。15対1とはいえ、あまりにも酷く、凄まじい形相になって耐えているカス。
「図書室の前でうるさいわ。それと、御手洗に用があるのだけれど」
こういうバカ騒ぎは一睨み効かせれば解散する事を、彼に教えて貰った。男子達は、廃棄場所を女子トイレから裏山に変えたらしい。拘束から引き摺る体制に変わった。
「ありがとう堀北! 助かった! だがもっと助けてくれないか!!」
「中3になったのよ。もう少し慎みを持ったらどうかしら」
そんな男が、私は好きだ。
福岡の県立中学校。放課後の廊下。換気のために少し開けた窓から差し込むオレンジ色が、スポットライトのように米倉和哉を照らす。一学期の終わり、7月下旬の陽光は非常に熱く、堀北の冷視線、男子共の殺意と共に米倉の肌を焼く。
「よくぞ言った堀北! お前ら! 慎みをもて。慎みを!」
「貴方も対象よ」
「云うに事欠いて貴様……」
「慎みを持つべきは貴様だろ、米倉ァ!」
「クラス……いやこの学校のアイドル。櫛田さんとお付き合いしていると言うのは本当か!!」
「確認の必要はない! 疑わしきは罰せよ!! 殺せぇ!!!」
「「「「「「「死っ刑! 死っ刑! 死っ刑!!!」」」」」」」
櫛田桔梗。もし中学校にミスコンがあれば、3年間連覇し、永久殿堂入りするであろう美貌。
女子、男子、全て分け隔てなく、笑顔と優しさを振りまき、中学生男子特有の下世話の話に、頬を赤らめながら注意する姿は、正に温良貞淑。
最近では、無遠慮な男子を毒舌で刺しては『そーゆとこ。直せればもっと素敵なのにね』とか言って、傷口の手当をするマッチポンプを習得し、さらに株を伸ばしている。
そして何よりも、他の女子を圧倒する成長の早さと速さ。単純な話、臀と胸がデカイ上に、今もなお爆増中なのだ。
そんな女子に近づく小蝿。許せるか? 否許せるはずもない。
故に男子は決起したのだ。必ずや蝿を駆逐すると。
シャーペン・ロープ・スコップ・etc、血祭り派男子は、各々の獲物を取り出し血涙を流す。
「俺たちブ男に優しくしてくれる天使を。貴様ア゙ア゙ア゙……良くも」
「最近、堀北さんとも仲良いよなぁ!」
「女子トイレに拘束し、その醜態を櫛田さんに見せつけ破局させる手筈だったが。堀北さんに迷惑がかかってしまう……」「更生の余地もなし……やはり死刑が妥当だぁ!」
堀北は呆れた。何を争っているのかと思えば、米倉と櫛田の熱愛報道。実にくだらない。彼と彼女が恋人に成る訳ないし、成るべきでもないし、なる余地も無いと、考えているし、思っているし、知っている。そもそも彼と彼女は釣り合わないし、釣り合うのは堀北自身だけであると知っていた。
堀北には児戯に付き合ってる暇も無いし、米倉に身の振り方を考えさせるいい機会なのだ。女子トイレのドアに手をかけた。
「校内を血で汚さないでちょうだいね」
そんな
待ってくれ、そんな酷いこと、冷たいこと、悲しいこと、寂しいこと言ってくれるなと、体をよじらせる米倉。
暴れる死刑囚を押さえ込み、簀巻きにしようと縄を巻き付ける男子。
「待ってくれ! 堀北! 俺たち友達だろ! お願ぶべらっ」
米倉の鳩尾に叩き込まれる拳。肩を蹴り潰す足。
「勿論だよ堀北さん! 綺麗に片すよ。だから静かにしようなぁ……米倉ぁ」「今日も可憐だぁ……」「櫛田さんとは違う良さがあるよな……」
男子人気No.2より、勅言を頂いた男子はイキり立つ。
これは、許される「絶滅戦争」である。
これは、誰もが応援する「民族浄化」である。
これは、認められた「聖戦」である。
やはりコレは、天に認められた行為なのだと。
米倉の喉頭隆起を潰さんとする
米倉は考える。堀北に助ける気がないとすれば、己で己を助けるのだ。そもそも、かけられた嫌疑に見覚えはない。ここは助命を嘆願するが正道。たとえ醜くとも、今は生き残り報復を為さねばならぬのだ。邪智暴虐なる
「待て、お前ら! 俺と櫛田は「秘密の仲だよ」殺される謂れは「ありがとう、私の為に命を懸けてくれるんだ」…………何のつもりだ櫛田」
米倉の命乞いに、都合の悪い嘘を被せる者。櫛田。
いつの間にかやって来た櫛田は、影のある微笑みを浮かべながら米倉の頬を撫でる。小指で耳珠をつつきながら囁いた。
「昨日予定すっぽかしたね……」
「待ってくれ……予定ってなんだ」
「ふーん、忘れてるんだ。死のうか」
「え」
櫛田は間抜けなツラを晒すバカを尻目に、起爆スイッチを押した。それも超弩級の。
胸を強調する様に手を組み、腰を震わせ、涙を浮かべる櫛田。
「そんな米倉くん! 桔梗に手を出すな、俺の女だぞ! なんて……私嬉しい!!」
「櫛田ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」
櫛田と堀北は、学校の裏山でタケノコを見ていた。
「なぁ、お前ら。今の俺を見て心が痛まないのか」
タケノコの正体は米倉だ。土から出ているのは、頭だけ。その頭も、痣に腫れ・裂傷。見るも無惨。櫛田に嫉妬させる程のイケメンフェイスの見る影もない。
「自業自得ね。普段から頭の悪い人と頭の悪い事をしてるからよ。慎みを持てと言ったはず」
「思わない。約束忘れた罰でしょ」
米倉は、『こいつらって友達のはずだよな』なんて考えながら、櫛田と堀北の顔を直視し、直後目を背けた。酷く冷たい目をしていたのだ。
まてまて一旦冷静になろうと、今回の事件、余りにも心当たりが無いことが多いのだ。そこを紐解くのが先決ではないか。米倉は疑問を口にした。
「そもそもだ! その約束ってなんだ。俺知らねーぞ」
「雨後の筍って言うけど、血だと成長じゃなくて増長するんだね。知らないんじゃなくて忘れたんだろ」
米倉の頭をローファーでウリウリとする櫛田。開けそうな新しい扉を無理やり押さえつけ、逃げ道を潰そうと証拠品を提示する。
「このLINEを見て。既読つけた上にOKスタンプまで返信してるよね」
スマホに映るはメッセージアプリ。一昨日『明日、空いてるなら会いたい』という旨のメッセージ、しっかりと返信まで送信済み。スタンプも米倉愛用のエヴァンゲリオン。
櫛田桔梗による必殺。否トドメの一撃。
然しそれは、米倉にとっての起死回生の一撃。
米倉は気づいたのだ。決定的矛盾に。もしココが法廷ならば、ギザギザ頭にして『異議あり!!』と叫んでいたところだ。
「まて! 櫛田……俺は一昨昨日、スマホを没収されている。学校でエロ動画を見るなと、そこにいる堀北に! つまり俺には、既読することも返信することも不可能だったんだ!」
「なるほど……ね。説明お願い出来るかな。鈴音ちゃん」
米倉は戦慄した。櫛田の怒り顔など腐るほど見たことがある。女子にしちゃ怖い顔でキレるやつだと思っていたが、ここまでのものは初見。
額に浮かぶ青筋。過剰な力により白んだ肌。何よりは、完璧な表情筋管理の賜物。
空気が読める男米倉は、離脱を図る。全身の関節を外し、筋肉を弛緩させる。カス共の拳とスコップによって叩き固められた土を割り抉りながら飛び出す右腕。脱出。その希望を掴む栄光の右手は……ローファーに踏み潰される。
「米倉君……まだ話し合いは終わってないかなって。それで鈴音ちゃん。お口開かないのかな? 要らないなら縫おっか?」
「今回の一件。非は貴女にあると考えているわ」
「口を開けば……本当にイラつくなぁ」
瞬間、放たれる爆発的烈波。殺意の主は櫛田。
未だ踏まれ続ける己の右手、その未来をシクシクと泣きながら祈る米倉。涼しい顔をして受け止め、組んだ腕を解く堀北。現れる格の差。
「私達は契約したはずよ。スマートフォンを持つ貴女。対して持たない私。機会の平等を保障する為の契約。忘れたとは言わせないわ」
契約。それは、同じ男を好きになった女同士の『戦争条約』
堀北鈴音がスマートフォンを入手するまで、櫛田桔梗のスマートフォンを使った「告白・デートの誘い・その他恋愛に関する接触」一切を禁じる。代わりに堀北鈴音による、現実での「櫛田桔梗の恋愛」に対する妨害をしないと確約する。
あけすけに言えば''堀北鈴音に出来ない誘惑をするな''だ。
あまりにも不条理な要求。櫛田桔梗にとってはデメリットでしかない。しかし、櫛田はこの契約をのんでいる。それ程までに、
「なるほど。契約違反に対する報復があの返信ってことね」
「えぇ、駅前で3時間も立ちすくむ貴女は、滑稽だったわ。それにしても、明確な契約違反ね。私が偶然にも彼のスマートフォンを所持していたから良かったものの……」
「ほんと陰湿。男友達と文房具買いにデパート行くのはデートじゃないから」
櫛田は、しゃがみこみ、米倉の右手を握りしめる。形の残る灰を拾い上げるようにそっと。愛おしそうに。
「鈴音ちゃんのせいでこんなにボロボロに。申し訳ないとか思わないの?」
「いや、お前が命乞いの邪魔しなけりゃ」
「先も言ったけれど、自業自得。普段の行いのツケでしょ」
「冷たいんだね。友達がこんな風になって悲しくないんだ」
米倉はノリが普段のじゃれあいになったことを察し、地中から脱出した。泥だらけの制服を叩き、靴を脱ぎ裏返す。
「クソ靴の中にも……おいお前ら帰るぞ。暑いからアイス奢ったる」
「私パピコがいい。2人で分けよ」
「あら、桔梗さんはアイスいらないのね。なら米倉くんと私で戴くわ」
「パピコかぁ……コーヒーよりバニラのが上手いだろ。いつもの3本入り100円ので決定だ」
「今回の一件まだ続きがあるわ」
「なに?」
「ついでに検索履歴やメッセージを確認したのよ」
「キモっ。ストーカーじゃん」
「………………彼に対して頻繁に自撮りを送ってきている女子がいたわ。中にはスクール水着姿もあった」
「で?名前は?」
「坂柳有栖……それが敵の名前よ」