蜘蛛もどき、あるいは毒蜘蛛   作:ヒーローは最後に立ち上がるから安心できる

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私の新しい日々

『おい嬢ちゃん、大人しくしろよ』

『嫌、離して!』

 

 

『ごちゃごちゃうるせぇ!』

『痛っ!』

 

 

『ちょーっと黙ってろよ。ただ、ちょっとだけ俺のブ(・)ツ(・)の相手をするだけだ』

『やだ、なんで……誰か……』

『へへ、いいぞ。そのままじっとしてろよ。そのまま……』

 

 

『はい、そこまで!』

 

 

『レディの扱いがなってないよ』

 

 

『大丈夫?もう心配はいらないからね。今警察の人を呼んだから』

『嫌!』

『え?』

『来ないで!こっちに近づかないで!』

『あ、ちょっと待って!どこ行くの!?……これ、もしかして僕じゃ逆効果?』

 

 

『もしもしMJ?ごめん、ちょっと急ぎでお願いしたいことが』

 

 

ピピピピピピ!

 

 

「……ずいぶん懐かしい夢」

 

 

 眠い目をこすりながら目覚まし時計を止める。

 

 正直まだベッドに入っていたい。

 けれど生活リズムというのは恐ろしいもので、体が寝ようとせず、むしろ徐々に目が覚めてくる。

 仕方ないのでカーテンを開け、朝日も出ていない外を見ながら重い体を伸ばす。

 

 午前4時。

 私の起床時間だ。

 

 アーロンはまだ寝ているし、ヴェノムすら起きていない。

 さっきから寝息を立てている。

 

 

『Zzz……』

 

 

 夜中ずっと頭に響いてる。

 流石に慣れたけど、うるさいものはうるさい。

 

 起きたらまずはアーロンに気づかれなようにこっそり洗面台に向かう。

 この時間は軽く顔を洗って、寝癖を直すだけでいい。

 鏡に映るブロンドの髪を整える。

 

 部屋に戻るついでに軽食用にバナナを拝借してつまむ。

 ちょっと熟した甘みが口に広がる。

 まだ余っているから明日も食べられる。ラッキー。

 

 そしたら部屋に戻って着替える。

 着るのは運動に適したグレーのパーカー。ピーターの方じゃないよ、服のパーカー。

 

 季節は夏が過ぎたばかりで、少しだけ寒くなってきてる。

 窓を開けると朝の冷気が襲ってきて、そろそろこのパーカーじゃ心もとなくなっていると感じてしまう。

 

 

「ヴェノム、起きて」

『Zzz……』

「ウェブ出すだけでいいから」

『Zzz……』

 

 

 寝息を立てながらも私の言葉は聞こえているのか、手首にヴェノムが纏われる。

 窓から体を出しながら、屋上に向けてウェブを発射する。

 ウェブは上に向かって飛んでいき、そのまま空を切って地面に落ちていった。

 

 ……今のは外す練習。

 

 もう一度狙いをつけて発射。

 今度は命中したので、体を引き上げて一気に屋上まで飛ぶ。

 

 

「っとと」 

 

 

 屋上に着いたらまずはストレッチから。

 体のケアは丁寧にするよう心掛けている。

 

 ストレッチが終われば腕立て伏せに腹筋、懸垂。

 簡易的なものはトレーニングは大体やっておく。

 私のスーパーパワーはヴェノムに依存しているが、元になるのは私の体だ。

 基礎体力を鍛えるに越したことはない。

 

 たかが筋トレならこんな時間に起きなくてもいいのだが、私にはヒーロー業がある。

 悪党が確実に活動していなくて、かつまとまった時間を取るなら早朝に起きるしかないのだ。

 

 基礎練が終われば、次にするのは応用だ。

 

 空き缶やペットボトルを三つ並べ、少し距離を取る。

 

 

『またそれか』

「ようやく起きた」

 

 

 ヴェノムも起きたようなのでウェブの用意をする。

 

 今更だが、私が使っているのは正しい意味でのウェブではない。

 

 ヴェノムの触手を細長く伸ばしてそれっぽくしているものだ。

 

 本家のスパイダーマンが使っているにはウェブシューターを用いた自作の糸との違いとしては、使い捨てたり、長く拘束するのに使えない点だろうか。

 

 一応、ヴェノムもやろうと思えば似たようなことはできるらしい。

 組織を糸状に固定して切り離し、勢いよく発射すればそれっぽくは出来るそうだ。

 

 ただ、私としては不安が残るのでそれはしていない。

 

 シンビオートを使い捨てるのはリスクがデカすぎる。

 

 極端な例だが、メキシコに旅行に行ってるときにシンビオートをお店の中に残してしまう可能性だってあるのだ。

 

 悪党に使われたり、ダメージ・コントロール局(すごく怪しそうなやつ)に拾われたら一波乱ありそうな予感しかしない。

 リスクは摘める時に摘み取らなきゃ。

 

 閑話休題。

 

 用意した3つの的から少し距離を取り、狙いを定める。

 

『いい加減諦めろよ』

「こういうのは地道にやってかなくちゃ」

 

 目をつむって深呼吸。

 

 息を整え、肩から力を抜いて。

 

 今!

 

 手首から3方向に発射したウェブは的目掛けて一直線に飛んでいく。

 

 そのまま飛んでいき、二つの的を捉えた。

 

「あともうちょっとか」

『ずっとこの繰り返しだ!』

 

 ウェブを引き寄せ、的二つを手元に収める。

 いつもこの練習をしているが、未だ成功はしていない。

 

 劣化品だとしても、ウェブを戦闘に取り入れられるのは私の明確な強みだ。

 拘束や牽制、移動手段と応用方法は様々。

 最も重要な点としては。すごいスパイダーマンっぽい。すごいテンション上がる。

 

 最近は二つの的なら安定して同時命中させられるようになってきたし、この調子だ。

 

 その後も、しばらくウェブの発射や触手の操作などシンビオート関連の練習をする。

 

 

『縄跳びは特訓か?』

「触手の柔軟性と基礎練の延長」

『物はいいようだな!』

 

 

 途中、伸ばした触手で縄跳びをしたりしていると、周りの空が明るくなってきた。

 太陽が昇る時間も少しだけ遅くなってきている。流石に冬には早いけどね。

 

 軽く片付けをした後、ゆっくりと部屋に戻る。

 この時間にはアーロンも起きているから、物音には注意して、慎重に。

 

 午前6時。

 

 着替えをもってシャワーに向かう。

 朝早くからトレーニングをしていて汗だくの体をどうにかするためだ。

 臭いのは嫌。

 

 部屋を出てシャワーに行く途中、リビングにいるアーロンを見つける。

 新聞を読みながらラジオを聴いているようだ。

 

 

『……確かあんたの奥さんはあの黒蜘蛛に助けられたかもしれん。だがな、それがやつの自作自演の可能性だった可能性を少しでも』

 

 

 朝からなんてものを聞いてるんだ。

 

 リビングをスルーしてシャワー室へ。

 朝からのシャワーは一ヶ月前からの習慣だが、アーロンには深掘りされずに済んでいる。

 一度女の子のオシャレがどうこうでゴリ押したのが効いているらしい。

 ノンデリって言ったのも効いているかもしれない。

 

 とりあえず汗だくの下着を、

 

 

 

『悪いがシャワーシーンはカットだ!くたばれ童貞ども!』

 

 

 

 最後に制服に着替えて完了だ。

 うん。髪も整えたしシワも一つもない。

 完璧だ。

 

 身支度を終えたら再びリビングへ行く。

 

 が、その途中の廊下でアーロンと会った。

 

「……おはよ」

「おはよう、アビー」

 

 昨日のこともあって、気まずい。

 幸い、アーロンはもう出かけるようだ。

 

「もう行くの?」

「ああ。最近上司にめんどくさい仕事を振られてな」

「そっか。……気を付けてね」

「お前もちゃんと授業出ろよ」

 

 よかった。会話は出来た。

 この感じならもう普通に話せそうだ。

 

 出かけるアーロンを見送り、私も朝食に向かう。

 

『昨日のことはなんも言わないのか?』

「いいの。気まずいほうが嫌だし」

『だから蓋するのか?気持ちわる!』

 

 ヴェノムはけっこう子供っぽい。

 情緒が育っていない、というよりかはわがままな側面が強い。

 欲しい物がある時はずっと駄々をこねるし、好き嫌いははっきりと言う。

 

 ……実際、私とヴェノムのどっちが大人なんだろうか。

 

 朝食のシリアルを食べた後、食器を洗って軽く拭いておく。

 

 そうしたら、ようやくバッグを持って街に出れる。

 向かう場所は、屋上だ。

 

 午前7時。

 

 バスを待つには少しだけ早いが、これにも訳がある。

 

「ヴェノム、行くよ」

『やっとか!』

 

 上に投げたチョコをヴェノムが丸呑みしながら、私の体を包んでいく。

 

 バッグも屋上に置いておき、空に向けて駆け出す。

 

 そのまま手首からウェブを伸ばし、建物から飛び立つ!

 

「Foooo!」

 

 ヒーロー活動だ。

 当たり前だが、こんな時間から悪党が元気に仕事しているのは稀だ。

 だから、この時間の活動はもっと小さいものになる。

 

「あっちの方に横断歩道あるでしょ?あそこ突っ切ると駅だよ」

「すまないねえ。親切にありがとう」

 

「朝からひったくり?ジョギングの方が健康にいいよ」

「スパイダーマン!すまんありがとう!」

「ノープロブレム。……あー、ちなみに救急への連絡ってお願いできる?彼のこと、勢いよく投げちゃったからヤバいかも。ついでに壁の業者にも」

 

「えーと、あなたがコナーズさん?」

「あー、スパイダーマン?私に何か用か?」

「奥さんからのお届け物。大事な書類なんでしょ?」

「……本当だ。すまない、助かったよ」

「お安い御用。次はピザのデリバリーしようか?」 

 

 こうして町のみんなを助けて回ってる。

 見た目こそ地味だけど、やりごたえは感じている。

 

「おいスパイダーマン!こいつ持ってけ」

「え、サンドイッチ?いいの?」

「ウチの店の壁ぶち抜く代わりに強盗を捕まえてくれた礼だ」

「ありがとう!壁の件についてはごめんね!」

 

 なんていうか、すごく温かい。

 街のみんなには戦闘で迷惑をかけているから、その埋め合わせも込めてやっている。

 けど、街のみんなに少しずつ認められているのは嬉しい。

 

 街のみんなはスパイダーマンが代替わりしたって知らない。

 スタイルが変わったくらいで、同じ人だと思っている。

 特殊能力を持つ自警団なんてそうはいないし、彼の形も真似するようにした成果だね。

 

 ジョナなんかは違うって気づいているけど。あの人、一周回ってスパイダーマンのこと大好きだよね。

 

 ……関係ないといいんだけど、この前建設業の人にお礼を言われた。

 確かに私がやり始めてから建物の破損は爆発的に増えたけど。

 その修繕とあの人は関係ない思いたい。

 切実に。

 

 

『おい、時間だぞ!』

 

 

 午前8時。

 

 ヴェノムの言う通り、そろそろ学校に向かう時間だ。

 バッグを取りに屋上に向かわないと。

 

「教えてくれてありがと」

『いいからチョコバーを食わせろ!』

「はいはい」

 

 ヴェノムに時報のお礼としてチョコバーを与える。

 この子と付き合うコツはいつだってチョコだ。

 

 サンドイッチを頬張りながらスイングをする。

 

 街の人を助けて、お礼を言われて、サンドイッチを貰う。

 なんだか今日はいい日になりそうだ。

 

 

『全ユニットに通達!強盗事件発生!犯人は車で逃走中!現在地は……』

 

 

 スーパーヒーローっていつもこんな感じらしい。

 

「ヴェノム、学校は後回しだって」

『最高だ!殴ってる時が一番楽しい!』

「あとでスパイダーマンコミックね」

『人助けは最高だ!』

 

 

 よろしい。

 

 

「とっとと片付けて、授業に間に合わせるよ!」

 

 

◇

 

 

「アビゲイル・ブロック。これで12回目の遅刻になりますが、今回の言い訳は?」

「えーと、食いしん坊の赤ちゃんにチョコをあげてまして」

「3回目の言い訳と被りましたね。あとで反省文を提出してください」

「はーい……」

 

 

 間に合わなかった。

 

 強盗の車に張り付いたまでは良かったんだけど、その後が散々だった。

 ごめんなさい、ドーナツ屋の店主。

 

 

『赤ちゃんって俺のことか!?』

「そういえばさっきチョコドーナツくすねて来たんだよね」

『いい加減俺も学習してるからな!後で食わせろ!』

 

 

 子供の成長は早い。

 無駄に感慨深くなってしまった。

 

 

「あー……」

「アビー、また遅刻?」

「うるさいよ」

 

 

 席についてため息をついていた私に話しかけてきたのはマイルスだ。

 そう、私の従弟みたいなのだ。

 

 戸籍上は関係ないからなのか、同じクラスに割り当てられている。

 

 ……私のモヤモヤとか色々垂れ流してたけど、それは私の感情の問題だ。

 マイルスは私に好意的だし、クラスでは仲良くしている。

 

 

「でも、流石に遅刻癖は治すべきよ」

「リズまでそっちなの……?」

「今回はね」

 

 

 で、こっちのかわいい子がリズ、私の親友だ。

 褐色の肌に肩まで伸びた黒髪、大きな茶色の目。ぴんと張った背筋が上品な雰囲気を出している。

 本人は無自覚だけど、かなりきれいな子だ。

 

 あと、とんでもないお嬢様。

 一度家に遊びに行ったのだが、アーロンが一生をかけて稼いでようやく家賃が払えそうな家に住んでいた。

 

 それ以上に可愛いからあんまり関係ないけど。

 

 

「リズぅ……」

「そんな目で見てもダメ」

「でも実際、最近のアビーはひどいぞ。この間なんて昼終わりに来ただろ」

 

 

 こっちはガンケ。

 気のいい小太りだ。

 

 説明が少ない?

 リズが可愛いことが伝わればいいから問題なし。

 

 しいて言うなら私とスパイダーマン推し仲間というくらいだ。

 

「そんなに忙しいの?前に言ってた、ボランティアのやつ」

「ま、まあ大体そんな感じ」

「この前のお出かけもドタキャンしてたし」

「それはほんっっっっとうにごめん」

 

 リズに噓をつくのは胸が痛む。

 が、それを背負ってでも隠さなければならない。

 ボランティアやってるのは本当だし。

 

 

『いっつも嘘ついてるけどな!さすがに慣れただろ』

 

 

 慣れないよ。

 ずっと。

 

 

「一か月前のマイルスの大遅刻の繰り返しになるぞ」

「ガンケ、その話はもういいよ」

「あれね、6時間目が終わってから登校してきたやつ」

「だからその話はもういいって」

 

 

 リズとガンケが散々いじっているマイルスの遅刻は一回しかやっていないから可愛いものだ。

 

 私なんてマイルスの質がかすむ量を稼いでるし。

 

 やばい、言ってて不安になってきた。

 私、卒業できるよね……?

 

 そうなったら……。

 まあ、フリーターでもしながらスパイダーやろう。

 うん、考えないようにしよ。

 

 

「来週は流石に大丈夫?」

「来週?なんかあったっけ」

「ほら、オズコープへの見学」

 

 

 マイルスの言葉で一気に目が覚める。

 

 そうだ、来週にはオズコープ社への社会見学があった。

 

 ……どうしよう、サボる予感しかしない。

 

 正直、めちゃくちゃ行きたい。

 オズコープの施設なんて科学の粋を集めたドリームランドだ。

 そこに行けるなんて、科学オタク垂涎のイベントなのだ。

 アーロンはオズコープに勤務しているけど、あんまり連れて行かせようとしないし。

 

 けど……。

 まあ………。

 うーん…………。

 

 きっとサボらないとなぁ。

 

 

「まあ、気を付けていくよ」

 

 

 私は曖昧な笑みを浮かべる。

 それに対するリズたちの表情も慣れてきた。

 

 きっと、慣れちゃいけないんだろうな。

 友達の諦めたような顔は。

 

 私の新しい日々は、一か月前からこんな感じで回ってる。

 

 今日はまあ、そこそこって感じかな。

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