永遠の夢追い人 〜Eternal Dreamer〜 作:M-SYA
「おはようございまーす! 受付は二階でやっておりますので、そのまま階段をお上がりくださーい!」
遥花の入学先である役者育成に特化した専門学校、クリエイト・ビジョン・スクール。
今日はその文化祭に遊びに来ている。
学校の入り口では、在学生であろう制服を身に纏った女生徒が受付までの案内をしてくれた。階段を上がると、私服に赤法被を羽織った別の女生徒がお出迎えをしてくれる。
「お、おはようございます!! 受付はこちらでやってますので、こちらへお進み下さい!!」
この子は先ほどの子と違い、緊張した面持ちで対応してくれた。すごく健気な印象があって、見てるだけで癒されそうだ。受付用のデスクでは、この子と一緒に先生であろう大人の女性も待機している。
「本日は在学生からの招待ですか?」
「いえ、ネットから応募しました」
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「日野 遥花と竹中 煌大です」
女の子と遥花のやり取りを横で聞いていた先生は、手元のパソコンで何かを確認している。名簿で俺たちが申請しているのかをチェックしているのだろう。
「……はい、確認しました。それでは腕にリストバンドをつけさせていただきますね」
先生はそう言ってデスクに置いていた青色のリストバンドを用意する。俺と遥花は先生と生徒に付けてもらうために腕を差し出す。
「遥花ちゃん、今日は遊びにきてくれてありがとうね。今日はステージ発表とかも含めて沢山楽しめると思うから、色々と見て回ってね」
「はい! 山下先生、ありがとうございます!」
リストバンドを付けながら遥花は山下先生と呼ばれた女性と話をしている。そういえば、遥花は入学相談やオープンキャンパスでここに何度も来ていると聞いたことがある。こうして聞いていると、遥花は本当に役者を目指そうとしているんだという実感が途端に湧いてきてしまう。
遥花へのリストバンド取り付けと挨拶をし終えた山下先生は次の俺の番だと言うように顔を向けてくる。
「そして、竹中くんも。ここに来るのは初めてよね?」
「は、はい」
初対面かつ大人の女性とのやり取りということもあり、緊張で身体が固くなってしまう。普段と違う様子を見て、隣にいる女はにへら笑いを浮かべているため、あとでどついてやろうと思う。
そんな俺たちを横目に山下先生はふっと笑ってみせ、学校について簡単な説明をしてくれた。
「ここ、クリエイト・ビジョンは、すでに遥花ちゃんから聞いているかもしれないけど、芝居の道へ進む子を育成する専門学校よ。役者、俳優、声優、今では配信者の育成も取り組み始めているの」
「配信者って、YouTuberとかVtuberですか?」
「そう。今のエンタメ業界において、配信活動はトレンドのひとつ、無くてはならない存在なの。そこで今年から配信者育成に特化したコースも用意しているの」
山下先生の説明を俺はいつの間にか真摯に聞いていた。エンタメ業界の事情を知る機会は滅多にないから、すごく新鮮で面白い。
「竹中くんはここへの入学を検討しているの?」
「いや、そういう訳では……。ただ遥花に誘われて遊びにきただけでしたので……」
俺は少し気まずさを抱きつつ、バツの悪い返事をする。ネット応募をするのは入学検討している人に向けたものだろうに、あろうことか遥花は勝手に俺の分も申し込んでいたのだから、余計に学校側に申し訳なく思えてしまう。
俺からの返事に、山下先生は特に気にする様子を見せずデスクに置いてあった中身の入った手提げ袋を用意してくれる。
「そうなのね。でも、ネット応募者の一人ではあるから、一応パンフレットは渡しておくわ。せっかくこういう場所に足を運んだのだから、ゆっくり楽しんできてね」
「はい、ありがとうございます。山下先生」
全くの無関係な俺にもここまで親身に話してくれる山下先生に、俺はすごく好感を抱いた。こうして生徒にも寄り添ってくれる先生がいるから、この文化祭への来場者も多いのだろう。
「それじゃあ、いってらっしゃい」
「はーい、いってきま〜す!」
役目を終えた山下先生に、遥花は元気に手を振って受付を後にする。俺も笑顔で一礼をしてから同じように受付を去り、学校内を散策する。
「いつの間にここの先生と仲良くなってたんだな」
「そりゃ、毎週のようにここに来てたらね〜」
「そんなに通ってて飽きなかったのか?」
「毎週、体験できる内容が違ったからね〜。わたしの知らない事や新しいことをたくさん発見できて楽しかったよ」
俺が休日にゲームへ情熱を燃やしている間に、遥花は将来に向けた準備を入念に行っていたようだ。適当に生きているように見えて、実は自分の実になるように自己研鑽を怠らない。こいつの殊勝な生き方が垣間見えた気がした。
「それに体験にお金もかからないし交通費も出してくれるって話だったから、お金をかけずに経験積めるって最高じゃん?」
前言撤回。単に狡猾なだけだったかもしれない。
「でも、それくらいの覚悟がないとこの世界は厳しいってことだよ」
「ここを卒業すれば将来が安泰って訳でもないのか?」
「全っ然! 高校演劇をやってたわたしでさえも、ここを卒業してからやっと役者の道のスタートラインに立てたって思えるんじゃないかな?」
「遥花ほどの腕でか?」
「そうだよ? わたしの実力なんて、ここの先生だったら鼻であしらうレベルだと思うよ」
「……そうなのか」
予想だにしていなかった遥花の返事に、俺はなんて返せばいいのかわからなくなった。
役者の道は厳しい、なんてテレビやネットでよく耳にしたことはあるが、その根拠までは知ろうとする気がなかったから、完全に寝耳に水だった。
でも、本質を見つめればこの茨の道は一般的な進路でも同じように言えるかもしれない。普通の会社に就職しても、最底辺から上に昇りつめられるかどうかは本人のやる気と成果がモノを言う。上の人間が望む成果を出せば、それに見合った報酬が給料として与えられる。そこに契約に関連する要素が付随してくるのだから、根底にあるのは最重要な要素は本人の確固たる意志なのだろう。
二人の間に重い空気が流れそうになるが、すぐに遥花は明るい口調へ切り替え、俺へと視線を向ける。
「ま、そんな夢のないことばっかり言ってたら仕方ないよね。ここには、それを知りながらも走ろうと思ってる人たちが揃ってるんだし」
遥花はそう言うと、突然足を止め正面へと向き直る。気がつけば目の前には教室が現れており、その先には先ほどの受付とはまるで違う世界が広がっていた。
「こんにちは〜!! 文化祭へようこそ〜!!」
「ぜひ楽しんで行ってくださ〜い!!」
そこには、在学生であろう生徒達が一堂に介していた。ある人は教室に入ってくる参加者に元気な挨拶を、ある人は自分が担当している出し物を宣伝したり、ある人は友達と一緒に体験していたり、と各々が有意義に文化祭を楽しんでいた。
「どんなに険しいと分かっていても、やってみたいなって思ったら走ってみたくなっちゃうんだよ」
「……それが失敗に終わってもか?」
「そりゃ失敗しない事が理想ではあるけど……。でも、立ち止まって何もしないよりはマシじゃん?」
笑顔で語る遥花。失敗する未来も考えると、あまりにリスクがありすぎる芝居の道。でも、今の遥花はそれすらも自分の人生として楽しんでしまうような気がした。俺には到底真似できないだろう。
「って、また辛気臭い話になっちゃった! もうこの話はおしまい! ほらせっかくの文化祭なんだから、めいいっぱい楽しむぞ!」
そう言い終わると遥花は再び俺の手を握って目の前の煌びやかな世界に飛び込む。
今の俺には何がやりたいかなんて分からない。これから先、それが見つかる保証もない。だが、先の見えない未来にばかり目を向けても答えが出るはずない。それならば、今はそれを忘れてこの瞬間を楽しもう。
そう心に決めて、俺はクリエイト・ビジョン・スクールの文化祭に飛び込んで行くのだった。
知らない世界へ。