永遠の夢追い人 〜Eternal Dreamer〜 作:M-SYA
『こんにちは〜!!』
大棋先生に連れられて新しい教室に入るとそこでも在学生の方々がお出迎えをしてくれた。先ほどの大フロアに比べ人数は少ないものの幾分か小さい教室なのもあって、教室内に反響するほどに元気な声がしっかり通っていた。
そして、大棋先生が近くを通ると生徒たちが次々と「お疲れさまです」と挨拶をしている。これも業界ならではの姿なのだろう。
生徒の挨拶に返事をしながら、大棋先生はある扉の前に用意されていた椅子に座っている女の子と男の子に声をかけた。
「泉くん、林田さん、お待たせしました。じゃあ、ブースに入ろうか」
「……はい」
「は、はい……」
青髪とキリッとした目つき、クールな装いが特徴的な泉と呼ばれた青年。そして、ストレートに伸ばしたロングの茶髪に垂れ目が印象的なおっとりとした雰囲気の女の子、林田さん。
大棋先生に誘導され、泉さんは我先にと、そんな彼の後ろを林田さんはゆっくりとついていくように扉の先に入っていく。
「じゃあ、日野さんたちも入って入って」
「はーい、それじゃあ失礼します!」
「失礼します」
遥花に続くように俺も挨拶をしながら扉を潜る。
扉の先にはテレビで見たことがあるようなアフレコブースが広がっていた。壁に取り付いた複数のモニター、キャストの声を録音するためのスタンドマイクにアニメの音を流すためのスピーカーなど学校の設備としては十分すぎるのではと思えるような環境だった。
「こ、これが収録ブースって呼ばれるやつか」
「こうやって生で見るのって滅多にないから新鮮だよね」
「ははっ、煌大くんは初めての体験だから、一からやり方を教えてあげるからね」
物珍しく周囲をキョロキョロする俺を見ながら、大棋先生はアフレコ用の台本を渡してくれる。
表紙に『虹の麓(にじのふもと)』と書かれた台本を開くと、意味ありげな数字や描写、キャラクターのセリフが形式的に記載されていた。
「アフレコは基本的に絵が完成した状態、それか線画と呼ばれるキャラクターの動きや流れがざっくり描かれたものに声を当てていくんだ。今回は完成しているアニメの映像を実際に使うよ」
「へぇ……、必ずしも完成したものに声を当てる訳じゃないんですね?」
「基本的に毎週放送するからね。3話の収録をしている時にはもう次の話のアニメ制作も進めなくちゃ間に合わない。むしろ完成した絵に声を当てる方が珍しいからね」
アニメ絵を担当するアニメーターの仕事はかなり過酷という話を聞いたことはあるが、そんな裏事情があるとは知らなかったため、今後純粋な気持ちでアニメを見ることができなくなってしまいそうだ。
「話を戻すね。声はこのスタンドマイクから通していく。モニターに流す映像を見ながら、キャラクターが喋っている目印と言える『ボールド』、つまり吹き出しのタイミングで声を当てていくんだ」
俺が台本に目を通している隙に、大棋先生はモニターに映像を出してくれており先生の解説と照合させていく。
「映像に出てる『C14』ってなんですか?」
「あれは『カットナンバー』って言って、現在どのシーンをやっているのかを表しているんだ。台本の上にC14って書いてあるところがあるから、もしどの場面をやっているのか分からなくなったら、映像内のカットナンバーを見て探せばいいよ」
どんどん見知らぬ単語が出てきて、普段と違う環境というのもあり俺の脳内キャパシティは限界を迎えようとしていた。
「……なんか、覚えることが多いですね……」
「あはは、最初はそんなもんさ。じゃあ前置きはこの辺りにして実際にやってみようか」
「あれ、他の方達は大丈夫なんですか?」
完全に俺が理解できるペースで先生は教えてくれていたが、雰囲気で流れを理解しているであろう遥花はともかく泉さんと林田さんは何も心配ないのだろうか。
「この子たちは何回もこの体験に来ているからね。早くアフレコ体験をやりたくてうずうずしているだろうさ」
「えぇ!? そ、それはなんかすみません……」
「私は気にしてませんよ……」
「……別に」
大棋先生の言葉に俺は途端に申し訳なさを覚えてしまうが、林田さんはおどおどしながらも柔らかい笑顔で返してくれる。その一方で泉さんは俺に目を合わせることもなく事務的な返事をする。
両極端なリアクションだけれども、優しさと厳しさが入り混じって俺は少し胸が痛くなる感覚を覚える。
「煌大くんは初めてだから気にしなくていいさ。じゃあ、始めていくね」
大棋先生がピックアップしたシーンは、学校のお昼休憩の模様。
出てくるキャラクターは四人。
誰にでも優しく接する真面目な男の子、輝夜。
元気で情熱的な男の子、真。
友達思いの優しい女の子、静香。
小悪魔のような一面をみせる明るい女の子、香澄。
「じゃあ、やりたいキャラクターを選んでいくけど、泉くん達は何回もやってるから今回は煌大くんに先に選ばせてあげようかな。輝夜と真、どっちをやってみたい?」
「えっと……、じゃあ輝夜で」
男の子はどちらも魅力的なキャラクターではあるが、俺は情熱的なイメージの声の出し方が分からなかった。優しげな声の雰囲気ということでやりやすそうな印象を受けた輝夜を選ぶ。
「わかった。じゃあ泉くんは真ね」
「はい」
「日野さんたちはどうする?」
「わたしは香澄をやりたいです!」
「では、私は静香をやります……」
「オッケー、キャスティングはこれで決まりだね」
遥花たちはお互いに迷う様子を見せずに即決していた。二人のキャスティングもキャラクターたちと雰囲気が似ていて合ってるように感じた。
「じゃあ、早速映像を見ながら声を合わせてみようか。各々、マイク前に立って」
先生に促され俺たち四人は台本を片手にマイク前に立つ。実際のアフレコ現場のようで緊張と同時にワクワクもしている自分がいる。
全員がポジションについたことを確認すると、大棋先生はブースの奥にある小部屋に入っていった。
「それでは始めまーす。よろしくお願いしまーす」
『よろしくお願いします!』
「よ、よろしくお願いします!」
アフレコを始める前の挨拶を三人は瞬間的に返しており、俺はワンテンポ遅れる形で返事をする。さすが何回も通っている人たちはすでに所作なども理解しているようだ。
俺たちが挨拶を終えるとモニターではカウントダウンが始まっており、ゼロと同時に本編が流れ始めた。
『やっほ〜、かぐ男も真のすけもお疲れ〜!』
映像は食堂で先に席に着いている輝夜と真の二人が映っている場面で、香澄が静香と一緒に遠くから二人を見つけ歩み寄ってくるシーン。遥花は普段と同じような明るい声色で、本当に遠くにいる俺たちを見つけたように声をかけてくる。
『やあ、香澄も静香さんもお疲れさま』
次は自分のセリフだったので、タイミングに合わせて優しげな声のイメージで話しかける。
『うん。お疲れさま、輝夜くん』
続いて林田さんも、キャラクターが育ちの良い女の子という雰囲気から可愛らしい声色で俺のセリフにリアクションをしてくれる。か細い声が静香というキャラクターに儚い印象を与えてくれる。
『いちいち真のすけって呼ぶな、かすかす!』
泉さんは、映像内の真が変なあだ名で呼ばれるのを嫌がっているため、しっかりと怒りの感情がマイクに乗っている。だが、返し方が怖すぎるようにも感じる。
『そっちこそかすかすって呼ぶな!! ムキィー!!』
同じように変なあだ名で返された遥花も映像に合わせて怒りを表す。遥花の怒りは香澄と同じようにぷんぷんと怒っているようなニュアンスが伝わってきて、このキャラクターの可愛さを表現してくれているように思える。
『もう、香澄さん。すぐにそうやって喧嘩しないの』
『真もやめてね』
二人の喧嘩を輝夜と静香が割って入る形で仲裁する場面。俺はボールドのタイミングに合わせて、しっかりと喧嘩を止めるように語気を強くする。
『……おう、悪かった』
『はーい』
「はーい、オッケーでーす」
『ありがとうございました!』
それからアフレコ体験は滞りなく進んでいき無事に終了まで迎えられた。終わった瞬間にどっと疲れが押し寄せてくるような感覚が襲ってきた。
「はぁ……。これが収録なんだ……」
「煌大くん、お疲れさま。どうだった? 初アフレコは」
「セリフを追うことに手一杯で……正直、不完全燃焼です」
「だろうね。大丈夫、もう一回やる機会はあるからそこでもうワンチャレンジすればいいさ」
「もう一回良いんですか?」
今の通しで遥花との勝負が決まると思っていたから、圧倒的大差で俺の負けだと観念していた。先生からのまさかの発言に驚きの声を上げる。
「そう。実際の収録でも最初は『テスト』で全体の流れや役付けを確認する。そして、テストに対するこちらからの注文をキャストに伝える『ディレクション』を行って、それから『本番』を行うというのが収録の流れなんだ。だから、別に君を贔屓しているわけじゃないからね?」
「へぇ~、そうなんだ……」
てっきりこういった収録は一発勝負が基本なのかと思っていたが、そうではないらしい。
「……そんなことも知らなかったのかよ……」
「うっ、すみません……」
俺の無知に呆れるように、泉さんは独り言をぼやく。実際、自分が常識を知らなかったことは事実なのでよりいたたまれない気持ちになる。
だが、泉さんの発言にすぐさま大棋先生は待ったをかける。
「まあまあ、泉くん。煌大くんは君と違ってこちらの世界を知らなかったんだ。そういう風には言わないこと」
「……はい、すみません」
大棋先生からの宥めに、泉さんはムッとした表情は変えずに謝罪する。
その後、意気消沈している俺に遥花が解説をしてくれた。
「煌大、舞台とかでも本番前にリハーサルをやるのは知ってるでしょ? それと同じようなイメージを持ってればいいよ」
「そうだね。声優も事前にキャラクターの解釈を完璧にした状態で収録には望むんだけど、些細な解釈が声優と監督で違ったりするんだ。それを合わせるためにテストは必ず行うんだ」
「じゃあ、そこで修正したやつを本番で収録するってことですか?」
「そういうこと」
遥花と大棋先生の説明を聞いて、なんとなくで理解していた収録の流れを正確に把握することができた。そういったことならば、二回目の収録も安心して臨むことが出来そうだ。
このチャンスを無駄にしないように、次こそは遥花に食らいついていこうと俺は密かに心に刻むのだった。
勝負は万全の状態で。