「お初にお目にかかります、ウィンクリア王子殿下。私は
「は……初めまして。ウィンクリア・ルナーエです……」
まさか、女性のほうが団長。
手荒いことをしているので、スレウドさんのような男性が団長だと思い込んでいた。
想像に反して端正な顔立ちの女性。
品のある物腰。まるで貴族のような雰囲気をまとっている。
「どうぞお掛けください。私たちはお二人に危害を加えるつもりはありません」
彼女に促され、長椅子へ腰を下ろす。僕の体重が乗ると木の軋む音が聞こえた。
クラルスは警戒を解くことなく僕の後ろに立っている。
リュエールさんは眉を下げてクラルスを見たあと着席した。
「お近くで拝見すると、女王陛下と瓜二つですね。女王陛下と騎士団長様は……」
彼女は口を引き結ぶと言葉を詰まらせた。
静寂が部屋を包み込むと、すぐにリュエールさんは顔を上げた。
「この街に来るまで大変でしたよね。本題に入る前にまず休息を取られるのがよろしいかと思いますが……」
「い、いえ。ご迷惑おかけしますし……」
先ほどのスレウドさんの策略を警戒していた。かくまう代わりに入団しろと迫られないだろうか。
「失礼ですが、またリア様に恩を着せて断れない状況にするのではないですか?」
クラルスも同じことを思っていたようだ。
「……スレウド」
リュエールさんの低い声と視線に、スレウドさんはばつの悪い顔をする。
「いや、成り行きだって! 俺は見つかりそうなところを、ミステイルの兵士から助けたんだぞ?」
「部下が失礼いたしました」
「助けていただいたのは事実ですので……」
スレウドさんに助け船を出すと、彼は何度も首を上下に動かしていた。
「スレウドの言うことが本当でしたら、今外へ出ることは危険です。徹底的に街を調べるでしょう。まずはお身体を休めてください」
「……リュエ。見つかったら今いる団員たちも危険だぞ」
副団長のルフトさんは、僕たちを快く思っていないのだろう。刺すような視線をこちらに送っている。
「……もうその話は済んだでしょう、ルフト。団長命令よ」
「……わかったよ。好きにしろ」
ルフトさんは、ため息をつくと部屋から出ていってしまった。
「リア様、いかがなさいますか?」
リュエールさんの言うとおり、捜索されているのなら身を隠すしかない。
正直、少しだけほっとしていた。ずっと緊張していて、頭と身体が限界だった。
「……少しだけ、お世話になろうかな」
「安心しました。お部屋にご案内しますね」
さっそくリュエールさんは隔壁で区切られた小さな部屋へと案内してくれた。
二台のベッドと小さなサイドテーブル。それだけの部屋だ。
「きれいなところでなくて申し訳ありません」
「いえ、十分です。ありがとうございます」
「飲み物をお持ちしますね」
「あっ、お構いなく……」
彼女は微笑むと、部屋をあとにした。
自然に息がもれる。外套を脱いで、ベッドへ腰を下ろす。
注意しなければいけないのに。心のどこかでは安心していた。
クラルスも少しは休んでくれるだろうか。僕以上に神経を使っているはず。
クラルスは外套を脱いだが、座ろうとはしなかった。
「クラルス。セラは……城に幽閉されているんだよね?」
「えぇ、城から脱出する前におそらく囚われてしまったのでしょう」
早く王都にいるセラを助けたい。しかし、二人だけではあまりにも無謀だ。
それに、ルシオラ、リヴ。みんなどうなってしまったのだろう。
最悪の事態が脳裏をよぎる。
「ルシオラと……リヴは……生きているのかな」
「リヴ様のことはわかりかねますが、ルシオラは生きている可能性が高いです」
「ほ……本当に!? どうしてわかるの?」
思わず身を乗り出す。
「手配書に書いてあったセラ様の署名です」
「署名でわかるの?」
「えぇ。セラ様お一人でしたら剣で脅されてもリア様を捕らえる手配書に署名をしないでしょう。ガルツがルシオラを人質にして書かせた可能性が非常に高いです」
クラルスの推測が正しければ、セラは一人ではない。ルシオラがきっとセラを支えてくれているはず。
そのとき、隔壁の向こうから足音がこちらへ近づいてきた。
「失礼します。さきほど、密偵の者から城内の情報を一部入手しました。セラスフィーナ王女殿下とその専属護衛ルシオラは城内に幽閉されています」
現れたのはリュエールさん。彼女の持っているトレーには飲み物がふたつ載せてある。
サイドテーブルにトレーを置くと、僕たちに微笑む。
「地下で冷やしておいた紅茶です。冷たいうちにどうぞお召し上がりください」
「リュエールさん、もう城内の情報を手に入れたのですか!?」
「
まだ夜襲から二日と経っていない。ガルツの動きも速いが星影団の情報網にはそれ以上に驚かされる。
「リュエールさん。なぜ……僕たちの無実を信じたのですか? 手配書の内容を見れば僕が謀反を起こしたと思いますが……」
「陛下と騎士団長様に愛されていらしたこと、稽古に励まれるお姿や笑顔を、ずっと拝見しておりましたから」
「えっ……? 見ていた?」
どういうことだろう。城に侵入していたのだろうか。何のために。
頭の中が疑問で埋め尽くされていると、クラルスが口を開く。
「リア様を見ている余裕があるということは、正式な手続きをして城に出入りしていたのですね」
「正式といえば正式ですけど少し特殊……ですね」
クラルスはリュエールさんの顔を見ながら顎に手を当てて考えている。
貴族に変装して城に出入りをしていたのだろうか。
「陛下が数年前に雇われたという諜報員は、
「お見事です。定期的に国の内情を報告するために、陛下のもとへ参上しておりました」
噂だけ耳にしていた諜報員の存在。
近年、一部の貴族の不正が目立つため、母上が諜報員を雇い、調査や監視をしていると。
星影《せいえい》団と母上たちが繋がっていたとは思わなかった。
しかし、僕を見ていただけで、信じてくれることが不思議だ。
「……信じた理由に説得力がありませんよね。なぜ、王子殿下が無実と判断したのか……」
心を見透かされたと思った。表情に出ていたのだろうか。
僕は小さく頷いた。何を根拠に。理由が知りたい。
「それは、セラスフィーナ王女殿下の署名です」
「セラの……?」
またセラの署名が手がかり。
ひとつの署名からの情報で何が読み取れるのだろう。
「えぇ、王女殿下の署名が入った手配書が出るのが、あまりに早いのです。原石神殿や近隣の街への第一報が昨日の夕方。そして第二報が今朝です」
「それが……一体何を示しているのですか?」
「もし、手配書の内容が本当のことでしたら、セラスフィーナ王女殿下は両親を失い、兄に裏切られたことになります。喪失と裏切りのなか、二日と経たずに公的な判断を下すとは思えません。ご自身の署名の重さも王女殿下でしたら理解しているはずです」
それは、セラが誰かに署名を強制されたことを示している。
一歩引いたリュエールさんの視点だから、見つけられた不自然さなのかもしれない。
そのなかで、もうひとつの疑問が浮かんだ。
「あの……リュエールさん。どうして僕たちと接触を?」
保護してくれたことに、とても感謝している。
しかし、僕は王位継承権もなければ、何の権限もない。
そんな僕をわざわざ保護するなんて。
「ウィンクリア王子殿下を旗印に挙兵をするためです」
「きょ……挙兵!? それは……戦争を……」
「はい。ガルツはセラスフィーナ王女殿下を傀儡にしてルナーエ国を乗っ取ろうとしています。復権戦争を仕掛けるには、正統な王族であるウィンクリア王子殿下が必要です。王子殿下がいなければ、今の私たちは反乱をしようとしている集団でしかありません」
頭がくらくらする。
どうして僕が。僕はただセラを助けたいだけなのに。
それに。
「……僕には……旗印になるような価値はありません」
「いいえ。ご自身の地位をよく考えてください」
「地位……そんなものは……」
言葉に詰まった。
凛とした視線は僕の瞳の奥を見ている。
「復権戦争が始まれば、同盟国に援軍を要請することになるでしょう。そのとき、外交権も何も持たない裏組織の私と、王家の正統な血筋の王子殿下では話が変わってきます。私では交渉の場に立つこともできません」
「そ……それでも! 戦争なんてできません! 戦争は民の負担になります! 僕の命と引き換えにセラが助かるのなら、それで構いません!」
「王子殿下。もし、ガルツが王女殿下と民の命を保証すると提示してきた場合、それを信じることはできますか? 相手は同盟を破った王子ですよ」
「……それは」
ガルツは約束を守るはずがない。
ガルツが太陽石と月石を手に入れれば、セラはいずれ用済みとして殺されてしまうだろう。
「
セラを失いたくない。挙兵はしたくない。
都合のいい解決方法はあるのだろうか。
そのとき、僕の前にクラルスの腕が伸びる。
「申し訳ありません、リュエールさん。リア様はお疲れです。このお話は日を改めていただけませんか?」
「……そうですね。配慮に欠けました。今は、お休みください」
リュエールさんは会釈をすると立ち去った。
深く息を吐いて、置かれている紅茶を飲む。からからになっていた喉に無理やり流し込んだ。
「……クラルス。僕は……」
彼は「リア様」と言葉を遮るように名を呼ぶ。
「明け方からずっと動いていますからお疲れですよね。今は、お休みください」
「う……うん。そうするよ」
半ば急かされて僕はベッドへ横になった。
疲れ切っている身体では、まともな思考ができない。
正直、クラルスが話を中断してくれてほっとしている。
今は、考えることから逃げたかった。