第13節 出立
翌日、朝食が済むとリュエールさんに呼び出された。さっそく会議があるそうだ。
部屋にはすでに三人が顔を揃えていた。
机の上にはルナーエ国の地図が広げられていた。
「遅くなりました」
「私たちも今、集まったところよ。明日、この拠点を離れて、新拠点へ移動するわ」
リュエールさんは広げてある地図の一ヶ所を指し示す。何もない場所だが、たしかそこは。
「以前、ユーディア村だった廃村を整備して
セノパーズからさらに南に、かつて村があった。
十年前、ダイヤモンドの
近年では特に大規模な事件。
今はどのようになっているかわからないが、廃村を拠点に変えるのは大胆な発想だ。
クラルスは地図をじっと見つめている。
僕は顔を上げると、リュエールさんと目が合う。
「リュエールさん。
「そうでしょうね。でも分散していつまでも隠れているわけにはいかないの」
ガルツに気づかれず
拠点の防衛戦を余儀なくされる。
「リア、ガルツはどうするかしら?」
「
ルナーエ国は国主が逝去したとき、一年間は国全体で喪に服して女王の座は空位になる。
最高権力者は次期女王になるが、戴冠式までは権限が制限される。
しかし、有事は別だ。
セラは次期女王だが、女王と同じ権力を行使できる状態。
ガルツはセラの全権限を使って騎士を動かすはずだ。
「ガルツは表立ってルナーエ国民から反感を買うような行動はしないと思うわ。投入する数もおそらく民から疑問視されない程度に調整してくるでしょうね」
「早ければ一週間から十日ほどで新拠点を特定されて攻められると思います。セノパーズで怪しい人物が目撃されたという情報は、ガルツの耳に入っているかもしれません。消えた人物を僕たちだと断定して、統治貴族や何らかの組織にかくまわれていると予想しているはずです」
ガルツの情報収集能力はわからないが、早ければもう王都に騎士を集め始めているだろう。
思考を巡らせていると、リュエールさんにじっと見られていた。
彼女はわずかに頷いて、表情を和らげた。
「新拠点の防衛戦が最初の関門になるわね」
「あの……リュエールさん。セラは……大丈夫ですよね?」
ガルツの手の届くところにいるセラ。いつか命を奪われてしまうのでは。
本当なら今すぐにでも王都へ行って、助け出したい。
「ガルツが今すぐ王女殿下をどうこうすることはないわ。ルナーエ国の同盟国に夜襲の真実が露見すれば報復される可能性が高いし、
「ガルツも慎重ってことか。傍若無人な侵略者じゃない分、こっちにも付け入る隙がある」
「うかつにガルツが動けないのは、たしかだけど。こちらが悠長に構えるのは危険だわ」
今はセラの命が保証されているけれど、それもいつまで続くかわからない。
いつのまにか服の裾を固く握っていた。
「リュエ。護衛はいいとして王子のほうは戦場で置物以外で役に立つのか?」
ルフトさんにじろりと睨まれる。彼は僕たちのことを快く思っておらず、言葉がとげとげしい。
「リアは剣の稽古をクラルスとしていたわね。他に次期騎士団長として習っていたものはある?」
「武術全般と軍事学を学んでいました。お役に立てるかわかりませんが……」
夜襲で初めて人を殺めたときの感触が、いまだに忘れられない。
また、僕は自らの手で誰かを殺める。
自分で戦争を選んだのに、気づけば手が小刻みに震えていた。
「……リュエ。王子は無理だな。戦いに参加させても足手まといだ」
「ルフトは少し言葉を選びなさい。クラルスも殺気飛ばさないの」
リュエールさんは苦笑しながらクラルスを見ていた。振り返るとルフトさんを鋭く睨みつけているクラルス。
ぴりぴりとした空気が肌にまで伝わってくる。
「今日はこのくらいにしとこうぜ。情報はまだ出そろっていないが、大体の見当はついただろう」
「そうね。あとは移動しながら情報を集めて、考えましょう」
半ば強制的に話は打ち切られた。
ルフトさんはいの一番に部屋を出て行ってしまう。
閉まった扉を見ていると、リュエールさんのため息が聞こえた。
「リアたちごめんなさい。ルフトはちょっと気が立っているみたい。ぶっきらぼうだけど悪い人じゃないの」
リュエールさんとスレウドさんみたいに受け入れてくれる人たちばかりではない。
ときどき廊下から僕たちの保護に対して不満を漏らしている声も聞こえていた。
ルフトさんも納得していないのだろう。
「仲間でも違う考えの奴はたくさんいる。そこだけは勘弁してくれ」
スレウドさんは眉を寄せた。
自分でもわかっている。
立場が違えば考えも違う。それは貴族たちの間で、嫌というほど目の当たりにしてきた。
「リア、クラルス。明日は早朝に出発だから寝坊しないようにね」
「はい、気をつけます」
会釈をして部屋をあとにした。
いよいよ明日から本格的な行動になる。
頭を強く振って自分を奮い立たせた。
「リア様。戦いのことはお気になさらないでください。私が必ずお守りします」
「ありがとう、クラルス」
胸の奥に何かが引っかかる。なんだろう。
今はそれが何なのかわからなかった。
翌日の早朝、酒場を出ると、外套の隙間から入り込む空気が冷たかった。
保護されている間、スレウドさんの配慮で地下からは何度か出ていた。
酒場の外には出られなかったので、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。
「リア、クラルス。体調はどう? 地下の生活はつらかったわよね」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
リュエールさんの
そのとき、頭上から鳥の高い鳴き声が聞こえた。
空を見上げると、一羽の鳥がくるくると旋回している。
あまり見かけない動きに目を奪われた。
「あら、帰ってきたのね」
リュエールさんは右腕を曲げて、空へ呼びかけた。
「カルム! おいで!」
空を旋回していた鳥は急降下をしてリュエールさんの腕に止まる。
大きな翼を羽ばたかせていたにもかかわらず羽音がしなかった。
鳩よりもひと回り大きく、薄茶と黒のまだら模様の羽が印象的だ。
「伝書鳥のカルムよ。仲良くしてね」
「鳩、ではないですよね?」
「陛下から品種改良された伝書鳥を頂いたのよ。世界に一羽しかいないわ」
カルムは母上とのやりとりや急報のためにリュエールさんに与えられたそうだ。
それだけ母上と父上は
僕は少し腰を落として、カルムと視線を合わせた。
「カルム。初めまして、ウィンクリアです。よろしくね」
言葉を理解しているのか、カルムは短く鳴いた。
リュエールさんに指示されて、同じように腕を曲げるとカルムが飛び乗ってくる。
重さを感じながら、無垢な瞳に口元が緩んだ。
「リアとは仲良くなれそうね」
カルムの頭をそっとなでる。
この小さな命が、母上たちと
ちょうどそこへ、ルフトさんがこちらへ歩いてくる。
「リュエ、荷積みが終わった。出発しよう」
「わかったわ。リア、クラルス、行きましょう。なるべく自然に歩いてね。怪しまれるから」
僕は頷いて、リュエールさんのあとをクラルスとともについていく。
まだ朝早いので、人通りが少ない。
人々は日課に勤しんでおり、僕たちの存在を気にしている様子はなかった。
街の入り口には相変わらずミステイルの兵士が検問をしている。
少し離れたところに
「じゃあ、リアとクラルスは荷馬車の後ろに隠れていてね」
不意に、後ろから乱れた足音。振り返ると十数人のミステイルの兵士が、こちらに走ってきていた。
クラルスは僕を背に庇う。全身に緊張が走り、身体がこわばった。